結論から先に言うと、私は失恋しました

生まれて初めての本気の失恋

事務所の外で見たその人は私の知らない女の人と手を繋ぎ、私が見たことの無い笑顔で人波へと消えて行きました

それが3時間ほど前に私が見た光景

そして3時間後の現在、カーテンを締め切った部屋で灯りも点けずに泣いている

ホント、"枕を濡らす"って表現がピッタリな状況

ステレオから流れるのは熊木杏里の「新しい私になって」

本日私は 振られました
わかっていました 無理めだと
だけどもあのとき 少しだけ
微笑んでくれたような 気がしたから

うーん…
本人の口からハッキリ振られたなら、こんなに泣いてないかも

彼女さんらしき人と歩いているプロデューサーさんから、背中越しに

「こっちは俺の世界だから入ってくるな」

って言われたようなような気がして
それがすごく辛くて悔しくて…

そして暗い部屋で枕をグショグショにしている、と

イヤだなぁ
泣けばなくほど、頭の中がスッキリしてきちゃう

そして、プロデューサーさんの顔や声が高画質&高音質で再生されちゃう

765プロのみんななら、こんなときどうするんだろ?

千早ちゃんなら…

「まぁ、別に、かまわないけど」

とか言っちゃう?
それとも、意外と私みたいになっちゃう?

けっこう打たれ弱いからなぁ、千早ちゃん

すぐに立ち直りそうなのは美希と亜美真美かなぁ

ってか、美希が振られるとか想像できないなぁ

あっ、でもプロデューサーさんに彼女がいるってことは、美希も振られたことになるよね?

そんなことを考えてたら、いつの間に寝ちゃってました

洗面所の鏡越しに見た顔は、それはそれはヒドいものでしたよ…

泣きはらして目は真っ赤、髪はボサボサ、お肌はカサカサ

こんな顔じゃ事務所に行けな…

…事務所かぁ

行きたくないなぁ
会いたくないなぁ

でも、声聞きたいなぁ
「春香」って呼ばれたいなぁ

あーあ
鏡が滲んできちゃった

涙を流し続けてれば体重は軽くなるハズなのに、ものすごく身体が重い

ついでに頭も
ついでについでに気分も

「休めないよね、やっぱり」

プライベートを仕事に持ち込むのはよくないもん

それに、私はトップアイドルになるんだもん!

熱いシャワーを浴びて気合いを入れることにします

シャワーを浴び終えてリビングに行くと、お父さんが朝のニュース番組を観ていた

牡羊座の今日のラッキーカラーは赤
ラッキーアイテムはリボン

恋愛運は…☆1つ

この占い師さん、私のこと知ってたりしないよね?

ものすごくピンポイントなんだけど

「春香、まだ行かなくて大丈夫なの?」

「あ、うん、すぐ用意する」

お母さんも振られて泣いたことあるのかなぁ?
だけど、なんか親には聞きづらいよね、そういう話

電車に揺られながら外の景色をボーっと眺める

いつもは寝ちゃってて、景色なんて見てないんだよね

スケジュール帳を取り出して今日の予定を確認

"営業"の文字の下に"プロデューサーさんと2人"と書き込んである
しかもハートで囲ってるし…

都心に近付くにつれ、車両が人で埋まっていく
まだ朝なのに、みんな疲れた顔してる

私も同じ顔してるのかなぁ?
私のは泣き疲れだけど

「おはようございます」

「おはよう春香ちゃん」

事務所には、いるのは小鳥さんだけ
小鳥さんも疲れてため息ついたりするのかな?

大変そうだもんね、私たちの面倒を見るの

「どうしたの?元気ないみたいだけど」

「へ?いえ、何でもないです…」

「ひょっとして…失恋?」

「な、なんで分かるんですか!?」

あんまりにも驚いたから、朝から大声出しちゃった…

「え!ホントに失恋なの!?適当に言ってみただけなんだけど…」

…私が男で小鳥さんも男だったら、グーで殴ってますよ、たぶん

「ごめんね、ホントに失恋だとは思わなかったから」

失恋って言い過ぎです、小鳥さん

「えっと…」

「何ですか?」

「聞いてもいいのかな?」

「何をですか?」

「相手の人のこと」

さすがに言えないなぁ…

「ひょっとして…プロデューサーさん?」

「な、なんで分かるんですか!?」

朝から大声連発で喉痛くなってきた

「え!ホントにプロデューサーさんなの!?また適当に言ってみたんだけど」

…女ですけどグーで殴っていいですか?

「そっか…春香ちゃんもプロデューサーさんのこと好きだったんだ…」

「春香"も"?」

「あっ!…いや、その、あの…」

「まさか小鳥さん…も?」

「ち、違うわよ!ほら、美希ちゃんもプロデューサーさんのこと好きみたいだし!」

「はぁ…何でもいいです。私が振られたのは事実ですから」

「プロデューサーさんからなんて言われたの?」

「直接言われたわけじゃなくて…」

「?」

「昨日の仕事終わりに、彼女さんらしき人と歩いてるのを見たんです。手を繋いで、楽しそうに」

思い出したくないなぁ

「…手を?」

「手を」

「…繋いで?」

「繋いで」

「…そっか」

小鳥さん、表情でバレバレですよ
やっぱり小鳥さん"も"だったんですね?

だとしたら…

直接見た私と、私から聞かされた小鳥さん
辛いのはどっちなんだろ?

うつむいて黙り込んでしまった小鳥さん
やっぱり辛いのは一緒だよね

小鳥さんみたいに何回も振られてる人でも…

あっ!最後のは取り消し取り消し!

「…ねぇ、春香ちゃん?」

「はい?」

「叶わないとわかっていながら思い続けるのとハッキリ振られるのは、どっちが辛いんだろ?」

「…私にはまだわかりません。初めてだから、こういうの」

無理めかな?
って分かってたんだけどね、最初から

「いっぱい泣いた?」

「…はい」

「朝起きたらヒドい顔だったでしょ?」

「はい、残念ながら」

さすが小鳥さん
経験済みなんですね?

「小鳥さんも泣きますか?」

「部屋に帰ったら、ね」

「慣れないですか、やっぱり」

「…微妙に失礼なこと聞くわね、春香ちゃん」

「あ…ごめんなさい」

「私は春香ちゃんよりちょっとだけ年を取ってるから」

…はい、ちょっとだけです

「恋を恋として終わらせることができるの」

「どういうことですか?」

「また宝くじはずれちゃった、みたいな感じかな?」

「宝くじはずれても泣きませんよね?」

「例えば、よ」

「じゃあ、私はまだ子供だから?」

「恋を恋として終わらせることができないの」

「恋として…ですか?」

なんだが難しいなぁ

「負け惜しみに聞こえるかもしれないけど、私は本気でプロデューサーさんのことが好きだったわけじゃないと思う」

「え?」

「その人のことを考えるとちょっとだけ元気になれる存在、かな?」

「私はものすごく元気になれました!」

「ウフフ。ちょっとだけ朝早く起きれたり、ちょっとだけ仕事を頑張れたり」

「わかります、すごく!」

プロデューサーさんじゃなかったら、私はここまで頑張ってこれなかった
それは自分でよく分かってる

「でも春香ちゃんから昨日のこと聞いちゃったから、残念ながらおしまい」

「諦めちゃうんですか?」

「泣いてリセット、かな?」

「リセット…ですか」

「大人になるとね、誰も傷つかずにすむ方法を考えちゃうの」

「でも自分は傷ついてますよね?」

「だからリセット。恋を恋として終わらせるの」

私には…
まだ無理かなぁ

「春香ちゃんはまだ若いから、同じようにはいかないかもね」

「はい…そう思います」

「だったら方法は1つね」

「何ですか?」

このときの小鳥さんの表情
私はきっと忘れないと思う

私もいつかこんなお姉さんになりたい!
って思わせてくれた、とびきりの笑顔

それは、悲しくて切なくて、とびきり優しい笑顔だった



……

………

営業が終わり、事務所へと向かう車の中

私は小鳥さんに言われたことを思い返していた

運転席のプロデューサーさんを右側に感じながら

「当たって砕けちゃえ」

そう言って笑った小鳥さん

「でも、それだとプロデューサーさんが傷つきますよね?」

「ウフフ。年上の男性として、それくらいは受け止めてもらわなきゃ」

「…フフ」

その後は2人で大笑い
事務所に入ってきたあずささんがビックリしてたなぁ

流れていく夕暮れ時の景色を窓越しに見つめながら、歌の続きを小さな声で口ずさんだ

忘れます 忘れます
新しい私になって
忘れます 忘れます
思い出として 仕舞います

…帰ったらいっぱい泣こう

「…プロデューサーさん」

「ん?どうした春香」

そして、明日からまた笑おう

「私、プロデューサーさんのことが…」

それは私にとって初めての、小さな恋の歌



お し ま い