――私がアイドルでは無かった頃。
誰も知らない暗く、沈黙に溢れた日々。


今は春香やプロデューサー、皆が居る。
でも……あの頃の私はずっと一人だった。
合唱部には入っていたけれども、私の歌に対する見方と合唱部の皆の歌に対する見方はかなり違っていて
そこから生じた意見の食い違いによって私は合唱部内で孤立する事になってしまった。

……あの頃の私は、何をしてたっけ?
ずっと一人で歌を歌っていただけだったかしら。

歌う事が私にとって唯一できる事であり、そして唯一望んでいた事だったから。
今の私と比べて昔の私は他人とコミュニケーションを取ろうとせず、自ら孤立する事を望んでいたかのようだった。
しかし本当は孤立する事を望んでいた訳では無い。

私は「一緒に歌える仲間」が欲しかった。
歌に対し、固執し続ける私と一緒に歩んでくれる友達が欲しかった。

そして……「心の居場所」が欲しかった。

今の私には「765プロ」と言う心の居場所があるけれども、当時の私にはそんな居場所なんて無かったから。
――いえ、それだけじゃない。
合唱部で孤立する事になった私には心だけで無く「私自身」の居場所すら無かったのかもしれない。

でも、そんな絶望的だった日々を変えてくれた一人の「友達」が現れて。
「歌が好きなんだよな?」
そんな事を言って私を必死に合唱部の輪に戻そうとしてくれた。

今、私が歌い続けているのはその友達が私の心の居場所を作ってくれたからかもしれない。
……しかしもうその友達はこの世には居ない。

私を必死に合唱部の輪へと戻そうとしてくれて、私の心が何処かへ行ってしまわないように居場所を作ってくれた友達は――

もう、死んでしまったの。

その友達……彼は、病気で亡くなった。
私が歌い続けられるように、と一つの歌を遺して。

「変わらないもの」

そう書かれたノートの中に書き残されていた歌詞。
……そして、ノートの最後には私へのメッセージが書かれていた。

「君と二人で歌っていけるのなら、僕は何度でも生まれ変われる」

そんな事はできる筈も無いのに。
何度でも生まれ変われる、なんて……彼は何を思ってこの一言を書き残したのかしら。
しかし、このメッセージにはまだ続きがあって

「僕は今すぐ君に会いたい」

最後にそう書かれていた。
……私には彼が何を思ってこんな事を書き残したのかはわからない。
でも……私も今すぐ貴方に会いたい。

それは叶わない願いだとしても、私の想いだけは時を越えて届いてくれる事を願っています。


「―――早」
はっきりとしない意識。
「千早」
「……えっ?」
目を開くとそこにはプロデューサーが居た。
「疲れてたのか? ぐっすり寝てたけど」
慌てて身の回りを見回すと、事務所の応接室にあるソファーで寝てしまっていた事がわかる。
「ご、ごめんなさい……気が付いたら寝てしまっていたようで」
「そうか、起こして悪かったよ。 ところで、そのノートは?」
プロデューサーに指摘され自分の胸元を見ると何故かノートを抱きかかえていた。

「あれ……? 私、何でノートなんか――!?」
ノートの表紙を見てはっとする。
「どうした? 千早」
「プロデューサーが私の鞄から取り出して……と言う訳では無いですよね」
まさかの出来事にプロデューサーを疑ったが、まずそんな事は無いと思う。
……少し前まで見ていたのは昔の夢だった筈なのに

私は「変わらないもの」と表紙に書かれたノートを抱きかかえていたのだ。
昔……彼が遺した歌とメッセージが書かれたノート。

「何がなんだか俺にはわからないけど、大事な物なら……あれ?」
「どうかしましたか?」
プロデューサーが私のノートを見るなり首を傾げた。
「――いや、そんな訳無いか。 ごめんごめん、気にしないでくれ」
「……? このノートに見覚えでもあるんですか?」
すると、プロデューサーは諦めたようにして私の持っているノートに手を添えて
「昔、俺が好きだった女の子に宛てて色々書いたノートに見えてさ。 全く、そんな訳無いのにな」
「そう……だったんですか」
プロデューサーはノートから手を放し、窓から外を眺めた。

「プロデューサー、その人は……どんな人だったんですか?」
「うん? そうだな……そういえば、千早とかなり似てた気がするよ。 と言うよりも瓜二つだ」
まさか、と思い私はノートを開いて中身を確認してソファーからたち上がり、プロデューサーの真後ろに立った。
「……そのノートには、何を書いたんですか?」
「な、中身の事か!? いや……さすがにそれはちょっと言いたくないかな……ははっ」
「教えてください、お願いします!」
どうしても聞きたかった私はプロデューサーに向かって頭を下げると、プロデューサーは振り向き
「そんな頭を下げてまで聞きたいのか? ……顔を上げてくれ、恥ずかしいけど教えるからさ」
「あ、ありがとうございます……!」
ただの昔話かもしれない。
しかし、私と深い関係があるような気がしたのでどうしても聞きたかった。

「……確か高校生の頃だったかな? 合唱部に入っていた筈の女の子が廊下で一人、歌っているのを見つけてさ」
プロデューサーは私から視線を逸らしながら語り始めた。
「その時は俺、軽音部に入ってたんだけどさ。 その子、歌が上手くて一緒に歌ってみたいなーと思って声を掛けてみたんだ」
……私が初めてあの人に話しかけられた時も、確かそんな感じだった。
「それでいざ話しかけてみると、合唱部で孤立してしまったらしくて。 その理由やら何やらを色々聞いた後、俺はその子が合唱部に戻れるように色々な事をした」
合唱部で孤立……そこまで私と同じだとは思わなかった。
「でも結局、俺の力では何も変えられなかったんだ……今思い出しても悔しいよ」
「それは……プロデューサーのせいでは無いと思います」
私の言葉を聞き、プロデューサーは逸していた視線を私に合わせた。

「私も今聞いた事と同じような事を経験した事があります。 結局合唱部には戻れなかった所まで……完全に同じです」
「そ、そうだったのか? それは意外……と言うよりも、何だかその女の子が千早だったようにも思えてきたよ。 見た目も声も……全く同じだしな」
そう言われて私はプロデューサーの姿を確認しなおすと、妙にあの人と雰囲気が似ている。
「あの……プロデューサー、眼鏡を外してもらってもよろしいですか?」
「眼鏡? 別に構わないけど、少しだけだぞ。 眼鏡外すと周りが見えなくなるからさ」
プロデューサーは眼鏡を外してくれた。
……そして再びその姿を確認した後、疑いは確信へと変わった。

「やっぱり……あの時の……!」
眼鏡を外したプロデューサーはあの人と全く同じ姿をしていたのだ。
さすがに多少は変わっているけど、間違い無い。
「あの時のって……何を言っているんだ? 千早」
眼鏡をかけ直したプロデューサーは首を傾げた。
「説明するよりもこれを読んで戴いた方が早いと思います」
私はそう言ってプロデューサーにノートを押し付けた。
すると、彼もまたはっとしたような表情をしてノートを開く。

「変わらないもの……!? こ、これ……俺が書いたのと全く同じじゃないか……!」
「……話を聞いてて、そうだと思いました。 何もかも一緒でしたから」
私と彼が出会った時の状況も、その後にしてくれた事も全て同じ。
……あの日の事を忘れられる筈が無い。
「な、何がどうなってるんだ……確かにあの子は千早と瓜二つだった。 でもこんな事が――」
「きっと……願いが届いたんですね」
私が夢で願った事。
今すぐ貴方に会いたいと願ったからこうなったのかもしれない。

「プロデューサー、その後に体調を崩した事はありませんでした?」
「え? ああ……ちょっと重い病気にかかったけど治ったよ」
……何度でも生まれ変われる、と書いてあったのは本当だったのかもしれない。
「あの……歌詞は何を思いながら考えたんですか?」
「そ、それは……女の子への気持ちだよ」
「……有り得ない事だとは思います。 でもここまで来たら……信じるしか無いですよね」

「そうだな……あの時出会った女の子は千早で」
「あの時出会った友達はプロデューサー」
想いは時を越えて……願いは叶う。
「ずっと……会いたかった。 貴方が死んでしまったと聞いた時はどうしようかと思った……」
「勝手に殺さないでくれ。 俺は生きてる! でも……確かに入院中、死ぬかと思ってこんな事を書き残したんだよな」
……あの時とは違う彼の笑顔。
でも、私を真っ直ぐに見つめてくる瞳は……変わっていなかった。

「本当に想いが時を越えるとは思わなかった……何を思ってこういう歌詞にしたんですか?」
「……何時までも変わらずに歌い続けて欲しかったんだ。 そして時間が経ってもあの時の事を忘れないで欲しかった」
それだから「変わらないもの」と言うタイトル……
その他にも歌詞に気になる所は沢山あった。
しかし、それよりも一つだけどうしても確かめたい事があって。
「プロデューサー、あの……」
死んでしまったと思い続けていた彼への想いが一気に溢れ出して来て、言葉が詰まる。
「どうかしたのか? 落ち着いて、肩の力を抜いて声を出してごらん」
昔、彼と一緒に歌った時かけてくれた言葉。
「……ひとつだけ、聞いても良いですか?」
するとプロデューサーは静かに頷いてくれた。
「……今でもその人の事、好きなんですか?」
少し間を置いて、プロデューサーは私の方を向き直して口を開く。
「――ああ、好きだ」
それは今の私に言っているのか、それともプロデューサーの記憶の中に居る私に言っているのかはわからない。
でも……それなら、私も変わらない想いを伝えるまで。
「私も……記憶に残っている貴方も、今の貴方も好きです」


想いは時を越えても変わる事は無い。
私の想いは時を越え、再びめぐり逢いこうして想いを伝える事が出来た。

……今までも、そしてこれからも変わらない想いを持って進んでいこう。

それが私にとっての、そして彼にとっての変わらない願いなのだから。


奥華子[変わらないもの]