『日曜夜のゴールデン!生っすかーーーーー!』

レボリュ―――――――ショ――――――――――――――――ン!!!!!!!!

『今日も始まりました生っすかレボリューション!今日はコーナーに入る前に、まず新作映画のご紹介!あずささん、どうぞー!』

『あらあら、ご丁寧にどうも~、こんばんわ、三浦あずさです~』
『今回の映画は、あずささんが主演を務められたと言う事ですが』
『千早ちゃんも居たから何とかなったのよ~』
『ねえあずさ、今回はどんなお話なの?』
『そうねぇ、簡単に言うと…変わらない物は無いってことかしら~』
『詳細は映画を見てって事なんだね、楽しみなの』
『千早ちゃんとのW主演って事だったけど、千早ちゃんはどうだった?』
『そうね…私の役は、常にあずささんを優しく見守っている役だから、笑顔のシーンが多かったの』
『うんうん、そう言えば、凄く千早さん優しい顔してたの』
『その、私、あまり笑った顔が得意ではないから…』
『そんなことないよ!千早ちゃん、すっごく可愛い笑顔だから』
『もうっ、からかわないで春香』
『千早ちゃんの笑顔、本当に優しくて、私を見守ってくれるようだったわ~』
『あずささんは、反対に硬い表情が多かったですね』
『ええ~、大変だったわ~、口調も凄く厳しい所があったりして』
『あのシーンのあずささん、格好良かったけど…少し、怖かったです』
『むーっ!二人だけでズルいの!』
『まあまあ…三浦あずさ、如月千早主演、『笑顔の約束』、全国48の映画館で上映中です、是非ご覧ください!』
『明日はお休みだから、皆見に行くと良いって思うな!』

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小鳥「という訳で…今日見に来た訳だけど…ホントだ、千早ちゃんの笑顔凄く可愛いわぁ…あずささん、何だか硬い表情だし…どんなお話なのかしら……っと、携帯の電源を切って…っと」

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<この作品はフィクションです、この映画に登場する人物、団体等の名称は一切実際に存在するものではありません>


『笑顔の約束』




「お嬢様…私も、本当は最後まで居たかったんですが」
「良いんです。あなたの再就職先が見つかってよかった」
「…それでは、お嬢様もどうかお元気で…」
「はい、あなたも…」

私は三浦あずさと申します。
つい最近まではこの国でも指折りに入るくらいの大きかった財閥の当主を務めています。
つい最近まで、と言ったのは、傘下企業が巨額の負債を抱えて倒産し、財閥の地位が地に落ちたから。
傘下企業の債務は、他の企業や財産を売却する事で補填できましたが、その結果、殆どの財産を失い、以前のような政財界への影響力は殆ど無くなってしまいました。
お抱えの使用人達もどうにか再就職先を見つけてあげて殆どが出て行った。
今出て行ったのも、その最後となる老齢の庭師だった。

今、この家に残っているのは、私と…

「奥方様、夕餉の準備が整っております」
「あら…もうそんな時間だったかしら…」
「はい」
「直ぐに行くわ」
「畏まりました」

貴音、この家の使用人達を束ねている執事です。
私が小さい頃、私の父が連れてきた捨て子だったそうですが、今ではすっかり、家の事をまかせっきりです。
かつては、50名を超える使用人が居た屋敷も、すっかり静まり返っています。
父も母も無くなり、財閥の地位が落ちるにつれて屋敷を訪れる人は少なくなり、今ではほとんど使われない部屋ばかりの屋敷の中を、貴音の後についていきます。

「所で、貴音。あなたにも今後の事を考えて、他の就業先を考えてあるのだけれど」
「結構です、私は、あなたのお父様に拾われた身です」
「私はお父さまじゃないわ」
「だとしてもです」

この話題を出す度に、貴音は全く取り合おうとしない。
私一人でも最低限の事は出来るから、使用人は必要ないとあれほど言ったのに、貴音を始めとした何名かが屋敷に残っている。
言っても聞かないので、払う給料が無い訳でもないので放ってあるが、このままにしておくことは出来ない。
今後、私がここを離れることになったらどうするのか…

「私なんかに、付いてくる必要はないわ」
「私は三浦家に仕えることをご約束した身でございますから」
「…本当に、強情ですね、あなたは」

食堂の扉を、貴音が恭しく開く。
ここだけは、訪れる人が居なくても、あの頃の輝きを保っている食堂には、私一人の為に、数名の使用人が控えていた。

「奥方様、本日の夕食は牛肉の赤ワイン煮込みと春野菜のサラダ、それと―――」

楽しそうにテーブルに並べられた料理を説明しているのはやよい。
うちに残った使用人の中では一番若い子ですね。
料理の腕は折り紙つき。料理人として転職先の宛はあったのですが、彼女も私の申し出を断りました。
そして…

「あずさお嬢様。本日もお疲れ様でございます」
「千早ちゃんもね、今日は庭の剪定をしてもらったみたいだけど」
「はい」

彼女は千早ちゃん。
何故私が彼女だけはちゃん付けなのか。
それは、彼女は私の個人的な使用人だから。
三浦と言う財閥では無く。三浦あずさに仕えている彼女にだけは、私も本心を打ち明けてきました。

「さて、それじゃあ頂きましょう…何をしているんです?」

席に着こうとしない使用人達を見て、私は首を傾げました。

「もう、この家に残っているのは私とあなた達だけ。あなた達は主人である私に一人で食事をしろと言うのですか?」
「しかし、奥方様が食事をされている席で我々使用人が食事を」
「今後、私と食事は共にしなさい。やよい、メニューは私もあなた達も同じ内容に」
「し、しかしそれは」
「私が良いと言っているのです。そうしなさい」
「は、はい」

少し強い口調で言うと、やよいは頷いて、全員分の食事を並べ始めました。

「…使用人用の食事は、こんなに質素だったのね」
「私達は三浦に拾われた身でございます、これでも贅沢を」
「馬鹿な事を言わないで頂戴。三浦財閥はもう、往時の影も無いわ…今後、私を奥方様と呼ぶことを禁止します」
「し、しかし、それではなんと御呼びすれば」

貴音が狼狽えた様子で、私に問う。

「あずさ、で良いわ」
「そんな、奥方様を呼び捨てになどできません!」
「そ、そうですよ!」

貴音とやよいが首を激しく横に振る。
そもそも、結婚もしていないし歳が言っている訳でも無いのに奥方様、という仰々しい呼び方をされるのが嫌だった。
それ以上に、これだけ減ってしまった同居人達に、そう言う呼び方をされるのは疎外感を感じるから…

「…じゃあ、奥方様以外で何かあるのかしら?」
「…では、あずさ様で」
「そうですね、あずさ様にしましょう」
「はい、それで良いわ」
「な、何だかとってもいけない事をしている気がします」
「さようですね…」
「うふふっ、その方が、私も気が楽よ…財閥当主と言っても、私がここに来たときには、もう残務処理ばかりだったから…」
「奥方さ…あずさ様は本当に苦労されて…」
「ええ、私もそう思います」

私は、父と母が亡くなるまでは山間の別荘で一人で暮らしていました。
財閥当主の娘となると、それなりに身の安全を考えての事でしたが、何時も護衛の黒服が付いて回っていたし、友達も少なかった。
そこに父と母が連れてきたのが、千早ちゃんだった。
ただ、彼女は…

「千早さん、充電はまだ大丈夫ですか?」
「ええ、昼間済ませておいたから」

彼女は、オートマタ、機械人形です。
尤も、古典的なメカニカルでは無くて、生体組織が多用された物ですけれど。
でも、私が小学校から今の今まで、本当の友達と言えたのは、彼女だけでしたが。

「明日からは、私も腕によりをかけて貴音さんのご飯を作りますよ」
「ええ、お願いします」
「これで、私もご飯をゆっくり食べられるわ…ね、千早ちゃん」
「良かったですね、あずさお嬢様」

千早ちゃんの微笑みは、あの頃と全く変わらない。
食事の後、しばらくは千早ちゃんと談笑し、今後の事も貴音と話した後に入浴を済ませた私は早々と床に就くことにした。

「それではお…あずさ様、明日のご予定は」
「分かっているわ、財務省の岩崎次官と、経産省の石崎部長が来るのでしょう?精々盛大に歓迎してあげないと」

この二人は、父が生きていた時、大分美味しい思いをさせていたらしく、財閥解体によってその地位が負われるのではないかと不安になって連絡してきたようだ。
勿論、この三浦財閥が行ってきた諸々の事案ももみ消してもらっていたから御相子。
既に法務省には手をまわしてから、それらが明るみに出てさらに窮地に陥ると言う事は無いだろうけど。

「貴音、あなたも早く休みなさい…それじゃあ」
「はい、お休みなさいませ、あずさ様」

貴音が折り目正しい礼をして退室する。

「…千早ちゃん」

「あずさお嬢様、どうしたのですか?」
「やよいも貴音も…あともう一人いるけど…何で私の下に残ってくれたのかしら。私は父の様に巨大な富を持っている訳でもないのに」
「…それは、お嬢様のお人柄でしょう?」

柔らかい笑顔を浮かべた千早ちゃんは、私の手を取る。
精巧に作られた千早ちゃんの体は、それこそ皺の1つまで、触れた手の暖かさも再現されている。

「…私の?」
「ええ…私は、分かっていますよ、お嬢様は今、滅びゆく財閥の当主として、仮面を被って居られるだけだと…」
「そうかしら…これが、私の本性かも知れないのよ?」
「いえ…私は、分かっています…」
「…そう」

私自身、膨大な残務処理を前に、自分と言う物が判らなくなっていたのかもしれない。
今の自分の姿は、本当に自分なのだろうか?
それとも…

「…お嬢様、夜更かしは体に毒ですよ、お休みください」
「ええ、そうするわ…お休み、千早ちゃん…そうだ、千早ちゃん、お願いがあるの」
「何でしょうか」
「…ねえ、歌って、あの歌を」

私が小学校の頃、夜寝つけ無い時には千早ちゃんが子守歌を歌ってくれました。
もう、何度となく聞いたその歌は、でも今まで最後まで聞き取れた事が無い。
歌い終わる前に、私が寝てしまうから。

「…ねえ、今…見つめているよ、君の傍で…love fo me…」

千早ちゃんの柔らかい歌声が、私を包む。
今日もまた、最後までこの歌を聞く事は出来ないようだ…
そのまま、私は眠りの中に落ちてゆく…





『うえぇぇぇぇん…ひっく…っ…ぇっ…』
『あずさお嬢様?』
『ひっく…だぁれ…あなたは…』
『私は千早、お嬢様の、お友達です』
『ちはや…?』
『ええ、千早です、あずさお嬢様』
『…おともだち…あずさの…』



『あずさお嬢様』
『ねえ、千早ちゃん聞いて、私、学年テストで一位を取ったの!』
『それはようございましたね、あずさお嬢様』
『そうやって喜んでくれるのも、千早ちゃんだけだわ』
『まあ…』
『…良いの、私には、千早ちゃんが居るから…千早ちゃんが居てさえくれれば…』
『…ご安心ください、私はあずさお嬢様のお友達ですよ』



『…父が…死んだ?』
『…三浦財閥は、解体再編成されるそうです、旦那様の遺言により、あずさお嬢様が第一相続人として指定されています』
『…母は?』
『…お二人揃って、ご自害されたそうです』
『…そう』
『悲しくは、無いのですか…?』
『私には、千早ちゃんが居るから』
『そうですか…』






「―――ま…う様――――ずさお嬢様」

徐々に覚醒する意識、貴音の声が更にそれを加速させる。

「おはようございます、あずさお嬢様」
「おはよう…千早ちゃんは…?」
「既に、仕事を始めています」
「そう…支度を済ませるわ」
「御召し物の用意は整えてございます」
「ええ…」

貴音の選ぶ服は、どこか高圧的な印象を抱かせるものが多い。
恐らく、今行っている仕事が、相手に隙を見せれば一気に財閥を更に不利な状況に追い込むものが多いからだろう。黒のスーツに身を包み、

「おはようございます、あずさお嬢様」
「おはよう、千早ちゃん」
「…お嬢様らしくない格好ですね」
「そう思う?」
「ええ…お笑いになる事も、少なくなりましたね」
「…そう思う?」
「ええ」
「…そうよね」

千早ちゃんの表情は、あの頃と全く変わりない。
それもそうだろう。
彼女は、自動人形なのだから…
だからこそ、私は彼女が好きなのかもしれない。
何時も変わらぬ笑顔を向けてくれる、千早ちゃんが。

「お嬢様の笑顔、私はとっても好きですよ…お嬢様、笑ってみてはくださいませんか?」
「えっ…?」
「お嬢様の笑顔、覚えていたいんです…」

千早ちゃんがそういうことを言うのを初めて聞いた気がした。

「どうしたの?千早ちゃん、変なの」
「…そうですね、いえ、忘れてください。お嬢様、そろそろお時間ではありませんか?」
「あ…そうね、ありがとう」



「…あずさお嬢様…私は…」




「我々としては、前当主の三浦義明が行った行為に関してはあなた方との個人的な友好の為に行った物であり、現在財閥として正式に貴方達へ支援や協力をすると言う事はありえません」

応接間の椅子に深く腰掛けたまま、私は極力低い声で目の前に座る小役人共を睨み付けていた。
まあ、こんな連中を買っていた父の程度も知れたというか…

「それでは我々が今までしてきたことはどうなる!」
「散々危ない橋を渡ってきた挙句に、これだ、このまま支援を打ち切られては」
「財閥が解体される運命に有るのに、まだ三浦の名に縋ろうというのですか」

尚も食い下がろうとする二人に一喝すると、今度は態度を一変させて来た。最初に口を開いたのは財務次官の岩崎だった。

「たかが御下がりで財閥当主になった小娘が偉そうに!」
「そのたかが小娘にこうして一蹴されただけで猛り狂うあなたの品性、国の中枢にいる者としての資格に疑問を抱かざるをえませんね」
「貴様!」

それにつられて、経産省の石崎も激昂している。

「お帰り下さい。あなた達とお話しする事は何もありません」

私は話す価値が無いと判断すると、席を立ちあがる。
帰る道くらいは自分で検討を付けられるだろうし。

「くそっ…貴様ぁぁ!」

規制に振り向くと、岩崎がその辺りに置いてあった置物を手に、こちらへ殴り掛ろうとしていた。
しかし、何も心配する必要はない。
黒い影が、私と岩崎の間に滑り込む。

「なっ…」
「奥方様…あずさ様に指一本触れるようなら…!」

燕尾服姿の貴音が、片手で岩崎の手を掴んでいました。
そのまま自分の倍は体重がありそうな男を簡単に投げ飛ばし、手にしていた果物ナイフを首元に突き付けている。

「ふざけた事を…!」

石崎も同じように私に襲い掛かろうとしますが、こちらも全く私は動きません。

「お嬢様に…触れるな!」

千早ちゃんが、石崎の振りかぶった拳をいとも簡単に受け止める。

「こ、この娘…くっ、動かん…」
「…!」

千早ちゃんの細い指が、石崎の醜く弛んだ首の肉に食い込んでゆく。
見る間に石崎の顔は真っ赤になって行く。

「あっ…がっ…!」
「千早ちゃん、そこまでで良いわ。貴音も」
「はっ」
「…っ」

拘束を解かれた岩崎は、恐れおののいた弱弱しい目で見上げている。
千早ちゃんの指から解放された石崎は、荒い息を吐きながら酸素を取り入れている。

「お帰り下さい。道は…分かりますよね?」

私が冷たい声で言うと、2人の肉塊は逃げるようにして立ち去った。

「あずさ様、お怪我は御座いませんか?」
「私は良いわ…それよりも千早ちゃん」
「はい」
「力加減、気を付けてね」
「…はい」

千早ちゃんはバツの悪そうな顔をしたまま、応接間を出て行きました。
その様子を、私は何故か妙に不安な気持ちを抱きつつ見送った。
何が原因かはわからないけど…

「貴音、これで今日の仕事は終わりかしら?」
「はい、お疲れ様でございます」
「まったく…。いつもそうね、来るのは金に目の眩んだ連中ばかり。父や母の考え方がよくわかる」
「あずさ様。先代様も財閥のことを考えられての」
「財閥の事?自分の娘も考えられないような人間が?!」

思わず大声を上げると、さすがの貴音も狼狽えていた。

「あずさ様…」
「…。気分が優れません。昼食はあなた達だけで取りなさい。用があれば呼びます」
「はっ…」



自室へ戻る途中、千早ちゃんが、テラスに佇んでいた。長い髪が風に靡き、美しく輝いている。
その姿は、どこか懐かしい感じがした…そう、山間の別荘で、何不自由なく、そして何も満たされない生活をしていたあの時、千早ちゃんは今と変わらぬ姿で、別荘から見える山々を眺めていた。
私の姿に気が付いた千早ちゃんは、少し狼狽えた様子だった。

「…あ…あずさお嬢様」
「どうしたの?こんな所で…」
「…いえ、何でも、ありません」
「…ね、千早ちゃん、覚えてる…?」
「はい…」
「小学校の頃、私とした約束」
「ええ、憶えています…」
「…私が死ぬまで、ずっと友達でいてねって」
「ええ…。忘れません…私はずっと、お嬢様の側に居ますよ、永遠に…」

千早ちゃんの声は、いつも変わらない安らぎを私に与えてくれる。私や周りがどれだけ変わろうと、この子だけは、変わらないでいてくれるのだ。
ずっとそうだった、これからもそうだ、そうに違いない…。


そう思っていた。


だけど、違う。

永遠なんて物は存在しない。

それは、ほんの些細なことから、私に現実を突きつけてきた。



「だから千早さん、これはこっちですよ…いつも間違えないじゃないですか、こんな」
「ご、ごめんなさい…」
「どうしちゃったんですか千早さん、疲れてるんですか?」
「いえ、そういう訳では」

銀行や弁護士との面会が終わったあと、屋敷の散歩をしていた時だった。
珍しく、やよいが千早ちゃんを叱りつけている所に遭遇した。
普段は見ない厳しいやよいの表情に、私は心配になり声をかけた。

「何事ですか?」
「あ、あずさ様…いえ、大したことでは」
「申し訳ありません、郵便物の発送先を間違えそうになって…」
「あら…。千早ちゃんらしくないミスね。まあ、今度から気をつけなさい」
「はい…」

千早が次の仕事があると通路の奥に消えたあと、私はやよいに問いかけた。

「やよい、今までに同じ様なことは?」
「えーっと…。あ、そういえばこの前、千早さん、古い資料の保管場所を忘れたって」
「えっ?」
「千早さん寝ぼけてるのかなーって思ってたんですけど…。なんだかおかしいです、資料庫には千早さんくらいしか入らないのに」
「ありがとう。貴音にも聞いてみるわ」

千早ちゃんが仕事のミスをすること自体、私もほとんど見たことのない事だ。
何か嫌な予感がする。
貴音の仕事部屋に入るなり、私は聞いた。

「…千早ちゃんの事で、聞きたい事があるの」
「なんなりと」
「…気づいて、いるのでしょう?」

貴音は、一瞬固まった後、頷いた。

「はい。最近、挙動がおかしいと思います…妙に、ぼぅっとしているというか。仕事を忘れること、簡単な言伝を忘れること、妙だとは思っておりました…」
「…一度、検査に出しましょう」
「直ぐに手配を進めます。しかし、千早は特注品です。量産品の検査工場では」
「あてはあるわ…貴音、車の用意を」
「はっ!」


貴音の運転で到着したのは、郊外の古びた工場だった。
今にも崩れ落ちそうな建物を前に、流石に不安になる。

「本当に、ここで良いのですか?」

貴音も不審そうに周囲に見回している。

「父の残したメモは、ここの住所だったけれど」

父の書斎を探して見つけ出した、千早ちゃんの生まれた場所。
元は三浦重工の保有する施設だったらしい。

「…」
「どうしたの?千早ちゃん」
「…見た事が、ある気がする」

その時だった。

「あら…久しぶりですね、お嬢様」

突然、後ろから声をかけられた私達は慌てて振り向く。
貴音は拳銃を手に握り、私の前に立った。

「曲者?!」
「待ちなさい貴音。私の中学時代の知り合いよ」

久し振りに見た顔だが、記憶は薄れていなかった。
少し嫌味な笑顔を浮かべた女は、薄汚れた作業着に白衣を羽織っていた。
その胸に光るバッジは、見慣れた家紋だったが、それもその筈、彼女はかつての三浦財閥きっての大企業、三浦重工業の研究員だったのだ。

「友人、とはいってくれないんですね」
「悪友が近いのかもしれないわ」
「確かに…お嬢様とは大分遊びまわりましたからね」
「もう、お嬢様という歳でも無いわ。秋月さん」

秋月律子。
私が山間の学校に居た頃の級友。
悪友と言った方が正しいと言うのは、彼女は鬱屈したお屋敷生活に飽き飽きしていた私を、村のあちこちへ連れ回してくれたのだ。
私が知らない間に、三浦重工業に入社していたらしい。

「ふふっ…それで、私みたいな藪メカニックに何か御用で?」
「…この子の検査を、お願いしたいの」

私のすぐ横に立つ千早ちゃんを見ると、律子は驚いた様子で目を見開いていた。
そんな律子をみて、千早ちゃんは気まずそうだった。

「久し振りね……この子…まさかそんな…そう、そういうことね」
「…」
「さあ、中に入って、お茶位ご馳走するわ」



外から見た工場は廃屋にしか見えなかったが、中に入ればそこは、三浦重工業の電算部を支えてきた最新鋭工場の機能を今も残していた。
何故、律子が一人でここを占拠できているのかは不思議ではあるけど、三浦財閥の凋落の陰には、こうした財産管理の雑さがあるのかもしれない。

「秋月貞治郎、三浦重工業電算機開発部主任研究員…三浦重工業初の生体電算回路<BNG-765>の開発者ですね」

貴音がすらすらと言うその名前には、さすがに私も見覚えがあった。
確か、一昨年亡くなった筈だけれど…

「そこの千早は、そのプロトタイプよ…そして、重大な欠点を持ったね」
「えっ…?」
「どういうことです?!」

私はおろか、貴音も初めて聞く事だったらしい。

「BNG‐765は、耐用年数が50年とされているわ、でも、それはプロトタイプの理論値が分かってから設計を大幅に変えたから」
「…どういう意味?」

生体電脳は、ここ数年で急速に普及の進んだものだ。
技術的にはまだまだ不安定とは言え、処理スピードは従来のノイマン型コンピュータの数百倍。
しかし、弱点があった。耐用年数の短さがそれにあたった。

「お嬢様、千早と知り合って、どれくらい?」
「…14年…かしら」
「プロトタイプの実際寿命、大体10年と見積もられたの」
「そんな…」
「そして、この形式…生体電算回路の一番の弱点…劣化が進むと、崩壊した回路のデータが元に戻らなくなる」
「そんな筈は…バックアップの中枢回路は量子バブルメモリでしょう。それは」
「あれは、量産機用に作られた物。千早に搭載はされてないわ…最後には、千早は単に物言わぬ人形になる」

律子が冷静に否定の言葉を並べていくのを、私は信じられなかった。
何とかなる筈だ、きっと彼女はまだ隠しているのだ。

「なぜそんな…ほら、律子、後付け、出来るんでしょう?」
「無理です」
「なぜ…!予算が付かないから?良いわ、出すわ」
「そう言う事では無く」
「家を売れば、まだ」
「あずさお嬢さん!」

律子が、悲鳴にも似た声を上げ、ようやく私は正気に戻る。
バックアップ用の回路が無い以上、記憶領域を他の物に移す事も出来ない。
生体脳からデータを直接取り出す事は、記憶データの劣化が激しく推奨されていない。

「…」
「…どうして私の父が、既にあった量子バブルメモリを搭載しなかったかは分かりません。でも…何か理由がある筈なんです」
「…」
「あずさお嬢さん。この子との思い出は、あなたにとってかけがえの無いものの筈です…今からの時間も、ね」

律子の声は殆ど耳に入らず、私は気が付くと車に乗せられ、屋敷へと向かっていた。

「…千早ちゃん。わかって…いたの?」
「…最近、記憶読み出しに時間がかかる事があったんです…でも、お嬢様にご心配を掛ける訳には」
「違う!千早ちゃん…千早ちゃんが居なくなったら私…いつも私はあなたに本当の事だけ行って来た、なのに!」

違う。
今は千早ちゃんを責める時では無い。
一緒に千早ちゃんとの思い出を増やすために、話をするべきだった。

「千早ちゃん…私と約束したじゃない…なんで…なんでなのよ…!」
「あずさお嬢様…」

私は千早ちゃんに抱き着いて、泣きじゃくるしかなかった。

「千早ちゃん…駄目…行かないで…ずっと傍に居てくれるって言ったじゃない…私の事も忘れちゃうの…?そんなの嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」




「千早ちゃんの…嘘つき…!」

屋敷に戻った私は、直ぐに部屋に籠った。
千早ちゃんの行く末を受け入れるには、私はあまりに千早ちゃんに依存していた。
これまでの14年、千早ちゃんと片時も離れることも無く暮らしてきた。
あの千早ちゃんの笑顔、優しい声を、もう聴けなくなるのだと思うと、私は足元が崩れてしまうような物を感じた。

「約束したじゃない…!」
『あずさ様、夕食の用意が整っておりますが』
『あの、あずさ様、ご飯は食べないと…!』

貴音とやよいが部屋の外に居る。
私を呼んでいるが、答えるつもりはない。
何も考えたくなかった、

『あずさお嬢様…』

千早ちゃんの声だった。

『…黙って居てごめんなさい…でも、それは』
「言い訳なんて聞きたくない!」
『お嬢様…』

胸が張り裂けそうだった。
こんな事を言うときじゃないのに。
でも、言わないと自分がどうかなってしまいそうだった。

『いい加減になさい!!』

貴音の声だった。

『千早は、あずさ様と長い間2人で暮らしてきた…そして、お嬢様を守る為に必至でした…分かりますか?!どれだけの思いが千早にあったか…貴方の父上、義明様がどういう思いで千早を…!』

貴音の声に続いて、やよいの声がする。

『あ、あの、あずさ様。聞いて居るかは分からないんですけど、その…旦那様と奥様は、本当にあずさ様の事を気にしていました。お二人は物凄く忙しいし、家に居ない。警備上の理由もあって、あずさ様は山奥の別荘で育てることにしました』
『しかし、忙しかったあの頃、別荘に行くことも叶わないお二人、別荘に居た使用人達からも、あずさ様の事を心配して報告が何度もありました…そこで、千早の事を秋月貞治郎に作って貰った…千早に、旦那様はこう言いました…「私達にはあずさを見守ってやることが出来ない…代わりに、あずさを守ってやってくれ」と』
『千早さんは、それを忠実に守っていた…だからこそ、自分が記憶をなくしてそれをできなくなると言う事を言い出せなかったんです…』
『あずさ様…厳しいことを言うようですが、あなたは今、三浦財閥の当主、千早にいつまでも頼る訳にも行かないのですよ…あなたの孤独、私達にはきっと理解する事が出来ないでしょう…しかし、共に歩み、それを共有し、支え合う事は出来る筈です…』
『…あずさ様…もっと私達に頼ってください…力になりたいんです…!』
『…あずさお嬢様、もうあなたは1人じゃないんです…傍に居てくれて、支えてくれる人が居るんです…だから』

千早ちゃんが、部屋に入ってくる。
差し込んだ廊下の光に目を細めていると、その光を背に、千早ちゃんが私の前に立つ。

「…千早ちゃん」
「…だから…ね、お嬢様…笑ってください…」

千早ちゃんが私の事を優しく抱きしめる。

「お嬢様…私も寂しいです…でも、きっとこれは、あずさお嬢様が本当に1人で歩きだすために必要な事なんじゃないかって思うんです…だから、私は誰も恨まないし、悲しみません」
「千早ちゃん…ぁ…ううっ…!」

その夜、私は今まで流してきた涙を全部足しても足りないくらい泣いた。
そして、ようやく理解した。
きっと、千早ちゃんにバックアップ回路を使わなかったのは、この為だったのだろう。
私が、1人でも歩いて行けるように…



翌朝、屋敷に意外な客が訪れた。

「え?律子が?」
「はい、秋月殿です、お通ししても宜しいですか?」
「ええ、通しなさい」
「おはようございます、あずさお嬢様」

突然の訪問に悪びれる様子も無い律子が、ひらひらと手を振っている。
嫌味っぽい顔を浮かべている律子に、私は訝しみながら声を掛ける。

「律子…どうしたの?」
「居候させてって言いに来たの」
「え?」
「工場、登記登録があやふやだったからああして私が占有していたんだけど、バレたみたい。足は付かない様にして来たけど、家が無いんじゃ困るのよ、ね」
「…貴音」
「はっ」
「部屋を一つあてがいなさい」
「よろしいので?」
「その代わり、働かざる者食うべからず、きっちり働いてもらいますよ」
「ええ、どうぞ何なりと」
「ああ、それと…そのお嬢様って言うの、やめて」
「ああ、それじゃあ…あずさ“さん”」
「ええ、それで」
「あっそう…それじゃ、少し休んだら屋敷の電気機器の点検でもするわ、何か用があったら読んでくださいな」

貴音が、律子を部屋へと案内しに行くのを見送りながら、私は考えていた。
何故、自分のところに来たのだろう、と。
彼女ほどの力があれば、どこでも食べていけるのに。

「それは、きっとあずさお嬢様が好きだからではないでしょうか?」
「好き…?」
「ええ…」
「そうかしら…」
「あずさお嬢様の笑顔は、他人を惹きつける力があります…私も、お嬢様の笑顔、大好きなんです…だから、私からお願いがあります」
「…何?」
「…笑っていてください…私は、あなたの笑顔を見ていたいんです」
「…ええ、分かったわ」

暫く浮かべていなかった笑顔。
無表情かしかめっ面を浮かべていた頬の筋肉が引きつる。

「…こ、こう?」
「…ふっ…お嬢様…その顔…っ」
「わ、笑わないで頂戴!」
「あずさお嬢様の自然な笑顔を見ることが、私の楽しみになりました」


しかし、それからの毎日は、千早ちゃんが徐々に記憶を失う姿を見ていく辛い日々でした。
当初は、ちょっとした物忘れから始まり、徐々に過去の記憶も失っていきました。

「千早ちゃん…」
「…お嬢様」
「…具合は、どう?」
「はい…大丈夫です」

自動人形だから、別に具合が悪い訳でも、痛むわけでもない。
でも、徐々に動きが乏しくなる千早ちゃんの表情を見ていると、無性に悲しくなった。
律子が、壁の向こうから手招きをする。

「…どう、律子」
「既に、記憶領域の大半が消え去っています、お嬢様の姿を見てわかるのが不思議なくらいよ…もう、長くないわ」
「…そう」
「…ねえ、あずささん、例えば、千早の行動パターンと記憶の一部を複製して、それを搭載した人形が出来るとして、どうする」
「…それは、千早ちゃんじゃないもの」
「…そう、そうね、きっとあなたならそう言うと思っていたわ…私は、用事があるから外すわ」
「ええ…ありがとう、律子」
「私は何も…」

もう長くない。
最期の時が近づいているようだ。
律子が部屋を出た後、私は千早ちゃんに近づく。
椅子に座ったままの千早ちゃんは微動だにしない。
でも、私は出来る限り明るい表情を浮かべていた。
貴音ややよいとも、以前より距離感が近くなった気がする。
それはきっと、私が勝手に壁を作っていただけだったのかもしれない。
その壁を取り払うきっかけを作ってくれたのは、他でもない、千早ちゃんのお蔭だ。

「…ねえ、千早ちゃん…何時もの歌、歌って…」
「いつもの…うた…」
「…ええ」

もう、忘れているのかもしれない。
小さなころから聞いていた子守唄。
最後まで聞いた事のない子守唄。
もう、聞けなくなるのがさびしかった…
そう思っていると、千早ちゃんが小さな声で、歌い始めた。

「ねえ…今、見つめているよ、離れていても…love fo me…心はずっと傍に居るよ…」

千早ちゃんの声は、最初か細かったのに、だんだん何時もの声を取り戻していく。

「もう涙をぬぐって笑って…一人じゃないどんなときだって、夢見ることは生きること、悲しみを越える力…」

この辺りからは、初めて聞く歌詞だったかも知れない。
千早ちゃんの前に座り、膝の上に私は頭を乗せていた。
千早ちゃんは、私の頭を優しく撫でてくれている。
でも、今日は寝れない。
千早ちゃんの歌、聞かないと…

「歩こう、果てない道。歌おう…空を越えて、想いが届く様に…約束しよう、前を向く事、thank you for smile」

千早ちゃんの柔らかな声が、私を包む。
歌詞の一つ一つが、まるで今の私を送り出してくれるかのように聞こえてきた。
千早ちゃんは手を止めることなく、口ずさむ。

「ねえ、目を閉じれば見える、君の笑顔。Love for me…そっと私を照らす光、聞こえてるよキミのその声が、笑顔見せて輝いて居てと、痛みをいつか勇気へと、思い出を、愛に変えて…」

千早ちゃんの細くしなやかな指が、私の髪を掻き上げる。
千早ちゃんの表情は、いつの間にか何時もの笑顔になっていた。

「歩こう戻れぬ道、歌おう仲間と今、祈りを響かす様に…約束するよ夢をかなえる、thank you for love。あどけないあの日の様に、両手を空に広げ、夢を追いかけて行くまだ知らぬ未来へ」

徐々に、意識が遠くなる。
千早ちゃんの声には、本当に何時も眠りを誘う何かがあった。
でも…まだ…

「歩こう、果て無い道、歌おう、空を超えて。思いが届く様に、約束しよう、前を向く事、涙拭いて。歩いてゆこう、決めた道…歌っていこう、祈りを響かす様に、そっと誓うよ、夢をかなえる、君と仲間に…約束」

最後まで…聞けた…。
千早ちゃんのハミングが、終わると、私は急激に眠くなってきた。

「良いんですよ、お嬢様…しばらく、このまま…」
「…ええ…おやすみ…なさい…」
「……」



「ありがとう…あずさお嬢様……さようなら」




「貴音、おはよう」
「おはようございます、あずさ様、本日の朝食は、律子が手を掛けた物ですよ」
「あら…大丈夫?」
「あ、伊達に1人で暮らしてませんよ、食べられる程度のモノは出せます」
「それが不安なんじゃない…」
「味は食べてみてのお楽しみ、ですよ、やよい、手伝って」
「はーい」
「貴音、今日の予定は?」
「はい、今日はM-TECの高橋専務がこちらへ」
「そう…彼には感謝しなきゃね、折角水瀬の傘下に入ったのに、あえて独立してくれたのだから」

千早ちゃんが居なくなった食卓は、それでも以前よりも賑やかになっていたのかもしれない。
三浦財閥は、往時の10分の1以下と言う規模ではあるが存続し、今は再建への道を歩んでいる。
以前のような強大な力は無いけれど、財閥傘下企業の社員たちが苦労しない程度の体制は復活できたはずだ。

「ああ、それと…今日、新しい子が来るわ」
「ああ、庭師ですか」
「ええ、貴音とやよいにこれ以上負担はかけられないわ」
「私は良いみたいな言い方ですね」
「律子にはこれから頑張ってもらうわよ」

笑いの絶えない食堂。
でも、私が一番愛した彼女の姿はもういない。
私はそれを悔やむことは無い。
彼女との思い出は、私の心の中に…いつも…
あの子は、きっと私達を見守ってくれているのだろう。
あの、変わらぬ笑顔で…

『あずさお嬢様』

「えっ…」
「どうしました?」
「…いえ、何でも無いわ。ふふっ」





『笑顔の約束』

主演
三浦あずさ
如月千早



四条貴音 高槻やよい 秋月律子


冷水祐一 平野靖


守本康子


監督
山碕孝明

企画
秋山さやか

脚本
八坂明也

美術
星野清司

音楽
坂田真季

アクション指導
五十嵐静三

配給
東映

配給協力
チアキック・エース

撮影
ミナセ東京撮影所

音響
サウンドテクニカ株式会社
株式会社サウンドテックミナセ


EDテーマ
『約束』
歌:如月千早、三浦あずさ、四条貴音、高槻やよい、秋月律子

劇中歌
『約束(a cappella version)』
歌:如月千早


撮影・制作協力
水瀬グループ広報部
株式会社水瀬重工業電算機開発室
株式会社水瀬重工業芝浦工場
株式会社水瀬重工業亀山工場
株式会社水瀬コミュニケーション
水瀬財閥資料館






終幕

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小鳥「……良かったわぁ…まさかここで約束使ってくるなんて…ホント卑怯よ…グスンあっ」

黒井「あっ…べ、べつに私は単に敵情視察でだな」

小鳥「…あ、あの、ティッシュ…」

黒井「要らぬ」ズビー

小鳥「あっ…行っちゃった…ふふっ、まだまだ、皆の映画がどんどん出てくるって思うと、本当に楽しみだわぁ」