あらすじ:将軍の身の回りのお世話をする、お数寄屋坊主である河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)はその身分を嵩に着ては強請を行う悪党。今日も金を強請取ろうと質屋・上州屋へとやってくるが、そこで宗俊は後家のおまきからある相談を受ける…


出演

河内山宗俊:秋月律子

高木小左衛門:三浦あずさ
宮崎数馬:桜井夢子
波路:秋月涼

北村大膳:天海春香
松江和泉守:菊地真

手代:双海亜美
同 :双海真美

後家おまき:音無小鳥

和泉屋清兵衛:日高舞

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序幕第一場<上州屋質見世の場>


律子「お邪魔するわよ」

亜美「あ、りっちゃんだ!どうしたの?」

律子「ちょっと買って貰いたい品があるのよ」

真美「へぇ、なになに?」

律子「この木刀なんだけどね」

亜美「うわ、きたなっ!」

律子「汚いとは失礼ね、この木刀は紀州家から拝領した由緒ある木刀なのよ」

真美「このきったないのが…ほんとかなぁ…」

亜美「で、いくら欲しいの?」

律子「五十両」

亜美真美「ご、五十両!?」

亜美「じょ、冗談はよしてよ!」

真美「そんな大金出せるわけないでしょ!」

律子「ふーん…なら良いわ。小鳥さんに直接会って話しましょう…呼んで来なさい」

亜美「い、今はちょっと取り込み中だから、会わせられないよ」

律子「それなら私の方から出向いてあげる。奥まで案内しなさい」

真美「だ、だからダメだって!」

律子「あーもう!早く案内しなさい!」

「律子さん、今そちらへまいります…」

律子「あら、久しぶりね小鳥さん」

小鳥「律子さんも変わりないようで…今日は親戚一同を集めて相談事をしているところなんです。申し訳ないですが、今日のところは帰っていただけませんか?」

律子「親戚一同を集めて相談事…何かあったんですか?」

小鳥「実は…娘の事で…」

律子「男と駆け落ちでもしたの?」

小鳥「いえ…」

律子「小鳥さん、聞かせてくれない?何か力になれるかもしれないし…」

小鳥「実は…娘は奉公先で死ぬつもりみたいなんです…」

律子「物騒な話ね…一体何があったの?」

小鳥「娘は四年ほど前から、菊地真様の屋敷へ奉公に出ているのですが、殿様が娘を妾にしたいと言い出しまして…娘は既に婿ある身ですので、その申し出を断ったところ、殿様は娘を屋敷の一室へ閉じ込めてしまったのです…」

律子「で、その娘さんから殿様の妾になるなら死ぬって手紙でも来たの?」

小鳥「はい…殿様の目を盗んで届けられた手紙には、そう書かれていました…ですからこうして親戚一同を集めてどうやって娘を取り戻そうか相談をしていたところだったんです」

律子「なるほどねぇ…で、娘さんを取り返す良い案は出たの?」

小鳥「まだ…」

律子「そう…小鳥さん、その案件私に任せてみない?必ず娘さんを取り返してあげるわ」

小鳥「ほ、本当ですか!?」

律子「本当よ。ま、貰うものは貰うけどね」

小鳥「い、いくら欲しいんですか?」

律子「前金として、百両」

小鳥「ま、前金で百両ですか!?」

律子「成功した暁には、もう百両貰いたい」

小鳥「合わせて二百両…でも、娘が帰ってくるなら安い物…わかりました、あなたに…」

亜美「ぴ、ピヨちゃん!ダメだよ、この悪党の事だから甘い事言ってお金を騙し取ろうって寸法だよきっと!」

真美「そうそう!騙されちゃいけないよ!」

律子「騙すつもりなんかないわよ…たった二百両の金で娘が帰ってくるって言うのに…後悔するんじゃないわよ。まっ、あんた達みたいなひじきや油揚げ連中に良い考えが思いつくとは思わないけどねぇ…」

「待ってください」

律子「ん、あなたは?」

舞「私はこの上州屋の後見役、和泉屋の日高舞と申す者です。奥で仔細は聞いていました。前金の百両は私が出しましょう。これでどうか、娘を取り返してください」

律子「同じひじきに油揚げでも、あなたはまともに話せるじゃないの…確かに前金百両は頂いたわ。安心しなさい、金を貰ったからにはちゃーんと娘さんは取り戻してあげるから、大船に乗ったつもりでいて」

亜美「泥船じゃないだろうね…」

律子「何か言った?」

真美「何でもないよ!」

律子「じゃ、お邪魔したわね…さてと、早速行きましょうか…ふふふ…」

真美「ほんとにあいつに任せて良かったの?」

舞「悪党でも、お数寄屋坊主は直参の栄誉を担う身の上。任せてみるのも悪くないんじゃない?まぁ半分以上は感だけどね!」

亜美「ほ、ほんとに大丈夫なのかな…」

舞「この舞ちゃんの感を信じなさい!大丈夫よ大丈夫!」

小鳥「相変わらずですね…あなたの感は当たりますから、信じてみましょうか。律子さん、どうか…」


二幕目第一場<松江邸広間の場>


夢子「お、お待ちください!」

真「止めるな!涼、僕の言う事が聞けないって言うなら、今ここで斬ってやる!」

夢子「涼!早く謝りなさい!」

涼「嫌です!真さん、ここで僕を斬ってください!僕はもう、こんな仕打ちは耐えられない!」

真「望みとあれば!」

夢子「ま、待ってください!ここで涼を斬ったら、色に狂ったと噂され家名に傷を付ける事になってしまいます!どうか、ここは我慢してください!」

真「うるさい!これ以上邪魔するなら、涼共々斬って捨てるよ!」

「暫く、お待ちください」

真「この声は…春香か。何の用?」

春香「もしここで、何の詮議もなしに二人を斬ったら後日悪い噂が立っちゃうよ」

夢子「詮議?私達は何にもしてないわよ」

春香「何を言うか!そこに居る涼ちゃんと不義を働いたって事くらい、全部このわた、春香さんはお見通しだよ!」

夢子「はぁ!?私が涼と、ふ、不義を働いたですって?…出来るなら最初からそうしてる…」

春香「んん~?何だって~?」

夢子「う、うるさい!ともかく私はそんな事絶対にしてないわよ!」

春香「それなら、何で主人である真に逆らった涼ちゃんをそこまで庇うのかなぁ?」

夢子「そ、それは…」

春香「何でそこで口籠るの?それこそ涼ちゃんと不義を働いた紛れもない証拠!」

夢子「主人である真さんを諌めるのも家臣である私の役目。それなのに、私にそんな身に覚えのない汚名を着せるなんて…いくら春香さんでもこれ以上は許せない!」

春香「身に覚えがない?まだしらばっくれるか!」

真「夢子、本当に身に覚えがないなら、その証拠があるはずだよね」

夢子「しょ、証拠と言われても…」

真「確かな証拠を見せられない限り信用出来ない!やっぱりここで涼共々…!」

「真ちゃん、待って!」

春香「この声は…」

夢子「お、お姉さま!?」

真「何か用ですか?」

春香「夢子ちゃんの代わりに謝るつもりですか?」

あずさ「謝る?そんな事はしません。夢子ちゃんの代わりに真ちゃんを諌めるために来たのです」

真「僕を諌める?」

あずさ「婿ある腰元に横恋慕して、妾に出来ないと知ったら家にも帰さず幽閉同然のこの扱い…しかもそれを諌めようとした夢子ちゃんを不義者だなんて…真ちゃん、これ以上このような事を続ければ、家名に傷がつきますよ。どうか涼ちゃんをこのまま帰してあげて」

真「そんな話は聞きたくない!これ以上勝手な事を言うようなら、あずささんでも容赦しないよ!」

あずさ「なら、これ程言っても聞き入れてはくれないの?」

真「聞く耳なんて最初から持ってないよ」

あずさ「真ちゃん、どうか考え直して…」

真「くどい!三人ともここで斬り捨ててやる!春香!」

春香「ははぁ!」

春香「覚悟しなさい!」

あずさ「ふん…あなた達のナマクラ刀如きで、この私が斬れると思ってるの?」

春香「な、なにをぉ!」

夢子「お姉さま!」

「申し上げます!」

夢子「な、何よ、こっちは今取り込み中…」

「ただいま上野宮様より、御使僧が参られました」

真「上野からの使僧…急にどうして…」

あずさ「何か重要な用があるに違いありません…」

夢子「真さん、早くお出迎えの用意を」

真「…僕は気分が悪いから、会えないと伝えて」

あずさ「そ、それはいけないわ!そんな事をしたら、後日の聞こえも悪く…」

真「ああもう面倒だ!会わないって言ったら会わない!」

あずさ「真ちゃん…」

春香「せいぜい頑張ってお出迎えしてくださいね、あずささん」

夢子「お姉さま…」

涼「ありがとうございます…」

あずさ「礼には及ばないわ。必ず家元へ帰してあげるから安心して。疲れたでしょうから、奥で休んでいなさい…」

涼「はい…」

夢子「お姉さま、どうしましょう…」

あずさ「先ずはお出迎えの用意を…急いで」


二幕目第二場<同 書院の場>


「御使僧のお入―りー」


北谷道海 実は河内山宗俊(演:秋月律子)

律子「…」

あずさ「よくぞ来てくださいました…私は家老を務めます、三浦あずさと申す者」

夢子「私は近習頭の桜井夢子です」

律子「拙僧は北谷道海と申す者。あなた方のお出迎え、真に御大儀至極」

あずさ「道海殿、先ずはこちらへ…」

律子「許し召され…」

律子「…当主の菊地候の姿が見えませぬが…」

あずさ「主人は御気分が優れませんので、御用はこの私が承ります」

律子「気分が優れない…それなら是非に及ばず、今日はこのまま帰院致しましょう…」

あずさ「臣下である私達には話せない御用なのですか?」

律子「言わずともあなた達ならわかると思われるが…尊き宮からの御沙汰を、いくら気分が優れないからと言って、顔も出さないのは如何なものか…」

あずさ「そ、それは…」

律子「このまま会えないというのなら、もう帰らせていただくわ」

あずさ「お待ちください!今すぐに主人をここへ来させますので、どうか…」

律子「それなら、もう少し待たせてもらいましょう」

「我が君様の御出座にございます」

真「……」

真「御門跡よりの御従来、お出迎え致すべきを気分が優れず遅刻してしまい、申し訳ございませぬ」

律子「…気分が優れない…随分と顔色が良いように見えまするが…」

真「う!?」

律子「ふふ…菊地候、大事な話ゆえ人払いをしていただきたい」

真「二人とも…」

あずさ「はい…夢子ちゃん、行きましょう」

夢子「ええ…」

真「道海殿、今日はどのような御用で参られたのですか?」

律子「…用と言うのは外でもござらん、当家に仕える涼と言う腰元を、速やかに家元へ帰すようにとの、門跡よりの御沙汰」

真「な、何ですって!?」

律子「なにとぞ承知していただけませんか?」

真「どんな用かと思っていたけど、まさかそんな用だとは…涼は僕の言いつけを破り、僕に逆らった罪がある。あいつを帰す事は出来ませんね」

律子「どんな罪があればとて、この拙僧の顔を立てて、そのまま無事に帰してくれませぬか?」

真「いくら御門跡からの使者でも、こればかりは…」

律子「宮の頼みだとしても承知できないと?」

真「出来ません!」

律子「…嘆かわしい御返答…この家の興廃に関わる事だと言うに…」

真「興廃?」

律子「知らぬとお思いか?あなたが婿ある涼に横恋慕している事を…」

真「なっ!?」

律子「そのような不行跡、見過ごすわけにはまいりませぬ…拙僧の口一つで、いかようにも出来るのですよ?では、さっそく老中達へ進達しに…」

真「ま、待ってください!」

律子「承知する気になりましたか?」

真「そ、それは…」

律子「承知してくれませぬか?」

真「それは…」

律子「さあ」

真「さあ」

律真「さあさあさあ!」

律子「御返答は、如何でござるか?」

真「……」

律子「御返答がないという事は、不承知という事…老中達へ進達…」

真「ま、待ってください!…承知…致します…」

律子「賢明な判断でござる」

真「…どうか、御門跡へは…」

律子「御安心召され」

真「ありがとうございます…誰か居ない?」

「御用でございますか?」

真「もてなしの用意を…」

「ははぁ」

真「涼はすぐに家元へ帰らせます…道海殿はこのままゆっくりと…」

律子「気遣い忝い。菊地候も奥で休息致しなされ」

真「わかりました…奥で休息を取らせていただきます…」

律子「ごゆっくりと…」

夢子「道海殿、おもてなしの用意が出来ました。粗末な料理ではございますが、召し上がってくださいませ」

律子「用意していただいて忝いが、拙僧は空腹ではない。出来るなら…山吹色の、お茶を一服所望致す…」

夢子「山吹色…わかりました。すぐに用意させます」

律子「頼み申した…」

夢子「こちらでございます」

律子「これは?」

夢子「山吹色の扇子でございます」

律子「山吹色の扇子…拙僧はこのような品は…」

夢子「ほんの気持ちです。どうか御受納くださいませ」

律子「…では、ありがたく頂戴いたす」

夢子「では、私はこれで…」

律子「忝い…」

律子「…ふふ、この重さ、良い重さじゃないの…」


ジリリリリ!


律子「!?」

律子「時計か…驚かせるんじゃないわよ…南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏…」


二幕目第三場<同 玄関先の場>


律子「拙僧はこれにて帰院致す…あずさ殿へ、道海が礼を言っていたと伝えてくださりませ」

春香「暫く、暫くお待ちくださりましょう」

律子「あなたは?」

春香「この家の重役、天海春香と申す者」

律子「何か用で?」

春香「一つだけ聞きたい事がありまして…あなたのお名前をお聞きしたい」

律子「名前?拙僧は上野の御門跡に仕える、北谷道海と申す者」

春香「ふーん…嘘を言っちゃあいけませんよ!」

律子「嘘?随分と失礼な事を言うお方だ」

春香「とぼけちゃダメだよ律子さん。お数寄屋坊主のその中でも、頭と言われる秋月律子…このわた、春香さんはしかとこの目で見てるんだからね!」

律子「はぁ…他人の空似では?」

春香「私は覚えてるよ…その特徴的なおさげ髪!」

律子「あっ!?」

春香「そのおさげを見忘れると思ったか!もう言い逃れ出来ないでしょ!」

律子「……」

律子「ふふふ…あははははは!あなた私を知っていたの!ええ、如何にも私は秋月律子よ。はぁ、こんな事なら髪型変えてくるんだったわ…」

春香「遂に正体を現したな!皆の者、こいつをひっ捕らえろ!」

律子「仰々しいわね、静かにしなさい!騙りに出てきた一部始終、聞かせてやろうじゃないの…まぁこういうわけよ、聞いてくれない?」


律子「悪に強きは善にもと 世のたとえにも言う通り 親の嘆きが不憫さに 娘の命を助けようと 腹に企み魂胆を 練塀小路に隠れのねぇ お数寄屋坊主の秋月律子が 衣でしがお忍が岡 神の御末の一品親王 宮の使いと偽って 神風よりは御威光の 風を吹かして大胆にも 菊地真の上屋敷 仕掛けた仕事のいわく窓 家中一統白壁と思いのほかに帰りがけ とんだところへ天海春香 くされ薬を付けたら知らず 抜き差しならねぇ後ろのおさげ こうはっきりと見出されちゃあ そっちで帰れと言おうとも こっちでこのまま帰られねぇ この玄関の表向き 私に騙りを名に付けて 若年寄に差しだすっての? 但しは騙りに押し隠し お使僧役で無難に帰す? 二つに一つの返答を 聞かねぇうちはこの私も ただこのままじゃぁ帰られねぇのよ」


春香「ふん…引かれ者の小唄とやら、出るままの悪口雑言!騙りと知れたのなら容赦はしません。縛り上げて首を打ち落としてやる!」

律子「どっこいそうはいかないでしょうね。何故かって?騙りの罪があるにしても、若年寄の支配を受け、将軍のお世話をするお数寄屋坊主。この秋月律子は直参なのよ?」

春香「なっ!?」

律子「国主であろうが大名風情に、裁きを受ける謂われはないわ。それとも、この首が自由に落とせるもんなら落としてみなさいよ」

春香「うぅ…そ、それなら騙りの次第を言い立てて、お上へ差しだして首を刎ねてやる!」

律子「それはそっちの料簡次第。騙りと言って差し出せば、私の命は確かにない。でもね、地獄で閻魔様に舌抜かれたとしても、この舌先三寸で私が喋ったとあれば、あんた達の家名に傷が付いちゃうわよぉ」

春香「なぁっ!?」

律子「それでも良いって言うなら、さっさと私をお上へ差し出しなさいよ」

春香「そ、それは…」

律子「なら、このまま道海として私を帰す?」

春香「それは…」

律子「騙りと言って差し出すか!」

春香「さあそれは!」

律子「このまま帰すか!」

春香「さあ!」

律子「さあ!」

律春「さあさあさあ!!」

律子「私は江戸っ子よ、気が短いの。早くしねぇな」

春香「ぐぬぬ…こ、こうなったら!」

あずさ「春香ちゃん、待ちなさい」

春香「あ、あずささん!?」

あずさ「御門跡の使僧である道海殿に、失礼が過ぎるんじゃないの?」

春香「何を言ってるんですか!」

あずさ「道海殿、どうかこのまま御帰院なされてください」

春香「あ、あずささんは知らないかもしれないけど、こいつはお数寄屋坊主の秋月律子なんだよ!」

あずさ「春香ちゃん!!」

春香「う…うぅ…」

律子「それなら、私が騙りと言うのは誤りだと?」

あずさ「先程の非礼は私が代わって謝ります。どうかこのまま道海殿として、御帰院してくださりませ」

律子「さすがは大家の御家老、三浦あずさ殿。感心致した…才気優れし貴殿と違い、春香殿の思慮無き留めだて、拙僧抱腹致した。かの下々で弄ぶ川柳と申す雑俳、滑稽者流の戯言にも…『リボン娘 総身へ知恵が 回りかね』字余り…ふふふ…」

春香「こ、この!」

夢子「春香さん、御前ですよ!」

春香「な!?は、ははぁ!」

真「……律子!」

律子「……」

律子「バーカ!!」

律子「ふふふ…あははははははは!!」


『天衣紛上野初花』 終幕