Dram@s




これは江戸時代かその辺りのお話。

あるところにお伊勢参りをする為に旅をする三人の少女がいました。

最年少であり、二人の妹分であるやよい。
ちょっとお気楽だが、いざという時の直感は一番な響。
そして二人の剣術師範である貴音。

これはそんな彼女達が出会った人々とのやりとりを書いた作品である。



 第二話「駿河の町医」

足を踏み入れる度に川は水しぶきをあげた。
それが陽光を反射して、しばし視界が悪くなる。
しかしそれを楽しむ余裕もなく、やよいは響を追いかける。
川の中を追いかけて少しした時、やよいが川の石に足を取られてよろけた。
響はすかさず走るのをやめ、振り返ってやよいのほうへ走りだした。
そしてすかさず体勢を崩したやよいに向けて刃を降ろす。
それをやよいに当たる寸前のところで止めた。

「自分の勝ち、だな」
「あうぅ、また負けちゃいました……」

二人で川から出て、貴音のいる場所へ戻る。
貴音は手ごろな大きさの石に腰掛けて二人を見ていた。

「響、敢えて条件の悪い場所を選ぶのは良いかもしれませんが、必要以上には逃げないことです。敵に読まれた時にあなたは不利な状況で囲まれることにもなりかねません」
「やよい、あなたは逆に必要以上に追わないことです。今回のようにそれを狙われる場合がありますから、的確に相手の狙いを読みとれるようになりなさい」
「はい」
二人が貴音の指導に頷く。
「では今日はここまでにしましょう。少し休んだら出発します」
貴音が二人に手ぬぐいを渡した。


「あー、こっちも濡れてるぞ。やっぱり水ってけっこう跳ねるんだな」
「……」
響が髪を拭きながらやよいに話かけたが、やよいは無言で山の向こうを見たままだった。
「やよい?」
「あ、ごめんなさい! ちょっとボーっとしていました」
そう言いながら、慌てて足を拭いた。

「そろそろ出発しましょう」
「あ、待ってよ貴音!」
響が慌てて追いかける。
「あ……」
やよいが何かを言おうとして、結局そのまま何も言えずに二人を追いかけた。

通り沿いには店がなく、建物もまばらにあるくらいだった。
「茶屋がないんだな」
「ここは表の道から外れていますからね」
見える先全て木々ばかりの場所を、三人はひたすら歩いていく。
「茶屋があれば休憩しようって言えるのにな、やよい?」
同意を得ようと響が振り返ると、やよいが少し後にいた。
「やよいー、どうかしたか?」
「な、何でもないです!」
やよいが走って二人の後についた。
「やよい、離れては危険ですよ」
「ごめんなさい……」
やよいが揃ったのを確認してから、貴音は再び前へ歩き出した。


そこから山を2つほど越えたところで、眼下に町が見えた。
「町が見えました」
「おおー! 今日は宿場で寝れるぞー!」
響がそう言いながら山を下り始めた。

歩き始めて程なくして、後で物音がした。
二人が振り返ると、やよいが倒れていた。
「やよい? どうしたんだ!? やよい!」
響が駆け寄ってやよいを抱き起こすが、反応はない。
「町で医者を探しましょう!」
貴音のその一声で、響はやよいを背負って山を下り始めた。

山を下ってる途中で、双子の子供が横を歩いていた。
「あの!」
「ん? なんかしたの?」
貴音の声に反応して双子が気づいた。
「連れが倒れちゃったんだけど、医者の居場所を知らないか!?」
「ええ!? えーっと、じゃあ亜美行ってくるから真美荷物よろしく!」
「う、うん」
荷物をもう一人に預けると、一人が町へ向かって走りだした。
「こっちだよ!」

娘に先導されるままに町へ入った。
上から見るとあまり大きくないように見えたが、いざ入ってみると入り組んでいてわかりにくい。
何度か道を曲がると、人が並んでいる建物があった。
「そこだよ!」
そこは周りに溶け込んでいて、とても医者がいるとは思えない場所だった。
娘が戸を開けると、大声で医者を呼んだ。

「りっちゃんりっちゃん!」
「どうしたのよそんなに騒いで」
中から一人の医者が出てきた。
慌てることもなく、無表情のまま娘を一瞥した。
「りっちゃん病人だよ!」
「えー? どれ、見せてみなさいよ」
響がやよいを降ろした。

「ふむ……」
医師がそのまま外に出た。
外に診察待ちであろう人間が数人いた。
「ごめんね、急患が来たからこっちを先でいいかしら?」
否定する人間もおらず、やよいの診察が始まった。

「じゃああんた達は隣の部屋で待ってて」
そう言って医師は襖を閉めた。

「亜美は帰るね。家の用事しなきゃ」
娘が立ち上がった。
「ありがとうございました。あの、お名前は亜美でよろしいのですか?」
「うん、亜美は亜美っていうんだ。それでさっき一緒にいたのが真美、ここの町医は律子っていうんだよ」
亜美はふすまのほうを指さしながら言う。
「そっか、律子だからりっちゃんなのか」
「そーそー。あ、そうだ」
思い出したように亜美が付け足す。
「大丈夫だよ。りっちゃんちょっと冷たいしお金にはうるさいけど、町の誰もが信用する凄腕の医者だから」
じゃあね、と言いながら亜美が外へ出ていった。


長いのか短いのかもわからない静かな時間が過ぎていった。
お互いに何も言わなかった。
どれだけ凄腕とは聞いても、治らない病気だっていくらでもある。
それだったらやよいをどうするのか。
今まで長く一緒にいた彼女とこんな別れ方をするのか。

そんな重苦しい空気の中、不意に医師が出てきた。
「……まったく、よくこんな状態で来たわね」
「先生、容体は……」

立ち上がった貴音と響に対して、医師が面と向かって口を開く。
「過労ね。暫くは安静にすること、いいわね」
思いもよらぬ症状に二人は呆気にとられた。
それでも気づいたように、二人が揃って頭を下げた。
「はい、ありがとうございます」

二人が部屋に入ると、やよいはまだ起きていなかった。
貴音がやよいの横へ膝をつき、やよいの額に触れる。
改めて見る貴音の手があまりに白く、どちらが病人かわからなくなるようだった。
後から律子が部屋に入ってくる音がする。
「まず、旅っていうのは体力の低い人間に合わせるものよ。そこをちゃんと理解しなさい」
二人はここ数日の道中を思い出した。宿が少ない中で急いだ結果、野宿が続いた。
そして道場ではない場所とは言え、剣術の指導も毎日行っていた。
普段はずっと元気だったからと甘く見ていたのかもしれない。まだ幼さの残る少女なのだ。
貴音がそれを噛みしめるようにやよいの額を撫でた。
「まあいいわ、今日はここを使ってちょうだい。私は診療の続きしてるから、何か異変があったら呼んで」
そう言い残して、律子が出ていった。

「う、ん……」
「やよい!大丈夫か!?」
響がやよいの横へ駆け寄る。
「え……? あ!ご、ごめんなさい!」
やよいが慌てて起き上がろうとする。
「やよい、まだ寝ていなさい」
貴音がやよいを制止する。
「そうだぞ、まだ本調子じゃないんだから」
響がそのままやよいに布団をかぶせる。

「で、でも……」
やよいが何か言う前に貴音がやよいの隣に入る。
「た、貴音さん?」
今度は響が反対側に入る。
「あ、あの…」
やよいが交互に二人を見る。

「ちょっと狭いぞ」
「良いではありませんか、たまにはこういうのも」
響がもぞもぞと動く反対側で、貴音は満足そうに目を閉じた。




狭いと言いながらも何だかんだでよく寝ていたらしく、やよいの声で起こされた。
「響さん、朝ですよ!」
「んー……」
響がゆっくりとした動作で起き上がってやよいを見る。
「やよい、大丈夫か?」
「はい! もう元気です!」
やよいがその場で飛び跳ねる。
「そうか、良かった……」

そうつぶやいた時に、貴音が部屋にやってきた。
貴音は貴音で、師範として自分自身の剣術修行を怠っていないのだろう。
「やよい、体調は良さそうですね」
「はい! 大丈夫です。はわっ!?」
貴音がやよいを抱きしめた。
「申し訳ありませんでした」
「あ、あの、ど、どうしたんですか!?」
慣れない動作にやよいがあたふたする。
「響さん、ど、どうしましょう?」
それを見た響が一度笑いながら、やよいの頭を撫でた。
「ごめんな、やよいのこと全然見てなかった」
「本当に申し訳ありませんでした」
貴音もやよいの頭に手を置いた。
「あの、わ、私のほうこそごめんなさい」
やよいが恥ずかしそうに顔を伏せる。

貴音がやよいから離れると、律子がやってきた。
「良くなったみたいね」
「はい! もう大丈夫です!」
やよいが頭を下げた。
「ありがとうございました!」
「本当に、ありがとうございました」
それに続くように貴音と響も深く頭を下げた。
「はい、じゃあお代は金一両ね」
「え? ええ!?」
三人がざわついた。
医師が自由に診察代を決められるとはいえ高すぎる。
そんな心情を察したのか、律子が続けた。
「何、高くないかって? それは急患診療費と一日入院費と薬代と… それぞれ詳細言いましょうか?」
律子は事細かく書いてある紙を取り出した。
それを見て三人が固まった。
診察を受けた後で断ることはできない。
だがそんな金は持っていない。
「なるほど、そこまで持っていないと。それなら……」
考えあぐねている三人を見て、律子はにやりと笑った。



「はぁ、この町けっこう広いんだな」
響が地図を持ちながらため息をつく。
「ええ、しかし大体の道はわかりました。ここからは手分けして行きましょう」
貴音が通りの左を指した。
響が頷いて、右側へと走りだした。

数件先の家の前で止まり、戸を叩く。
「たのもー!」
少しして中から住人が出てきた。
「お前さんは誰だい?」
響が懐から紙袋を取りだした。
「律子から頼まれたんだ。薬を持ってきたぞ」
「おお、そいつはありがてえ」
住人が一度奥へ戻って、銭を複数持って響の前に再びやってきた。
「いくらだい?」
「えーっと……、銀一匁だな」
住人からお代を受け取ると、響はそれを袋に閉まった。
「よし、届けたぞ」
「おう、また頼むよ」
そう住人に見送られ、響は次の家へ向かって走った。


「やよい、三角の棚を取ってちょうだい」
「はい」
やよいが三角の模様が描いてある棚を取り出して律子の元へ持っていく。
「ありがと、あと綿も持ってきてくれるかしら。隣の部屋に丸の棚に入ってるわ」
「1つでいいですか?」
「ええ」
「わかりました」
やよいが隣の部屋に移動した。

「あれは新入りかい?」
治療中の男が律子に聞いた。
「違うわ。治療代の代わりに一週間助手をしてもらってるの」
「ほう、良さそうな子だねえ」
「本当に助かってるわ」
律子は笑いながらやよいが持ってきた棚から薬を取り出した。



「一週間、助手として働いてもらおうかしら」
「助手?」
三人にはその言葉がよく呑み込めなかった。
「心配しなくてもいいわよ。ただ町の人に薬を届けてもらったりする簡単な仕事だから」
律子が背後にある薬袋の山を指す。

「見ての通り私は診察で外を回る余裕はないから、今は薬だけほしい人でも来て並んでもらってるの。そういう人に薬を届ける仕事をしてちょうだい」
「なるほど、その程度でしたら……」
貴音が少し安心したように表情を緩ませる。

「ちょっと広い町だから大変かもしれないけど、よろしく頼むわね」
それから律子はやよいを見た。
「やよい、あなたは今は元気でも病み上がりだからここにいてちょうだい。診察に必要なものを用意する係を頼むわ」
「あ、あの、私医療は何も知らないけど出来ますか……?」
律子が不安そうなやよいの頭に手を置いた。
「大丈夫よ、ちゃんと出来るように工夫してあるから」



昼が近くなった頃、貴音と響は一度診療所に戻ってきた。
「あー疲れた……」
響が床でうつぶせになる。
「響、まだ残っていますよ」
「うん、ちょっと休憩してから行こう」
響がうつぶせのまま顔だけを横に向けて言った。
それを見て貴音がだらしないと言ったように溜め息をつく。

その時、外でけたたましい音が響いた。
貴音と響が驚いて外に出ると、何事もなかったかのように人々が生活をしていた。
「あー、もうお昼ね」
律子までが出てきてそんなことを言い出した。

「律子殿、今のは……」
「砲撃じゃないのか!?」
血相を変えた二人を見て、律子が笑いながら手を振る。
「違うわ。あれば花火よ」

「花火、ですか?」
「そう、あの山の真ん中に一軒だけ家があるの見える?」
律子が指した先には山の中腹に小さい家がぽつんと建っていた。
「あそこには花火師を夢見る双子が住んでて、こうやって昼になると時報代わりに作った花火を打ち上げるのよ」
最初の頃はひっきりなしに上げててうるさかったんだけどね。と、律子が苦笑しながら振り返る。

「双子ってここまでの道を教えてくれた亜美達か?」
「そうよ。仕事が終わった後なら行ってもいいわよ」
そう言いながら律子は再び建物の中へ戻っていった。
「仕事終わった後にあの山を登るのは辛いぞ……」
「そうですね。今日はまだ町に慣れていないので明日以降にしましょう」
どちらからとも言わずに納得して、二人も律子に続いて建物の中へ戻った。




数日後、三人は山を登っていた。
慣れてきたこともあってか、午前中で全て終わってしまったのだ。
律子から許可を得て、やよいも連れて三人で亜美と真美の家に向かった。
「毎日のようにこれを登ってるってすごいですね」
「そうだな。ここまで離れた場所に暮らすのも珍しいぞ」
町から離れた場所に暮らすのは、身分が低いものである場合が多い。
それもあって貴音は先ほどから周囲を警戒している。
しかしあの二人の服を見たところ、特別身分が低いとも思えない。
そんな疑問を持ちつつ、三人は小屋を目指した。

視界が開けたところで、目的地の家がすぐそこに見えた。
そのすぐ横で薪割りと割った薪を運んでる二人が見えた。
薪割りをしていた亜美がこちらに気付いて顔を上げる。
「ん? あ、この前のねーちゃん達だ!」
亜美が三人のほうへ駆け寄る。
「小さいねーちゃんはもう大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまで元気になりました」
「ありがとうな、亜美」
「ありがとうございました!」
三人が頭を下げる。

「ところでねーちゃん達どっから来たの? どこ行くの?」
「私たちはお伊勢参りに向かってる途中の旅人です。江戸から来ました」
「江戸ー!? いーなー、亜美も江戸でドーンと花火上げたいよー。 あ、そうだ!」
そう言いながら亜美は小屋へ走っていった。
「真美ー、お客さんだよ!」
「本当!? じゃあ花火打ち上げようよ!」
二人がはしゃいでいる声がここまで聞こえる。
律子もあまり触れなかったが、二人だけで暮らしているらしい。
そこは触れないようにしようと三人は目を合わせた。
「えー、りっちゃんに怒られるよー?」
「うえー じゃあやめよっか」
そこで律子の話題が出る辺り、二人にとっては律子が親代わりなのかもしれない。
親と呼べるほど歳も離れていないだろうから、さしずめ二人の姉と言ったところか。
やがて二人が出てきて再び三人のところへ走ってきた。

「そこの小さいねーちゃんはなんて言うの? 何歳?」
「私やよいって言います。14歳です」
「へー真美達と1つ違いかぁ」
話からするに二人は13歳のようである。
やよいが1つ違いと知ると、親近感がわいたようである。
自然とやよいとの距離が近くなった。
「いつまでこの町にいるの?」
やよいが指折りで日数を数えた。
「明日で助手が終わりなので、明後日の朝には出発します」
「えー!?もう行っちゃうの?」
「はい! ちょっと遅れちゃったからお伊勢まで急がないと」
やよい自身遅らせたという思いがあるのかもしれない。
「そっかー……」
真美が懐から何かを取りだした。
「じゃあやよいっちにはこれをあげるね」
やよいが手渡されたのは球体の花火だった。
とは言え、素人から見れば爆弾と違いがわからない。

「これを亜美達だと思って旅のお供にしてよ!」
「な、何だか落ちつかないです……」
「大丈夫、ちょっとやそっとのことじゃ爆発なんてしないから!」
見た目が少し雑な印象を受けるが、作りはちゃんとしているようだ。
それでも爆発物を持つ恐怖に変わりはないが。

「ねーねー、もっと旅の話聞かせてよ!」
「家でお茶は出すからさあ!」
二人にとっては旅人と少しでも長く会話をしたいといった印象だった。
三人はそのまま家の中へ通された。

家の中は見た目以上に狭かった。
花火の倉庫を兼ねているらしく、実際に暮らせるスペースは半分程度だった。
「ささっ、お茶でございます」
真美がわざと仰々しく茶を持ってきた。
礼を言って三人が受け取る。

「二人はずっとここで暮らしてるのか?」
「そだよ。花火抱えて町の中では暮らせないっしょ」
真美が手で倉庫のほうを指す。
「……もしかして二人がここで暮らしている理由は、花火があるからですか?」
「せいかーい!」
「そういうことなんだ。てっきり……」
やよいが続きを言おうとして止めた。
「てっきり?」
「な、何でもないよ!」
やよいが慌てて手を振るも、亜美が理解したようににやついた。
「さてはやよいっち、亜美達が変人だからとか思ってた?」
「そ、そんなことは……」
申し訳なさそうにやよいが顔を伏せる。
その肩を軽く叩きながら真美が楽しそうに話す。
「ご近所付き合いはいいほうだよ!このお茶も昨日町のおっちゃんからもらったんだ。美味いっしょ」
「ええ、とても」
貴音が満足そうに茶を飲み干した。
「そんでそんで、旅の話を聞かせてよー!」



亜美と真美との話は夜になるまで続いた。
「なあ、そろそろ帰らないと律子怒るんじゃないか?」
「泊まっていきなよー。りっちゃんなら明日の朝に亜美達の家にいたって言えばわかってくれるよ!」
そう言って二人は三人分を含めた食事の準備を始めた。
「……どうする?」
「せっかくの誘いを断る必要はありません」
囲炉裏の火を見ながら貴音が微笑む。
「明日もまた、頑張りましょう」
そう言って貴音は残ったお茶を飲み干した。


翌日、日が出てきたと同時に三人は山を降りた。
「あら、ようやく帰ってきたわね」
律子がどんな顔をして待っているかと思ったが、いつも通りだった。
「申し訳ありません」
「別にいいわよ。あなた達があの二人に会いに行くって聞いた時からこうなると思ってたから」
亜美と真美が言っていたように、既にこうなると予想していたらしい。
「むしろ食事も用意してなかったから帰ってきたらどうしようかと思ってたわ」
律子はそう言いながら笑った。
「だけど、今日もしっかり働いてもらうわよ」
「勿論だぞ!」
響が腕をぐるぐると回した。



助手として最後の昼が近くなった。響と貴音は一度戻ってきて茶を飲んでいた。
「そろそろ時報が鳴りますね」
やよいがそう言い出した。
「そうですね。聞くのも今日が最後、と考えると少し寂しい気もしますね」
そんな話をしていると、いつものように時報が鳴った。

それを聞いた響が不思議そうに外へ向けて歩きだした。
「響、どうかしましたか?」
「……今の時報、いつもに比べてかなり近いところで爆発してた気がする」
やがて外に出た響が山のほうを見ると、そのまま走りだした。
「響!?」
貴音が外に出てから響のほうを見た。そしてそこで気づいた。
いつもよりずっと低い場所、亜美達の家の近くに煙が漂っていることに。
貴音も響を追いかけて走りだした。


二人の家に着くと、一部の木が折れていた。
その近くに二人が倒れているのが見えた。
響が亜美の元へ駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!?」
「いたた……」
亜美は意識はあるようだ。
腕から血が流れている以外に外傷は見当たらない。
「花火失敗しちゃった……」
亜美は響に抱きかかえられながらも、真美のほうを見ていた。

「真美! 大丈夫ですか!?」
対して真美のほうは反応がない。
大きな外傷は見当たらないが、いくら問いかけても起きる気配がない。
「今から連れていこう!」
「ええ!」
響と貴音がそれぞれ亜美と真美を背負って町へ降りた。


「律子ー!」
響が叫ぶと、律子が慌てて出てきた。
「どうしたのよそんなに……」
亜美と真美を見て律子の表情が凍りついた。
「りっちゃん、真美が……」
自身もかすれたような声で亜美が律子へ手を伸ばそうとする。
「今すぐ二人をこっちへ持ってきて」
そう言いながら律子が振り返って部屋に戻る。
二人を寝かせると、律子はいつもよりも真面目な顔で貴音と響を見た。
「あとは私がやるから、二人は残りの仕事をお願い」
貴音と響は何も言わずに首を縦にふった。

この一週間は走ってばかりだったから、知らない間に鍛えられたのかもしれない。
走って山を往復したのに響はまだ走れると自分で驚いた。

診療所は日が暮れるまでずっと静かだった。
何度か響が立ち上がったり座ったりと落ちつかない動作を見せる。
そんな中、何の前触れもなく律子が部屋から出てきた。
「律子、二人は!?」
「大丈夫よ。そんなに大きな傷じゃないわ」
律子が安堵混じりの表情で二人を一瞥する。
「それなら良かった……」
「あなた達が早く連れてきてくれたからよ。ありがとう」
二人は寝かせているらしく、部屋は静かなままだった。
三人はあまり音を立てないように部屋を後にした。

「さて、待たせてる診療を…… あら?」
律子が戻ると、並んでいた人間は誰もいなくなっていた。
「あ、律子さん。診療終わりました!」
やよいが片づけをしながら律子に頭を下げた。
「ど、どうやったの?」
「この一週間律子さんの診察を見ていたので、それの通りにやりました」
「そ、そう……」
呆気にとられる律子を横目に、やよいが片づけの続きをする。


その夜、囲炉裏を前にして四人は茶を飲んでいた。
「ありがとう、この一週間は本当に助かったわ」
律子が頭を下げた。

「わかってると思うけど…… こうやって助手を作る為にわざと法外な金額を要求してるのよ」
「やはりそうですか。診療助手をわかりやすくしてると言っていた時に不思議に思いました」
貴音が言いながら、部屋の隅にある模様が描いてある棚を指した。
「まあ最初に一週間って約束したから、もちろん今日で終わりよ」
「はい!私たちもそろそろ行かないと」
やよいがそう言いながら茶を飲み干した。
「ええ、また帰りにでも寄りなさいよ。その時はまた助手として雇ってあげるから」
「あはは、気が向いたらな」
響が笑いながら薪を一本囲炉裏の火に入れた。



翌日、三人は町を出た。
しばらく山ばかりが続いたが、町を出て二刻ほどで茶屋が見えた。
それを見つけた響がやよいのほうを向く。
「やよい、大丈夫か?」
「はい! 大丈夫です!」
そう言った横で貴音が立ち止った。
「貴音さん、どうかしましたか?」
「茶屋に寄りましょう」
貴音が茶屋へと歩きだした。
「え? でもまだそんなに歩いてないぞ」
「急ぐことはありません、ゆっくり行きましょう。それに……」
貴音が二人に向き直った。

「この地のお茶は真、美味ですから」