俺は、765プロという事務所で、アイドルを目指す女の子達をプロデュースしている。
 俺がプロデューサーになった理由はかくかくしかじか。色々と普通ではない経緯を辿っている為、その説明は省略させて戴こう。
「プロデューサー、今日のオーディションもよろしくお願いします」
「ああ。頑張ろう」
 事務所でデスクに向かっていると、如月千早という青い髪が印象的な一人の少女が俺に声をかけてきた。彼女もまた、俺のプロデュースするアイドル候補生の一人であり、俺は彼女をトップアイドルという『夢の終着点』に導くべく、尽力している。
 彼女の持っている武器は、その素晴らしい歌声だ。透き通るような、そして繊細な歌声は、沢山の事を魅了する事だろう。
「今日の調子はどうだ?」
「絶好調、とまではいきませんが、中々だと思います。全力を出す分には問題無いでしょう」
 他のアイドルはこういう時、多少調子が悪くても自分を元気付けるために「絶好調」というものだと思っているが、包み隠さず自分の調子をしっかりと説明してくれる所もまた、彼女の魅力だと思っている。
 自他共に厳しく、甘えを許さない。それはこの業界を生き抜く上で、とても重要な事なのだから。
「千早がそういうなら、問題無いんだろうな。今日までに積み重ねてきた練習を無駄にしない為にも、全力を出しきってくれ。俺が直接的に何かを出来る訳ではないが、陰ながら応援しているよ」
 そう言って俺が千早に軽く微笑みかけると、彼女は真剣な眼差しを此方に向けた後、軽く頭を下げた。
 千早は本番になると緊張して全力が出しきれないようなタイプではないのだが、さすがにオーディション前という事もあって、緊張しているようにも思える。とは言えど、変に言葉をかけてしまうと彼女のやる気を削ぎ落としかねないので、色々と遠回しに言葉をかける事しか出来ないが。
「あの、プロデューサー」
「どうした?」
 このままオーディション会場に向かおうかと考えていた俺ではあったが、千早が再び声をかけてきた為、俺は椅子から立ち上がった後、彼女と向き合う。
「この前プロデューサーがレッスン後の私に言った事、覚えていますか?」
「勿論。千早にとってのトップアイドルとは何なのか、という事だったな」
 俺は先日、レッスンを終えて俺の元へと戻ってきた千早に、自分の思い描くトップアイドルとは何なのか、という質問をした。
 その質問をした理由は、一つ。彼女がはっきりと自分の未来図にも似たトップアイドルという存在を思い描かない限り、その境地に辿り着く事は出来ないと判断したからだ。
「はい。答えを今は出す事は出来ませんが、私は私なりに、その答えをトップアイドルを目指す中で少しずつ探していこうと思っています。ですから、プロデューサー。プロデューサーも、自分が理想とするプロデューサーとはどのような姿をしているのか、という事を考えてはくれませんか」
「それは、何故だ?」
 まさかこんな事を聞かれるとは思っておらず、俺は反射的に問い返してしまう。
「私がトップアイドルになる為にはその理想像を思い描かなければいけないというのなら、プロデューサーもそうしなければいけないと思ったからです。成長するのは私だけではない、プロデューサーも同じなのですから」
「なるほど……確かに、それは一理ある。この前の千早がそうだったように、俺も今は答えを出す事は出来ないが、必ずやその理想像を掴んでみせよう」
 今の千早はあくまでも、トップアイドルを目指す為の過程を歩んでいる少女に過ぎない。故に、まだその理想像を完成していなくてもおかしくはないのだ。
 それと同じように、俺もまた、まだまだプロデュースを始めたばかりの新米プロデューサーに過ぎない。俺は千早と共に夢の終着点を目指す中で、その理想像を掴もうと考えている。
 ――今無理やりそのような理想像を完成させても、いつか過程を歩む中で、現実に打ち砕かれてしまうだろうから。
「約束ですよ」
「分かってるよ、信用してくれ。では、そろそろオーディション会場に行こうか」
 俺が促すと千早はそれを了承し、俺の横に並んだ為、このまま彼女を連れてオーディション会場へ向かう事にした。

 -----※-----

 同日午後、オーディション会場。そこには俺と千早を除いても沢山のアイドル候補生やプロデューサーが集まっており、並々ならぬ緊張感を肌で感じる事となった。
 俺はこれから一人でオーディションを受けにいく千早と向き合い、そして彼女の瞳を真っ直ぐ見つめながら。
「千早は千早なりの全力を出しきれ。その結果が、今の実力という事だ。プレッシャーを与えているようかもしれないが、千早ならやり遂げてくれると信じて待っているよ」
「はい、ありがとうございます。では、行ってきます」
 決意に満ちたような表情を見せた千早の背を見送り、俺は待合室に用意されている椅子に腰を下ろした。
「…………」
 千早の前では緊張しているような表情を見せず、そして弱音を吐かないと決めている為、強く意思を持ってなんとかそれらの感情を隠し通したが、いざ千早が居なくなってみると、不安で気分が悪くなってくる。
 千早は常日頃からレッスンを熱心に受けており、そして自宅でも努力を欠かしていないようだが、それでも彼女はまだ『未熟』だ。
 その為、彼女がオーディションで全力を出し切る事が出来たとしても、落選する可能性は十分にある。
 ……こんな事は考えたくないが、もし仮に千早がオーディションに落選し、落ち込んでいたとしたら、どのような言葉をかけてやれば良いのだろうか。
 俺もまた、プロデューサーとしてはまだまだ未熟だ。それ故に、アイドルと互いの未熟さを補うようにして歩んでいても、壁のような物を感じてしまう時がある。
 それが今、俺達の前に現れているのかもしれない。オーディションを通過し、夢の終着点を目指す為の第一歩を踏み出す事が出来るか否かの、重要な境界線が。
 こんな時、自分の思い描く理想像という物が完成していたのならそれを目指す事で乗り越えられるかもしれないが、俺達はまだその理想像という物を掴む事が出来ていない。だから、こうして頭を悩ませるしかないのだ。
 ――ただ一人、待合室の椅子に座ったまま、千早が口にした「私には歌しかありませんから」という言葉を思い出しながら。

 俺が頭を悩ませている内に、時は流れて。
「プロデューサー」
「ん? ああ、千早か。終わったのか?」
 気が付くと俺の元に千早が戻ってきており、彼女が声をかけてきた為、俺は再び普段通りの表情を装って彼女と向き合った。
「はい。結果は、残念ながら力が及ばなかったようです」
「力が及ばなかったって事は、つまり……」
 落選、という言葉を俺が口にする事は出来ないと判断し、言葉をそこまでに留めると、千早は黙って頷いた。
 しかし、俺が先程まで考えていたよりも、千早の表情は普段と変わりなく、オーディションに落選した事を全く気にしていないようにすら思えてしまう。
「……そうか。でも、頑張ったな。今は辛いかもしれないが、一先ず事務所に帰ろう」
「この程度で落ち込んでいては、前に進む事は出来ませんから大丈夫です。それに、このオーディションに合格しても歌う事には結びつかない可能性が高かったので」
 出来るだけ彼女の事を気遣うように言葉を選んだものの、千早から返ってきた言葉は予想以上に淡々としていて、まるでこの『失敗』すらも気にしていないようだった。
「だが、厳しい事を言うのであれば、この失敗を乗り越えられない限り、俺達に未来は無い。少しぐらいは反省するべきだ」
 それを踏まえ、俺は千早の失敗を咎めるような言葉を返したものの、彼女はその言葉にこれと言った反応を示す事もなく口を開いて。
「ですが、私の思い描くトップアイドルというものは、歌無しでは語れませんから。その方面で失敗したのであればしっかりと反省するつもりではありますが、今はそのような必要性は無いと思います」
「何……?」
 ――俺が彼女にかけた言葉、そしてそれによって新たに開かれた筈の道が、予想外の方向へ進んでいっている。
 俺はあくまでも現実的な問題を踏まえた上で自分の思い描くトップアイドルというものは何なのか、という事を思い描いて欲しかった訳であって、断じて自分に都合の良い理想像であったり、現実的な問題を無視した理想像を思い描いて欲しかった訳ではない。
 だが、俺の言葉が足りなかったのか、今の彼女は自分に都合の良い理想像を思い描いてしまっている。これは由々しき事態だ。
「ようやく固まってきたのですが、私なりのトップアイドルというものの理想像は――」
「少し、訂正したい事がある。だがここでは満足に話が出来ないだろうから、事務所に帰るぞ」
 何もかもが上手くいく訳ではない、それは最初から分かっていた事だ。しかし、このまま千早が悪い方向に傾いてしまえば、夢すらも追う事が出来なくなってしまう。
 理想的なプロデューサーであるのなら、このような事態をどう回収するのか……考えろ、そして実行しろ。そうしなければ、今目の前で発生している問題を解決する事は出来ない。
 俺は半強制的に千早との会話を中断し、彼女を連れて事務所へ戻る事にした。

 -----※-----

 俺達が765プロの事務所に帰って来る頃には、既に日が暮れかけており、辺りは薄暗闇に包まれ始めていた。
 事務所のドアを開け、千早と共に部屋の中に入った俺と千早は、そのまま応接間に歩いて行き、机を挟んで向き合うようにしてソファーに腰を下ろし。
「プロデューサー、いきなりどうしたんですか? こんなに急いで……」
「少し俺の言葉に不備があったようで、千早を悪い方向に進ませていっているように思えたから、早急に訂正する必要性があると判断したんだ。そう話しておけば良かったろうに、すまない」
 さすがに俺の行動に違和感を感じたのか、千早は不満にも似たような言葉を口にしたものの、俺の説明を受けた彼女は普段通りの落ち着いた様子に戻ったようだった。
「言葉の不備、とは?」
「言うまでもない、トップアイドルとは何なのかという事だ。俺はあくまでも現実的な問題を踏まえた上で千早の思い描くトップアイドルとは何なのか、という事を思い描いて欲しかった訳であって、断じて自分に都合の良い理想像であったり、現実的な問題を無視した理想像を思い描いて欲しかった訳ではないんだ」
 俺の言葉を聞いた千早はやはり自分の発言に心当たりがあったのか、顔を伏せる。
「オーディション会場で千早の言っていた事は、自分に都合の良い理想像に思えてしまってさ。決して千早が歌う事を否定したい訳ではないんだけど、歌うだけではトップアイドルになれないって事もまた事実。だから、もう少しそういう現実的な問題点を踏まえた上で、しっかりと理想像を思い描いて欲しかったんだ」
「……つまり、私が落ちたオーディションもまた、トップアイドルという立場に進んでいく為の重要な一歩であったという事でしょうか」
 反省したようにしてそう呟いた千早ではあったが、俺は敢えて頷く事にした。
「ごめんなさい。理想像という物を変に考えてしまっていた為に、私は……」
「間違いは誰にでもある、だからそれを臆する事は無い。重要なのは、それを踏まえてこれからどう頑張るかを考える事だ。それらを良く考えた上で、少しずつ自分の理想像という物を築いていけば良い。焦らず、ゆっくりとな」
 千早は自分の犯した失敗に気付いた為か、肩を落とし、すっかり落ち込んでしまっている。
 先程までは悪い方向性で物事を考えていた為に悔しさや辛さを感じていなかったのかもしれないが、今はそうではないのだから、そのような感情を抱いてしまっても仕方ない。
「……しかし、その歌に対する熱意は良く分かった。千早の思い描いているトップアイドルに近付けるように、歌に関連する仕事を出来るだけ探してみよう」
「本当ですか? でも、それだけではトップアイドルに上り詰める事は出来ないのでは……」
 千早は少し極端に物事を考えてしまっているらしいが、頭の良い彼女であれば、説明さえすればしっかりと俺の考えている事を理解してくれる事だろう。
「ああ。だから極端に歌に関係する仕事だけを選ぶのではなく、その他の仕事も含めて、バランス良く。厳しい事を言うようだが、そもそも今の千早は仕事を選んでいられるようなランクのアイドルではないんだし、仕方のない事だ。今は我慢してくれ」
「ええ、それは分かっています」
 機嫌を損ねてしまうかと一瞬だけ戸惑ったのだが、千早は俺の言葉の真意を理解してくれたようだ。
 ――そして、千早と俺の考えが一度すれ違ったお陰で、ようやく俺の思い描くプロデューサーの理想像を思い描く事が出来たかもしれない。
 アイドルの持つ特徴を活かしながら、彼女達が望んでいるような夢の結末に導いてやる事。それが、俺の理想とするプロデューサーの真の姿。
「あの、プロデューサー」
「ん?」
 千早は改まって俺の方を向いた為、俺もまた改めて彼女の事を真っ直ぐ見つめて。
「プロデューサーは、本当に理想像を持っていないんですか? 私に的確なアドバイスを出し、そして間違った道から正しい道へ戻そうとしている姿を見た限りでは、そのようには思えないのですが」
「……今は、ぼんやりではあるけど理想像を持っているよ。だがその詳細を教える前に、先に一つだけ聞かせてほしい。千早の思い描く夢とは、この活動を通して辿り着きたい夢の向こうとは、何だ? それは現実的な問題を無視して、単純な夢を言ってくれて構わない」
 俺がそう言うと、彼女は少しだけ首を傾げた後、何かを察したようにして口を開く。
「歌手として生きていく事です。この歌を、沢山の人に届けたい」
「ならば、俺はプロデューサーとして、千早をその夢の境地へ導いてみせる。俺の思い描くプロデューサーの理想像とは、アイドルの持つ特徴を活かし、そしてアイドルが望んでいるような夢の結末に導く存在の事。現実的な問題もあるかもしれない。だが、俺はそれをアイドル……いや、千早。お前と乗り越えていこうと思っているんだ」
 少し大袈裟かもしれない。そして、今の俺ではそのような事を出来ないかもしれない。
 だが、きっと出来る筈だ。今は無理であろうとも、共に歩み、共に成長していく中で、きっと。
「今の俺には難しいかもしれないが、絶対にお前を歌手にしてみせるよ。千早と、そして他の765プロの皆と頑張りながら、な」
「その言葉、忘れないでください。私も自分の夢を実現出来るように努力しますから」
 決意を新たに、胸の内に秘めた夢を共有して。
 プロデューサーとして千早を担当したからには、彼女の夢を実現するまで歩み続ける所存だ。
「それで、なのですが、プロデューサーの夢をお聞きしてもよろしいですか?」
「千早の夢を聞いたんだから、俺も自分の夢を明かすべきだよな……よし」
 プロデューサーというものの理想像とはまた別に、自分の胸の内に秘めた夢。それは、ただ一つ。

「プロデューサーとして、人間として、千早を含めたアイドル全員の夢を叶える手助けをする事。それが俺の夢だ」

 個々が思い描く夢の平行線は、どれも別々の結末を目指して進んでいっているのかもしれないが、それでも俺は彼女達の夢を実現出来るように、前へ前へと進み続けよう。
 それが、プロデューサーである俺の夢なのだから――。