Dram@s





これは江戸時代かその辺りのお話。

あるところにお伊勢参りをする為に旅をする三人の少女がいました。

最年少であり、二人の妹分であるやよい。
ちょっとお気楽だが、いざという時の直感は一番な響。
そして二人の剣術師範である貴音。

これはそんな彼女達が出会った人々とのやりとりを書いた作品である。



「あーあ、鳥っていいなぁ」
響が自分達の頭上を飛ぶ鳥を見ながら呟いた。
先ほどから数羽の鳥が行ったり来たりするのが見える。

「響さん、どうかしたんですか?」
やよいが響のほうを見る。
「いや、鳥だったら飛べるからこうやってひたすらに歩く必要ないんだろうなって思ってさ」
「響、いつまでもそうやって上を向いていると、石につまづきますよ?」
そうだな、と言いながら響は前を見る。
道はまだまだ先へと伸びていた。



「あ、あそこにお茶屋さんがありますよ」
やよいが指さした先には、小ぢんまりとした茶屋が一軒だけぽつんと立っていた。
それ以外に建物は見えず、背後には山だけが広がっていた。

「よし、団子食べるぞ!」
響が走りだす。
「はい!」
それに続いてやよいも走りだす。
「響、やよい」
それを制止するように、貴音が二人を呼びとめる。
「わかってるって」
響が笑いながら振り返る。
「お茶とお団子三人分、ですよね?」
その横でやよいが右手の指を三本立てながら聞く。
「はい、お願いします」
貴音が微笑む。

「よし、やよい、行くぞ!」
「はい!」
響とやよいが再び走りだした。
茶屋を見つけるととりあえず走って競走するのが、二人のルールらしい。
そしてそれを歩きながら見届けるのは、いつも貴音の役割である。


「やっぱり歩いた後のお茶は美味しいです!」
「この団子も美味いぞ!」
やよいと響が顔を見合わせて、思い思いにお茶と団子を楽しむ。
「ほっほっほ、ありがとね。ほれ、お礼に団子もう三本じゃ」
奥から店主である老婆が出てきて、三人の皿に団子を一本ずつ乗せる。
「ありがとうございます!」
「ありがとな! 自分、この恩忘れないぞ!」
「ありがたくいただきます」
団子を食べながら、ふと思い出したように貴音が手を止める。

「店主さん、次の宿場まではどれくらいでしょうか?」
「この山を越えればすぐじゃ。お主らの足でも夜までには着くと思うぞ。ただ……」
老婆が続きを言いづらそうにそこで話を止めた。
「ただ?」
「最近野盗がよく出るらしくてのう、物騒な場所になったものじゃ」
言われてみればこの茶屋にも客がいないし、道中ほとんど人を見かけなかった。
野盗がよく出ると言われた道をまっすぐに突き進む人間はそういない。
恐らく多くの人間が野盗を恐れて別の道を通っているのだろう。


「貴音さん、このまま進んで大丈夫でしょうか?」
「ここで悩んでいても仕方ありません。少し休憩したら行きましょう」
心配そうなやよいをよそに、貴音が上品な動作で残っていた団子を食べる。

「ほ、本当に通るのか? 野盗に遭ったらどうするんだ?」
響の問いに貴音は何も言わず、おもむろに腰の刀を鞘ごと取り出した。
それが示す意味を理解した二人は、唾を飲んだ。
「……私たちで、何とかするのです」
貴音の鋭い眼光は、向かう先の山へ向けられていた。


「お団子ごちそうさまでした。また帰りに寄らせていただきます」
「あいよ、気をつけるんだよ」
三人が頭を下げて茶屋を後にした。


「響、ここからは先頭を頼みます。それと、いつでも刀を抜けるように準備を」
「うん。わかった」
「やよい、あなたは真ん中です。あなたも小太刀は用意しておきなさい」
「は、はい」
二人の準備が終わるのを見届けて、貴音は自分も刀を再び腰に差した。
こうして三人は野盗が出る山へと入っていった。


「この山は竹が多いんだな」
「同じ景色ばかりで迷いそうです」
山の中はどこまでも竹が続いていた。
時折風が吹いて、上のほうからざざっと音が聞こえた。



「ねえ、お金ちょうだい」
「!?」
突如聞こえた声に、三人が辺りを見回した。
しかし周りに人影はなく、竹以外に何もない。

「あはは、上だよ」
そう言うと同時に、一人の人間が上から降りてきた。
忍者のような黒装束、しかし首から上は一切隠れておらず、貴音達と同じくらいの少女であることがわかる。

「あなたが野盗、ですか?」
「その呼び方はなんか聞こえが悪くてやだな。ボク、真って言うんだ」
背中に脇差を一本だけ携えた少女は、わざとらしく姿勢を正した。
自分から名乗る辺り、野盗の呼ばれ方が嫌いなようだ。
「そうですか。覚えておきます私は貴音と申します」
「貴音、ね。それで、お金くれるの?」
貴音が首を横に振る。
「申し訳ありませんが、他人に差し上げるほど金品を持ち合わせておりません」
「そっか。じゃあ奪わせてもらうね」
悪気もなさそうに真がそう言うと、背中の脇差を鞘から抜いて構えた。
「そちらがその気なら…」
貴音も刀を鞘から抜いて構えた。
そして鞘を響へと投げた。
二人に下がれと合図する時は、決まってこうしている。

「二人とも、下がっていなさい」
響とやよいは無言で下がる。


両者動かぬまま暫く時間が経った。
そんな二人の間を、風が通り過ぎていく。
それが通り終わる頃、真が貴音の間合いに踏み込んできた。
貴音が右へ飛んでその攻撃を避ける。
着地した真がすぐさま貴音のほうへ方向を変えて飛びかかる。
横へ飛ぶ余裕のなかった貴音は、左へ転がりそれを避けた。
「なるほど、大した身体能力です。短い刀の理由がわかりました」

貴音が素早く立ち上がって、刀を振り上げた。
そして大振りで刀を斜めに振りおろす。
真はそれを楽々と避けて、貴音の太刀はその背後にあった竹を切った。
竹は綺麗に斜めに切れ、それより上の部分が音を立てて倒れた。

横に逸れた真を目がけて、貴音が再び刀を振り上げた。
それを振りおろすのに、貴音は一瞬動きを止めた。
それは真が避けるには十分な時間だった。再び刀は近くにあった竹を斜めに切り落とした。

「そんな太刀じゃ、ボクは捉えられないよ」
そう言われながらも、貴音は表情を変えずに竹ばかり切っていく。


「おかしい… 貴音にしては太刀が遅すぎる」
「やっぱりいつもの貴音さんらしくないですよね」
そんな様子を見ていた響が、数秒だけ貴音と目が合う。
見ているとどこまでも落ち着いているが、内心何かとんでもないことを考えていそうだと響は考えた。
「……! まさか」
「響さん、何かあったんですか?」
響がやよいの手を掴んで走りだす。
「やよい、ちょっとこっちに来るんだ!」
「え? は、はい」

「よそ見するなんてずいぶん余裕だね」
竹を登った真が貴音へ脇差を振りおろす。
貴音が咄嗟に刀を出した。
二つの刃が甲高い音を立てる。
「いかに追い込まれていても、周囲を見る余裕はなくてはなりません」
いつものような冷静な口調で貴音が返す。


「その落ち着きがいつまで持つのかな!」
真が軽い動作で後へ飛び跳ねる。
それを見て、貴音が動きを止めた。
「かかりましたね。勝負は私の勝ちです」
「何言ってるの? ボク全然やられてないんだけど」
貴音は勝利を確信したように刀を下げた。

「……後を御覧なさい」
「え?」
真が自分が着地する先を見た。
そこは、貴音がわざと斜めに切った竹が数本、鋭い切っ先を構えて自ら飛んできた真を待ちかまえていた。

「う、うわあああああああああ!」
すかさず横からやよいと響が飛び出し、真が串刺しになる前に受け止める。
真はそのまま力なく崩れ落ちた。
そこから動く気配がないのを確認して、貴音が刀を鞘に収めた。

「勝負はつきました。響、やよい、行きましょう」
貴音はそのまま振り返ることなく歩きだした。
「う、うん」
響とやよいがが荷物を持って貴音を追いかける。
「貴音さん、もしかして最初から竹を狙っていましたか?」
「ええ、無用な殺生はしたくありません」

真は三人の足音が小さくなるのをずっと聞いていた。
「負け、ちゃった……」
自分を嘲笑うように口元をつりあげて、そのまま上を見た。
竹の葉が風で揺れ動いていた。
「……――、ごめん」


暫くして三人は足を止めた。
行けども行けども同じ景色。振り返っても、左右を見ても全く同じ風景が広がっていた。
「道に迷ったぞ…」
「どう行けば良いのでしょうか?」
「はて…… とりあえず、歩いてみましょう。響、どの方向がいいと思いますか?」
こういう時、貴音は直感に優れる響の意見を信じる。

「うーん…… こっちだな」
響は悩んだ挙句、左側を差した。
「そうですか。ではそちらへ行きましょう」


「あ、見てください!一軒だけ家がありますよ」
歩いて少ししたら前方に一軒だけ家が見えた。
この山の中で唯一の人工物だった。

「とりあえず道を聞きましょうか」
誰も否定することなく、そのまま家を目指して歩き始めた。
壁が所々剥がれていたり屋根も傷んでいてお世辞にも家の状態は良くないが、誰か生活はしているようだ。

「もし」
「……」
貴音が問いかけるが、なかなか返事がない。

「あ、あの…」
貴音がもう一度問いかけようとした時、家の中からか細い声が聞こえた。
「う、うちには払えるだけのお金もないんです…」
怯えているような声でそう断られた。どうやら家の主は三人を乞食と間違えているようだ。
「自分達借金取りでも乞食でもないぞ」
「道に迷っちゃって、どうやって行けばいいか教えてほしいんですけど」
「えっと、この道を左へ行けば通りに合流できます。ごほっごほっ」
家主は暫く咳き込んでいた。

「あの、大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい。ごほっ、私病気なので近くにいると、移っちゃいます。ごほっ、な、なので早めに離れていただいたほうが…」
貴音が無言で一歩前へ出た。
「貴音?」
そしてそのまま戸へ手をかけ、それを何の躊躇いもなく開けた。

中には貴音達と同じ歳くらいの少女が怯えた表情でそこにいた。
「ひゃう!? あ、あの…」
「病人なら寝ているべきです。雑用は私たちがやります故、あなたは寝ていてください」
貴音がそう言いながら微笑んだ。
「あ、でも…」
「そうだぞ、自分達それくらいなら出来るからな」
家主の言葉を遮るように響が続ける。
「ごはんも作りますよ」
やよいが張り切った様子で響に続く。

「あ、ありがとうございます。普段はやってくれる人がいるのですが… ごほっ」
貴音が背中をさする。
落ち着くまで少し時間を要した。
「じゃあ今日はなんでいないんだ?」
「今お仕事に行ってて、もう少ししたら帰ってくるんじゃないかと思います」
言われてみて、三人は座布団が二つあることに気づいた。

「そうなんですか。じゃあそれまで私たちが家事をやりますから寝ててください。えーっと…」
「あ、ごめんなさい。私、雪歩って言います」
貴音が簡単に三人の紹介をする。
三人がそれぞれ頭を下げる。

「じゃあ雪歩、寝てていいぞ!なるべく静かにやるからな」
「ありがとうございます」
雪歩が寝室へ入るのを確認して、貴音と響は外で薪を割り始めた。
やよいは家の中の掃除を始めた。

響が鉈を振りおろして薪を割りながら、立派ではない家を見た。
「病人の看病をしながら働いてるんだから、きっと立派な人なんだろうな」
「ええ、さぞかし立派なのでしょう」
貴音はひたすら薪を割っていた。


ちょうど薪割りが終わって家へ運んでいる時に、雪歩が家の中から出てきた。
「雪歩、どうかしたのか?」
「お仕事から帰ってきたみたい」
そう言うと、奥から歩いてくる人影が見えた。
「響、先にこれを入れてしまいましょう」
「う、うん」
二人は家の中に入って行った。

「ただいま」
「おかえり、真ちゃん」
雪歩が真の持っていた荷物を受け取る。
その時、普段は二人しかいない家のほうから会話が聞こえた。
「誰かいるの?」
「旅の人が家事を手伝ってくれてるの。ごほっ、病人って言ったのに優しい人だよね」
「旅の、人…… っ!?」
真が走って戸を開ける。
ちょうど三人が薪を運んでいる場面に遭遇した。

「お、お前は!?」
響が持っていた薪を落とした。
「雪歩には指一本触れさせない」
先ほどとは違う、鋭い眼差しで真が脇差を構える。
「ま、真ちゃん!? 危ないよ!?」
「雪歩、下がってて」
真が雪歩に外で待っているように左手でジェスチャーした。

「どうやってこの家を見つけた?」
「ち、違います。私たちあの後道に迷っちゃって……」
やよいがそこで言葉につまった。
貴音がやよいの肩に手をかけ、続きを引き継いだ。
「たまたま見つけた家で病人が家事をしていた。それを手伝った。それだけです」
それを聞いて、真がゆっくりと脇差を降ろす。
「……ありがとう」

「真ちゃん、貴音さん達知ってるの?」
「え? あ、ああ、さっきちょっとね……」
真が視線を逸らしながら頭をかく。
「ほら、ここはボク達が何とかするから雪歩は寝てて?」
「う、うん」
真が雪歩を押すような形で雪歩を寝室に送る。
雪歩が寝室に入ったのを確認して、真がため息をつく。

「そういうことですか」
「……」
真が振り返って三人を見た。
「詳しくは後で話すよ」




食事の後片付けも終わって、四人で居間に座っていた。

「……雪歩は、1年くらい前にあの病気で住んでた村から追い出されたんだ」
四人の中心にある蝋燭を見つめながら、真は語りだした。
「決して治らない病気ではない。ただ、薬代なんて村のどこにもない。そうするしかないのはわかる。でもボクは到底納得できなかった」

「昔からずっと一緒だった友人がいなくなることに耐えられなかったボクは、雪歩と一緒に村を出た」

「最初はずっと雪歩に断られてたんだけどね。『真ちゃんまで病気になる』って」

「それ、どうやって同行したの?」
「ボクの本音を言っただけだよ。『雪歩のいない人生を送るなら死んだほうがいいよ』ってね」
「わぁ、プロポーズみたいです!」
やよいが目を輝かせる。それを見た真は面白くなさそうに頭をかいた。

「ボクはあまりそう思ってなかったんだけどな… まあそれから雪歩と村を出て、ちょうど空いてたこの家に住み着いたんだ」
真が家を見回す。所々壁の色が違うのは、空き家を何とか住めるように改修したのだろう。

「なるほど… しかし、現実は甘くなかったと」
「うん… 街にはいれないし、どこに行っても仕事はないし。そして行きついたのがこれさ」
真が脇差をひらひらとさせる。

「なあ、雪歩はこの事……」
響が言い出しにくそうに切り出した。
「……ボクは言ってない」
真は下を向きながら首を横に振った。
「元々人一倍正義感が強い雪歩だから、言ったら絶対薬を受け取ってくれないよ」
「……」
「とにかくボクは決めたんだ。何としてでも雪歩の病気を治す。例え悪魔に魂を売ってでも」
真は右手を強く握りしめた。
それに反応するように、蝋燭の火が微かに揺れた。

「……しかし、いつかは雪歩にも伝わってしまうのでは?」
「うん、その時になったら、ボクは……」
遠くで雪歩の咳き込む声が聞こえた。
「私ちょっと見てきますね」
やよいが立ちあがって、雪歩のいる寝室へ向かう。
暫く誰も喋らなかった。その静寂を破ったのは、やよいの声だった。

「雪歩さん! 大丈夫ですか!?」
やよいの声に三人が寝室へ駆け寄る。
「雪歩!」
「真ちゃ…… ごめ、んなさい」
雪歩の口元を抑えている左手は、血で真っ赤になっていた。
「時間がありません! すぐに医者の手配を!」
貴音の言葉に真が俯いて唇を噛みしめる。
何が言いたいのかはわかっていた。ただ、それを口に出したら雪歩を救えないということになってしまう。

「真」
貴音が左手で真の手を握る。
そして右手を自分の懐に持っていった。
懐から何かを取り出し、それを真の手に置いた。

「これは……」
「話は後です。今は雪歩を……」
真が受け取った小判を握りしめた。
「ありがとう」
そして雪歩の肩を掴んだ。
「雪歩!今から医者のところへ行こう!もう少し耐えて!」
雪歩は力なく頷いた。
「響、あなたも同行願います。恐らく真の足についていけるのはあなたくらいです」
「う、うん!」
真が雪歩を背負って家を飛び出した。
響がそれに続く。

「雪歩、もうちょっと頑張って!」
「……」
雪歩は何も返さず、荒い息を繰り返している。

「雪歩、覚えてる?小さい時もこんなことあったよね。あれは雪歩が夜中に高熱を出した時だった」
雪歩からの反応はないが、真は続ける。
「でもさ、今まで一度だけ雪歩におんぶしてもらったこともあったね。ボクは寝てて覚えてなかったけど、今度またやってもらいたいな」

「……嫌だよ、死んじゃ嫌だよ。お願いだよ、雪歩」
真が首を横に振った。
「……ううん、ここはボクがやらないといけないんだよね」

「本当に仲がいいんだな」
響が後から声をかける。
「へへっ、でもそれは響達もなんじゃない?」
「そうかもな。今まで当たり前のように一緒にいたから、あまり考えてなかったぞ」
貴音は師匠であることを考えると友達というのは違う気もするが、今さら師匠として接しても貴音は困るだけだろう。
「町が見えた! 病院はあれだ!」
真が指差した先には、少し大き目の立派な屋敷があった。見たところまだ灯りは点いている。
「よし、自分が先に行くぞ!」
響が先行して病院を目指す。
遠くで見るのは小さくても、町に入るととても大きく感じる。
見えていたのに辿りつかないもどかしさを感じながら、響はひたすらに病院を目指して走った。

「はぁ、ここだな」
息をつく暇もないと、響が病院の戸を叩く。
「急患なんだけど、観てもらえないか!?」
すぐに中から人が出てきた。

「あなたいい時に来たわ。ちょうど今誰も患者がいなかったところよ。で、患者さんは?」
「ここです」
響に追いついた真が雪歩を降ろす。
「症状は?」
真が今までの症状を伝えた。
「そう…… 今すぐに治療が必要そうね」
「お願いします」
真が深々と頭を下げた。

夜もかなり遅くなっていた。普段だったら寝ているかもしれない。
そんな時間、唐突に医者が出てきた。
「これでひとまずは安心ね」
「本当ですか!?」
真が立ち上がった。
「ええ、少し安静にしていれば直に治ると思うわ」
「ありがとうございました」
再び真が頭を下げた。横で響も頭を下げた。

「安静に出来る環境があるなら連れて帰っても大丈夫だけど、どうする?」
「はい、連れて帰ります」
真は迷わず言った。医者もそう言うと思ったらしく、微笑みながら真を診察室に手招きした。


二人が帰る頃には、空が明るくなっていた。
戸を開けると、貴音が蝋燭の前に座っていた。横ではやよいが座布団の上で丸くなって寝ていた。
「響、真、大丈夫でしたか?」
「うん、雪歩も少し安静にしてればいいみたいだぞ」
「そうですか。それは良きことです。二人とも、一先ず寝てはいかがでしょうか?」
そう言われて、二人は夜通し寝てないことを思い出した。
「そうだな、……ふわぁぁ、安心したら眠くなってきたぞ」
真はそのまま雪歩を寝室へ運んでいった。
途中でやよいを起こさないように足音に気を使っていた。

雪歩を布団に寝かせて、真が頭を撫でた。
「雪歩……」
真は一度目を閉じた。
暫くして目を開けると、何かを決心したように頷いて立ち上がった。
真が寝室から出てきた時、やよいは起きていた。
「真、まだ寝ていなかったのですか」
貴音が少し驚いたように真を見る。
真がその場で土下座をした。
「今回は本当にありがとう! おかげで雪歩は助かったよ」

「泊めていただいたお代と思っていただければ良いのです」
貴音が微笑んで返す。
真がおもむろに顔を上げると、全く別の話題を切り出した。
「あのさ、最後に三人にお願いがあるんだけど……」



ふと目がさめた時、そこは家だった。
自分は病院へ連れていかれたはずだと思いながら、雪歩は寝室を出た。
「雪歩、体調はどうですか?」
「貴音さん、今のところは良さそうです」
「そうですか。ではこちらへ来ていただけませんか?」
貴音が手招きをしながら外へ出る。
言われるがまま雪歩は外に出る。
外では真が正座したまま目を閉じていた。さらに身動きが出来ないように全身を縛られていた。

「真ちゃん? 縛られてどうしたの?」
「雪歩、これを……」
貴音が雪歩に脇差を持たせた。
「これは、真ちゃんの刀?」
雪歩が不安そうに貴音と真を交互に見た。

「真はここでの生活費、そしてあなたの薬代を野盗として稼いでいました」
「!」
「きっとこれを言うとあなたは薬を飲まなくなる。そう思って真はあなたに隠していました」
貴音が淡々と続ける。

「真は昨夜私に伝えてきました。『どうするか、雪歩に判断を委ねたいからこれを雪歩に渡してほしい』と」
「あとは、あなたの自由です」
そこまで言い終えて、貴音は後に下がる。

「……」
「真ちゃん」
雪歩が脇差を鞘から抜いた。
そして一歩、真のほうへ歩きだした。
「私、真ちゃんのしたことは絶対に許せない」
また一歩、真へと近づいた。
「絶対に……」
雪歩が真を刺せる距離へ辿りついた。

「……でも、真ちゃんは命の恩人だから」
雪歩の手から脇差が滑り落ちた。
「出来ない。私には、出来ないよ……」
雪歩が真を抱きしめた。
それを見ていた貴音が立ち上がって、雪歩が落とした脇差を拾った。
その脇差で真の縄を切り始めた。
「……真、あなたの罰は決まりました」
「え?無罪、ですか?」
貴音が微笑みながら首を横に振った。

「いいえ、これからも命の恩人を助けることです。……ずっと」


少し離れた茶屋で少女二人が働くのは、もう少し後のことである。


「あーあ、昔からの友達って憧れるなぁ」
「ふむ、響にとって私たちは昔からの友人ではないと?」
貴音が考え込むような動作をする。
「ち、違うぞ! その……」
響が言いにくそうに続ける。
「友人と言うより、家族みたいな感じだなって」
「そうですか」
貴音は満足そうに再び前を見た。もう町は見えている。

「あ、あそこにお茶屋さんがありますよ!」
やよいが指差した先には、町の外れに一軒の茶屋があった。
「よし、やよい!行くぞ!」
響が走りだす。
「はい!」
やよいがそれに続いた。
「やよい、響」
貴音が二人を制止するように呼びとめる。
「わかってるって」
響が笑いながら振り返る。
「お茶とお団子三人分、ですよね」
その横でやよいが右手の指を三本立てながら聞く。
「ええ、お願いします」
貴音は満足そうに微笑んだ。

「よし、やよい、行くぞ!」
「はい!」
響とやよいが再び走りだした。