菊地真主演ドラマ「誰がための拳」


真「第一話:孤闘」

雨が降っていた。
叩きつけるような激しい雨が。

雨音に紛れて、怒声と打撃音が聞こえてくる。

6人の男たちが一人の人間を取り囲み乱闘をしていた。
囲まれた人物はフードを被っていてどんな人物か窺い知ることができない。
周りには何人か男が倒れていた。

男「オラァ!」

取り囲んだ内の一人が声を上げ右拳を繰り出す。
しかし中心にいた人物は右手で迫り来る拳の軌道を逸らしそのままワンステップ踏み込むと裏拳で相手の顔面を打ち抜いた。
続け様に背後から男が掛かってくるも重心を落としながら右足を一歩引き、右肘を脇腹に差し込む。
2人の男たちはそのまま水音を立てて沈黙した。

わずか数秒で2人の男を沈めた人物が構えるとまた別の男が左の拳を振りかぶって右後方から突っ込んできた。
首だけでそれを躱し、無防備になった腹部へ左廻し蹴りが叩き込まれ、追い打ちで右拳が顔面に突き刺さる。

そのまま反転して左方からかかってくる相手に右の後ろ回し蹴りを叩き込み、連撃で左の足刀を腹部に刺す。
突き刺した足を抜きつつ後ろに向き直り、向かってくる左拳を右腕で受け、流れで関節と逆に締め上げる。
逆関節が極まり防御が疎かになった隙に、空いた腹部へ掌底を一発、更に顔面にも叩き込む。
男は鼻から血を流し、仰け反りながら後ろに倒れていった。
6人いた男はこの時点であと1人。
ジリジリと間合いを図る男と、フラットに構える人物。
掛け声とともに交互に繰り出して来た男の両拳を下がりながら捌き、捌ききった後、腹部に両拳を順に突き刺した。
さらに顔面にも二発拳を入れ、おまけと言わんばかりに後ろ回し蹴りを顎に叩き込む。

余りにも鋭い蹴りが決まり、吹っ飛びもせずただその場に崩れ落ちる男。

その倒れる姿を見て、人物は被っていたフードを脱いだ。

しなやかな肉体を持った女性、いや、少女と呼ぶに相応しい。

真「ふぅ…。練習にもなりゃしない…」

雨に濡れた女性が呟く

P「素晴らしい戦いぶりだね」

物陰から傘をさした一人の男が姿を現した。。

真「あんたか…」

嫌な物でも見たかのような表情を浮かべる。

P「はっはっは、これは手厳しい」

彼女の名前は真。
この男の元に届いた復讐の依頼を代行する処刑人だ。

先ほどの戦い振りからも分かるよう、戦闘能力は高い。
相手の攻撃を躱し、いなし、捌いて出来た隙に自分の攻撃を叩き込む戦闘スタイルを好む。
自分から相手にかかっていくことは殆ど無いと言えるだろう。

P「うん、依頼通り痛めつけてるね」

真「手応えが無さ過ぎたよ」

P「言うね。そうこなくちゃ」

男の名前はP。
Pとは便宜上付いている名前で、本名は誰も知らない。

真「依頼はこなしたよ。報酬は?」

P「いつもの口座に振り込んどくさ」

倒れている男を写真に収めていくP。

真「毎度毎度悪趣味だね」

P「バカ言うな、証拠だよ」

真「動画撮ってるじゃないか」

P「それでもだ」

真「ふ~ん……」

一頻り写真を撮り終えたPが真の方に向き直った。

P「どうだ、飯でも。奢るぞ」

真「……持ち帰り出来る所にして」

P「ははっ。いつもの所だな」

鞄から折りたたみ傘を取り出したPは真に投げ、片手で難なく受け取ったそれを真は手際良く広げる。

真「毎度毎度分かってて言ってるでしょ?」

P「何のことだか」

歩き始めたPの後ろを真が着いて行く。
人通りのない路地を二つの傘が進んでいく。

P「ほい、到着」

入り組んだ路地の奥にある寂れた店に吸い込まれていく2人。

あずさ「いらっしゃい~」

P「こんばんわ、ママ」

真「こんばんわ」

店はカウンター席が幾つかあるだけの小さな飲み屋。
割烹着に身を包んだ女性が二人を出迎える、女性はこの店の店主あずさだ。

あずさ「あら、真ちゃん濡れちゃってるじゃない。大丈夫?」

先程まで戦闘を繰り広げていた真は当然ながらずぶ濡れである、それに気づいたあずさが真の心配をしている。

あずさ「風邪引くといけないわね、ちょっと待っててね」

そう言うと店の奥に引っ込み、数分後にバスタオルを持って戻ってきた。

真「ありがとう…ございます」

笑顔で差し出されたタオルを真はぶっきらぼうに受け取り、濡れた髪を拭う。
使い終わったタオルをあずさに返し、席に座る。

あずさ「今日は何にします?」

P「生」

真「オレンジジュースを」

あずさ「はぁい」

オーダーを受けてあずさがテキパキと準備を始める。
カウンター越しにジョッキが二つ差し出され、黄金色とオレンジ色の飲み物をそれぞれ受け取った。

P「ほい、今日もおつかれさん」

乱雑にぶつけられたジョッキががちりと音をたて、オレンジ色の海が波立った。
隣ではPが黄金色の液体を喉を鳴らしながら旨そうに流し込んでいた。

P「っか~!仕事終わりの一杯はうめぇ!」

飲み干したジョッキをテーブルに強めに置く。

真「んっんっ。はぁ」

冷たいオレンジジュースを喉に流し込む。

Pはあずさに食事をいくつか注文し、運ばれてきた料理に真も手を伸ばす。
それを咎める事なくPもビールと共に、口に運んでいる。

遠慮なく完食し満腹感が訪れた頃、Pがあずさに土産を頼んでいた。

P「いつも通り何か包んでよ、ママ」

あずさ「うふふ、はぁ~い。ちょっと待っててね」

大皿に盛られたいくつかの料理を見繕い折りに詰めてあずさは真へ手渡した。

あずさ「うふふ、はいどうぞ」

真「ありがとう…ございます」

P「そんじゃママ、また来るよ」

あずさ「は~い、お待ちしてますね。真ちゃんもまたね」

深々と頭を下げ、あずさが2人を軒先で見送る。

P「それじゃあな真」

真「ああ」

P「次の依頼が来たらまた連絡する」

真「わかった」

路地から通りに出てPに別れを告げると真は家路に着いた。
渡された折りたたみ傘を打つ雨音を聞きながら歩く。

真「ただいま」

古いアパートの扉を開き室内に入ると、白いワンピースに身を包んだ少女がおぼつかない足取りで出迎えてくれた。

雪歩「お帰りなさい、真ちゃん。びしょ濡れだね?」

少女の名前は雪歩。
足に大きな傷を抱えている為上手く歩く事ができない。

真「ただいま雪歩。出かける時傘を忘れちゃってさ。お腹空いたでしょ、ご飯あるから食べて」

雪歩「うん、いつもありがとう真ちゃん」

歩けないというハンデを抱えているのに、雪歩はそれを全く感じさせない微笑みをたたえている。

折詰を手渡された雪歩は嬉しそうに蓋を開けて美味しそうに食べていく。
それを見ている真の表情も綻んでいた。

雪歩「食べてる所を見られると恥ずかしいよ…」

真「あはは、あんまりにも美味しそうに食べるからつい。」

戦闘中やPといる時と違って、今の真は心から笑っていた。

真「ごめんね、雪歩」

嬉しそうに食べている雪歩に、真が突然謝った。

雪歩「え?ど、どうしたの突然」

表情から笑顔が消え、暗い顔のまま真が続ける。

真「もっといい暮らしをさせてあげたいんだけど、こんな…」

雪歩「ううん、そんな事ないよ」

真の言葉を遮り、横に首を振りながら雪歩が言った。

雪歩「真ちゃんがこうやってちゃんと帰って来てくれたら、私はそれでいいの」

隣に座る真の手を取り、心配するような顔で雪歩が続ける。

雪歩「だからね……。あんまり無茶、しないでね?」

真が復讐代行を引き受けている理由は第一に金だった。
一回の代行で支払われる報酬は一人につき数万。
今日のような多人数の相手だと、一晩で数十万稼ぐ事が出来る。
それだけの収入があれば、今住んでいるアパートを出てもっと楽な暮らしが出来るはずだ。
しかし真はそれをしていない。

その理由が雪歩だった。
彼女は事故で足に大怪我を負い、まともに歩く事ができなくなってしまった。
手術をするにも難しいらしく、国内には成功例が無い。
海外の高名な医師による成功例がいくつかあるが、気の遠くなるような高額な費用がかかる。
そのため真は、復讐屋の代行を請け負っているのだ。

子供の頃から父親に鍛えられてきた真は、腕っ節には自信があった。
寧ろ、真が胸を張れるのはそれしかなかったのだ。

真「うん、大丈夫。分かってるよ」

複数人を相手にして、真の拳は少し皮膚が裂けていた。
雨で血は流れていたが、雪歩はそれを見逃さずに戸棚から出した絆創膏を真の拳に貼り付ける。

真「ありがとう」

雪歩「……えへへ」

真が礼を言うと少し曇った笑顔を返した雪歩は折詰の残りを食べ始めた。
美味しそうに食べるその姿を真は目を細めながら眺める。

ふと視線を外に向けると既に雨は上がっていた。