私と彼女の間には、冷たいアイスコーヒーの満ちたグラスが置かれている。

 グラスの表面には、今にも机へ滑り落ちそうな水滴が幾つも浮かんでいて、何とも涼しげな物です。

「貴音ちゃん?どうしたの」

 向かいに座るのは三浦あずさ。今日は私と共に旅番組のロケでした。

 そのロケが終わった休息時間、私達は暑さから逃れるようにしてこの喫茶店へと入りました。

 

「何だか元気が無いように見えるけれど……」

 暑さの所為でしょうか。

 私はそう一言告げると、グラスを手に取ります。

 ストローに口を付け、コーヒーを吸い上げると、少し苦みのある液体が、私の口内を、喉を潤していきます。

「それならいいのだけれど……あまり無理をしてはダメよ?」

 それは、あずさも同じことでは?

 私は知っているのですよ、ダイエットをしていることを。

 夏の暑い盛りは、確かにダイエットのチャンスかもしれませんが、体力が落ちて、あなたにもしものことがあれば……などと、少し大げさな事を考え、あずさに微笑み返します。

「今日のロケ、上手くいって良かったわねぇ」

 そうですね、と私は短く答えました。

 上手くいった、確かにそう言えるかもしれません。

 ただし、目的地は当初と全く違う場所になりましたが。

 本当なら、私とあずさは海辺の港町を散策する予定でした。

 しかし、私やスタッフの方々が着いていたにもかかわらず、いつの間にか山間の村に着いて居たのです。

 

「うふふっ。お蕎麦、美味しかったわね」

 結局その場で始まったロケは、しかしスタッフの方々が手慣れていることもあって然したる問題が生じることも無く順調に進みました。

 勿論、そんな事はテレビの放映時には微塵も匂わせません。

 私とあずさ、そしてその場に居合わせた者だけが知る秘密。

 ですが、私はそれが口惜しい。

 そう、私はあずさとの秘密を独り占めしたいと思っているからに他なりません。

 醜い、と思われるでしょうか。

 私はそんな思いをひた隠しにして、あずさには悟られまいとしています。

「貴音ちゃんとのロケは、いつも安心できるのよ。貴音ちゃん、とっても落ち着いているから」

 そうですか、あずさにはそう見えるのですね。

 あずさ、私はあなたが思って居る程落ち着いている訳では無いのです。

 常日頃から、あなたへの視線が気になり、嫉妬をしているのです。

 

「今度、皆で行きたいわね。あの村へ」

 ええ、と私は短く返しました。

 しかし心の奥底では、私はあなたと二人きりで行きたいという、独占欲が沸き上がっているのです。

 ああ、あずさ。

 あなたは無防備すぎるのです。

 あずさ、あなたは、運命の人を探して今、こうしている。

 私は、その運命の人、とやらが羨ましく、妬ましい。

 

「貴音ちゃん?」

 不意に、あずさが私の顔を覗き込んでいることに気が付きました。

 怪訝な表情を浮かべているあずさに、私は意味有り気に微笑んでみます。

 そうする事で、私が内に秘めた感情を、誤魔化す事が出来るのですから。

 ただ、それが見透かされているとしたら。

 あずさが、私の考えていることを全て見通して、なお同じように接してくれているとしたら。

 私の俗な心が見透かされているとしたら。

 ああ、あずさ。

 私の事を、どうか分かろうとはしないでください。

 その方が、私は幸せなのです。私の心は、まるで珈琲の様にどす黒い物なのですから。

「……そろそろ、行きましょうか。律子さんが近くの駅まで迎えに来てくれるそうよ」

 伝票を手にして、あずさが席を立ちあがります。

 その背中に暫し見とれながら、私も席を立ちあがります。

 軽やかなチャイムの音と共に扉を開くと、再び真夏の熱気が肌を包み込む。

 空を見上げれば、何もさえぎる事のない青空が広がり、私の鬱屈とした心に突き刺さる様な眩い太陽が照りつける。

「貴音ちゃん、行くわよぉ」

 早速、駅とは全く反対方向へ向かおうとしているあずさの手を引き、駅へと向かう。

 せめて今だけは、こうしていても許される。

 道案内と言う免罪符を手に、私はあずさと共に、陽炎の湧き立つ道を、歩いて行った。

 終