■STORYM@STER


 セカンドゴロ、らしかった。目を離している隙に、打席に立っていたバッターがおもいっきり振ったバットにボールが当たり、二塁を守っていた野手によって捌かれ、アウトになったみたいだ。スリーアウト。この回も得点は入らずに、野球場ではイニングが変わるとき恒例のポップスが流れ始める。

「おまたせ」
「うん、ありがと」
「……どうなった? 打ったか?」
「ううん、セカンドゴロだぞ。後ろのおっちゃんが言ってた」

 プロデューサーは買ってきたコーラの紙コップを差し出しながら、「そっか」と軽く笑った。スーツ姿のプロデューサーと、ユニフォーム姿の自分。外野席、夜風が身体にあたって、気持ちが良かった。夕焼けが群青色に変わってきたこの大空が、見上げたすぐ近くにある。手が届きそうで届かない、そんな星空だ。近くで聞こえるトランペットの音が、気分を高揚させてくれた。

「どうだ、野球観戦」
「楽しいよ。昔、沖縄の球場にチームが来た時、兄貴がルールを教えてくれたんだ」

 何も分からないまま外野席に座って、立って、精一杯声援をして、試合結果は惨敗だったけれど……スポーツを見るっていうのは、やっぱり楽しくて。自分にとって一番身近なのは、野球だった。沖縄に居た頃から、毎年見に行っていたし。

「そっか。響が野球を見てたなんて意外だったよ」
「最近はそれこそ、全然見てなかったけどな。都会のスタジアムに来たいなぁ、とは思ってて」

 応援団のホイッスル。自軍の攻撃、という合図だ。黒いビジターユニフォームに袖を通した選手が、外野の守備につくのが見えた。「精一杯選手を応援しましょう」と、応援団の代表がひとり、外野席の上部にある席の上に立った。紺色の法被。大きなトランペットを持って、汗をかきながら声をあげていた。

「応援、自分はまだ良くわからないけど……楽しいね」
「なら良かった。野球は楽しいぞ、試合だけじゃない。応援、マネジメント。いろんな所にドラマがあるから」

 さっきヒットを打っていた選手が打席に立つ。0対0の投手戦。どちらが先に得点を取るのか、すごく楽しみだった。お互いの力が拮抗しあって、最後に競り勝つ方はどちらか。引き分けの未来もあるし、ここから大差で勝利する未来もある。

「野球って、アイドルに似てると思わないか? プロデューサー」
「アイドルに?」
「そう。今はこうやって、ピッチャー同士が全然譲らなくて、得点も入ってない。守備もすごく慎重だし、バッターの方も、次に来たボールをヒットにしよう、飛ばそうって考えてる」

 応援歌が流れだして、周りの歌声やクラップが大きくなっていった。

「……アイドルも同じだって思うんだ。お互いがオーディションで全力を出して、その中で自分が突出できるように、特別に目立てるように……そうやって、練習して努力して、合格を勝ち取る」
「確かに、アイドルと似てるかもな。野球」

 黒のユニフォームを着たピッチャーは、打席に立っていたピッチャーの空振りを誘って、見事にアウトをひとつ、取った。次に出てきたのは、4番打者の外国人選手だ。なんというか、ホームランを打ってくれそうな、そんな予感がする。それは、ステージの上で『このオーディションは勝てる』と確信した瞬間の、うちのリーダーの美希みたいで。

「がんばれーっ」
「響、あんまり大声出すとバレるんじゃないのか?」
「765プロで知名度あるのは、竜宮小町だけでしょ? 自分たち、まだまだじゃないか」
「っ……そう、だけど」
「だから今のうちに、こうやって声援を送るんだ。きっと出来なくなっちゃう時が来る。そう信じてるからさ」

 いつか、球場の外野席なんかで野球を見られなくなって、個室シートじゃなきゃサインをねだられまくるような……そんなアイドルになりたい。トップアイドルって、きっと自分のやりたいことがほとんど出来ないんだと思う。だけどその分、輝いたステージから、最高の気分を味わえる。それって誰もが感じられることじゃなくて、アイドルの頂点に立ったほんの一握りだけが、経験できることだと思うから。自分は、自分たちはまだまだそこを夢見ている、数多くの少女と変わらない。

「ホームランーっ♪」
「ここで打ったら、流れが一気に変わるな」

 ――カン、とバットにボールが当たった。ライナー性のあたりは、セカンドとショートの間を抜けていく。ヒット。バッターの外国人が一塁に到着した。外野手が返球に手間取っているうちに、外国人選手は二塁へと進んだ。ワンナウト、ランナー二塁。
 外国人選手が、二塁から三塁、そこを回って、元々立っていたバッターボックスの本塁を踏めば、得点になる。

「やたっ! やったよ、プロデューサー」
「な、そろそろ1点が欲しいところだ」

 野球の1点は、すごく簡単に取れる日もあれば、なかなか取れない日もある。今日はまさに後者な日。お互いのチームのピッチャーが譲り合わずに、なかなかヒットを与えなかった。けれど、これで一気にチャンスに突入する。
 トランペットが奏でる曲がチャンステーマに変わって、次に打席に立った選手の名前をコールするようにと言われる。

「……1点取るのだって、難しいよね」
「ん、そうだな」
「プロデューサーも、自分たちのオーディションとか……やっぱり、無理して取ってるの?」
「なんだよ、無理してって」

 プロデューサーが笑った。

「いや、ほら。春香とか千早の面倒を見てるでしょ。それで自分たち……ユニットだから、いろいろと迷惑かけてるんじゃないかな、って」
「そんなわけないだろ、楽しくやってるよ。好きじゃなきゃ仕事なんか取ってこないし、オーディションも受けろとは言わないさ」
「そ、そう? ならいいんだけど……」

 バットが空を切る。ツーボールツーストライク。追い込まれている。あと一回空振りしてしまえば、三振。アウトになる。

「……響」
「え、何?」
「今さ、あのバッターは追い込まれてるよな。ツーストライクだ」
「うん」

 ピッチャーの投球は、大きく外れてキャッチャーミットから溢れる。これでスリーボール、フルカウントになった。
 またボールならばフォアボールで出塁、あのバッターは一塁に走ることができるし、空振りしてしまえばツーアウトだ。

「俺がプロデュースしたいアイドルっていうのは、安全に塁に出ることよりも……なんつーか、当たらないでも良いからって全力でバットを振りに行くような、そんな娘達なんだよね」

 目の前でバッターも、思いっきりバットを振った。ボールには当たらない。スイングアウト。

「それって、どういう意味?」
「いや、なんつーのかな。力をセーブするんじゃなくて、いつだって全力でぶち当たるようなさ。そんなアイドルと一緒にやっていきたいんだ」
「……なるほど、な」
「おいおい、分かってるのか、意味」

 次のバッター、という所で「代打」のアナウンスがかかり、球場全体が歓声に包まれた。代打の切り札のような存在の選手。バットを持ってゆっくりと、打席へと入っていく。

「分かってるよ。自分たち、どんな球にもビビらないでやっていけばいいんだろ!」
「……ああ。空振りを怖がるな。空振りが怖くて振らないんじゃ意味が無い。振るから当たるんだ」
「大丈夫。チャンスでは絶対にバットの芯に当てるような、そんな力を持ってるからね。フェアリーは」

 今度のオーディションは、なぜだかもう通過できる気がしてるんだ。どんな時もしっかり振る美希、エラーをしてもちゃんとフォローする貴音、そしてチャンスでバットをボールに当てる自分。それぞれバランスがとれている。

「響はピッチャーとバッター。どっちが勝つと思う?」
「……うーん、分からないなぁ。本気同士の戦いって、結果を予想できないよ」
「だよなぁ。俺もわからない。……今度のオーディション、相手も本気で来ると思う。だから結果は、確実に勝てるとは俺も言えない」
「……うん」

 応援歌がいっそう大きくなっていく気がした。

「ここにいるファンと同じように、俺もフェアリーのみんなが勝つって信じてる」
「…………うん!」

 ピッチャーの投げたボールは、バッターが思いっきり振ったバットに――。