jpg large

10年後m@s



「四条さん、今日はありがとうございました!」

「また明日、よろしくお願いします!」

「はい、本日はまこと、良き収録となりました…夜遅くまでご苦労様です。明日もまた、実りある日である様に」

「「はいっ!」」

「もう遅いのですから、気を付けて帰るのですよ」

「はーい!」

「四条さんも、お疲れ様でした!」


あの頃の私の様に、まだ年端も行かぬ子供達が、眩しい笑顔を振りまきながら事務所の通路を駆けて行きます。

懐かしいですね。あの時の仲間達のことを思い出すのは。

引退する者。自分の夢に向かって飛躍を遂げた者。あるいは、見果てぬ夢に向かって、走り続けている者。新たな世界で戦う者。

私が知っているあの頃の765プロは、もう無くなってしまいました。

それは、決して悲しい事では無いのでしょう。

皆、自分の信念に正直に生きてきた。

という事でしょうね。


はて…では、私は?


自問すれども、答えが出る訳でもありませんので私は、あの頃と比べると遥かに広くなった事務所で物思いに耽りました。


「高みは、目指せども目指せども、見えてまいりませんね…」

アイドルとしてデビューしてから、既に10年。
到らぬ事ばかりです。
アイドルという立場から、今は女優として、ドラマや映画にも出演させていただいているのですが、果たして私には、ファンの皆様からの声援、期待に沿える者と言えるのでしょうか?

事務所の屋上に出てみても、そこはまだ、都会のビルの合間に挟まれた狭い空間。
私の目指す高みとは、どこにあるのでしょうか?
それとも…
見上げた空には、三日月が儚い光を放っています。
もうすぐ、新月の頃ですね。

「私は、月と同じ…照らすべき太陽が無ければ、その光も陰る…」

満ち足りない、と感じてしまうのは、贅沢なのでしょうか?
しかし、あの頃の、忙しく駆け抜けていた頃を思い返すと…

「貴音、こんな所に居たのか」

唐突に、声を掛けられた私は、声の主に振り返ります。
その顔を見たとき、私は胸のつかえが取れるような気分になるのです。

「あなた様が、ここに居らっしゃるのも珍しいですね」

私が、アイドルとしてその一歩を踏み出したころ、プロデューサーもまた、その一歩を踏み出したのです。
言わば、プロデューサーと私たちは共に歩んできた戦友、とでも言いましょうか。

「いや…たまにはみんなの顔が見たくなってな…ちょっと来るのが遅かったかな?」

それは、私も同じこと。
変わっていく765プロの中で、あなた様…あなた様だけは、変わらないでいて下さる。

そう、思っていました。

ですが、事務所が大きくなるにつれ、タレントやスタッフの皆様が増えたのは良いのですが、あなた様と触れ合う機会が減ってしまい…少々、寂しく思う所でもあります。

既に、10年。

あの頃から10年の月日が経ち、互いの立場は大きく変わってしまいました。

あなた様は、事務所のプロデューサー達の更に上、エグゼクティブプロデューサーに。

私は、女優として、またかつての生っすか時代より続いているラーメン研究家として。

「…どうした、貴音」

「…かつては、この様に二人で、語り合う事は幾らでもできたのに…」

「…寂しかったか?」

直接的な物の言い方は、相変わらずですね…もう少しむぅどなどを気にしてほしいものです…
けれど、その方があなた様らしいと言えば、そうかもしれませんね。

「…あなた様は、いけずです…その様な事を」

「…こっちもっと寄ればいいじゃないか…昔なら、肩に寄りかかるくらいはしてたじゃないか」

「良いのですか?」

昔の様に。

ベンチに腰かけたプロデューサーの身体に、私は身を預けます。

暖かい。

それは、体温的な意味では無く、心が安らぐ、とでも申しましょうか。

「…まこと、あなた様は暖かいですね…」

「…

「…なあ、貴音。今度の映画が終わったら、休暇を取るって」

「…ええ」

その時の、プロデューサーの表情は、苦笑いに近いものでした。

「…ごめんな…10年も待たせてたんだな」

「…本当に、あなた様は…」

重ねた唇の温かさ。

抱きしめてくれたあなたの腕の温かさ。

その心の温かさ。

それをこうして感じている間が、私にとっては何よりも代えがたいのです。

「っ…貴音」

「んっ…ふふふっ…もう私は、昔の様な子供ではないのですよ?」

「…俺は、昔みたいに若くないぞ。34のオッサンだ」

「私達に、年齢の差など些細な物ではないですか…ね?」

「…そうだな…」

私の、果てない道の終着点はどこにあるのか。

もしかすると、もう辿り付いているのでしょうか。

私にも良く分かりません。

ですが、1ついえる事。

それは…

「私は、あなた様の事…」

「…俺もだよ、貴音」

もう一度、その唇と唇が触れ合おうとした時でした。

グゥと言う音が、鳴ってしまい、プロデューサーはクスクスと笑いだしてしまいました。

「くっ…ふふっ…貴音」

「…ごめんなさい…」

私の、腹時計は空気を読まないようですね…

「…ねえ、あなた様、私、お腹が空いてまいりました」

「まだ晩飯喰ってなかったんだな」

「…ロケ弁だけでは物足りず」

「…昔の、あのラーメン屋に行こうか」

「はいっ!」

財布の中身をこっそり確認する姿は、10年前と変わっていませんね。

「えーと…ひーふーみ…どうした?」

「いいえ、何でもありません、うふふっ」

変わり続ける事こそが人の運命。

しかし、変わらない物は、その者の人生を支える糧になる。

私は、そう思っております。

そう…月が、いつも変わらぬ輝きを持つように、変わらない物があっても良いではありませんか…

私の思いもまた…同じ様に。

「あなた様…いつまでも、お慕い申しておりますよ…」






関連アフターSS:<月下の会者定離>