事務所近くの書店に、私は足繁く通っています。
CDも売っていて、品揃えもいいから。

楽譜とCDを一緒に買い、音楽に没頭する。
私にとって唯一、趣味と呼べるような行為。

今日もまた、CDと楽譜の入ったビニール袋を提げて店を後にします。
自動ドアが開き外に出ると少し強めの風が吹いていた、気温は低くなくむしろ過ごしやすいくらいでした。

千早「風が強いわね……」

腰の辺りまで伸びた髪が風に煽られて左右に暴れまわる。

事務所までの道のりは一本道、時間にして数分。
その数分は、買い物後の高揚感で足取りが軽くなります。
早く戻って聞きたい。
その一心で事務所を目指します。

事務所の入ったビルまで戻り、壊れたエレベーターの代わりに階段で上がる。
今の気分なら階段を登るのも辛くありません。
扉に手をかけ開きます。

千早「ただいま戻りました」

そう声をかけると音無さんが出迎えてくれました。

小鳥「おかえりなさい、千早ちゃん。お買い物ね?」

千早「あ、はい」

小鳥「プロデューサーさん、もうすぐ戻ってくるから準備だけはしておいてね」

千早「わかりました」

今日は夕方から小さなライブハウスの前座で歌うことになっています。
早速買ってきたCDで気分を盛り上げましょう。

ソファーに座ってポータブルCDプレイヤーにディスクを入れて蓋を閉じ、イヤホンを装着して楽譜を開きます。
荘厳な音楽が始まり、目は譜面に踊る音符を追う。
視覚と聴覚で音を楽しむこのひと時が、私の大事な時間です。

曲が終わり、楽譜を閉じる。
目線を上げると目の前にプロデューサーが座っていました。

千早「……っ!」

P 「お、悪い、驚かせちまったか」

千早「い、いえ……」

P 「楽しそうにしてたから声かけられなかったよ」

ニコニコしながら話しかけるプロデューサー。

千早「すみません、集中していたので気づきませんでした」

P 「気にするな、時間は余裕あるしお前にとって大事なんだろ」

千早「……はい」

P 「ならいいさ。」

笑顔を崩さず、私の頭をプロデューサーの大きな手が撫でる。
ゴツゴツしているけれど暖かい、その手の温もりがじんわりと胸にまで広がっていきます。
温もりが広がっていくのに合わせて、心臓が大きく跳ねる。

千早「……あっ」

P 「ん?何だ千早、髪がボサボサじゃないか」

千早「へ?あぁ、今日は風が強かったので」

P 「いかんぞ千早、アイドルなんだからそこら辺のことも気にかけないと」

千早「そうでしょうか?」

P 「そうだ」

千早「私には、よくわかりません」

P 「まぁ、今すぐには無理でもその内出来るようになってくれたら助かる」

諭すように言うプロデューサーの言葉に、私はただ無言で頷いた。

P 「じゃあ、音無さんに髪整えてもらってこい」

ぽんぽんと軽く髪を叩くとプロデューサーはデスクに戻って行きました。
手の温もりを残して。

その日のステージは、自分でも驚くくらい気持ちの乗った歌が歌えました。


月日が経って私はまた事務所近くの書店に来ています。

今日もお目当てはCDと楽譜。
CDの会計を済ませて音楽書のコーナーへ。
今買った物と同じ楽曲の楽譜を手に取ろうと手を伸ばしたら、たまたま同じものを取ろうとした手とぶつかってしまいました。
すぐに引っ込めてぶつかってしまったことを謝ろうと、相手の方を見る。

千早「ぷ、プロデューサー!?どうしてプロデューサーがここに……?」

P 「千早……。いやぁ、まぁ、うん」

何だか歯切れの悪いプロデューサーに訝しんだ視線を送ると、バツが悪そうに答えてくれました。

P 「まぁ、その、なんだ。プロデュースするにあたって

   もっとアイドルの事を知ろうと思ってだな、それで千早の趣味を俺も……と」

千早「そうだったんですか」

P 「気持ちわるいよな!担当プロデューサーがこんな…」

千早「そんなことありません!!」

思わず声を荒らげてしまいました。
周囲のお客さんの視線が私達に集まる。
それでも構わず私は言葉を紡ぎます。

千早「私の為にプロデューサーはやろうとしてくれているのに、

   それを気持ち悪いだなんて思うはずありません!

   普段迷惑ばかりかけているのに、こうして私のことを理解しようとしてくれて

   私は、とっても…」

そこまで言って、周りに人集ができていることに気づきました。

千早「……っ」

それと同時に、恥ずかしさがこみ上げてきてプロデューサーの顔をまともに見れません。

P 「ありがとう千早。うん、嬉しいよ」

そう言ってまた、私の頭を撫でてくれました。

P 「お、今日はボサボサじゃないな」

千早「……っ。今日は、風が弱かったですから……」

P 「そうか」

手の重さと暖かさが心地良い。
ぽんぽんと軽く叩かれて、プロデューサーに目をやるとやっぱり笑っていました。

その笑顔に、胸が暖かくなって。
自然と私の頬も綻びます。

千早「プロデューサー、良かったらその楽譜お譲りします」

P 「え、いやでも千早は…」

困惑するプロデューサーをよそに、私は言葉を続けます。

千早「同じ趣味なんだったら、一緒に見ればいいって思いませんか?」

P 「……いいのか?」

千早「はい。むしろ、同じ時間を共有できればもっと私の事を理解して頂けるんじゃないでしょうか?私も…」

顔が熱くて、鼓動も早くなっています。

P 「分かったよ」

渋々受け入れたプロデューサーが楽譜を手にレジへと向かいます。
その背中を見送る。

千早「私もプロデューサーの事、知りたいです……。」

言いかけた言葉を、離れていく貴方の背中へ投げかける。
聞こえないように、小さく。




おわり