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10年後m@s



「はーい、じゃあ、今日はここまでにしようか。みんなお疲れ様」

かわいく頭を下げるアイドルの卵たちに手をひらひらと振る。
今日のレッスンに来たのはみんな、ピカピカの候補生。
初々しくて、素直で、昔のみんなと一緒に居るみたいで少し楽しかった。

それは良い。そんなことよりも。

携帯の着信履歴を見ながらため息を吐いた。
スマホの液晶には[水瀬 伊織]と11桁の数字。

<もしもし、ちょっとうちの子たちの面倒見てくれないかしら?>

<はあ?私の子供なわけないでしょ。今度うちからデビューさせる子たち。よろしくね>

これが昨日の夜のこと。

<もしもし、昨日の件だけど今からでも大丈夫よね?>

<あら?任せとけって大見栄切ったのはどこのどなただったかしら?>

これが、今日の朝のこと。

昔から強引だったけど、ますます強引さに磨きが掛かってるんだもん。
結局、あっけなくやり込められて、こっちが折れた。

無理やりレッスンの時間を取ったから、おかげでこっちはお昼ご飯抜き。
まあ、久しぶりに話せたのも嬉しかったし、貸しを作るのも悪くない。

問題は、女王様が『借りを作った』なんて思わない。って、ところなんだけどね。

「絶対に今度、何かおごらせてやる。覚えとけよ。くそう」

口をついてでたのは、懐かしい口調。
はぁ……。伊織と絡むといつもこうだ。

空腹を誤魔化すために、お腹をさすりながら、モップを掛けていく。
あの『偉そう』に振舞ってた伊織が社長か。ホント、『偉く』なったもんだなぁ。

今じゃ、すっかり、お得意様……だもんね。

なんやかんやで出来上がってしまった利害関係。
それでも、やっぱり、友達との繋がりが今も続いてるのは喜ばしい。

「一方的に搾取されてるだけのような気がしないでもないけど……」

これ以上言及するのは、よそう。精神衛生上、良くない気がする。
みんなと出会って10年か。あっ、という間だったな……。

「よし。モップ掛け終わり、っと」

そうだ。どうせ、ご馳走して貰うなら、高級フレンチのフルコースにしよう。
タオルをスポーツバッグに詰めながら、閃いた名案に自分で頷く。

忘れ物が無いか確認して、少し癖のある防音扉を開けると、ベンチに座って俯く少女がひとり。

「キミは……さっきのレッスンにいた子だよね……どうしたの? 帰らなくて良いの?」

この子のダンスは他の子たちよりも頭ひとつ抜けて上手かった。
だけど同時に感じたのは、違和感というか、もどかしさ。

ショートカットで活発そうな印象なのに。今は、目を伏せたまま。
そんな少女に、どこか、見覚えのあるような既視感を抱いた。

「あの、先生の目から見て……ワタシって、アイドルの素質ありますか……?」

突然の質問に少したじろぐ。ダンスに関しては充分、必要なセンスも備わってると思う。
だけど、ダンスが上手いだけじゃアイドルをやっていけないのも事実で。

「少なくとも伊織……キミの事務所の社長は、さ……」

間を繋ぎながら思考はフル回転。頭の中で色んな言葉が飛び乱れる。
三つに絞り込んだ候補の中から一番、良さそうなのを選んだ。

「君の中に、素質を見出した。だから、今、キミはここに居るんじゃないのかな?」

プロデューサーの真似ごと。
こんな風にプロデューサーも頭を悩ませたのかな。

「でも、ワタシ、他の子と比べると女の子っぽく無くて、可愛くないし……」

どこかで聞いた言葉に、思わず、はっとした。
そうか、この子は。


『昔のボク』なんだ。


隣に座る少女に過去の自分を重ねる。

そこには、いつかの『ボク』が居た。


それなら、かけるべき言葉は決まってる。


「他の子と比べることなんか無い。キミはキミなんだから」

これは、プロデューサーの言葉。ボクが大切に胸に仕舞っていた言葉。
ボクを励ますために言ってくれた、いつかの言葉をなぞるように紡いでいく。

「キミの『なりたい自分』になればいい。きっとそれが、アイドルになるってことだよ」

ボクに似た少女は少し顔を上げて、何か言いたそうにしたけど。
いつかのボクのように、ぐっと、言葉を飲み込んでしまった。

分かるよ。自信がないわけじゃない。ただ、どうして良いか分からないだけなんだよね。


――――真は真じゃないか。もっと、自信を持って『なりたい自分』になれば良い。


プロデューサーはやっぱり、今も私のプロデューサーなんだ。
私が道に迷ったときも。今だって。いつだって。プロデューサーの言葉が背中を押してくれる。

もう、私は『なりたい自分』になったから。ここから先は私の言葉。

「ねぇ。キミにしか出来ないことを探そうよ。そしたら、きっと、キミは誰よりも輝けるから」

私だってそうだったから。とは言わない。
答えは自分でしか見つけられないって知ってるから。

「ワタシにしか出来ないこと……ワタシにも見つけられますか?」

「私も手伝ってあげる。それに、キミには仲間が居るんだから、きっと見つけられる」

この言葉が、キミの欲しかった言葉かは分からないけど。
プロデューサーがボクにしてくれたように、私がキミの背中を押してあげる

この世界はキミが思ってるよりも、輝きに満ちてるんだから、さ。

「頑張れ」

無責任な言葉。だけど、勇気をくれる魔法の言葉。
力強く頷いて、立ち上がった少女の目は、まっすぐ何かを見据えてる。

もう、大丈夫。キミにもきっと見つけられる。

キミにしか出来ないことを。

頭をぺこりと下げた少女に、ひらひらと手を振る。
輝く世界に走り出す、キミにエールを――――。


「キミにしか出来ないこと……ねぇ。まぁ、真にしては、なかなか良いこと言うじゃない」

「……うわぁあああっ!なんでこんなとこに居るんだよ、伊織っ!?」

「うちのアイドルたちの初レッスンだから、ちょっと様子を見に来ただけよ」

「もしかして、ずっと隠れて見てたの?」

「そ。真の恥ずかしーい台詞も、バッチリ聞いたわよ。ふふん♪」

昔の『ボク』ならここで突っかかるところかもしれないけど、残念ながら今は、私。
女王様の扱い方は心得ている。

「まったく。伊織も相変わらずだなぁ。あの子たちが心配ならレッスンに立ち会えば良かったのに」

「べ、別に!私はただ、経営者として金の卵の様子を見に来ただけなんだから!」

「ふふふっ。どうせなら次から、あの子たちのレッスンに混ざれば?」

「何で私が真のレッスン受けなきゃいけないのよ!アンタに教わることなんか一切無いから!」

「あの子たちも喜ぶと思うけどなー。もちろん私も伊織が来てくれると嬉しいし」

「ま、まぁ、もし、万が一、私のスケジュールが空いてたら、来て上げても良いわよ!」

そっぽ向いた伊織がいつかの伊織とダブる。
お互い、歩く道は離れちゃったけど、昔のまま。

「あはは、ホント、そういうとこは変わらないなぁ」

「うっさい! ふんっ……真は……変わったかもね。おかげで助かった。礼を言うわ」

「ああいうのはさ、普通、社長かプロデューサーの仕事じゃないの?」

「私にあの子の気持ちの全部を理解することなんか出来ないもの」

だけど、あんたなら……。そんな、顔を向けられた。
そのあと、少しだけ寂しそうな顔をして、伊織は続ける。

「さっきのあの子、才能は確かなんだけど、精神的にまだ幼くて……ね」

「へぇ、伊織が言うなら相当な子なんだね」

「えぇ。そ。……どこかの誰かさんにそっくり」

その口ぶりだと、昔から認めてくれてたのかな。
顔を合わせば、いつも、いがみ合って衝突してたっけ。

「ねぇ、伊織」

「何よ」


「プロデュース業って、大変だけど、素敵な仕事だね」


ボクたちの未来は、こうやって少しずつ。

カタチを変えて、続いていく。

ずっと。ずっと。変わり行く中で。


――――――また十年先も。きっと、変わらない今を、繋いでいく。





                              おしまい――――――。


関連SS:smile, again.