☆シャッフルSS☆



 冬、突然一通のメールが届いた。
 「思い出の場所で、待ってる」
 そのメールにはその一言だけが書かれていて、それを読んだボク――いえ、私はその場所へと向かっている。
 何故なら、そのメールの差出人はプロデューサーだったから。
 日が落ちて暗くなった歩道を、冷たい風に吹かれながら歩き続ける。
 さすがは真冬と言った感じで、冷たい風が吹く度に私は身を震わせる。
 私の吐息は白く、他にすれ違う人々もまた同じように身を震わせているのが伺える。
 ……でも、もう少しあるけば着く。私とプロデューサー、皆の「思い出の場所」に。

 様々な事を考えながら気分を高揚させ、思い出の場所の入り口へと到着する。
 その場所とは、昔事務所が入っていた雑居ビル。今となっては昔、765プロの事務所があった部屋には何も無いけれど。
 暗い雑居ビルの階段を足元に気を付けながら、一歩ずつ確実に上って行く。
 プロデューサーが待っているのはここの屋上。昔、私達がトップアイドルになれるよう夢を願った場所。

 ――あれからどれだけの時間が経ったのだろう。私とプロデューサーが出会ってから、今年でもう十年。
 私達をトップアイドルへと導いてくれた後、プロデューサーは突然姿を消し、それからずっと連絡も無かった。
 そして、ようやく連絡が来たのが先日のメール。あまりにも突然の出来事で私は目を疑ったけれど、そこに書かれていた一言には様々な想いが込められているような気がしてプロデューサー本人だと確信した。
 ……もしこれでプロデューサーでは無い人物が居ても、私は彼を憎んだりはしない。
 あの頃を思い出す事が出来た、それだけでも嬉しかったのだから。
 トップアイドルになった後、私達はそれぞれ別の道を歩み出したから。歌姫になる者、アイドル活動を続ける者、そしてこの業界から去って行った者……
 けれど、別々の道を歩み出した後も私達の絆が途切れる事は無かった。皆で過ごしたあの日々を、思い出を忘れ去る事なんて出来ない。
 私達が笑顔で居る時、絶対に傍に居てくれたのは……そう、プロデューサー。突然姿を消した彼の事を思い出す度、皆で思い出話に花を咲かせる。
 でも、思い出すだけの日々は今日で終わるのかもしれない。私が彼と再開する事が叶ったのなら、少なからず現状は変わるだろうから。
 ――今も心に灯り続ける明かり、それを点けてくれたのもあの人。その明かりに導かれて私は前へと進み続けた。

 今は昔と違って男役の仕事も減り、女優として活躍している。むしろ、昔あれだけやらされた男役の経験が活きているのでしょう。私は女優としても昔と変わらず輝き続ける事が出来ている。
 何にしても、私がプロデューサーと共に頑張って来た事は今でも活き続けているから。その思い出や経験が、今まで私を突き動かしてきた原動力のような物になっていたし。
 様々な思い出が脳裏に甦って来る中、階段を上り終えて屋上へと出るドアの前に立つ。
 このドアを開けば、プロデューサーが居るかもしれない。何年ぶりかに……再会出来るかもしれない。
 嬉しさとは裏腹に、不安が心の中で積もっていく。私の今の姿を見てプロデューサーはがっかりしないだろうか、喜んでくれるだろうか。

 ――意を決して、ドアノブに手を掛けドアを開く。
 錆びた鉄のドアが鈍い音を立てる。そして、ドアを開くと先程までは降っていなかった筈の雪が降っていた。
 白く、綺麗な雪。ゆらゆらと舞い降りて来る雪に気を取られてしまっていたその時。
 「久しぶりだな、真」
 懐かしい声が聞こえて来た。声のする方へ……目の前へ視線を移す。
 すると、そこにはポケットに手を入れながらこちらを真っ直ぐ見ているプロデューサーの姿があった。
 昔と変わらない「彼」の姿が……。
 「お久しぶりです、プロデューサー。いえ、今は名前でお呼びした方が良いですか?」
 「いや、プロデューサーで良いよ。あの頃みたいで懐かしいじゃないか」
 ――でも、少しだけ雰囲気は変わったような気がする。昔よりももっと大人びた感じで。
 しかし、その優しげな視線と表情だけは昔と変わらない。私達を支え続けてくれた、プロデューサーらしい視線と表情。

 「……何年ぶりだろうな、こうして会えるのは。俺は海外に行ってたんだ、ずっと」
 「海外ですか? 一体、何の用があって?」
 一体、プロデューサーは何を考えてこの数年間を海外で過ごしてきたのだろう?
 それこそ、私達の前から突然姿を消してまで……。
 「ハリウッドでプロデューサーとしての腕を磨いた後、現地で実際にプロデュースを行っていた。当初は一年間だけ滞在する予定だったけど、実際にプロデュースを行う事になってここまで長引いてしまったんだ」
 ハリウッドで腕を磨いた……確か、アイドルアカデミー大賞で結果を残したアイドルユニットのプロデューサーは一年間のハリウッド研修の権利を得る、と昔社長に聞いたような記憶がある。
 つまり、その権利を使ってプロデューサーはハリウッドへ腕を磨きに行っていた……? 私達は何も聞いていなかったのに。

 「すまなかった。一年間だけ姿を暗まし、皆の魅力をもっと引き出せるようなプロデューサーになって戻ってこよう、と安易な考えでハリウッドに行った結果こうなってしまったんだ」
 「いえ、プロデューサーが謝る事なんてありませんよ。それで、ハリウッドはどうでしたか?」
 プロデューサーが謝る事なんて何も無い。この言葉を聞いた限りでは、それもやっぱり私達の事を考えて行った事だと思うから。
 あまり深く考えずに行ってしまった結果こうなってしまっただけであって、そこに非がある訳では無い。
 「かなりの勉強になったよ。その知識を皆の為に使いたかった、しかしそれは叶わなかった。それだけさ」
 「……そうですか」
 少し残念そうにしているプロデューサーを見て、私は胸を締め付けられるような感覚を抱く。
 何故か切ない。大切な人へ、想いが届かなかったかのように。
 「俺は現地でプロデュースを続けつつも、悔やんだ。皆に挨拶ぐらいはしてから来るべきだった、何故別れを告げなかったんだ、って」
 確かに、私達はずっとプロデューサーが何処へ行ってしまったのか心配で堪らなかった。小鳥さんに聞いても、律子に聞いても、社長に聞いても教えてくれなかったから。
 「……だが、そんな悲しみを乗り越えられたからこそ今の俺があるんだと思う。海外でのプロデュースも成功し、ようやく帰って来れる事になったんだから」
 「……そうですね、私達が再会出来た事を喜ぶべきだと思います」
 私達の為にプロデューサーとしての腕を磨こうとしてくれた。しかし、再びプロデューサーとアイドルと言う関係で夢を目指す事は出来なかったけれど、再びこうして会って話が出来ただけで良いと思う。
 何故ならその話を聞けて、私や皆への強い想いを感じる事が出来たのだから。

 しかしそんな事を考えている私とは違って、何故かプロデューサーは目を丸くしていた。
 「真、一人称変わったのか? ボクって言わないのか?」
 「え? あ、えっと……はい、最近は女優として活動しているので」
 もう男役も全然やらなくなったし一人称を変えよう、と思い立ったのすら数年前の出来事。
 しかしプロデューサーはその事も全く知らないし、私が女優として活動を開始した事も知らなかったと思う。
 「そうか、女優としての活動を始めたのか! そりゃ凄いな、尊敬するよ」
 「いえ、そんな……プロデューサーこそ海外でそのままプロデュースを任されるなんて、それこそ尊敬に値しますよ」
 プロデューサーこそ、私よりも――いや、私の数倍は凄いと思う。私達の事でずっと頭を悩ませながらも、慣れない海外でのプロデュースを成功させるなんて。
 そしてふと、会話に夢中になっていて忘れていた雪の事を思い出す。
 冷たい雪が頬を撫で、風と共にそれらが押し寄せてくる。
 「さすがにこれだけ雪が降ってる中話してたら寒いよな。中に入るか?」
 私は黙って首を横に振り、プロデューサーの傍へと歩み寄る。
 「何だか、こういうのも良いじゃないですか。私――いえ、ボクが昔経験した事も無いような雰囲気で」
 昔、夢に見ていたような雰囲気。
 愛し合う男性と女性が、雪の降る中で優しく抱き合う……なんて、そんな事はしないけれども。

 「真は男役ばっかりやらされてたけれど、中身は乙女だったしな。ははっ、懐かしいな」
 笑っているプロデューサーを見て、少しムッと来たけれどぐっと堪えて彼と向き合う。
 「……これからは、また一緒に過ごせるんですか? ボク達を置いて行っておきながら、また何処かへ行くなんて事は無いですよね?」
 「傍で一緒に過ごせるかはわからない。でも、俺はもう此処を離れないよ。そういう意味では一緒に過ごせる事になるのかもな」
 プロデューサーの言葉を聞くのと同時に、私は安心感を抱いて力が抜けてしまい、その場で膝から崩れるようにぺたりと座り込んでしまった。
 「おい、真! 大丈夫か?」
 「やっとプロデューサーが帰って来てくれたんだと思ったら嬉しくて……それで、力が抜けちゃって」
 嬉しさのあまり、上手く言葉が出てこない。それどころか、何かが湧き上がって来るような感覚すらも抱く。
 ……でも、一つだけ言える。今見ているプロデューサーの姿は、今此処に居る私達は夢でも幻影でも無い。紛れも無い現実。
 ――白く、輝く雪のように純白な現実。何時か再会出来るだろうと未来を信じて歩んで来た結果、本当に実現した。
 それこそ私は最初から「純白な未来」を、夢が待つ真っ直ぐなこの道を導かれながら進んで来たように。

 「……そっか、待たせちゃったよな」
 私と目線を合わせるように、プロデューサーもまたその場でしゃがみ込んで
 「俺が今日、こうして真と再会するまで抱いて来た寂しさは、これから新しく始まる幸せな日々の序章と考えて乗り越えて来た。真も、そうは思わないか?」
 「寂しさが……序章?」
 今まで抱いて来た寂しさは今日、こうしてプロデューサーと再会してから始まる幸せな日々の為の序章だった……そう考えてみると、ここまで頑張って来て良かったと思える。
 私が寂しさを抱いたり、プロデューサーが姿を消した事も全て、純白の未来が最初からそうなるように仕組んでいた物語の過程だったのかもしれない。
 「そうだ。俺達はまたこれから、幸せで楽しい日々を過ごす事が出来るんだ。ようやくここまで辿り着いた……長い年月をかけてしまったけどさ」
 「ずっと待ってたんですから……いや、ずっと待ってたんだよ!」
 昔の口調に無理やり戻そうとして少し違和感を感じつつも、この再会を喜ぶ為に私はその口調で続けた。
 「プロデューサー……いや、王子様が迎えに来てくれるのをね」
 「そうか、俺が王子様か……。大変お待たせして申し訳ございません、お姫様」
 私が昔、皆で過ごしていた頃に夢中になっていた少女漫画のようなシチュエーションを思い浮かべながら言葉を掛けると、プロデューサーもそれに続けてくれた。
 ……やっと、迎えに来てくれた。

 「だから、そんな顔するなよ。真は元気に笑って無いと、印象が崩れるぞ?」
 「も、もう……ちょっとぐらい気を抜かせてくれても良いじゃないか」
 彼がそう言って立ち上がるのと同時に私もまた、脚に力を入れ直して立ち上がり視線を合わせる。
 物語はまだ途中、まだ見ぬ果てを目指してこれからも純白の未来を進んで行く事になるのかな。今度こそ、プロデューサーと一緒に。
 積もる想いは白い雪のように輝き、何時しか溶け行く。でも、それは悲しい物では無くて……とても、美しい物。
 私達はこれから始まる幸せな日々の序章を終えたに過ぎない。心に灯る明かりに導かれながら、これから一緒に歩み続けよう。

 「ただいま、真」
 「プロデューサー、おかえり!」


 それは空から降り注いだ、白く輝く贈り物――

 Snow White