あの日は雪の降るクリスマス・イヴだった。俺は自分のプロデュースしている少女と二人、仕事帰りに少し散歩をしていた。男性恐怖症の少女が自分からプロデューサーと散歩がしたいなんて言うとは思わなかった。

雪の被る大木の下、少女は急に涙を流し『すいません』と一つだけ言うと駆け出した。何の謝罪かも分からないまま、その日は少女と別れてしまった。次の日から少女の姿を見ることはなかった。そして一週間、何事も無かったかのように少女は現れた。

結局、あの時謝罪した理由、そして消えた期間、少女に何があったのか、何も教えてはくれかった。ただ、いつも通りの接し方、そしていつものように笑顔な少女。冬を明けた今でも何一つ知らないままだった。


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「雪歩、仕事の時間だぞ」


暖かい風が吹きだし、生活しやすくなったそんな季節……今は春だ。最近は少しずつだけど仕事も増えて、少しは忙しくなってきたんじゃないかと思う。一年前から始めたこの仕事だけど、それなりに遣り甲斐も感じる。


「あっ、分かりました」


少女の名前は萩原雪歩。趣味は詩を書く事と日本茶、そしてブログ。引っ込み思案で気が弱い。男性恐怖症でその上、犬も苦手で初対面の人を相手にすると固まってしまう。しかも、取材の席でも緊張でガチガチになってしまう。でも、そんな自分を変える為に日々頑張っている、アイドルだ。

俺はそんな雪歩の手助けをしている、雪歩のプロデューサーだ。一年前、この少女と出会い自分のプロデューサー生活が始まった。最初は俺を怖がっていた雪歩、大変な時期もあったが、今じゃそんな事も無くなった。

雪歩自信が成長したのか、色々な事を挑戦していった。そして今じゃ色んな仕事が入って来るようになった。今日も、数多い仕事の中の一つへと向かうところだ。


「今からの仕事は生放送で歌ってもらうけど、大丈夫か雪歩?」

「生放送……大丈夫です……」

「笑顔が引き攣ってる。まぁ今の雪歩なら大丈夫だと思うぞ? だからそう暗くなるな」

「そうですよね……! 私、頑張ります!!」


確かに一年間、色々な事を挑戦して成長したけど、慣れない事もあるらしい。特に雪歩はいつも自信が無く、マイナス思考の時が多い。でも前よりかはマシになった方だ。そろそろ、雪歩にも自信がついて良いんじゃないかと思うが、そう上手くいかないのが現実らしい。

そんな雪歩の事を考えながら車を走らせていると、目的地に到着。早速、今日の仕事についての流れなどを確認、雪歩にもそれを伝えた。さっきまでは自信無さそうにしていた雪歩だったが、今じゃもうそんな目をしていなかった。やる気に満ち溢れているような、そんな目をしていた。

そして仕事が始まった。生放送で歌うと聞いて、不安そうだった雪歩だが、その透き通るような綺麗な歌声で今日もバッチリと歌いきった。雪歩は自信を持っていないが、その綺麗な歌声には自信を持っても良いと思う。

そして、この仕事は終わった。次から次へとやってくる仕事に雪歩も疲れを見せていたが笑顔だった。充実感に満たされるような、そんな感覚が雪歩を笑顔にさせていたんじゃないかと思う。嫌な顔一つせず仕事をこなしていき、今日もまた終わる。

小さな仕事が一日に何個も入っているが、萩原雪歩という一人のアイドルの人気が徐々に大きくなっているのをプロデューサーである俺は感じていた。雪歩は大きなアイドルになる、そう思いながらまた毎日を過ごしていく。

そしてある日の事だった、いつもより早く仕事が終わり、俺と雪歩は事務所へと戻ろうとしていた。今日もお疲れ様なんて言いながら、雪歩と俺、二人で他愛もない会話をしていた。


「プロデューサー……何処か行きませんか?」

「別に良いが……何処か行きたい所があるのか?」

「プロデューサーのお気に入りの場所へ連れて行ってください」

「俺のお気に入りの場所? そうだな……分かった。雪歩がどう思うかは分からないが……とりあえず行ってみる」


俺のお気に入りの場所へ……雪歩が何故そんな事を言い出したのか分からなかった。ただ、気分で行きたかったのかもしれないし、そこに行く理由があったのかもしれない。俺は何も聞かなかった。ただ、車を走らせて自分が好きな、お気に入りの場所へと向かうだけだった。

車の中で俺と雪歩。一切口を開かない、ただただ、静かな空間。車の走る音だけが、静まり返った車内を響かせていた。しばらく走っていると目的地が見えてくる。そこは雪歩とは一回だけ来た事がある大木のある場所だ。


「プロデューサー……ここって……」

「そうだ、去年のクリスマス・イヴ……雪歩の十七歳の誕生日の時に来た場所だよ。あの時も仕事帰りだったな」

「あの……」

「あの時の事は聞かないから心配するな。ほら、見てみ」

「……きれいです」


俺のお気に入りの場所……一つの大木があって周りは草原。そこから見渡せる自分達の住む町が綺麗で、仕事を投げ出したくなった時、泣きたくなった時、不安ばかりが襲い掛かってくるような、そんな時……此処に来ると全部忘れさせてくる。

静かで誰も居ない、風で草原がなびく音だけ。此処は心を落ち着かせてくれる、そんな場所だ。俺の好きな景色を見た雪歩も笑顔を浮かべていた。少しでも疲れがとれてくれればいいと思いながら雪歩の顔を見ていた。

そうか……。なぁ雪歩、何かあったら話してくれよ。俺はいつでも相談に乗るし話も聞く」

「ありがとうございます……。プロデューサー、これから私がどうなってもプロデューサーだけは私を捨てないで下さいね……」

「捨てるなんて……そんな事はしない。ほら、日も暮れてきたしそろそろ帰るぞ」

「はい!」


雪歩の言っていた『私がどうなっても捨てないで』という意味……今の自分には何の事だか分かっていなかった。何か、これから何か起こるのか? 雪歩に対して何かいけない事が起きるのだろうか? 心の何処かで何か嫌な予感がしていた。そしてざわざわと不安が押し寄せていた。

これから先、どんな事が起きるのかは分からない。考えても無駄だ。でも何も分からなくても、雪歩の傍に居る事はできる。どんな事があっても俺は雪歩を見捨てはしない。そう心の中で言いながら暗くなった夜道を走り町へと戻っていった。



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久し振りのオフだった。雪歩が。雪歩が居ない今日はいつもと違い、事務所のパソコンとにらめっこ。デスクワークというやつだ。雪歩のスケジュールをまとめたり、ライブについてなどなど……とにかく大変だ。

一年経っても時間が掛かる仕事は時間が掛かってしまう。珈琲を飲みながら、中々進まない今の仕事に疲れが溜まっていくが、なんとか終わらせる事ができた。時間は十五時過ぎ、自分が思っていたよりかは早く終わったみたいだ。どうせやる事も無いし暇だ、久し振りに何処か遠くへ行ってみよう。そう思い行く宛も無くに車を走らせる事にした。

今頃雪歩は休みを満喫しているんじゃないか、なんて思いながら歌を流しとりあえず隣町まで行く事にした。いつもは雪歩と一緒に話ながら走らせるこの車も一人だと何処か物寂しさを感じてしまう。そしてあっという間に隣街に着いてしまった。

思ったより早く着いてしまい、物足りなさを感じてしまった俺はもうちょっと遠くまで行く事にした。特に理由も無く遠くへと遠くへと。時間も何も気にせず、ただ前へ前へと車を走らせていた。

「大分、遠くまで来たなぁ……。どうせ此処に来たってやる事はないし、何か飯でも食ってさっさと帰ろうかな」


そう言いながら、適当な店に入りちょっと早い夜飯を堪能する事にした。少し小さな食堂だったが、値段の割には満足できる内容の定食を注文し食す。そんな食事もすぐに終わり、会計を済ませ店を出ようとした時だった。


「じっ、地震……?」


揺れる。食堂の中が揺れる。しかも小さな地震では無く、少し大きめの地震が店の中を揺らしていた。次第に何かが近付いてきているのか、地震は大きくなっていく。何がなんだか意味が分からない、そんな中、店を出て外の様子を見てみる事にした。


「なんだ……これ……!?」


暗くなった空だったがハッキリと見えた。店の真上、いやこの街全体に無数の戦闘機が直進していた。この状況だけでも訳が分からないのに、辺りの建物が燃えているのを見て更に混乱した。今の状況が理解できなかった。

戦闘機は真上からミサイル? 小型の爆弾? よく分からないモノを落としていた。それは無差別に爆発して、一瞬にして建物を破壊して町を火の海にしてしまった。俺はさっさと、車に乗りその場を離れようとした。これが現実なのか自分の妄想なのか、それともただの夢なのか……。

車を走らせ、ただひたすらに逃げていた。アクセルを踏みエンジン全開で元居た自分の街へと真っ直ぐ走っていた。この街だけじゃなく自分の居た、自分の住んでいるあの街は大丈夫なのだろうか? 雪歩……雪歩は大丈夫なのだろうか……?
自分が今置かれているこの状況よりも雪歩の方が心配だった。心配すれば心配するほど胸が痛くなっていき、不安が俺を襲ってくる。


「くっ……うがっ!!」


真っ直ぐ進んでいたが、近くに戦闘機が墜落、その爆風に巻き込まれ車が回転。操縦の利かなくなった車はそのまま建物に衝突。その反動で自分の身体は強く叩き付けられた。身体中に激痛が走り、目も霞んでいく。

もう何も分からない。自分の思考がぐちゃぐちゃになって、もう何も考えられない。ただ逃げないと死んでしまう、これだけが俺を動かしている。シートベルトを外し、さっさと車の中を出ると何も分からないまま前へと歩き出していった。

額からは血が流れ、右肩を抑え歩き続ける。空を見上げると、一機だけ挙動がおかしいものが自分の目に写った。戦闘機ではない何か……それは墜とされ、自分の居る近くへと墜落しているように見えた。

何故だろうか、変に嫌な予感がする。身体が痛む事なんか、気にならなかった。俺はその戦闘機ではない何かを追いかけるようにして走った。いったいそれが何かも分からないのに、意味もないのに走っていった。

「うっ……!!」


墜落、戦闘機なのか何なのか、それは大きな音を立て、煙を上げ、自分の目の先に墜ちた。何が墜ちてきたか、確認しようとするが、大きく舞う煙で全く前が見えない。それでも、半分閉じている目を必死に開き、俺は前進していく。

徐々に煙は舞い散ってその正体不明の何かを解き明かしていく。何が何なのか、頭の中は真っ白だった。ただ、心臓の鼓動がドクドクとドクドクと身体中に響き渡っていた。煙の中に見えた小さな影、それは戦闘機なんかじゃなかった。一つの人影、煙に映るのは小さな人影だった。


「えっ……?」


煙の中から出てきたのは、背中を突き破って出てきているドス黒く鈍く光る金属の板、ぐちゃぐちゃになった腕から生えた巨大な銃器。鮮血に染まった白いワンピース、ボロボロになった身体で少女は大粒の涙をその目から流していた。そんないたいけな姿をしていた一人の少女は俺の方を見ていた。


「ゆき……ほ……?」


「すいません……プロデューサー……。私……こんな身体に……なっちゃいました……」


俺は少女を抱きしめた。少女は涙を流し、自分も涙を流していた。こんな姿を見せられて俺はただ涙を流すだけしかなかった。これから何が起きても私を捨てないで……何でこうなったかは分からない。ただ俺は涙を流し少女を受け止める事ぐらいしかできなかった。

抱きしめた少女の心臓は音がしなかった。



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「おはよう雪歩」

「あっ、おはようございますプロデューサー」


俺と雪歩はいつも通りだった。『あの日』、どうなったのか何も覚えていない。少女を抱きしめて、その後何も覚えていない。目が覚めて、自分が起きた時には事務所の休憩室のベッドで横になっていた。長い間、夢を見ていたようなそんな感覚で頭が痛かった。

夢だと思いたい……夢だと思いたかったが、額に貼ってあるガーゼ、身体中に流れる痛み、血で汚れているカッターシャツ……夢なんかじゃなかった。『あの日』起きた事は夢じゃなく、全部現実で起きた事だったんだ。

そして『あの日』から大分、日が経った。俺は雪歩に聞けなかった。何であんな身体になったんだ、何であんなのと戦ってるんだ……そんな事、聞ける訳がなかった。何度も聞こうとしたが、それを聞いたら雪歩を傷付けてしまうんじゃないか、変な思いが邪魔して聞けなかった。

そして、聞けないでいるうちに梅雨に入った。あれから、特に関係は変わらなかった。アイドルとプロデューサー……ただそれだけの関係だった。あれ以来、この町に戦闘機が攻めてくる事も無いし、少女のいたいけな姿を見る事も無かった。

でも、最近の雪歩は少しおかしかった。仕事が終わるとすぐに何処かへ行くし、よく怪我をするようになった。小さな怪我でそんなに心配する程のものでもない……でも、何かがおかしくなっていた。それでも、俺はどうしても聞けなかった。


「雪歩……大丈夫か?」

「あっ、この怪我ですか? 大丈夫ですよ!」


雪歩は笑顔でそう言った。頬にバンドエイドを貼って笑顔を見せていた。この笑顔も無理して作っているんじゃないか、そう思ってしまう。その小さな怪我も『あの日』のような事で負った怪我なんじゃないかって、今はなんでも疑ってしまう。


「なぁ、雪歩……教えてくれないか」

「何を……ですか?」

「その身体について……だ。ずっと、気になってはいたけど聞けなかった。でもな、もう疑いたくないんだ……雪歩のその笑顔、怪我の事、そしてその身体……。雪歩の事を信じたいんだ!!」


腹の中に溜めていた疑問を雪歩にぶつけた。これを聞いたら雪歩は傷付いてしまうんじゃないかと思う。本当は聞かないほうがいいって分かっている。でも、もう雪歩の事をこれ以上疑いたくなかった。気付かないふりはもうやめだ。

話をつけよう。そして、雪歩を知ろう。受け止めよう。信じよう。もしかしたら雪歩の力になれるかもしれない。そんな事を思いながら、この事について聞いてみた。

雪歩は一瞬固まった。そして優しい笑顔を浮べた。そんな笑顔を作ってみせた雪歩のその目からは涙、次から次へと涙を溢していた。そして、溜め息を一つすると笑顔を崩し泣きじゃくった。まるで子供のように。


「いつかは……いつかは話さないと……いけないって思ってました……」

「雪歩……」


しばらく雪歩は泣いていた。泣き止むまでそれ以上何も声を掛けずに見守って。目を真っ赤にして泣き止んだ雪歩は俺の方を向いた。震えていて、そして小さな声で話し掛けてきた。


「私……最終兵器に……なったんです……」

「最終兵器……」

「毎日毎日毎日毎日……軍の人に呼ばれて戦争して……滅ぼして……。私を見た人はこう言うんです……助けて……助けて……って、血を吐きながら言うんです……」

「…………」

「自分じゃ何も覚えてないのに、体は覚えているんです……。人の感触、血の臭い、叫び声……。生きる為にまた撃ってくるんですでもまた私の目の前で破裂しちゃうんです……」

「雪歩……」

「プロデューサー……私、何でこんな身体になっちゃったんでしょう……? 私が悪い子だったからなんでしょうか……? 最終兵器の事、プロデューサーに話せて良かったです……。今まで誰にも話せなくて辛かったです……。この話を聞いてもプロデューサーは私を捨てないでくれますか……?」

「捨てない……捨てる訳ないじゃないか……。雪歩がちゃんと話してくれて良かった。このままずっと聞かなかったら、雪歩はずっと一人で心細くて……一人で傷付いて……ごめん、何言ってるんだろ俺……」


俺は涙を流していた。自分が思っていた事よりも、もっと深刻でもっと大きな問題を雪歩は抱えていたんだ。その小さな怪我は兵器として戦った時の傷、心配させまいと笑顔を見せていた……でも雪歩は一人話せずに狭い箱の中で誰にも話せずにいたんだ。

こんなの、何の力にもなってやれないじゃないか……。そんな自分の非力さがまた悲しくなってくる。話を聞いてあげてその後、解決策が導き出せるのか? できない、今の話じゃ自分は足手まといになるだけじゃないか……。


「プロデューサー……」

「俺は何もできないし、力にもなれない。話を聞いてあげるだけしかできない……。だから、話したくなったら話してくれ。答えは出せないかもしれない、それでも話を聞いてあげる事ぐらいならできる……」

「それだけでも私は嬉しいです……。プロデューサーに話せて少しホッとしました。私の中に溜まっていた事も話せました……またこうやって話すかもしれません……その時はお願いします……!!」


雪歩は最後に笑顔を見せた。そして、またいつものように『アイドル』としての仕事へと向かっていった。



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雪歩が最終兵器だという事を知った俺、話してくれた雪歩は二人で居る事が多くなった。仕事までの時間、仕事合間の休憩時間、昼食を食べる時……少しの時間でも一緒の事が増えた。

そして前よりも色んな事を話すようになり、雪歩自信にも笑顔が増えた。仕事が終わると行ってきますプロデューサーと一つだけ。雪歩はアイドルで……最終兵器。俺は行ってらっしゃいとだけしか言えない。

雪歩は心配しないでと笑顔で言うが、どうすれば『心配しない』でいる事ができるのだろう。『行ってきます』何処へ。雪歩の事は信じている。でも何故だろう、笑顔で見送っているはずなのに、背中を見せて走っている雪歩を見ていると涙が出てしまう。

次の日になればまたバンドエイドが何処かに貼ってある。でも大きな怪我はしていない。そのバンドエイドを見ると胸が締め付けられるようになってしまう。心配させないように笑顔を作る俺はあの時の雪歩だ。

そんな、日々が続いているうちに梅雨が明けて夏が来た。空を見上げると雲一つない晴天が広がっていて、蝉の鳴き声が夏だと実感させてくれる。じわじわと熱気が漂うこの季節、雪歩はアイドルとしての仕事も頑張っていた。


「雪歩、今日は外での撮影だ。暑いだろうけど、頑張ってくれよ」

「大丈夫です、私、暑いのには慣れています!」


雪歩の言う事には重みを感じるようになった。暑いのには慣れています……きっとこんな夏の暑さよりも凄いものを雪歩は知っているんだと思う。こんなちっぽけな暑さよりも凄いものを……。

雪歩はそれを笑顔で言う。俺は『そうか』と一つだけ、笑顔でそれしか言えなかった。その後は今日の仕事内容を伝え、車を出してすぐに撮影場所へと向かっていく。移動の合間は二人で他愛もない話をして笑っていた。


「プロデューサー、水をください」

「あぁ、仕事前だもんな」


俺は雪歩に言われた通り、水の入ったペットボトルを渡した。変わった事と言えば、仕事前に錠剤の薬を飲むようになった。雪歩が言うには体を安定させる為の薬らしく、軍から支給されている、自分専用の薬らしい。これを飲まないと体が支えられなくなるらしい。

今の雪歩にとっては必要不可欠なもので、ある程度時間が経ったら、定期的に飲まなくちゃいけないとかなんとか。俺もあまり詳しい事は知らない。雪歩が薬を飲み終わる頃、撮影現場に到着する。車を降りてテレビ関係の人がいる所へと向かう。

いつものように仕事の流れを確認すると、雪歩はすぐに仕事へ取り掛かる。撮影はすぐに始まり、俺はそんな撮影中の雪歩をいつものように見守っていた。


「あの……」


撮影中の雪歩を見ていると、急に暗く曇っている、今にでも消えそうな声で話し掛けられた。声は自分の後ろから聞こえ、俺は後ろを振り返りその声の持ち主を探す。

声の持ち主は俺のすぐ後ろに居た。男はスーツ姿で胸の辺りに何かのバッジを付けていた。顔は老けていて、年齢は五十過ぎと言った所だろうか。テレビ関係の人という訳ではなさそうだし、何者なんだろう。


「はい」

「私はあの子……萩原雪歩を管理をしている者です……」


雪歩を管理している……男は確かにそう言った。という事はいつか雪歩の言っていた、自衛隊か研究員か、それとも国の偉い人……なのだろう。しかし、何故そんな人が俺の前へやってきたのだろうか。殺されるのか? 雪歩が最終兵器だという事を知っているから殺されるのか?
いや、考えすぎだ。今は話を聞いてみよう。俺の前に現れたって事は何か話があるからだろうし、とにかく話を聞こう。


「……何の用ですか」

「単刀直入に言いますと、萩原雪歩に近付かないでもらいたいのです……」

「何故そのような事を」

「彼女は兵器なのです。余計な感情を与えたくはないのです。貴方と萩原雪歩……御二人の関係を絶つ事で、より兵器として活躍できるという事です。戦闘に集中してもらう為にアイドル活動も休止してもらいたい」


残酷だった。こいつらは残酷で自分達の事しか考えてない、雪歩の事なんてどうでもいい、ただの兵器としか見ていない……最低な野郎だった。勝手に兵器にしたくせに、雪歩にとっての唯一の自由……アイドル活動もやめさせるなんて……。

雪歩は十七歳の少女だ。こいつらは本当にただの兵器にしてしまおうって言うのか……? 自分達の勝手な都合で雪歩から全部を奪おうって……本当にそう言っているのだろうか? 本当にそうだったら、こいつらこそ人間じゃないじゃないか……。


「雪歩は兵器なんかじゃない。アンタらに比べたら人間だ! 自分を変えるためにアイドルを頑張っている十七歳の女の子だ!! そんな女の子から何もかもを奪っていこうっていうのか? そうだとしたら、俺は許さない」

「今は戦争中なんです。貴方も分かっているのでしょう? 日本に戦闘機が攻めてきた時から、また戦争が始まったんです……。全てを自分達の手の中に納めたいんです……。日本も例外じゃない、自分達を守る為に他を手に入れるのです」

「雪歩は……雪歩は勝手に巻き込まれたんだ……。なのに全部が全部奪われたら……雪歩に何が残るって言うんだ!! 俺は反対だ、雪歩は今まで通りアイドルをやっていく」


雪歩は辛い思いをしている。自分が兵器だという事を。前に話してくれた、雪歩の思い、辛い思いを話してくれた。それでも雪歩は頑張っている、アイドルも最終兵器も……。それなのに自分の好きなアイドル活動まで奪ったら、雪歩は何を支えに頑張れる? そんな悲しい思いをさせたくはない。

今が戦争中なのかもしれない。それでも雪歩は歌を歌って、踊って……辛い思いをした人達を必死に元気付けて、自分自身も楽しんでいる。雪歩の事を知っているからこそ、アイドルをやめさせるなんて、反対だった。

そう言うと、男は大きな溜め息を一つ。スーツからハンカチを取り出して、額の汗を拭き始めた。そしてもう一つ、大きな溜め息を吐いて雪歩の方に視線を向けた。

「分かりました……今日の所は引き下がりましょう。また、近いうちにお会いしましょう……その時は良い結果が聞けるように期待しております」


男は去っていった。雪歩のアイドルをやめさせて、俺にも近付くなと言って……それだけを伝える為に。どのくらい話していたのかは分からない。でも長く、とても長く感じた。必死だった、雪歩のアイドルをやめさせない……雪歩の事をアイツらの好き勝手させたくなかった。

今自分がこう思っている事、それも好き勝手なのかもしれない。それでもいい、雪歩の好きな事をやめさせたくはなかった。でも最後に言っていた、また近いうちに……。これからもまたしつこく現れるのだろうか?
そうだとしたら……本当にこのままで良いのだろうか? 雪歩の事を守れるのだろうか? 俺は頭が痛かった。どうしていいのか分からない、どうしたら、少しでも雪歩を楽にしてあげられるのか……。


「プロデューサー?」

「あっ、あぁ、雪歩……お疲れ様」


大分、時間が経ったのだろう。雪歩は仕事を終えて服も着替え終わっていた。結局考えはまとまらないままで、何の解決策も出て来なかった。テレビ関係の人達に挨拶をすると、自分達の車に乗って事務所へと戻る事にした。

帰り道の車、いつもと違って静かに感じた。雪歩は話し掛けてくれていたのに、俺はそれをあまり聞いていなかった。兵器じゃなく、アイドルとしての雪歩をどうやって守れるのか、ずっと頭の中で考えていた。


「あの、プロデューサー……聞いてますか?」

「あぁ、ごめん……」

「プロデューサー……さっきの事気にしていますか?」

「さっきの事って……知っているのか?」

「私、耳が良いんですよ? 仕事中だったけど全部聞こえていました」

「……雪歩はアイドルを続けたいか?」


聞いてみた。雪歩の気持ち、これからもアイドルを続けたいのか……雪歩の本当の気持ちが聞きたかった。このままずっと、アイツらの好き勝手に扱われていいのか? 完全に兵器としてだけ生きていかせようとしているアイツらの好き勝手に……。

俺が考えた所でダメなんだ。ちゃんと、雪歩の考えを聞いて、その上で行動しないと雪歩の為にならない。だから、俺は聞いてみた。どんな返事でも俺は雪歩のしたいようにさせるだけ。

雪歩は目を閉じて、少し考え事をするような仕草を見せ、すぐに目を開いた。バックミラーから見えた雪歩の目には涙、流さないように必死に我慢していた。そして、雪歩は震えた声で言った。


「私は……アイドルを続けたいです……」



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夜、雪歩を家に送ると俺は事務所へと戻った。あの時、雪歩はアイドルを続けたいと言って、溜めていた涙を溢していた。続けたいと言ってくれて、心の何処かでホッとしていたのかもしれない。嬉しかった、雪歩がそう言ってくれて嬉しかった。

雪歩の返事を聞いた俺は『逃げよう』っと一つだけ言った。雪歩は『はい』と小さく頷いた。雪歩の仕事もあるし、その確認と言った所か、近いうちに逃げようという事になった。スケジュールを見ると三日後に丁度休みがあるし、その時に雪歩と逃げようと思う。


「お疲れ様です、プロデューサーさん!」

「あっ、小鳥さん」


俺に声を掛けてきたのは、同じ765プロダクションで働く事務員、音無小鳥だった。自分が困っている時、いつも相談に乗ってくれたり、話を聞いてくれたりする人だ。そんな小鳥さんは珈琲の入ったマグカップを俺に渡してくれた。

小鳥さんは自分の机に向かい、今日もパソコンを起動させていた。小鳥さんはいつも夜遅くまで事務所に居て、事務所の為に色々とやってくれている。そんな小鳥さんと二人きりというのは、なんだか久し振りだ。


「最近の雪歩ちゃん、すごく頑張っていますね。前に比べると前向きになったし、なんだか笑顔が増えたと思いますよ!」

「笑顔が増えた……小鳥さんからはそう見えますか?」

「はい! それに比べてプロデューサーさんは困った顔をしています……何か悩み事があるんですか?」

「……小鳥さんには敵わないな」


雪歩が笑顔か……。きっと全力でアイドル活動を楽しんでいるんだろう。笑顔で前向きになった……案外そうなのかもしれない。それに比べて俺の顔は困っている顔か……。最近、いや、雪歩が最終兵器だと知ってからだろう、ずっと考え事をしてばかりだった。

そしてまた今日、あんな事があったから尚更考え事をしてしまうようになった。小鳥さんはそんな考え事ばかりしてる事をお見通しだ。雪歩の事は隠して、相談しても良いかもしれない。誰かに相談する事によって少しは楽になるかもしれないしな。


「話してくれてもいいですよ?」

「小鳥さん……自分の大事な人には表と裏があるとします。表では色んな人に元気を与えていて、裏では狙われているんです。元気を分け与えるなって銃を突き付けて言ってくるんです。そんな大事な人を守る為に自分は何をしたらいいんでしょうか?」

「そうですね……私だったら、その大事な人を連れて旅に出ます」

「逃げるんじゃなくて?」

「はい。考えているぐらいなら旅に出ろーって……逃げるじゃ、なんだか暗いじゃないですか。それだったら、旅をするの方が明るいし、きっと希望が見えてくるんじゃないかって……そう思います」


旅に出る……俺はそんな前向きな考え方をしなかった。逃げる、逃げる、逃げる……逃げるという事だけが頭の中でいっぱいだったのに、小鳥さんの言う旅に出る……それを聞いて一気に変わった。自分の気持ちに少し光が射したような、そんな気がした。

そうだ、俺と雪歩は希望の光を信じて、光を探す為の旅をする。そして、行く先行く先で雪歩はアイドルになるんだ。行き着いた場所に居る人達を笑顔にする為に旅をする……そう思えば先は明るいかもしれない。

今のようにテレビに出たりはできなくなる……それでも雪歩は納得してくれるのだろうか? それでもアイドルですよって言ってくれるだろうか? 少し不安も残るけど、それはその時雪歩に聞いてみる事にしよう。


「それ、良いですね。なんだか、少し希望が見えてきました。ありがとうございました」

「いえいえ。プロデューサーさんが何をしでかそうとしているかは分かりませんけど、少しでも力になれたんなら良かったです!」


小鳥さんは笑顔を見せると、事務服のポケットから何かを取り出した。俺の腕を掴んで、ポケットから取り出したそれを手の平に置いて手を握りしめた。小さな何か、小鳥さんは小さな何かを俺に渡してくれた。


「お守りです。これからのプロデューサーさんが……雪歩ちゃんが上手くいきますようにって!」



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三日後の昼。俺と雪歩が逃げる……いや、旅に出る日だ。今日、この日が来るまでに色々と済ませてきた。雪歩が長期休止に入る事、必要な物を揃え、俺自身がしばらく休む事を小鳥さんに伝えて準備はできた。

雪歩との待ち合わせ場所はあの大木のあるお気に入りの場所。俺が来る前よりも早く、雪歩は来ていて、俺と雪歩はそこからの景色を目に焼き付けた。そして、大木に別れを告げて車を走らせた。

この三日間の間に雪歩に聞いてみたんだ、テレビに出られないけど、それでも大丈夫かって。雪歩は笑顔でこう答えた。


『辛い思いをしている人が居たらその人達に歌を贈って笑顔にしたいです。小さいかもしれません……それでも、その人達からアイドルだと思ってもらえたら、私はそれで嬉しいです』


雪歩は雪歩自信で考えていた。俺が心配する必要はなかったのかもしれない。雪歩の成長も見られ、次は俺が成長する番なのかもしれない、なんて事を思いながら、とにかく遠くへと車を走らせていた。いつものように他愛もない話をしながら、楽しく、走らせて。

「あの、プロデューサー……一つだけ良いですか?」

「なんだ?」

「私、最後に海が見たいです」

「海か……そうだな。行くか!」

「あっ、ありがとうございます!!」


特に何処へ行くというのは無かったし、雪歩の行きたい、海。この街に戻ってくるかは分からない、この街の最後……雪歩の行きたい所に行こう。そして、思い出にしよう。嬉しそうな雪歩を横目に俺達は海へと向かう事にした。

今みたいに笑って、楽しくて、雪歩が兵器じゃなく……人間として、幸せに生きていけるのだろうか? 雪歩の悲しまない、戦わない生き方は……これから先できるのだろうか? 雪歩のその笑顔を見る度に心が痛くなる。

不安な事で胸がいっぱいで窮屈で苦しい。雪歩が一番……そう思っているだろう。そんな雪歩の苦しい思いが少しでも消えてくれたら、俺はそれだけでも嬉しい。雪歩の事を思いながら運転していると、青で広がっていた空も段々と茜色に染まってきた事に気付く。車を走らせて中々の時間が経っていたようだ。


「プロデューサー! 海……海が見えてきました……!!」

「おぉ、綺麗だな! そうだ、もっと近くまで行ってみるか?」

「はい! 行きたいですぅ!!」


さっさと海へと向かい、すぐ近くの駐車場に車を停めた。車を停めると雪歩は待ちきれないとばかりに海へと駆け出した。海を見て喜んでいる雪歩を見ていると、やっぱり雪歩は雪歩……兵器なんかじゃなく、普通の女の子なんじゃないかとそう感じた。

人の少なくなった海で雪歩ははしゃいでいた。こんなに楽しそうに、そして満面の笑みを浮かべている雪歩は初めて見た。まさか、海を見てここまで喜んでもらえるとは思わなかった。


「プロデューサー……海に来れて良かったです。これからの事を思うと不安でいっぱい……でもこんなに広い海を見ていると私の不安は小さく感じてきます。それに今の私には……プロデューサーが傍にいるんで……」

「俺が傍にいる……か。雪歩、ありがとな……こんな何の役にも立たない男の事を必要としてくれて。雪歩は大きな不安を抱えているんだと思う。前も言ったけど、辛くなったり、不安な事をぶちまけたい時は全部俺が受け止める……俺にはそれしかできないからな」

「ぷっ、プロデューサーは……!! 役立たずなんかじゃないです……。最終兵器だと知ってもずっと、私のプロデューサーでいてくれて、今もこうして私の事を心配してくれて……。だから、役立たずなんか言わないでください……!!」

「そう言ってもらえるとは……。ありがとな雪歩、もう役立たずなんか言わない。ならそうだな……これからも雪歩の手伝いをさせてくれないか?」

「ぜっ、是非お願いします……!」


一年前だったら、こんなやり取りは無かった。雪歩は自分の意見を述べる事をあまりしない、引っ込み思案だった。そんな雪歩が今はちゃんと自分の意見を述べて俺と話してくれる。雪歩は照れくさそうに目を逸らし、被っていた麦藁の帽子を深くまで被り顔を隠していた。

空と同じ茜色に染まっている海は宝石のように煌めいて、なびく風に麦藁の帽子を押さえている白いワンピースの少女。俺の目に写るその絵は魅力的で輝かしかった。雪歩はこっちを振り向いて、少し恥ずかしそうに笑った。

俺と雪歩は日が暮れるまで海を見て、辺りが暗くなってきた頃にやっと車に乗った。今からどのくらいまで行けるかは分からないけど、何処へ行くかは決めていないし、ただ何の目的もなく車を走らせていた。

一つ言える事は自分達の生活していたあの街から、大分遠くまでは来れたと言う事だ。このままもっと遠くへと行って、アイツらの追ってこれない所まで逃げる必要がある。でもアイツらにとって雪歩は必要……意地でも追い掛けてきそうだ。


「ぷっ、プロデューサー……!!」

「どうした雪歩」

「逃げてください!! 後ろからこの車を追い掛けてます!!」


雪歩は慌てていた。後ろから何かが追い掛けてきている……まさかアイツらが。何が追いかけてきているかは車のバックミラーじゃ分からなかった。まだ遠くにいるかもしれない。俺の分からない何か、雪歩の目にはその何かが見えているのだろう。


「雪歩、アイツらか?」

「分からないです……でも大きめの車が二、三台……後ろに、徐々にスピードを上げてこっちに向かってきてます!!」


三台、猛スピードか……。このまま、俺達を突き落とそうというのか? そんな事をしたら雪歩も危ないはずなのに、何を考えているんだ? まさか、アイツら以外の何かが俺達を? いや、今は考えている場合じゃない!! 逃げる事が一番だ!! こちらの車も徐々にスピードを上げて、なんとか追い付かれない事を願いながら前だけを見ていた。


「あっ……」

「どうした雪歩?」

「プロデューサー……」

「なっ、なんだ!」

「こっちを見ないで下さい……絶対に見ないで下さい……!! お願いです……」


雪歩は少し変だった。頬を赤くして、涙を流しながら、その震えた声で訴えていた。俺は頷いて、後ろを見ないように、ただただ前を向いて自分には見えない車から逃げていた。後ろの座席から雪歩の声は消えて、窓がゆっくりと開く音だけが鳴っていた。

雪歩は何をしようとしているのだろうか? 疑問を持ったが、雪歩が必死に訴えていたんだ。俺はとにかく後ろを見ないようにして、そのまま真っ直ぐと進んでいった。開いていた窓はすぐに閉じられて、雪歩の啜り泣いている音と後ろから鳴った大きな爆発音だけが帰ってきた。

「雪歩! 大丈夫か!!」

「私が甘かったんです……。監視されている事を分かっていたのに逃げたいなんて……」

「監視……」

「私は最終兵器です……。たまに監視されるんです……研究所の人からも、他の国の人からも……。その事を分かっていたのに、私がダメダメだから……」

「監視なんかされてたのか……。でも大丈夫だ、雪歩が悪いんじゃない。監視されて平気なほうがおかしいしな。それに、それで追われても俺は迷惑だって思わないからさ、雪歩はあんまり重く感じなくていい。自分を責めないで」

「すいませんプロデューサー……すいません……プロデューサー……」


その後も雪歩は涙を流しながら謝罪していた。自分のせいで俺の事を巻き込んでいる……自分のせいで……雪歩はそう思っているのだろう。それ以外にも色んな思いが雪歩を襲っているのだと思う。長い間泣いていた雪歩は泣き止むと、疲れたのか目を閉じて今はぐっすりと眠っていた。

雪歩も寝て、今のうちにガソリンスタンドへと寄った。そのついでに、後部座席で横になっている雪歩に毛布をかけ、頭を撫でた。今日だけでも雪歩は疲れたんだろう、さっきまで泣いていたのに今は気持ち良さそうに眠っている。

今日一日、まだ進むつもりだけど自分達の出た街からもっと遠い場所には到着しないだろう。特にゴールもないのだけど、とにかく遠くへ行く事だけが今の自分達の目標であり一先ずのゴール。この旅の終わりは雪歩が兵器としてじゃなく、アイドルとして生きていける……そんな街に行ける事が本当のゴールだ。



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前の街を出て今は何日目だろう。随分と長い事車を運転しているようなそんな気がする。いや、実際長い事運転している。そして、車の中で生活している。自分達の居た街から大分遠くまでは来たと思うが、もしまた監視している奴等が襲ってきたら……そう思うと、何処へ向かえば、何処まで行けばいいか分からなくなる。

そんなこんなで雪歩には本当に悪いと思っている。雪歩は大丈夫だと言ってくれてるが、流石に女の子をずっと車で生活させるのはどうかと思う。次の街に着いたら、一先ずはそこで一日を過ごそう。


「あれから、監視は襲ってこなくなったな」

「監視はもういなくなりました。監視してる機械もハッキングして映らなくしたんで大丈夫ですよ!」

「そんな事もできたのか……」

「こんな時だけは役に立ちます!」

雪歩は笑顔でそう言っていたがやってる事はとんでもない事のような気もする。って事は監視されてる機械も使い物にならない、しばらくの間は見付かる心配がないという事か。だとしたら安心だ。

念には念をという事で、次の街で休むのはやめて、もう少しだけ先にある街に向かう事にした。雪歩もそれでいいと言ってくれたし、良い所だったら、そこで暮らしても良いかもしれない。少し希望が見えてきたか。


「そう言えばプロデューサー」

「うん? どうした」

「こっ、これからは二人、私とプロデューサーで生活するんですよね……?」

「そうなるな。あっ、そうか……雪歩は男の人が苦手だったな……」

「あっ、いえ! そういう訳じゃないんです! なんだか駆け落ちしてるみたいだなぁ~って……いや、違うんです……!! あぁ……穴掘って埋まっておきますぅ!!」


駆け落ち……これは、そうなのだろうか? 違う気もするが、当て嵌まってるような気もする。そんな事はどうでもいい、雪歩が駆け落ちなんか言うせいで、変に緊張してしまう。そんな事考えてなかったし、思いも付かなかった。そのせいで、意識してしまい変な汗が出てきてきた。

言った本人は頬を真っ赤にして頭を抱えていた。一番ビックリしていたのは雪歩のようだ。でも確かに駆け落ちと言うのは当たっているのかもしれない。結婚とかは違うとして、アイドルをやめろと言われ、追いかけられて、今はひっそりと何処かで暮らそうとしている。

まぁ、結局二人で生活していく訳だし駆け落ちのようなものか……と自分の中で勝手に解決させた。その後は雪歩とこれからの事について話した。街に着いてからどうするか、仕事はどうしよう、家は……。これからの事を話すのはなんだか楽しかった。希望というものが段々大きく、近くなってきたような、そんな感じだった。

「あっ、プロデューサー! 見えてきましたよ!」

「長かったな……。此処まで来たらもう大丈夫だろう」

「この街はまだ戦争の被害が少ないみたいですよ! ちゃんと人も住んでるし私達の住めそうな所もあるみたいです!」

「おっ、そうか。ならそうだな、早く車停めて住めそうな所探すか」


雪歩の言った通りこの街は戦争の被害が少なく、まだ原形が残ってる建物も多い。人も多かった。それなりに結構活気のある街だった。この街の人が言うには、流れもんの街らしく、食料もあるし住むにはいい所らしい。

でも、此処に住んでいた元の街の人間は此処も短くないとほとんど出ていったとか。人の住んでいない建物も多いし勝手に見付けて住み着いても問題ないと言っていた。

それから、すんなりと住める場所が見付かった。少し狭く部屋もリビングとシャワールームしかないが特に問題は無かった。その日は車に詰め込んでいた荷物を部屋に持っていき、それで眠りについた。



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俺と雪歩の新しい生活が始まって、暑い夏が過ぎ少し肌寒い季節、秋が来た。俺は今、この街の小さな工場で働いている。簡単に仕事は見付からず、やっと頼み込んで工場の仕事が貰えた。雪歩はと言うと、小洒落たバーで『歌手』として働いていた。

男が苦手な雪歩がバーで働くのは大丈夫なのかと心配していたが、雪歩は自分から進んでこの仕事を選んだ。若い人の少ないこの街では雪歩の歌声を目当てで飲みに来る人もいるらしく、ちょっとした人気者になっていた。

この街に来てまだ、他国から攻めこまれてもないし、『アイツら』とも会っていない。俺と雪歩の新しい生活はそれなりに上手くいっていた。ただ、一つ変わった事がある。それは……雪歩の事だ。


「雪歩、大丈夫か?」

「…………」

「雪歩!」

「あっ、すいませんプロデューサー……」


最近の雪歩はボーッとする事が急に増えた。雪歩のいつも飲んでいる薬はまだ残っていて、雪歩はそれを毎日飲んでいるはずだけど、何処かおかしいように見える。


「なぁ、雪歩……体調悪くないか?」

「大丈……げほっ! げほっ!」


それに最近の雪歩は咳き込む事が増えた。咳事態はすぐに治まるけど、頻繁に咳するようになった。仕事は全然なんともないと言うが本当に大丈夫なのだろうか、俺の中では不安ばかりが大きくなっていた。


「あんまり体調悪いんだったら、明日の仕事休んでもいいんだぞ?」

「だっ、大丈夫です……全然行けます!」

「そうか? その、困ったら言ってくれよ? おやすみ雪歩」

「おやすみなさいプロデューサー……」



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俺はその日、夢を見た。その夢は妙にリアルで夢じゃなく現実なんじゃないかと錯覚してしまうような内容だった。それも最悪な結末を迎える内容だ。


工場で働いている時に戦闘機がこの街を攻めてきた。街は燃やされ、色んな人が死んだ。雪歩が心配になった俺は死体だらけの街を走って急いで家に向かった。辿り着いた時には遅く、俺の足元には真っ赤な血溜まり。雪歩は建物の下敷きになっていて、あのいつの日か見た鋼鉄の板だけが雪歩の肌を突き破って飛び出していた。


結局、兵器として戦ったせいで雪歩は死んでしまう……そんな内容だった。雪歩の身体はぐちゃぐちゃで機械に食べられていた。夢の中での姿なのに今でも脳裏からそれが離れない。もしもこれが現実で起きたら……俺はどうなるのだろうか……朝から頭が痛かった。


「雪歩……行ってくる」


今の雪歩を一人で居させるのは少し心配だが、休む訳にもいかない。雪歩はどんな時でも頑張りすぎてしまう所があるし、本当に体調が悪い今は休んでもらうのがベストだけど……。今も眠っている雪歩を後に俺は今日も車で仕事場に向かう。

家から車で十分程度、近い所ではある。もしも雪歩に何かがあればすぐに向かえばいい。そんな雪歩の心配ばかりをしている間にすぐに到着した。工場の駐車場に車を停めて、その時、ちょっとした違和感を感じた。俺の知らない車……この工場で働いてる人の物ではない車がそこには停まっていた。


「お久し振りです……」

「アンタは……」


その声に聞き覚えがあった。そして、その男の姿を見て俺は愕然とした。老け顔でスーツ、胸の辺りに何かのバッジを付けている……あの時、あの暑い夏に会った男と同じだった。もう見付かった……。監視は消えて、見付かる心配は無かった筈だ……。


「そろそろ、頃合いだと思いましてね」

「頃合い……?」

「御二人が逃げた時はどうしようかと思いましたよ。監視の機械も壊されて。でもこのまま泳がせとくのも得策だなと思いましてね。あの薬はまだ残っていますか?」

「ある……」

「そうですか。もうあの薬じゃ彼女を抑えられなくなっているんです。どういう事かと言うと兵器として戦っていない彼女にその薬を飲ませても意味がないという事です。兵器として戦っていなくとも、時間が彼女を変えていくんです。その姿を兵器へと……」


嘘だろ……? なら、逃げた所で何の解決にもならなかったって……雪歩が戦わなくても勝手に『兵器』として成長していたって事なのか……? 薬が効かないで体調が悪かったのはそういう事だったのか……。

じゃあ、このまま二人で生きていっても雪歩は助からない……『アイドル』としての雪歩はもう戻って来ないと……そう言っているのか? じゃあ、あの薬は何だったんだよ……結局兵器として成長するんなら……何の意味も無いじゃないか……!!

「薬が効かなくなるまでは幸せな気持ちを味あわせようと……実際幸せでしたでしょう? でもそれも終わりです。もう、彼女には時間が無いのです」

「どうしたら……どうしたら雪歩は助かる……?」

「彼女を救えるのは……戦争だけです。日本(我々)に彼女が必要なように、彼女にも我々が必要なのです。彼女を救うにはもはや戦いしかない。第一、彼女を放っておくと何が起こるか分からない。おそらく、彼女にも兵器としての力を制御できなくて……危険なんです」


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男は話が終ると『また近いうちに』とそれだけ言って何処かへ消えた。アイツの話を聞いて、俺はただ、涙を流していた。雪歩を助けてやれなかった。折角、ここまで来て『兵器』としてじゃなく、静かに生きていけるとそう思っていたのに……それは違った。時間が勝手に雪歩を殺していった…。

もしかして、雪歩は……雪歩自信はその事を分かっていたのかもしれない。それもずっと前から。本当は薬が効いていない事も、自分の体が危ない事も……。

俺自身が一番知っているじゃないか……雪歩は頑張りすぎてしまうって……。ずっと堪えていたんだ……段々と機械に支配されている事に。それにも気付けない、何もできない……非力な自分が情けなかった。


「おう、新入りどうした?」

「工場長……何もできないって辛い事なんですね……」

「何があったかは知らねぇが、男ならいつまでも泣いてんじゃねぇよ。おまえ自信がその何かを掴むように頑張っていけばいい。ただそれだけの話や」


何かを掴むために頑張る……今の雪歩に何かしてあげる事はできるのだろうか? 少しだけの間でもいい、雪歩を幸せに、笑顔にするために自分のできる事はないだろうか? 時間はもうない……何か……何かできる事は……。

そうだ、歌だ……雪歩には歌があるじゃないか……! この街で唄わせよう……この街で生きる人達の前で……『アイドル』としての最後のステージを用意してあげよう……!! まだなんとか『兵器』じゃないうちに雪歩をステージの上で輝かせてあげよう!!

「工場長……少し手伝ってくれませんか!!」

「おっ、なんや?」

「この街の人を中央の広場に集めてくれませんか? 集めれるだけでいいんです!」

「……早速何かを掴もうとしてるんやな。雪歩ちゃんの事やろ? だったら、ここの連中の事、喜んで集まってくれる」

「雪歩の……最初で最後のステージを作るんです!」


工場長は行ってこいと仕事を切り上げてくれた。俺はさっさと自分の車に乗って家へと向かった。最近の雪歩は体調が悪かったし、歌って踊れるかは分からない……それは雪歩次第だ。プロデューサーとして体調の悪いアイドルをステージに上げるのはどうかと思う。

それでも、最後かもしれない『アイドル』としての大ステージだ。雪歩がやると言うのなら、俺は全力で雪歩をサポートする。雪歩のやりたいようにやらせる。それが今の自分ができる精一杯の事だ。


「雪歩!! 居るか!!」

「はっ、はぃ!?」

「今日、大きなステージ……アイドルとして仕事がきた!! 最近の雪歩の体調が悪いのも分かっている……それでも雪歩がやりたいなら、俺は全力で雪歩の事をサポートする!! どっ、どうだ、できそうか?」

「やっ、やります! でも、衣装とかは……」

「いつアイドルの仕事が来ても良いように、衣装もマイクも……全部持ってきてる!」

「体調は昨日に比べて回復しています! 上手くできるかは分からないですけど頑張ります!!」


雪歩は喜んで引き受けてくれた。アイツが言うように雪歩の『人間』部分は少ないかもしれない。危険なのかもしれない。それでも、まだ生きているのなら最後に歌わせてやりたかった。雪歩をアイドルとして、好きなアイドルを……そして、羽ばたかせてあげたかった。

最近の雪歩はあまり元気が無かった。でも、アイドルとしての仕事が決まった瞬間に雪歩は笑みを浮かべて、やる気に満ち溢れていた。そんな雪歩は早速衣装に着替えて、歌の確認をしていた。その間俺はライブで必要な道具を用意して車の中に整理した。

それが終わると、雪歩を車に乗せて街の中央にある広場まで向かった。広場にはステージがあり、そんなに大きな訳ではないが綺麗に残っている。今日はそのステージを使ってライブをしようと思っている。

「プロデューサー……最後ですよね? アイドルとしてのお仕事。全部聞こえちゃったんです……プロデューサーとあの人が話してるの」

「じゃあもう……」

「知ってます。もう人間には戻れない、戦うしかないって……。でも私はそれを受け入れようと思います」

「雪歩……雪歩はそれでいいのか……?」

「覚悟ができました……。プロデューサー……もしも私が私じゃなくなったら、助からないと思ったら引き渡して下さい」


引き渡す……それは雪歩がずっと言っていた見捨てないで……あれと逆の事だった。雪歩自身、一番嫌がっていた兵器、戦う事。雪歩はそれを受け入れると言っている。ならこれが本当に最後の『アイドル』としての萩原雪歩……人間としての最後の大仕事。

正直、複雑な心境だった。兵器として戦う……それでしか生きていけない姿、もし戦わなければ、いずれ暴走してもっと酷い姿になる事。どちらにしろ雪歩にとっては悲しい選択肢しか残っていない。俺は雪歩を殺したくない……でも、本当にアイツらに手渡して良いのかとも思ってしまう。


「雪歩、その時はその約束を果たす。もしも暴走して危険な状態になったら引き渡す」

「お願いします……!」

「よし、そろそろ到着だ。準備しといてな」


広場に到着すると俺も雪歩も真っ先にステージの方へと向かった。広場は建物に囲まれ、木々に囲まれてる中、目的のステージはちゃんとあった。雪歩も俺も久しぶりのステージに少し驚いていて、それでいてワクワクしていた。思っていたよりも、ずっと立派なステージでちょっとした音響装置なんかもあった。


「新入り、人はこんなもんでいいか?」

「短時間でこんなに……」

「雪歩ちゃんのライブや言ったらすぐ来てくれたわ。それと機械の事は任せろ。舞台は出来上がってるし、後は雪歩ちゃんが登場するだけや」

「ありがとうございます工場長……!!」

広場には一杯の人が集まってくれていた。雪歩の歌……雪歩のライブの為に。工場長だけじゃなく他の人達も雪歩のライブの為に手伝ってくれている。嬉しかった……自分のわがままでやりたいと言ったライブなのに、街の人達が……雪歩が協力してくれて……。


「プロデューサー……」

「行ってこい……雪歩!」

「行ってきます……プロデューサー!!」


雪歩の登場だけをずっと待っていたステージに登場。雪歩が出てきただけで、この街の人達の雪歩を応援する歓声がどっと沸き上がる。早速、一曲目の音楽が流れ始めると雪歩は歌い、そして踊りだす。体調が悪いとは思わせないぐらい、綺麗な歌声にダンス。

あぁ、久し振りだ……。雪歩があんなに楽しそうに、あんなに気持ち良さそうに歌っている姿は……。誰もが魅了する程の透き通った綺麗な歌声、この街の人達はこの歌声に惹き付けられて集まってきたのだろう。

一年前に会ったあの時から聞いてきたこの歌声。あの頃の雪歩はこんなに大勢の前で歌う事も苦手だった。それが今じゃこんなにも楽しそうに歌っている。俺は思い出していた。雪歩に出会ってから今に至るまでの出来事を、思い出を……一から全部。

そして、雪歩の『アイドル』としての最後の姿をこの目にじっくりと焼き付けていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


『みなさん……最後まで聞いてくれてありがとうございますぅ!! 急なライブなのに集まってくれて本当に嬉しいです!! 話は変わりますが、私はこれから旅に出ようと思います。この街を出て、新しい何かを探す為に旅に出ます! 最後にこの街で歌えて良かったです! 今日は本当にありがとうございました!!』


あっという間だった。あっという間に時間が経ち、雪歩の最後の挨拶も終わり……アイドル萩原雪歩の最後のライブは終わった。集まってくれた街の人達は雪歩に声援を贈り、最後に大きな拍手で幕を閉じた。雪歩の歌が終わると街の人達は満足そうに帰っていった。

そして、雪歩は帰ってきた。誰よりも満足そうで、満面な笑みで、全力を出してやり切ったという……そんな表情を浮かべ、俺の所に帰ってきた。

「どうでしたプロデューサー!!」

「最高だ……最高のライブだったぞ雪歩!!」


雪歩が笑顔になってくれて、ステージの上で輝いてくれて……俺は本当に嬉しかった。雪歩に何事も無くライブを終わらせれた事が最高に嬉しかった。最後に……最後にこんな素晴らしいライブを見れて、本当に良かった。


「プロデューサー……私……です……」

「雪歩?」

「私……嫌です……。こんなに楽しいのに……こんなに楽しかったのに、これが最後なんて嫌ですよぉ……!!!!」

「…………」

「もっとアイドルして、プロデューサーに褒めてもらって……歌って踊って、色んな人を笑顔にして……私はアイドルしたいです……。戦いたくない……戦いたくない……もっとアイドルとして頑張りたかった……!!!!」


さっきまで満面な笑みを浮かべていた雪歩は一変、顔をぐしゃぐしゃにして大粒の涙を沢山溢していた。本当は戦いたくなんてない、もっとアイドルをしたい……雪歩の悲痛な叫びは胸に突き刺さる。俺にはどうしてやる事もできない、もうアイドルとして立たせてあげる事はできない。

雪歩には何も言えなかった。アイツらの話を聞いてしまったから、このまま兵器になっていく事を知っている。例えこのままアイドルをしても、いつかは兵器になってしまう。本当に何もできない、救えない事に絶望していた。


「ぷっ、プロデューサー……。あっ、いや……痛い!! 痛い……もう抑えられないです……!! 逃げて下さいプロデューサー!!」


ぐちゃぐちゃと音を立て、雪歩の背中を突き破りあの時の鋼鉄の板が生えてきた。背中だけじゃなく片腕も突き破り大きな銃器へと姿を変える。肉片が鮮血が飛び散って雪歩を赤く染めていった。


「雪歩!!」

「すいませんプロデューサー……私はもう駄目みたいです……。自分でこの姿を抑えられないみたい……もう意識が……」

「雪歩……行くな! 行かないでくれ……!!」


俺は雪歩を抱き締めた。その暖かい身体を思いきり抱き締めた。雪歩の皮膚を次から次へと破って生えてくる機械、段々と雪歩は冷たくなっていく。雪歩は侵食されていく、その小さな身体を人間としての生死を……次々に機械に食べられていく。


「俺は雪歩のプロデューサーになれて良かったと思う……! 最初から最後まで、萩原雪歩という一人のアイドル……人間の成長をこの目で見れて良かったと思う…… また……戻って……」


「……り……とう……プロデュ……」

ーーーーーーーーーーーーーーーー



「プロデューサーさん……明日は戦争が終わって初めてのクリスマスですよ!」

「もうそんな時期ですか」


戦争が始まって何年経っただろうか、いつ始まったのか覚えていない。覚えていないと言うよりは思い出せない。戦争が始まった時、大きな何かを失った。でもそれが何なのか全く覚えていないし思い出せない。
ただ、夢を見る事がある。自分と一人の少女が一緒に笑って、一緒にドライブしていたりする、そんな夢をよく見る。でもそれが何なのか分からない。少女と一緒でも、その少女の名前も顔も思い出せない。小鳥さんに聞いても分からないと言って結局分からないままだ。


「小鳥さん……じゃあ、また明日」

「はい、また明日!」


自分の目が覚めた時は病院らしき建物の中で横になっていて、身体に大きな傷跡が残っていた。そしてスーツ姿の男が何かを言っていた。それより前の事は何も覚えていない。もしかすると夢の中の少女と何か関係が?
考えれば考えるほど頭が混乱して、痛くなる。ただ自分の思い出せない記憶にはきっと大切な何かがあったのだと思う。何年も経った今でもそれだけはずっと考えていた。



「今日はクリスマス・イヴか……。そう言えば何年か前に……」


「プロデューサー……」



十二月二十四日……午後二十一時 。雪被る大木の下、栗色のボブヘアーにトレンチコート。一人の少女……夢の中で見た少女に。



「君は……」


「ただいま帰りました……雪歩です!」



END