1: ◆K8xLCj98/Y:2013/04/07(日) 02:22:08.24 ID:xaH2ilmt0

 でこちゃんへ! 

 おはよーなの。 
 ミキ、ちょっと変な時間に起きちゃったから、お散歩してくるね。 
 帰りにアイスでも買ってくるから、待っててほしいな。 

 起きたら、電話してね。 

 ミキ 


2 ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:24:53.34 ID:xaH2ilmt0

伊織「……」

 時計を見る。6時50分。……いつも通りの起床時間。
 今日の私の仕事は午後から雑誌の取材、それだけ。
 オフみたいなもんよね。

 一方、同居人の美希は。
 最近働き詰めだったから、って3日連続でオフを取っている。
 今日がその2日目。

伊織「……いいわねぇ」

 テレビをつけると、朝のニュース番組。
 芸能ニュースで、春香の映像が映る。

3 ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:27:20.25 ID:xaH2ilmt0

 枕元にあった携帯電話を持って、美希へ電話をかける。
 番号なんて、天井を見ながら打てるわ。
 ……もっとも、今は番号を打つ必要なんてないけれど。

『あ、おはよーなの!』

 電話の向こうから、美希の明るい声。
 ……安心する。

伊織「……おはよ」

『でこちゃん、今起きた?』

伊織「……ええ、そうね。アンタ、何時に家を出たの?」

『うーん、4時ぐらいかな』

伊織「はやっ!」

 お祖父様だって、4時にはまだ眠っている。

4 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:29:54.51 ID:xaH2ilmt0

伊織「起こしてくれれば、一緒に出かけたのに」

『だってでこちゃん、昨日夜遅くまでおシゴトしてたの』

伊織「うっ……そ、そうね」

『それに、なんとなーく、1人がよかったから』

伊織「1人で?」

『うん。最近、カモ先生に挨拶してなかったから』

 カモ先生。
 美希が尊敬する鴨。

 なんでも、のんびり生きている姿に憧れるらしい。
 ああ見えて、鴨だって頑張って生きてるのにね。

5 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:32:55.80 ID:xaH2ilmt0

伊織「今は公園?」

『ううん、もう帰る途中なの。歩いて行ったんだけど、多分もう電車は動いてるから』

伊織「あ、歩いて行ったの!?」

 この家からは結構な距離がある。
 気軽に歩ける距離じゃない。

『ミキ、歩くの好きだし』

伊織「そういう問題じゃないわよ……」

『えへへ』

 美希の笑う声から、表情も簡単に想像できた。

伊織「迎えに行きましょうか?」

『えっ? ……うーん、大丈夫。すぐ帰ってくるから』

6 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:34:49.17 ID:xaH2ilmt0

伊織「そう?」

『あっ、でこちゃん食べたいアイスとか、飲みたいジュースとかある?』

伊織「……オレンジジュース」

『了解なのっ! もちろん100%だよね?』

伊織「当然よっ」

『じゃあ、買ってくるの! じゃあね!』

 電話が切れる。美希は唐突に電話を切るのよね。
 それが美希らしくて、私は好きだけれど。


7 : ◆K8xLCj98/Y [!red_res]:2013/04/07(日) 02:36:08.53 ID:xaH2ilmt0

 でこちゃん★
 ・ダブルチーズバーガー
 ・フィッシュバーガー

 ミキ★
 ・エビバーガー
 ・チキンバーガー

 ・ポテトL

8 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:39:40.82 ID:xaH2ilmt0

 律子にメールをしたら、お昼の2時に記者が事務所に来るから、
 1時ぐらいには来なさい、って返ってきた。

 お昼は自分で食べてきて、という件名で。

美希「あふぅ」

伊織「朝早くから散歩するから眠くなるの」

美希「えー、でも気持ちよかったよ?」

伊織「アンタも昨日、夜更かししてたでしょうが」

美希「高2のミキには睡眠時間なんていらないの」

伊織「昼寝のお姫様が何を言ってるんだか……」

 お昼前、ニュース番組。
 さっきまでやっていた朝のワイドショーとは毛色が違う。

 テレビの左上、11:42。

9 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:42:58.22 ID:xaH2ilmt0

美希「お腹すいたねぇ」

伊織「そうね。……何か作りましょうか」

 ソファーから立ち上がる。冷蔵庫の前で、扉に手をかけた。

美希「なーんにもないよ?」

 冷蔵庫が開く。半分ぐらい残っているオレンジジュースの紙パック。
 美希と朝、分け合って飲んだ。

 食材は……6Pチーズしかない。

伊織「そういえば、買い物に行くの忘れてたわ……」

美希「ワックでも買ってくる?」

伊織「なら、私が行ってくるわ。食べたいのメモしといて」

美希「りょーかいなの!」

 美希は最近、メモにでもなんでも、赤いインクのボールペンを使う。
 もうインクはなくなってきていると思う。

10 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:47:26.58 ID:xaH2ilmt0

 去年の美希の誕生日、何が欲しいかって聞いたら、美希は赤のボールペンって返した。
 そんなもんでいいのかと思いながら、せっかくだからいいのにしようと2500円のボールペンを選んだ。

 肌身離さず持ってるね! って笑顔で受け取ってくれて、それからもうすぐ半年。
 ……本当にずっと持ってる。

美希「はいっ!」

伊織「ありがと……って、どうして私のまで書いてるのよ」

美希「予想なの!」

伊織「……悔しいぐらいに大当たりね」

 食べたいハンバーガーの名前が丸文字で書かれている。
 …………ちょっと悔しい。

 赤のシャツを着て、自転車の鍵を持った。

伊織「いってきます」

美希「いってらっしゃいなの!」

 美希が右手をパッとあげる。
 ニコッ、とぎこちなく笑って返した。……返した、つもりだ。

11 : ◆K8xLCj98/Y [!red_res]:2013/04/07(日) 02:52:18.89 ID:xaH2ilmt0

 ViDaVo! 5月号
 水瀬伊織インタビュー

 週刊少年バンダイ 04/22号
 ときめく新風 水瀬伊織

 MusicPoint 2013.4
 竜宮小町大特集! ミワクの女の子たち

 水曜日本屋さん!

12 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:56:21.35 ID:xaH2ilmt0

律子「待ってたわよ」

 事務所に到着。律子の他に、小鳥、真美、貴音。
 すっかりここも、賑わいが無くなったわね。
 ……真美がいる分には、心配ないけれど。

伊織「ふぅ……あら」

 カバンから携帯電話を出そうとすると、
 一枚の紙が入っているのに気づいた。

 取り出す。
 赤い丸文字。

伊織「これ……」

真美「おやっ? いおりんこれはっ」

 真美が私の右肩に手を置いて、メモ用紙を覗き込む。

13 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 02:59:21.75 ID:xaH2ilmt0

貴音「伊織の関係する雑誌ばかりですね」

 貴音が私の左肩に手を置き、メモ用紙を覗く。

伊織「美希、毎回買ってくれてるのかしら……」

真美「これミキミキのメモなの?」

貴音「美希は、いつも赤いボールペンを使っていますからね。おそらく」

伊織「私、知らなかった」

 美希が私の特集された雑誌を買ってくれているなんて。


14 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:02:40.67 ID:xaH2ilmt0

律子「ん、どうしたの?」

伊織「ね、ねえ律子。美希、私の出てる雑誌を」

律子「ああ……バレちゃったのね」

伊織「へ?」

 素っ頓狂な声が出てしまったら。

律子「……美希ね、毎週聞いてくるのよ。『でこちゃんの雑誌、今週ある?』って」

真美「ほほう」

律子「全部目を通してるわ」

15 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:05:35.58 ID:xaH2ilmt0

伊織「…………」

 とっても嬉しい。

貴音「美希はわたくしと一緒の仕事でも、合間の時間に雑誌を読んでいますからね」

律子「あ、私が話した……ってこと、美希には内緒ね?」

伊織「ええ」

 メモを、手帳に挟む。
 大切にしよう。

 手帳をぎゅっ、と胸に抱えた。


16 : ◆K8xLCj98/Y [!red_res]:2013/04/07(日) 03:09:03.49 ID:xaH2ilmt0

 おかえりなさい!

 ごめんね、どうしても起きてられないから、
 先に寝ちゃうの。
 あ、帰ってきたら起こしてね!

 ご飯は冷蔵庫の中に入ってるの。
 あっためて食べてね。

 ミキの愛情いーっぱい、なの★

 ミキ

17 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:13:03.53 ID:xaH2ilmt0

伊織「ただいま」

 あの後、すぐに帰ることが出来なかった。
 思ったより記者との話が白熱してしまったのだ。

 もうすぐ夜8時。
 せっかく、美希とゆっくり出来ると思ったのに。

 律子にそう言ったら、明日は竜宮小町も伊織も予定が入ってないじゃないと言われた。
 美希のメモが挟んであるままの手帳を開いて確認すると、真っ白。
 何を勘違いしていたのか、明日も仕事があると思っていた私は、ラッキーと思いつつ家に帰ってきた。

伊織「……」

 カバンをテーブルの上に置く。

18 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:17:44.15 ID:xaH2ilmt0

 リビングの横の和室――布団の並ぶ寝室――には、寝息を立てる同居人。
 キッチンのコンロの上には、朝には置いていなかった鍋。
 覗き込む。

伊織「カレー?」

 炊飯器には「1h」という表示。
 ご飯が炊けてから1時間経った、ということだ。

伊織「あ、冷蔵庫」

 冷蔵庫を開けてみる。
 大きいカップの中、トッピングもデカイプリンが2つ鎮座していた。

伊織「ご飯、じゃないわよね……」

 こりゃ間違えたわね。
 テーブルに置いてあったメモをもう一度読んで、そう思った。

19 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:20:47.45 ID:xaH2ilmt0

 美希がご飯を作ることは少ない。
 私が帰れない時はレストランに行ってしまうし、遅くなる時はコンビニでお弁当を買ってくる。

 そんな美希がご飯を作ってくれた。
 これは、また。

伊織「なによ……のんきに寝ちゃって」

 作ってくれたなら、せめて一緒に食べようとしなさいよね。
 そう思って美希を見ると、私の心の声が聞こえたかのようにガバッ、と起き上がった。

美希「おにぎりっ」

伊織「へ?」

美希「あ……おかえり」

伊織「え、ええ……ただいま」

 楽しそうな夢を見ていたんでしょうね。

20 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:22:23.01 ID:xaH2ilmt0

美希「いつ帰ってきたの?」

伊織「つい3分ぐらい前ね」

美希「それじゃあ、まだご飯食べてないでしょ」

伊織「ええ。……美希、作ってくれたのね」

 美希が立ち上がり、こっちへ向かう。

美希「えへへ、ミキ特製カレーなの! 愛情たっぷりっ」

伊織「愛情、たっぷり……」

美希「……? どうしたの、でこちゃん」

伊織「ねぇ、美希」

21 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:25:12.75 ID:xaH2ilmt0

美希「なあに?」

伊織「一緒に食べない?」

 戸棚からスプーンを取り出して、問いかける。

美希「もちろんなの!」

 美希がスプーンを受け取った。

伊織「ありがと」

 美希がお皿を2枚持ってきて、ご飯を盛り付ける。
 カレーを中火で温めて、私はご飯にルーをかけた。

 2人でテーブルに持っていく。
 コップの中身は、オレンジジュース。

22 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:27:31.19 ID:xaH2ilmt0

伊織「いただきます」

美希「いただきまーす!」

 一口。辛口は数年前まで食べられなかった。
 でも、今は大丈夫。大人になった、ってことかしら。

伊織「おいしいわね」

美希「あはっ、照れるの」

伊織「存分に照れさせてやるわよ」

美希「もー」

 テレビの電源は切ったまま。
 静かな食事だと思われるかもしれないが、私にとっては美希との会話と笑顔だけで充分だ。
 美希もそう思ってくれていたら、嬉しい。

23 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:29:59.21 ID:xaH2ilmt0

美希「そういえば」

 美希がスプーンを持ったまま話し出した。

伊織「ん?」

美希「でこちゃんにもらったボールペン、インクが切れそうなの」

伊織「アンタ、ずっと使ってくれてるもの」

美希「だって、でこちゃんからの誕生日プレゼントだよ?」

伊織「美希が欲しいから、ボールペンにしたけど……どうしてボールペン?」

美希「え? そりゃあ、ずーっと持っていられるし、使ってる時にでこちゃんの温かさを感じられるからなの」

伊織「っ!」

 顔が赤くなる音がした。
 どうして美希は、そんなに恥ずかしいことを何気なく言えるのよ。

24 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:34:14.30 ID:xaH2ilmt0

美希「でこちゃん?」

 カレーをすくう手が止まる。

伊織「……美希」

美希「?」

伊織「明日、私オフだから」

美希「えっ? じゃあ、明日は2人でゆっくり出来るね!」

伊織「だから、明日……」

 2人で。

伊織「ボールペンの替芯、買いに行きましょう?」

美希「う、うんっ! やったー、明日はでこちゃんとデートなのーっ!」

 赤いボールペンで書かれた、丸文字のメモ。
 私にとって、それは美希と私の幸せの象徴みたいなもの。

 変だ、って思われるかもしれないけど、私にとっては――大好きな人の愛がつまった、宝物。


25 : ◆K8xLCj98/Y [saga]:2013/04/07(日) 03:35:30.29 ID:xaH2ilmt0

 前に書いた伊織「私は押し倒されているわけだけど」とちょっと似てます。
 お暇なときに、ぜひどうぞ。

 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/04/07(日) 05:00:14.13 ID:9nlVrDy2o
おつー
ほっこりさせてもらったよ

この2人の組み合わせも良いものだ

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/04/07(日) 11:58:53.41 ID:QVXowP9gO

このふたりいいね 




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