■STORYM@STER



何も聞こえない環境下で昔のことを思いだす。

優の声 優の顔 そして、優の温もり……

静かにそれを思いだしてる意識とは裏腹に、身体がもがき苦しみだした。

 ダメ、もう少しだけ。もう少しで、優が……


無意識の内に水面から顔を出した。色々な音が耳へ入り込んでくる。

「ぷはっ…」

落ち着いた自分の思考とはうって変わって、とにかく空気を取り込もうと口から荒い息が出る。

呼吸が落ち着くなり、周りを見まわしてみる。
見覚えのあるタイル。そして照明。いつも使ってるシャンプー達。
何一つ変わらない世界へ戻ってきた。

それらを見まわして、ため息をついた。



風呂から出た後、千早は部屋に飾ってある優の写真を見た。

あの時からずいぶん時が経ってしまった。
もし今優が生きていたら、自分より身長が高くなっていたのだろうか?
そんな無駄なことを考えて、それが無駄なことと気づいてすぐにやめてしまう。

「……こんなことじゃダメね」

そう言いながら、千早はヘッドホンをつけてコンポの電源を入れた。



千早「おはようございます」

小鳥「おはよう、千早ちゃん」
千早が事務所のドアを開けると、真っ先に小鳥が見えた。
逆に小鳥以外の席には誰もいなかった。
小鳥はそのまま立ち上がって、ホワイトボードを確認した。

小鳥「千早ちゃん、今日はこの後CDの収録ね。プロデューサーさんが送ってくれるから」

千早「はい。あの、プロデューサーいますか?」

小鳥「今社長と打ち合わせ中よ。そろそろ戻ってくると思うけど……」
ほどなくして、プロデューサーが社長室から出てきた。

小鳥「プロデューサーさん、いいタイミングですね」

P「え? 何かありました?」

小鳥「千早ちゃんが用があったみたいです」
小鳥の言葉にプロデューサーが首を傾げる。心当たりは何一つない。
俺が何かやらかしたのか? そんなことを考えていると、奥から千早が出てきた。

千早「プロデューサー、おはようございます」

P「おう、おはよう。どうかしたか?」

千早「あの、今日の収録の前に寄りたい場所があるのですが、大丈夫でしょうか?」

P「うーん、場所による。あまりに遠方だと時間的にも無理だ」

千早「遠くはないです。ただ……」
そこで一度切ると、深呼吸をしてその先を切りだした。



陽気は間違いなく春のそれだった。
しかしここはいつでもどこか寂しい印象があった。
いや、こちら側が勝手に寂しいと思っているだけで、実際はそうではないのかもしれない。
時折吹くそよ風が周囲の木々を揺らすと、木々達のざわつく音が頭上から聞こえた。
それが止むと、再び静かな世界がやってきた。

そんな静かな、そして通い慣れた道をおもむろに歩く。
そしていつもの場所で立ち止まる。

「……優」
千早が優の墓石に触れる。
当然優の温もりも何もない。

ただ、その格好のまましばらく立ち尽くしていた。


どれくらいそのままだっただろうか。
千早が何かを思いだしたように墓石から手を離すと、墓石に水をかけて花を供えた。
そして線香を2本供えると、しゃがんだまま目を閉じて手を合わせた。

千早「……プロデューサーは、ご兄弟いますか?」
その体勢のまま、千早が目を開いて後にいるプロデューサーに話しかけた。

P「ん? ああ、姉がいるぞ」

千早「ちゃんと仲良くしていますか?」

P「まあ、仲は良いほうだと思うぞ。……ほとんど俺が尻に敷かれてるだけだが」

千早「……ふふ、プロデューサーらしいですね」

P「お前俺をどう見てるんだ?」

千早「事務所でみんなに振り回されてるのを見て、この人は普段からこんな感じなのかな、と思っていました」

P「む…… 否定はできない」


千早「……お姉さん、元気ですか?」

P「ああ、いつでも絶好調だ」

千早「そうですか……」

P「……」

千早「……」


P「……そろそろ時間だ」

千早「はい、ありがとうございました」
そう言うと、千早は立ち上がってプロデューサーに一礼した。
そして、優の墓を振り返った。

千早「じゃあ、また来るね」

直後、そよ風が吹いて周りの木々を揺らした。
木々がざわついてるのを聞いて、千早は「また来てね」と言われている気がした。