あらすじ
加賀藩前田家お抱えの加賀鳶と、幕府直属の定火消しの喧嘩が起り、本郷木戸前に加賀鳶達が勢揃いし、いよいよ定火消し達との喧嘩が始まるという所へ、親分の梅吉(演:天海春香)が止めに入り、その場を何とか収める。
一方、菊坂の盲長屋に住む竹垣道玄(演:天海春香)は、百姓太次右衛門(演:音無小鳥)を殺害、懐中の金を奪ったうえ、家では女房おせつ(演:萩原雪歩)を虐待する悪党ぶり。そして道玄は、姪のお朝(演:双海真美)の奉公先である、質店伊勢屋への強請を思いつく。店先で主人に難癖をつけ脅し金を強請取ろうするが、そこへ鳶頭の松蔵(演:秋月律子)が現れ…
出演
天神町梅吉/竹垣道玄:天海春香(二役)
女按摩お兼:如月千早
春木町巳之介:日高愛
昼ッ子尾之吉:秋月涼
魁勇次:水谷絵理
虎屋竹五郎:桜井夢子
盤石石松:サイネリア
お朝:双海真美
おせつ:萩原雪歩
百姓太次右衛門:音無小鳥
伊勢屋与兵衛:高木順一郎
日陰町松蔵:秋月律子
<序幕 本郷通木戸前の場>
町人「申し、ちょっと聞きたいのだが、何故こうも厳重に木戸を閉めているんだね?」
町人「何でもこの正月、加賀鳶の連中と定火消しの連中が喧嘩をして、今日双方の出入りがあるらしいんだ。
それに巻き込まれちゃあ敵わんから、こうして木戸を閉めてるんだよ」
町人「そりゃあまずい事だなあ…ん?ありゃあ加賀鳶の若い衆だ!」
町人「巻き込まれて怪我でもしたら堪らんわい。木戸の中に入れてもらおう!」
日陰町松蔵(演:秋月律子)
「向うの様子を見に行くと言って、春香はまだ戻ってこない…」
春木町巳之助(演:日高愛)
「きっと定火消しの連中に捕まったんです!!!早く助けましょう!!!」
律子「ええ、そのつもりよ。だけど私達は、加賀藩お抱えの加賀鳶。
前田家の恥にならないように、順番に名を名乗りなさい。
そしてあの生意気な定火消し共に、目に物見せるのよ!」
愛「そんな事、律子さんに言われなくてもわかってます!!!
ちょっとやそっとじゃへこたれない、壁がどれだけ高くても、ぶっ壊して前に進む!!!
元気だけが取り柄だと、言われようが知った事か!!!売られた喧嘩は買わなきゃ損!!!
押しだすからは一寸でも、後には引かない、日高愛!!!」
昼ッ子尾之吉(演:秋月涼)
「さてその二番手に控えるは、ほんの喧嘩の頭数。
煌めく世界に片足を、突っ込んだのが不幸か幸か…
綺麗な衣装を身に纏い、こっそり抱えた大きな秘密。
夢を無くした女の子、救うと誓ったこの気持ち、嘘偽りはございません。
夢を愛する事ならば、誰にも負けない、秋月涼!!」
魁勇次(演:水谷絵理)
「また三番手に続いては、住んでいるのは液晶の、画面の中の王女様。
狭い箱の中からは、決して出たく無かったが、一緒に夢を見ようよと、
言ってくれたあの人の、言葉に不安は消し飛んで、仲間と歩く陽光の下、
憧れていた向こう側、今なら行けない事は無い…?
『ELLIE』と言えばその世界に、少しは知られた、水谷絵理!!」
虎屋竹五郎(演:桜井夢子)
「またその後の四番手は、愛とか夢とか言っている、場合じゃないとは言いながら、
夢に一途な桜花。貰った飴を親切と、思って食べようものならば、
痛い目見るわよ誰かさん、ゆめゆめご油断めされるな?
一度は散った夢の花、咲かしてくれたあの人に、素直になれない女の性…
あなたと生きる素晴らしい、世界を夢見る、桜井夢子!!」
盤石石松(演:サイネリア)
「サテ大取りはこのアタシ。愛し恋しセンパイを、追って電子の世界から、
現実世界の往来に、足を突っ込む電子の使者。
現実世界は大嫌い、でも気付いてみたら五人連れ、
これもこれで悪くない…カナ?
あと最後に言っとくけど、アタシの名前を間違って、呼ぶヤツラは良く聞けよ!
アタシの名前は、サ・イ・ネ・リ・ア!!デス!!」
律子「その勢いでやっつけなさい!同僚の春香の代わりに、後詰に入った秋月律子。
あなた達の骨は拾ってあげるわ」
愛「ありがとうございます!!!良し、早速向こうの木戸からぶっ壊してやります!!!」
四人「合点だ!!!」
愛「でりゃああああー!!!」
?「待った待った!!」
愛「うわあっと!?」
涼「あ、あなたは!?」
天神町梅吉(演:天海春香)
「待った待った!!これ以上は止めなさい!!」
絵理「は、春香さん!?」
夢子「今更止めだてするとは、どういう了見なの?!」
ネリア「そうデス!!そうデス!!アタシ達は、春香さんを心配して助けに来たんデスよ!!」
春香「あなた達のその気持ち、私は凄い嬉しい。
でも、これ以上は周りの人達にも迷惑をかける事になる!だから、ここは引いてほしいの!」
律子「随分と都合の良い事言うのね、春香」
春香「律子さん!」
律子「もうここまで来ちゃあ、後には引けないのよ。いくらあなたの頼みでも、これだけは譲れないわ…
もしかして、敵に恐れをなしたなんて言わないわよね?」
春香「何を言ってるんですか!?敵に恐れをなすような、そんな小さい女だと思ってるんですか?
これでも私は加賀鳶の頭、天海春香です!!そんな事は決してありません!!」
律子「……」
春香「定火消しの連中は、この場から引くと約束してくれた。それならこっちも引くのが筋!!」
愛「それでも、もう引く事は出来ません!!!」
涼「ここで引いちゃあ加賀鳶の、名折れになるから引かれない!!」
絵理「喧嘩する気が無いなら、お頭は引っ込んでて!」
夢子「奥へ踏み込みあいつらと、命のやり取りしないうちは!!」
ネリア「こっちの気が済まないんデス!!」
愛「だから、春香さんは見ぬ顔」
五人「してください!!!」
春香「……これだけ私が言っても、あなた達は引いてくれないの?」
愛「例え春香さんの頼みでも!!!」
涼「こればっかりは!!」
五人「引かれない!!!」
春香「そう……そんなにここを通りたいなら、この私を殺してから行きなさい!!」
絵理「え!?」
夢子「こ、殺して行けなんて…」
ネリア「そ、そんな事…」
春香「出来ないの?それならここは絶対に通れないよ!!」
律子「……負けたわ、ここまで言われちゃあ引くしかないわね」
愛「り、律子さん!?」
涼「春香さんの剣幕に押されて、後に引く気になったって言うの?」
律子「ええ…私からも頼むわ、どうか引いてくれない?」
絵理「で、でも…」
夢子「ここまで来て…」
律子「まだ喧嘩がしたいって言うなら、私も殺して行きなさい。そうしないと、ここは通れないわよ?」
ネリア「……」
愛「……負けました、みなさんもう帰りましょう」
涼「……仕方ないね」
春香「喧嘩なんていつでも出来るんだから、今日はもう帰ろうね!」
律子「帰ったら、お詫びに奢ってくれるみたいよ」
愛「え!?本当ですか!!!」
春香「ちょっ!?」
涼「うわあ!楽しみだなあ!」
絵理「それじゃあ、楽しみにしてる?」
夢子「たっぷりと奢ってもらわないとね」
ネリア「期待デスね!」
春香「うう…まぁ良いか、今日は大盤振る舞いじゃあ!」
律子「それじゃあ、帰りましょう」
愛「はーい!!!」
春香「これにて、一件落着ぅ!!」
春香 愛「あははははは!!!」
律子「はぁ……ま、たまにはこういうのも良いか」
<二幕目 お茶の水土手際の場>
百姓太次右衛門(演:音無小鳥)
「もう日が落ちて真っ暗…こんな事なら駕籠でも借りるんだった…」
小鳥「痛っ!?さ、寒さで腰が…あうぅ、だ、誰か…」
♪~
小鳥「あ、按摩笛…あ、按摩さん、按摩さん!」
竹垣道玄(演:天海春香)
「はい…何でございましょう?」
小鳥「こ、腰をやっちゃって…押してくれませんか?」
春香「はい、大丈夫でございますよ…」
小鳥「ありがとうございます…」
春香「しかし、お客さんも災難ですねえ」
小鳥「じ、地獄で仏です…」
春香「へいへい、こう寒い日が続くと、弱い人は大変ですよねえ」
小鳥「本当ですよ…」
春香「……あら、お客さんだいぶお金を懐に入れてらっしゃるみたいですねえ」
小鳥「え!?」
春香「大丈夫ですよお、これでも私は周りから、正直按摩だなんだって言われるくらいですし…
そんなお金なんて興味無いですから…」
小鳥「そ、そうですか…」
春香「ところでお客さん、ここはどのあたりですかねえ?
目が見えないもので、どこがどこだかわからないんですよお」
小鳥「えーと、お茶の水あたりですね」
春香「お茶の水?という事は、正道は少し先ですねえ…」
小鳥「あ~…そ、そこそこ!」
春香「はいはい……ここですね!!」
小鳥「あ!?な、何を!!」
春香「こうするんだよ!!」
小鳥「ああ!?」
春香「……誰も居ない、な」
小鳥「ひ、人殺し…」
春香「ふん!!」
小鳥「うあ!?あ…」
春香「……ふふ、結構持ってる」
春香「!?」
春香「まずい、誰か来た…」
律子「うぅ、寒い、早く帰ろう……うわっ!?」
律子「な、何かに躓い……えっ!?」
春香「……」 ヌキアシサシアシ
律子「ちょ、ちょっと!?大丈夫!」
春香「……」 ヌキサシサシアシ
律子「……誰か居るの?!」
春香「……」 ギクッ
春香「♪~」
律子「按摩笛……ああ、按摩か」
春香「ふふ…ふふふふふふ…」
春香「♪~」
律子「ん、これは……」
<三幕目 菊坂盲長屋の場>
おせつ(演:萩原雪歩)
「春香ちゃん、また飲み歩いてるのかな…」
雪歩「目が見えない私に、唯一力になってくれた小鳥さんは、お茶の水で誰かに殺されてしまった…
按摩仲間の千早ちゃんから紹介された春香ちゃんは、私をただの慰み者としか思っていない…
もしかしたら、真美ちゃんまでお金にしようとするかも…」
お朝(演:双海真美)
「ゆきぴょん、大丈夫かな…」
真美「ゆきぴょん!」
雪歩「その声は真美ちゃん…何しに来たの?」
真美「奉公してる765屋から、少しお暇を貰ってゆきぴょんに会いに来たんだ」
雪歩「ありがとう…」
真美「で、今日はお土産を持って来たよ→」
雪歩「お土産?」
真美「じゃじゃ→ん!はい、五両!これではるるんが売っちゃった、ゆきぴょんの服を買い直してよ」
雪歩「で、でも、何で真美ちゃんが五両なんて大金を…もしかして、盗んで…」
真美「ち、違うよ!実は…」
春香「うい~、ひっく!飲んだ飲んだ…ん、誰か来てる…」
真美「765屋の社長の肩を、夜に揉んであげてるんだけど、その時にゆきぴょんの話をしたんだ。
そしたら「それはかわいそうだ…この五両をあげるから、その子を助けてあげなさい」って言って、このお金をくれたんだ」
春香「ふむふむ…」
雪歩「ほ、本当かな…」
真美「疑うのなら、社長に直接聞けばいいじゃんか→」
雪歩「そうだね…それじゃあ一緒に…」
春香「いや、ちょっと待ってもらおうか」
雪歩「春香ちゃん…」
春香「事の仔細は、私がしっかりと真美から聞いとくから、雪歩は一人で765屋に行きな」
雪歩「は、はい…」
春香「ほらほら、さっさと行きなよ」
真美「ゆきぴょん、大丈夫?」
雪歩「大丈夫…春香ちゃん、真美ちゃんを…」
春香「わかったわかった、ほらほら早く行って」
雪歩「では、行ってきますよ…」
真美「ゆきぴょん…」
春香「真美、さっき雪歩と話してたお金の事だけど、
本当に盗んだんじゃなくて、765屋の社長から貰った物なの?」
真美「ほ、本当だよ!」
春香「ふ~ん…あと、肩も揉んであげてるんだって?」
真美「うん」
春香「社長と二人きりで?」
真美「そ、そうだよ」
春香「…真美、社長と寝たでしょ?」
真美「寝た…えっ!?ま、真美は一人で寝るし…」
春香「嘘言っちゃいけないよお…」
真美「そ、そんな事…はるるん酷いよ!うぅ…」
女按摩お兼(演:如月千早)
「はるかー、居るー?」
春香「千早ちゃん、良い所に来たね」
千早「良い所?…あら、真美じゃない。泣いちゃってどうしたの?」
春香「聞いてよ千早ちゃん、765屋の社長も大人げない人でねえ…
こんな小さい子と、毎晩楽しい事してるみたいなんだ」
千早「ええ!?な、何てうらやま…じゃなくて、765屋の社長が真美を…
でかしたわよ真美!これは良い金になるわね…ふふふ…」
真美「そ、そんなんじゃないもん!このお金は社長がお情けで…」
春香「まだそんな事を言うか!よーし、そっちがその気なら、こっちにも考えがあるよ!」
千早「あら、どこ行くの春香…ほら真美、早く本当の事言わないと、春香に何されるかわからないわよ」
真美「ま、真美は嘘なんて…」
春香「おら!!」 バシッ!
真美「うああっ!?」
千早「ちょ、ちょっと何してるのよ春香!そんなので真美を打って…」
真美「痛い…痛いよお…」
春香「千早ちゃん…」
千早「え?……ああ、そういう……」
真美「酷いよお…」
千早「真美、あなたが本当の事言わないから、春香が怒っちゃったじゃない。
さあ、早く本当の事を言いなさい。さもないと、叩き殺されちゃうわよ」
真美「た、助けて千早お姉ちゃん!」
千早「助けてって言っても、助かりたいなら嘘でも本当でも「はい」って一言言えば良いのよ。
ほら、早く言っちゃいなさい。あとは私が、上手く取り計らってあげるから」
真美「あう…うぅ…」
千早「え?……はい?……春香!やっぱり765屋の社長は、真美にイタズラしてたんだって!」
真美「そ、そんな事言ってないよ!」
千早「え?でもさっき小さい声で「はい、そうでございます」って言ったじゃないの」
真美「そ、そんな事!」
春香「もう怒った!!叩き殺してやーる!!」
山崎すぎお「もうさっきからうるさいわね!ってあなた真美ちゃんじゃない」
真美「た、助けて!」
春香「おらおら!!」
山崎「な、何だかわからないけど、来なさい真美ちゃん!」
千早「ほらほら真美、早く山崎さんと行きなさい」
春香「ただじゃおかないぞ!!」
真美「うわあぁああん!」
千早「行ったわ…不憫なものね」
春香「さっさと売り飛ばして、金にしちゃおう」
千早「勿体ないわ…」
春香「金にしちまった方が良いでしょ?」
千早「ま、それもそうだけどね」
春香「さてと…千早ちゃん、今から私の言う事を真美が言ったように書いて」
千早「あら、どうするの?」
春香「真美が765屋の社長に手篭にされて、それを苦にして家出した、
とでもでっち上げて金を強請取ろうって寸法だよ」
千早「中々上手い話じゃないの。でも、私は字が…」
春香「書けないの?うーんじゃあ誰か書ける奴が…」
千早「そうだ、こんな事をすると上手い奴が近くに居るから、一緒に頼みに行きましょう」
春香「お、それじゃあ早速…千早ちゃん、そいつは喋ったりしないよね?」
千早「大丈夫よ、あいつもこんな事を年中やってる、悪党だからね」
春香「それなら、一緒に行こうか」
千早「道々強請の相談をしながら」
春香「良い台詞を、考えないとねえ」
千早「ささ、行きましょうか」
春香「うーん…何て書いたものか…」
<同 竹町質見世の場>
春香「さて、着いた着いた…千早ちゃん」
千早「大丈夫、ばっちしよ」
春香「手筈通りにね…ごめんなさいよ」
やよい「いらっしゃいませー!!……誰ですか?」
春香「私は、按摩の天海春香という者でしてね」
やよい「按摩なんて呼んでないですよ?」
春香「ここに奉公している、双海真美の保護者のような者でございます…」
やよい「真美のですか?という事は、さっき来た雪歩さんの」
春香「そうでございます、真美がお世話になっているので、社長にご挨拶がしたく…」
やよい「はーい、わかりましたー!!」
やよい「社長ー!!」
「はいはい、今行くよ」
伊勢屋与兵衛(演:高木順一郎)
「おお、君が天海春香君だね?」
春香「へいへい、そうでございます。真美にあれほどの過分なお恵み、ありがとうございます」
高木「いやいや、良いのだよ。真美君は良く働いてくれている。あのお金は、そのお礼さ」
春香「お礼ですか…いや、そのお金に関してですね、
ちょっと合点がいかないところがあるんですよねえ」
高木「合点が?」
春香「ええ、それで私は真美を問いただしたんですが、驚いたのなんのったら…
あんな事をしたのに、たった五両じゃあ少なくないですかねえ」
高木「…君は何を言いたいんだ?」
春香「何を言いたい?自分の胸に聞いてみたらどうですかい」
やよい「さ、さっきから何が言いたいんですか?社長に対して失礼ですよ!!」
高木「こらこらやよい君…何が言いたいか、はっきり言ってもらいたいものだな」
春香「…見世先で言っちゃって、良いんですかい?」
高木「ああいいとも、私は何もしていないからね」
春香「ふーん…それじゃあはっきり言わせてもらいますけどね、この私に百両を恵んでおくんなさい」
高木「何故私が君に、百両を出さなければいけないのだ?」
春香「ふふ…あんた、真美を手篭にしたでしょ?真美を傷物にしたからには、
責任は取ってもらわないとねえ…さあ、百両出してもらいましょうかい!」
高木「私が、真美君を?ははは!でたらめな事を」
やよい「しゃ、社長がそんな事する筈がありません!!」
高木「それに私がそんな事をしたという、証拠があるのかい?」
千早「はいはいはーい!その証拠なら、このちーちゃんが持ってるわよー!」
春香「アレ、チハヤチャンドウシタノー?」
やよい(こ、これはまずいかもしれないです…そ、そうだ…)
千早「タ、タイヘンヨハルカ!マミカラコンナテガミガー!」
春香「あれ、何だろうこの手紙…あっ!?こ、これは書置き…ど、ドウシタンダロー」
千早「ハルカ、ハヤクヨンデヨンデー」
春香「うん!ええとなになに…真美のような子どもと、
関係を持ったという事が知れたら、社長の名に傷が付く。
だから、もう会う事は無いでしょう…そ、そんな…何て事…」
千早「うう…カナシイ、カナシイヨー…もしかしたら、その事を気に病んで身投げしちゃったかも…マミー!!」
春香「うう…それもこれも、全部あんたのせいだ!本当なら二百両とも言うべきところ、
先に百両と言ったから仕方ない。さあ!さっさと百両持ってこい!」
高木「うーむ…その話が本当なら、金を出すところだが、
元より覚えのない事だ。金は一文も出せないな」
千早「お、覚えが無いと言うけどね、ここにちゃんとした証拠があるじゃないの!」
高木「証拠と言っても、本当に真美君が書いたのやら…」
千早「えっ!?ま、真美が書いたに決まってるでしょー!!本物よホンモノー!!」
春香「金を出してくれないって言うんなら、もうここに居座っちゃいますよー。
邪魔だろうがなんだろうが、居座っちゃいますからねー」
千早「ちょっと、酒でも出しなさいよー」
律子「ここね」
やよい「はい…律子さん」
律子「大丈夫、私に任せときなさい」
高木「ううむ、どうしたものか…」
春香「ほら、さっさと出しなさいよー」
高木「仕方が無いな…災難だと諦めて…」
律子「社長、その金は出さなくて結構よ」
春香「ああ!?」
高木「おお、君は鳶頭の秋月律子君!」
律子「御免下さいな」
春香「ちっ……」
律子「さてと、様子は全部聞いていました。社長には、何も覚えは無いんですよね?
それなら金は、一文も出さなくて結構ですよ」
春香「横からしゃしゃり出てきて偉そうに…
鳶の親分だか何だか知らないが、あんたは関係ないだろ!」
律子「こんな見え見えの強請騙り、見逃すわけにはいかないわね。
それにあんなみたいな奴には、一文の金も渡せないわよ」
春香「たかが按摩と侮りやがって…羊羹色の羽織は着てるけど、
あんたみたいな甘口な奴に、負けるような天海春香さんじゃありませんよーだ!」
律子「はいはい…で、さっきの証拠の書置きだけど、私にもちょっと見せてくれない?」
春香「ええ良いですとも、さあよっく御覧なさい!」
律子「ふむふむ…社長、この前私が来た時に、
真美がここで勉強してたわよね?その時の清書を持って来てくれない?」
春香「うっ!?」
千早「は、春香…」
やよい「はい、これです!」
律子「ありがとう……手紙と清書じゃあ、字が全然違うじゃないの。
一体どこの誰に、この手紙は書いてもらったの?」
春香「ど、どこの誰って、ま、真美に決まってんでしょ!?」
律子「ふん…こんなすぐバレる手を使うなんて、あなたも詰めが甘いわね。
もうこれ以上ここに居たって、無駄だと思うけど?」
春香「畜生…確かにその手紙は偽物だよ。でもね、ここまで来たら私もただじゃあ帰られないのよ。
どうしても帰ってもらいたいなら、奉行所に突き出すなり何なり好きにしなさい!」
律子「あなたがそんなに言うなら、突き出しても良いわよ。でも、容易に出てくる事は出来ないわよ?」
春香「バカにしないでくれる?これをすれば死罪とか、あれをすれば島流しとか、大抵の事は知ってるんでい!
たかが強請騙りじゃあ、大した罪にはならないって事も、よっく知ってるんだからねえ」
律子「他の奴が付き出したらそうかもしれないけど、
この秋月律子が付き出せば、一生娑婆には出れらないでしょうね」
春香「はあ?一生娑婆に出られないって~?何を言ってるの~?あんたバカなの~?」
律子「天海春香って奴が、強請に来てるって言われて思い出したのよ。
あなた、前に私と会った事があるわよね?」
春香「私に会った事があるだあ?知らねえなあ、どこであったか言ってみろ!」
律子「正月の十五日、月はあるけど雨雲に、空も朧のお茶の水…」
春香「お茶のみ……げえっ!?あ、あわわわわ……」
律子「ふふふ……あの時向こうへ行った按摩は、天海春香、あなたでしょ?」
春香「う、うぐぐ……し、知らないなー!そ、そんな事は覚えてないなー!
わた春香さんは知りませんよー!見間違えじゃないのー?アハハハハハ……」
律子「いいえ、見間違えじゃないわ。これが確かな証拠よ」
春香「ん?何その汚い布きれは…」
律子「これはそこで拾ったリボンよ。そして裏には…あら『天海春香』ってご丁寧に名前が書いてあるじゃない」
春香「はあっ!?ま、まさかあの時…」
律子「このリボンが動かぬ証拠!もう言い逃れ出来ないわよ!」
春香「は、はわわわわ……」
律子「何かの役に立つかもと、思って持って来たけれど、役に立ちまくりねえ。
このリボンだけど、あなたに返してあげる。だから、何にも言わずに帰りなさい」
春香「ぐ、ぐぬぬぬ…………」
春香「はあ……もう少しで金が手に入ったのに……帰りたくはないけれど」
律子「え?」
春香「い、いや!か、帰りましょう、秋月律子さんの顔を立てて、今日はもう帰りましょう!」
律子「それじゃあもう、帰るのね?」
春香「女は当たって砕けろと、また御厄介になるまでも、今日は素直に帰りますよ…」
千早「はあ、これじゃあ大損ね…ただで帰る事になるなんて…」
律子「いえ、ただじゃあ帰さないわ」
千早「ま、まだ何か?」
律子「強請騙りにもせよ、社長の名前が書いてあるこの手紙、私が買ってあげるわ」
春香「え!?こ、この手紙を?」
律子「十両で買ってあげるわ。二人で五両ずつ分けなさい」
春香「こ、この手紙を十両で…うん!偉い!
さすがは加賀鳶の頭、秋月律子さん!このお裁き恐れ入りました!」
律子「これで、もう何も言わないわよね?」
春香「はい、もう決して何も言いません!」
千早「春香、もう行きましょう…」
春香「…そ、そんなら頭!!」
律子「暇な時、遊びにでも来なさい」
春香「あ…は、はい是非遊びに行きます…」
春香「はあ…もう少しだったのに…」
千早「最終的には十両ぽっち…酷い下落だわ…」
律子「何ですって?」
春香「何でもないです!!べーだ!!」
<四幕目 菊坂道玄借家の場>
千早「あんまり打ちすぎたから、もしかしたら死んじゃったかも…」
春香「その時はその時でしょ」
千早「そうなったら、今度から私が春香のお世話をしてあげるわ」
春香「んもう!恥ずかしいよ千早ちゃ~ん!」
大家「ちょっと春香さん」
春香「…大家さん?実は風邪ひいちゃって、今寝込んでるんですよ~」
大家「大事な話があるんだ、出てきてくれ。実は、この長屋の縁の下から着物が…」
春香「え!?い、今行きます!」
千早「わ、私隠れるわね…」
大家「ん?押し入れに誰か居るのかい?」
春香「ああ、雪歩の奴なんですが、あんまり言う事を聞かないんで、縛って入れてるんですよ」
大家「可哀想な事を…俺が出してあげよう」
春香「大家さん、関わらないでくださいよ」
大家「大丈夫かい?」
雪歩「あ、ありがとうございます…真美を逃がしたと言い掛かりを付けられて、打たれに打たれて…」
春香「黙ってろ!」
雪歩「あう!?」
大家「ああもう止めなさいよ!」
春香「で、用ってのは?」
大家「ああ、犬がこの長屋の縁の下から、着物を掘り出して咥えて来たんだ。
それが気味悪い事に、血が付いてんだよ。お前さん、何か知って」
春香「い、いやいや知りませんね!私は知りません!」
大家「そうかい…気味悪いから、奉行所へ訴え出て」
春香「いやいや!そ、そんなことしなくても良いじゃありませんか~」
大家「いやいや、それは出来ない。もしもの事があったら大変だからな」
雪歩「大家さん、助けてください…このままでは殺されてしまいます…」
春香「大家さん、これは私と雪歩の問題。どうか関わらないでください」
大家「そうはいかないよ。ほら一緒に来なさい」
春香「そ、そんな事しなくても」
大家「ほら、来なさい」
雪歩「ありがとうございます…」
春香「ちょ、ちょっと大家さん!」
千早「何だかまずい事になって来たわね」
春香「むう…」
千早「でも、雪歩言う事なんて怖くもなんとも」
春香「いや、怖いのは他にある」
千早「なに?」
春香「誰も居ないよね?」
千早「…誰も居ないわよ」
春香「…実はね、この正月にお茶の水で、雪歩の縁者の音無小鳥って女を、殺して金を奪ったんだよ」
千早「え!?」
春香「お、大きな声出さないで!」
千早「ご、ごめん…」
春香「で、その時血の付いた着物を、縁の下に埋めといたんだけど、
どっかのバカ犬が掘り出しやがった…訴え出られたらまずいんだよ」
千早「そ、それじゃあ逃げましょう!」
春香「うん、早く支度して…」
捕手「ちょっと天海春香さん!そこの古着屋から来たんだけど、
話したい事があるんだ、出て来てくれないかい?」
春香「い、今風邪を引いちゃって…は、早く!」
千早「う、うん!」
捕手「天海春香、出て来い!おい、戸をぶち壊せ!」
捕手「へい!」
捕手「御用だ!御用だ!」
春香「捕まってたまるかい!」
捕手「畜生、灯りを消しやがった!」
捕手「これじゃあ何にも見えねえ…」
捕手「御用だ!」
春香「……」
千早「……」
春香「ほれ……」 バタン!
「「御用だ!!」」
春香「こっちだよバーカ!今の内に…」
捕手「待て!」
春香「スタコラサッサー!」
捕手「ま、待ちやがれえ!!」
千早「は、春香あ……」
捕手「……」
捕手「御用だ!」
捕手「待て!これは戸板だ!」
千早「戸板じゃない!!Dは絶対にあるから!!」
捕手「見つけたぞ!」
千早「きゃっ!?」
捕手「如月千早、御用だ!」
千早「痛い痛い!わ、私は何も知らないわよ!は、放しなさい!放してよー!」
<同 加州候表門の場>
春香「ぜえ、ぜえ…ま、まだ追いかけて来やがる…」
捕手「御用だ!」
捕手「御用だ!」
春香「ま、まずい…」
捕手「御用だ!」
春香「ご、御用だあ!」
捕手「え…ご、御用だ!」
春香「御用だ御用だあ!」
捕手「……」
春香「……」
「「御用だ!!」」
捕手「ま、待て!俺だ俺だ!」
捕手「え…す、すみません…」
春香「……」
「「御用だ!!」」
春香「うお!?ち、違う違う!私だよ私!わた、ワタシダヨー」
捕手「え、違う?」
春香「あ、危なかった…」
捕手「って、さっきと今の女の声じゃねえか!御用だ!」
春香「ひゃああっ!?」
捕手「このリボンは、天海春香!」
捕手「天海春香、神妙にしろい!!」
春香「ふええええん、許してえ~」
捕手「かわいく言ってもダメだ!」
春香「畜生……畜生~!」
im@s大歌舞伎 『盲長屋梅加賀鳶(めくらながやうめがかがとび)』 終幕
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