■STORYM@STER




 ふと、思い返す。私が心を閉ざし、歌を歌い続ける事だけに没頭していた日々の事を。
 春香やプロデューサー、そして他の皆が私の事を気遣い、声をかけてくれようとも、あの頃の私はその言葉達に本心で答える事は無く、それらを何処か遠くへ押し退けるようにして冷たく返事をしていた。
 何故なら、あの頃の私は歌う事だけで精一杯だったからだ。自分の過去を乗り越える為に、歌い続ける事だけで。
 ずっと私は独りなのだと思っていた。優を亡くし、両親とも離れ離れになり、マンションの一室に居るのは自分だけだったから。

 ――でも現実は、皆は私の事を見放してはいなかった。

 私が冷たい言葉で押し返そうとも、時には感情的に追い返そうとも、皆は私の事を想い、考え、そして私の事を深い闇の底から救い出す為に尽力してくれた。
 その結果として私達の間に結ばれたのが、一つの「約束」。あの舞台を、あの日の事を、私は未来永劫忘れる事は無い。
 私は決して独りではなく、私の周りには常に「仲間」が居るのだと、皆が教えてくれた。それこそ私は、本来の家族こそ失ってしまったものの、765プロの皆という第二の家族を持っていたのかもしれない。
 あの日春香が、皆が私の事を迎えにきてくれたから、私はそれにようやく気付く事が出来た。皆の想いが込められた約束をこの胸に、再び歌声を取り戻す事が出来た。
 そして、改めて765プロの皆と共に前へ進み始めた私は、今まで自分の本心を覆い隠していた殻を打ち破り、心を歌に乗せる事が出来るようになったのだ。

 ――それから時は過ぎて、現在。
 かつて、トップアイドルという存在に憧れていた私達は、知らぬ間に「憧れられる存在」へと変化していて、改めて私は前に進んでいるのだという事を体感する事となった。
 私の歌声に憧れてくれる人。そして、私の歌声を褒め称えてくれる人。今までの私の周囲にはそのような存在は居らず、皆が与えてくれた約束があったからこそ、ここまで来れたのかもしれない。
 今までの私は、自ら自分自身の視野を狭くする事で、自分の身を守ろうとしていたから。しかし、今はそのような事をする必要性は無い。
 私の周りには仲間が居て、そして時に私の事を励ましてくれる存在も居る。だから、今こそ閉ざされていた視野を広げ、まだ見ぬ外の世界を見ていく事で、更に素晴らしい歌を人々に伝えようと思う。
 今の私には、それが出来るから。過去を振り返るだけではなく、その過去を乗り越えて、前に進む事が。

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「……?」
 ある日の事。私は無い知識を振り絞りながら、765プロの事務所でとある機械を弄りまわし、新しい視野を取り入れようと奮闘していた。
 私の目の前には、あの日春香が届けてくれた優のスケッチブックが置かれていて、私は機械のレンズをそれに向けながら、ピントと言う物を合わせようと試行錯誤を繰り返す。
「…………」
 しかし、どう足掻いても、変にぼやけてしまう。手が震えているのか、それとも私のやり方が間違っているのだろうか。
 この機械にはピントの自動調節機能という物が付いていて、ある一定の角度に合わせる事ができさえすれば、ぼやける事も無くシャッターを切れるのだけど。
「……!」
 角度を変える事を繰り返しながら無意識の内に身体を動かしていると、ピントの自動調節機能が働いた事を確認出来た為、咄嗟にシャッターを切る。
 ……しかし、やっとの事で撮影する事が出来た一枚の写真は、思い描いていたように素晴らしい物ではなく、とても微妙な物になっていた。
「やっぱり、難しいわ……」
 肩の力を抜いてソファーにもたれかかった私は、思わず本音を漏らしてしまい、そう言い終えた後ではっとする。
 しかし、呟いた通りで、この写真撮影という行為は私が当初予想していた以上に難しいものだった。
 写真を撮る事で、目の前にある物を見落とさないようにしよう、と狭い視野を補う為に始めた私の唯一の「趣味」ではあるものの、先は長くなりそうで気が重い。
「千早ちゃん?」
「春香?」
 突然私の隣に姿を現したのは、春香だった。彼女は私が手に持っている機械と机の上に置かれたスケッチブックを見て、何かを察したように頷いた。
「スケッチブックを、そのカメラで撮ろうとしてるの?」
「……ええ。思っていたよりも写真を撮る事が難しいから、練習にと思って」
 自分が失敗した場面を春香に見られてしまったようで、何だか妙に背中がむず痒くなったものの、私の言葉を聞いた春香はふっと私に微笑みかけてくる。
「でも千早ちゃんなら、きっと上手く撮れるよ!」
「簡単に上手く撮れたら良いのだけれども、実は今も失敗しちゃって」
 私はそう呟き、再びカメラを構えようとした所で、ふとした考えが脳裏を過ぎる。
「春香、もし良ければ貴女をカメラで撮っても良いかしら?」
「ええっ、私を!?」
 さすがにいきなりの事で驚いたのか、春香は慌てふためくようにして視点を泳がせたものの、暫くすると私の方を真っ直ぐ向いた。
「なんだか、照れちゃうけど……私で良いなら」
「春香なら上手く撮れそうな気がするから。少しの間だけ、じっとしてて」
 春香は少し照れくさそうにしているものの、私の方に可愛らしい笑顔を向けて。
「えへへ……」
 その瞬間を、その笑顔を逃さないように、私はさっとカメラを構え、シャッターを切る。
 今回は思っていたよりもスムーズに、そしてしっかりと撮影を行う事ができ、撮影された写真をカメラで確認すると、その中には春香の笑顔がしっかりと捉えられていた。
「上手くいったわ。ありがとう、春香」
「いえいえ、どういたしまして」
 こうして春香の向けてくれる笑顔だけは、今も昔も変わらなくて、どこか安心出来るようで。
 しかし時が流れるにつれて、いつしかそんな春香の笑顔を見る事も出来なくなってしまうかもしれないから、私は今、この瞬間を写真に収め、そして記録する。
 目の前にある物を、見落とさないように。そして、見た物を忘れないように。

 写真の中で笑う春香、そして私の目の前で笑う春香。どちらも私にとってはかけがえのない宝物で、私はこれからもその笑顔を見て、何らかの形で記憶に収めようと思う。
 ――そうやって、新しい瞬間をこの身に焼き付ける事で、新しい一歩を、真新しい日を作り出す為に。