10年後m@s
人を評価すると言うことの難しさを知って、かれこれ二年くらいになるだろうか。
新人アイドルオーディションの特別審査員と言う肩書きが妙に重く感じることもある。ついこの間まで、私はオーディションされる立場だったような気がしたのに。いつの間にこんなことになったのやら、と軽く溜息を零す
「水瀬さん、お疲れ様でした!」
「あら、お疲れ様。なかなか面白そうな子が揃ったし、いい番組になりそうね」
「ははっ、水瀬さんのお墨付きと有れば、貰ったも同然ですかね!」
……ばーか。そんな簡単に数字なんて取れるわけないじゃない。
制作会社から来た新番組のディレクターとやらは、やけに私の肩を持ちたがる。それは別に構わないのだけれど、いくらタレントが面白くてもそれだけで番組がヒットするわけではない。いや、彼もそのくらいわかってはいるのだろうけど。
番組が求めているキャラクター性であったり、それとは無関係に事務所的にプッシュしたい子であったり、いろいろと選考基準は曖昧だ。ただ可愛いだけな ら、この業界はそれこそ売るほど余っている。それだけでは生き残れない。審査する側としても、推せる要素がない子はやはりピンと来ないものだ。
その辺は割と、ビジネスライクに理解しているつもりだ。でも、かつて自分がアイドルだった時代、私たちはオーディションで審査される側にいたから、割り 切れないことも出て来る。結果としてはしょうがないのだけれど、もしかしたら、と思うことは数知れない。私もその「もしかしたら」の谷間に落ちて、オー ディションから漏れていたことだって有っただろう。
「…………十年、か」
いろんなことが、この十年で変わった。
変えてみせたこともあるし、変わってしまったことだってある。
あの頃確かに「仲間」だった連中とも、長い月日の間にみんなはそれぞれの道を歩み始める。ただそれでも、私たちはずっと「仲間」だと言う気持ちだけは忘れない。それって、とっても素敵なことなんじゃないか、と思っている。
「水瀬さん、お疲れ様でした」
「……あ、はいはい、お疲れ様……って、なによ律子じゃない」
「なによ、とはご挨拶ですなぁ、水瀬さん」
「だからっ! その『水瀬さん』って言うのやめてって言ってるのよ!」
律子は765プロから巣立って、新たに独立して事務所を構えた。十分に大きくなった765プロにおいても、彼女は以前現場のチーフプロデューサーとして 敏腕を揮っていたのだけれど、もっと自分のやりたいようにアイドルをプロデュースしたい、と言うことで765プロは「円満退社」、翌年には早々に事務所か ら中堅アイドルを輩出し始め、今やヘタすると765より大きくなるんじゃないの、とも言われている。
私も実は、765プロからは移籍して、今は個人事務所が私のベースである。私は社長兼所属タレント、さらに兼プロデューサー。なかなかこうして見ると、頑張ってるじゃない私、と自分を褒めたくなる。
「もう、わかったわよ。伊織は相変わらずね」
「ああ、そう言えば律子のところの子、来てたわね。トークもいけそうだし、元気な感じがよかったから押しといたわ。通ってよかったじゃない」
「そう、伊織のおかげなのね。もう喜んじゃって大変よ、始めてのレギュラー番組だからって」
あら、じゃああまり張り切らないように、注意しておかなきゃいけないわね!
私があんまり律子の事務所に肩入れしていると思われると、ちょっと765からお仕事貰えなくなっちゃうかも知れないわ。
「……ねぇ、伊織?」
「なによ?」
「竜宮小町が結成して、今年で丸十年なのよ。それで、昔のメンバーで一夜限りの再結成ライブなんて出来たら良いなぁ……と思っててね?」
律子の提案は非常に魅力的ではあるのだけども。
「……難しいんじゃないかしら? あの頃のメンバーはみんな散ってるわけだし、昔の曲やるにしても、原盤権利問題とか大変そうな気がするけど?」
少し、意地悪だったかも知れない。
けれど、事実は事実として、明確に形にしなければ、伝わるものも伝わらない。
「ふふん。その辺の権利周りについては、既に調整済み。あとは伊織や亜美、それにあずささんが了承してくれれば、ってところね」
「ひどいわね……そこまで決めておいて、あとは私の返事次第ってこと?」
腕組みをしたまま、にんまりとした「律子スマイル」には、あまり逆らえそうにない。これは十年経っても変わらない、私と彼女の間に纏わる関係性を如実に表している。
「……はいはい、やらせていただきますよ。でもしばらくアイドルなんてやってないんだから、歌もダンスも大変でしょうね」
「その辺はご心配なく! 秋月律子が久々に『竜宮小町』を再プロデュースさせていただきますからっ」
……そう。なら、大丈夫な気がして来た。
あの頃、私たちはいつも逆境や屈折と戦ってきた。世間にはわからない情報のヴェールに隠された向こうで、私たちはまだ子供だった時から、唯一の戦術で切り抜けてきた。
進む道が分かれても、時間が過ぎても。
だって私たちは――――「ずっと、いっしょに!」なのだから。
「やれやれ、これからまたあの地獄の特訓の日々が始まるのか~、アイドル辞めてせっかく女優になったのに、やはり離れられないのね~」
冗談めかして嘘泣きをしながら語る私の台詞に、律子は笑っていた。
「良いじゃない、一足お先の同窓会よ。本当はあの頃の765オールスターズ総結集! って言ったほうが、興行的にはインパクトあるとは思うんだけどね」
そうね……オールスターズで、いつか。
みんながとびっきり輝いてた、とってもミラクルなこの十年間を。
もう一度七彩にきらめく舞台(ステージ)でまた会えるのは、とても幸せだろう。
大丈夫。
今はまだ少ないけれど、みんなはきっと、もう一度一つになれる。
私たちの世代、あの頃の私たちだから持っている「絆」の強さ。
――――竜宮小町は、また飛翔(とべ)る。
「じゃ、細かいこと決まったら、連絡するわね」
律子の声を背中で受けたあと、私は何も言わずに首だけ振り返って律子に笑いかけた。
『このスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんに、任せなさい!』
まだ幼かったあの頃の、私の決め台詞は、今ようやく、新たな輝きをもたらした。
だから私たちはもう一度、会いに行くんだ。
――――十年後の、『竜宮小町』に。
<fin.>
関連SS:真「ボクたちの未来」
続編:10年後m@s special ―― 10年後の「竜宮小町」
「あら、お疲れ様。なかなか面白そうな子が揃ったし、いい番組になりそうね」
「ははっ、水瀬さんのお墨付きと有れば、貰ったも同然ですかね!」
……ばーか。そんな簡単に数字なんて取れるわけないじゃない。
制作会社から来た新番組のディレクターとやらは、やけに私の肩を持ちたがる。それは別に構わないのだけれど、いくらタレントが面白くてもそれだけで番組がヒットするわけではない。いや、彼もそのくらいわかってはいるのだろうけど。
番組が求めているキャラクター性であったり、それとは無関係に事務所的にプッシュしたい子であったり、いろいろと選考基準は曖昧だ。ただ可愛いだけな ら、この業界はそれこそ売るほど余っている。それだけでは生き残れない。審査する側としても、推せる要素がない子はやはりピンと来ないものだ。
その辺は割と、ビジネスライクに理解しているつもりだ。でも、かつて自分がアイドルだった時代、私たちはオーディションで審査される側にいたから、割り 切れないことも出て来る。結果としてはしょうがないのだけれど、もしかしたら、と思うことは数知れない。私もその「もしかしたら」の谷間に落ちて、オー ディションから漏れていたことだって有っただろう。
「…………十年、か」
いろんなことが、この十年で変わった。
変えてみせたこともあるし、変わってしまったことだってある。
あの頃確かに「仲間」だった連中とも、長い月日の間にみんなはそれぞれの道を歩み始める。ただそれでも、私たちはずっと「仲間」だと言う気持ちだけは忘れない。それって、とっても素敵なことなんじゃないか、と思っている。
「水瀬さん、お疲れ様でした」
「……あ、はいはい、お疲れ様……って、なによ律子じゃない」
「なによ、とはご挨拶ですなぁ、水瀬さん」
「だからっ! その『水瀬さん』って言うのやめてって言ってるのよ!」
律子は765プロから巣立って、新たに独立して事務所を構えた。十分に大きくなった765プロにおいても、彼女は以前現場のチーフプロデューサーとして 敏腕を揮っていたのだけれど、もっと自分のやりたいようにアイドルをプロデュースしたい、と言うことで765プロは「円満退社」、翌年には早々に事務所か ら中堅アイドルを輩出し始め、今やヘタすると765より大きくなるんじゃないの、とも言われている。
私も実は、765プロからは移籍して、今は個人事務所が私のベースである。私は社長兼所属タレント、さらに兼プロデューサー。なかなかこうして見ると、頑張ってるじゃない私、と自分を褒めたくなる。
「もう、わかったわよ。伊織は相変わらずね」
「ああ、そう言えば律子のところの子、来てたわね。トークもいけそうだし、元気な感じがよかったから押しといたわ。通ってよかったじゃない」
「そう、伊織のおかげなのね。もう喜んじゃって大変よ、始めてのレギュラー番組だからって」
あら、じゃああまり張り切らないように、注意しておかなきゃいけないわね!
私があんまり律子の事務所に肩入れしていると思われると、ちょっと765からお仕事貰えなくなっちゃうかも知れないわ。
「……ねぇ、伊織?」
「なによ?」
「竜宮小町が結成して、今年で丸十年なのよ。それで、昔のメンバーで一夜限りの再結成ライブなんて出来たら良いなぁ……と思っててね?」
律子の提案は非常に魅力的ではあるのだけども。
「……難しいんじゃないかしら? あの頃のメンバーはみんな散ってるわけだし、昔の曲やるにしても、原盤権利問題とか大変そうな気がするけど?」
少し、意地悪だったかも知れない。
けれど、事実は事実として、明確に形にしなければ、伝わるものも伝わらない。
「ふふん。その辺の権利周りについては、既に調整済み。あとは伊織や亜美、それにあずささんが了承してくれれば、ってところね」
「ひどいわね……そこまで決めておいて、あとは私の返事次第ってこと?」
腕組みをしたまま、にんまりとした「律子スマイル」には、あまり逆らえそうにない。これは十年経っても変わらない、私と彼女の間に纏わる関係性を如実に表している。
「……はいはい、やらせていただきますよ。でもしばらくアイドルなんてやってないんだから、歌もダンスも大変でしょうね」
「その辺はご心配なく! 秋月律子が久々に『竜宮小町』を再プロデュースさせていただきますからっ」
……そう。なら、大丈夫な気がして来た。
あの頃、私たちはいつも逆境や屈折と戦ってきた。世間にはわからない情報のヴェールに隠された向こうで、私たちはまだ子供だった時から、唯一の戦術で切り抜けてきた。
進む道が分かれても、時間が過ぎても。
だって私たちは――――「ずっと、いっしょに!」なのだから。
「やれやれ、これからまたあの地獄の特訓の日々が始まるのか~、アイドル辞めてせっかく女優になったのに、やはり離れられないのね~」
冗談めかして嘘泣きをしながら語る私の台詞に、律子は笑っていた。
「良いじゃない、一足お先の同窓会よ。本当はあの頃の765オールスターズ総結集! って言ったほうが、興行的にはインパクトあるとは思うんだけどね」
そうね……オールスターズで、いつか。
みんながとびっきり輝いてた、とってもミラクルなこの十年間を。
もう一度七彩にきらめく舞台(ステージ)でまた会えるのは、とても幸せだろう。
大丈夫。
今はまだ少ないけれど、みんなはきっと、もう一度一つになれる。
私たちの世代、あの頃の私たちだから持っている「絆」の強さ。
――――竜宮小町は、また飛翔(とべ)る。
「じゃ、細かいこと決まったら、連絡するわね」
律子の声を背中で受けたあと、私は何も言わずに首だけ振り返って律子に笑いかけた。
『このスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんに、任せなさい!』
まだ幼かったあの頃の、私の決め台詞は、今ようやく、新たな輝きをもたらした。
だから私たちはもう一度、会いに行くんだ。
――――十年後の、『竜宮小町』に。
<fin.>
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続編:10年後m@s special ―― 10年後の「竜宮小町」
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