10年後m@s






『765プロ 10周年記念ライヴ』

会場の入口に掲げられた垂れ幕には、そう書いてある
開場時間の60分前
懐かしい顔ぶれが目に入った

10年前の765プロ最初のライヴ
500人も入らないようなホールに、たしか200人弱くらいしか入らなかった

彼らはその200人の中にいた人たち
老けてしまった人、ハゲてしまった人、あんまり変わらない人

彼らから見れば、俺もすっかり変わってしまったのかもしれないけど……

ホールのスタッフらしき人が警備員を務める会場で、彼女たちは目の前にいた
誇張でもなんでもなく、本当に目の前に

『天海春香です!765プロのファーストライヴ、楽しんでいってくださいね!』

緊張で声を震わせながらそう言った春香のことを、いまでも覚えている
そのときステージの上にいたのはどこにでもいる普通の女の子たちだった

歌もダンスもパッとしなくて、MCもぎこちない
彼女たち全員が、普通の女の子だった

そんな『身近さ』が、あの頃の俺にはちょうど良かったのかもしれない
自分と同じ『普通の人』たち
そんな距離感が、たしかにあのころ、心地よかった

でも、そんな距離感が変わってしまうのはアッという間だった
ほんとうにアッという間に、彼女たちは遠くに行ってしまった

回を増すごとに大きくなっていく会場とステージ
ほとんどアマチュアだった彼女たちのパフォーマンスは、プロのそれへと変わっていった

ステージから遠く離れた客席で、何も変われない自分が眺めているのに気付いたとき、俺は彼女たちから離れていった
いや、置いてきぼりにされた

変わろうとすることは簡単だ
それまでより10分早く起きるだけでも、世界は変わる
ただし、継続できれば、だけど

彼女たちは『変わりたい』と望み、その気持ちを継続した
一人でも多くのファンに熱を届けたいと、ひたむきに

だけどあのときの俺は……
ファンであり続けることすら出来なかった

自分を本当の意味での悪者にしてしまえるほど、人間は強くない
少なくとも俺はそうだ

飽きたから、金のムダだから、他に趣味が見つかったから
理由はいくらでも見つかった
そのうち嘘を吐くのにも慣れて、偉そうな口調で彼女たちの批判まで始めた

だけど……
つくえの引き出しの中の紙切れだけは、捨てることができなかった
『765プロ 1周年記念ライヴ』と書かれた、ヨレヨレになった半券だけは

彼女たちが横浜アリーナのステージに立ったとき、俺は会場の外にいた
なんの目的もなく、ただそこにいた
埼玉スーパーアリーナのときも同じだった
初めての東京ドームのときも

それは開いてしまった彼女たちとの距離を確認するだけの、意味も意義もない行為
だけど会場の外に伝わってくる熱意と熱気に、いつも涙は溢れた
望んでもいないのに、勝手に

ライヴに行かなくなってから3年が経ったころ、俺はアルバイト生活を止めた
親のツテで小さな土建屋に入って、働き始めた
なじられ、罵られ、ときには人格まで否定されながら、それでも『継続』した
財布の中の紙切れを見つめながら、歯を食いしばった

そんなもの、世間一般で言えば『当たり前のこと』なのは、いまならよく分かる
だけどあのころの俺には、それすらも必死だった

働き始めて3年。ライヴに行かなくなってから6年が過ぎたころ、初めて現場を任された
その日の夜、6年ぶりに765プロのベストCDをかけた

初期のベスト版
3000枚ほどしかうれなかった帯つきのそれは、いまではかなりのプレミアが付いているらしい
だけど、いくらで売れるのかは知らない
売るつもりがないものの値段なんて、調べる気にもならないから

働き始めて5年
難しいと言われている資格試験に受かった

同じように、そのCDを聴いた
彼女たちはもう、トップと呼ばれるアイドルになっていた
だけどヘッドフォン越しに聴こえる歌声は、普通の女の子のころのままだった

それでも涙は流れた
やっぱり、勝手に

そして今日。俺はここにきた
ただのファンとして、こんどはステージを見るために

入口の垂れ幕には『765プロ 10周年ライヴ』の文字
屋根の上には、古い歌にあるようにタマネギが輝いている

会場30分前のアナウンス
また一段、みんなのボルテージが上がる

彼女たちはもう、目の前にはいない
遠く離れてしまった
俺を置き去りにしたわけじゃない
自分たちの力で、遠くに飛び去っていった

いまはそれが心地いい
そう思えるほどには、俺も『継続』してきたつもりだから

彼女たちは、俺の人生を豊かにしてくれた
「何をバカな」という奴らには、言わせておけばいい
継続するとすら出来ないような奴らの言うことなんて、別にいい

開場時間が迫る
熱気はリミッターなんて壊れてしまったみたいにグングン高まっていく

10年なんて、あっという間だった
次の10年はもっと早いだろう

なぜなら彼女たちは立ち止まったりしないから
何も知らない変われない奴を、平気で置き去りにしていくから

彼女たちはもう、目の前にはいない
遠く遠く離れてしまった
それがとても嬉しくて、ライヴ前だというのに泣いてしまった

財布の中からヨレヨレの紙切れを取り出す
ここから俺の人生が始まったんだと、本気で思った
彼女たちに出会うことがなければ、俺はずっと、どうしようもない俺のままだったはず

開場時間がきて、人の群れが動き始める
『新しい10年を』
そう呟いて、半券を財布にしまった

さぁ、遠く離れてしまった彼女たちを観にいこう
それはきっと、いいことだ

お し ま い