事務所のクーラーは壊れている。
開け放たれた窓から、騒音がなだれ込む。
蝉、車、信号、足音、話し声、リンリンと高く鳴る風鈴の音。
そんな中、不思議とハッキリと聞こえる時計の音。
カチンカチンと爪弾く秒針の音。
短針が右側に傾き始めた頃。
陽射しが射し込み、強いコントラストを作る。
わずかにつま先を焼く、太陽の光。
光と影の二色の世界。
汗でべとつく不快感への抵抗すら忘れ、ソファに倒れる。
色々な音が聞こえる。
でも、とても静かだ。
恐ろしい程機械的に、音は流れ、響く。
その中に聞こえる、とても柔らかい音。
ふぅ、ふぅ、と言う呼吸音。
私以外、唯一事務所に居る、彼の息遣い。
この角度から、顔は見えない。
でも、首筋をなぞる汗は、良く見える。
とてもゆっくり動く、透明の雫。
一つ、背中に消えて行くと、また一つ、新しい雫が出来る。
磁石で吸い付くように身体に張り付いたソファから身体を起こす。
べりっと音が鳴る。
覚束ない歩みで小さな給湯室へ入ると、冷凍庫の扉を開ける。
一瞬、顔を冷やす冷気。
みかん味のシャーベットを一本取り出し。
ぬるぬると汗ですべる手で袋を開ける。
カキッと音を鳴らしシャーベットを齧る。
口の中だけ、冷たい。
俺にも頼む。
まるでそう言っているかのように右手を上げる、彼。
シャーベットを一口齧る。
まだ、彼の首筋には雫が流れている。
きっと、ベタベタだ。
口だけが、冷たさで痛い。
私の身体も、ベタベタだ。
両腕で彼を後ろから包み込む。
自分とは違う、人の匂い。
ゆっくりとこっちを向く、彼。
「やっと、顔、見えたね、兄ちゃん」
口の冷たさを、彼の口へと送り込む。
見開いた彼の目は、すぐに細くなり。
私と彼の冷たかった口は、すぐに、熱くなった。
ああ、暑い。
早く、クーラー、直らないかな。
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