秋も終わりに差し掛かった頃のある日の事だった。都内某所のアイドル事務所に所属しているアイドル、水瀬伊織は今日もいつも通り事務所に顔を出していた。
 今日はオフなのだが、それでも彼女は毎日事務所に顔を出す事を欠かさずしている。きっと、律儀な性格なのだろう。
伊織は、星井美希とユニットを組んでいる。世間では、『いおみき』との愛称でも呼ばれていて、かなり人気が高い。
「美希―、いる? ちょっと話が……。あれ?」
 珍しく、美希は事務所にいなかった。普段であれば事務所のソファーを定位置にして寝ているはずなのだが。
「美希ちゃんならさっき外に出掛けたわよ? すぐに戻ってくるとは思うけれど……。多分公園じゃないかしら?」
 そんな伊織を見るに見かねた、このアイドル事務所の事務員である音無小鳥が話し掛ける。
「あら、外に出ちゃったのね。わかったわ小鳥、ありがと」
 それを聞いた伊織は、外へと飛び出す。きっと、大事な用があるのだろう。なぜならこの日はお互いにとって大事な日なのだから……。


 小鳥に言われた通り、公園へと赴く。この公園は、美希がかなり気に入っていて。大体いつも事務所のソファーで寝ているか公園のベンチでボーっとしているかなのだ。伊織は、そんな美希を見るのがとても好きだった。
 公園をぐるーっと見回すと、やはりベンチに美希はいた。見ると、公園の鳩と遊んでいるようだった。
「美希、アンタこんな所で何してるのよ。もうっ、探したんだから」
 伊織が話し掛けると、鳩と戯れていた美希がくるっと振り返る。
「あー、でこちゃんだ。どうしたのー?」
「どうしたの? じゃなくって。アンタと話したい事があったのに事務所にいなかったからわざわざここまで探しに来たのよ」
「メールすればよかったのに」
「直接話したかったのよ。で、今日は私達にとって大事な日だけれど……。覚えているかしら?」
 美希の隣に腰掛けつつ、そう言う。大事な日、とはなんなのだろう。
「大事な日……? あ、わかった! でこちゃんありがとっ!」
 美希が、思い切り伊織に抱きつく。まるで、全身で喜びを表しているのかのようだ。それ程嬉しかったのだろう。
「でこちゃんって言うな! ちょっと、離れなさいってば。という訳で、今日パーティーやるんだけど、来る?」
「でこちゃんがパーティー開いてくれるの? やったやったぁ! 美希、最高の誕生日になりそうなの! ありがとっ、でこちゃん!」
「だからでこちゃんって……。うん? 誕生日?」
 そこで、伊織は怪訝そうな顔をする。美希が何か間違った事を言ってしまったのだろうか。
「そうだよ。今日はミキの誕生日だけど……。何かおかしい事言った? もしかして、でこちゃん熱でもあるの?」
「熱って。いや、今日は私達がユニット結成して一年でしょ? それ以外に何があるって言うのよ。だからその記念でパーティーをって思ったんだけど……。あれ、美希。どうかした?」
 美希の様子が、どうもおかしいので隣を見ると怒りに震えていた。何かしてしまったのだろうか。何か失言をしたのだろうか、とにわかに不安になる伊織に、美希はこう告げた。
「み、美希……? ちょっと待って! どこ行くのよ!」
 恐る恐る声を掛けるが、返事が無いどころか寧ろ逃げられてしまった。走って、どこかに行ってしまった。涙を流しながら。
 普段涙を見せない彼女の涙に動揺すると共に、どうして走り去って行ってしまったのかと不安になる伊織だった。どうして行ってしまったのだろう……。

――――

 美希に逃げられ、途方にくれる伊織。これからどうしたらいいのだろう、と考えながら事務所へと戻ってきた。
「伊織ちゃんじゃない。どうしたの?」
 事務所に戻ると、そこには先輩である、三浦あずさがいた。お茶を飲みながらまったりしている。どうやら、仕事の合間に休憩に寄ったようだ。
「ちょっとね……。あずさは休憩?」
「ええ、ちょっと休憩しに寄ったの。律子さんが厳しくって困っちゃうわ。ねえそんな事より伊織ちゃん。何があったの? まだ時間あるから少し相談に乗るわよ」
 さあ、と言って伊織を隣に座らせる。
 どうして悩んでいる事がわかったのだろう、と思いつつ彼女の隣に座った。
「えっとね、実はさっき美希と喧嘩しちゃったの。理由はわからないけど……。どうしちゃったのかしら」
「詳しく教えてくれるかしら?」
「あずさも知ってると思うけど、今日私と美希がユニット結成して一周年じゃない? だからその記念にパーティを開こうって言ったのよ。そしたら美希のやつ、なぜか怒って走っていっちゃったのよね。なんでなのか私にはさっぱりだわ……。はあ……」
「伊織ちゃん、他に美希ちゃんは何か言ってたかしら。多分言っていたと思うのだけれど」
 途端にあずさの顔が険しくなる。が、伊織はなぜそうなのか気付けなかった。
「えっと……。確か、誕生日だって。いえ、誕生日だっていう事は知っていたのだけれど結成記念パーティーと一緒にやればいいかなって。丁度同じだしそれでいいんじゃないかと思ったわ。けど、なぜか美希は……」
 そこまで言うとあずさは真剣な表情を作り、伊織に向き直る。依然として険しい顔をしていた。
「あのね、伊織ちゃん。それは誰だって怒るわよ。私だってそうされたら怒ると思うわ。結成記念パーティー。それはいいわ。だって、記念日だものね。でも ね、それとこれとは別よ。誕生日はね、女の子にとって特別な日なの。特に、好きな子に祝われるっていうのはね。だから伊織ちゃん、貴女の行動は完全に間 違っていたわ」
「えっ、美希が私を……?」
「そうよ。美希ちゃんね、時折私に相談していたの。伊織とどうやったらもっと仲良くなれるのか……ってね。それで相談に乗っていた訳なのだけれど、伊織ちゃん。私、貴女達の事を応援しているわ。だからね、頑張ってちょうだい」
「そう……。美希が私を……」
「伊織ちゃんは美希ちゃんの事をどう思っているのかしら? 好きなの?」
「私……私は……」
 あずさからの質問に悩む。伊織自身は、美希のことをどう思っているのだろうか、と自問しているのだ。好きなのか、どうかを。
「少なくとも、美希ちゃんは伊織ちゃんの事が大好きみたいよ。私に言う必要はないわ。美希ちゃんに言ってあげてちょうだい? そして、まず謝った方がいいわね。そして、自分の気持ちを正直に伝えて。それが美希ちゃんにとって最高の誕生日になるでしょうから」
「あずさ……。ありがと」
「いいのよ伊織ちゃん。早く美希ちゃんを探しに行きなさいな」
 そう言って伊織を半ば追い出すように事務所の外へと連れ出す。
 後は美希を探すだけだ。

――――

「それにしても……」
 どこにいるのかしら、と呟く伊織。美希を探しに外へ出ては見たものの、あてもなくただ歩き回っているだけなのだ。一体彼女はどこで何をしているというのだろうか。
 歩き回っていると、美希の家の前に来てしまった。無意識の内に来てしまったのだろう。美希の家は、以前案内されて数回来た事がある為きっと体が覚えてしまっていたのだろう。
「いるかしらね、美希」
 そう誰に言うでもなく呟きつつ、美希の家のインターホンを押す。すると、数十秒の後返答が来た。
「はーい、どちら様ですか?」
 紛れもなく美希の声だ。彼女はさっさと家に帰ってしまっていたらしい。
「美希、私よ。入れてくれるかしら」
「……今更何の用なの? ミキにはでこちゃんに話す事なんて何もないの」
 明らかに機嫌が悪い声で返答する美希。あまり伊織と話す気はないようだ。
「私はあるわ。いいから美希、開けてちょうだい?」
「……わかったの」
 暫くすると、ドアのロックが解除され、家へと通される。
 美希が先導するように伊織の前を歩き部屋へと案内した。部屋に到着すると、美希はベッドの上に座り。伊織をフローリングの上に座るよう促す。
「で? 何の用事なの。でこちゃん」
 美希は、やはり気の乗らないような、それでいて嫌そうな表情をしつつ伊織へと向く。そんな美希を見ながら伊織は若干萎縮するものの、意を決して言った。
「美希、まずはアンタに謝らなきゃいけないわ。私は私の都合ばっかり考えて、アンタの気持ちなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。ついでだなんて酷い事言っちゃってごめんなさい。今更謝ったって遅いかもしれないけど……。許してくれるかしら?」
「……もし、もしだよ? ミキがでこちゃんを許さないって言ったら?」
「その時はその時で考えるわ。とにかく、今私がアンタにできる事は誠心誠意謝るだけよ」
 かつてなく真剣な目で伊織は美希に向き直る。伊織は心底美希に申し訳ないと思っているし、美希が好きなのだ。
「うん、いいよ。ミキ、でこちゃんを許してあげる。でこちゃんがそこまで言うなら、ね」
「ありがと、美希。……でも、パーティーはどうしようかしら……」
 困ったような顔で伊織が呟く。パーティー自体の準備はもう進んでしまっているのでキャンセルは難しいだろう。
「ミキ、パーティー行ってもいいよ? その代わり、それとは別にミキに誕生日プレゼントちょーだいね? 心がこもってないとヤ! なんだから」
「誕生日プレゼント……何がいいかしら。正直何も用意していないのだけれど」
 そう言って、暫くの間考え込む。美希にふさわしい誕生日プレゼントは、そして心がこもったそれは何があるのだろう、と考えながら。
 そういえば、と伊織は思った。さっきあずさに言われた事を思い出しながら。
 自分にとって美希はどういう存在なのだろう。ただの相方じゃない。きっと、伊織にとって美希は相方以上の存在で寧ろ……。
「でこちゃん?」
 考えに耽りながら黙りこくっていると、そんな伊織を見て心配になった美希が話し掛ける。
「……美希。誕生日プレゼント思い付いたわ」
「えっ、やったやったぁ! ねえねえ、どんなの?」
 伊織が美希をじーっと見詰めていると、美希が何事かという風に伊織の目を覗き込む。
「ねーねーでこちゃーん。何? ……って、ひゃあっ」
 美希が素っ頓狂な声を上げてしまう。その原因は伊織にあった。
 見ると、伊織が美希に抱きついていた。まるで、子供を抱きしめる母親のように。その姿は、慈愛に満ちていて。
「これが、私の答えでありアンタへの誕生日プレゼント。大好きよ、美希。愛してると言ってもいい。勿論親愛じゃなくて、恋愛対象として、ね」
 お互いを感じ合うのかのように抱きしめ合う二人。彼女達はこれからどのように過ごしていくのだろう。きっと、お互いを信頼して愛し合っていくのだ。
 そのテーマは次の物語の主題になり得るだろうが、この物語はここで終わった。