ガチャ、と屋上へと続く扉を開く。
冷たい外気と共に、視界が開けて狭まった。
窮屈な屋内から、ビルが所狭しと建ち並ぶまた狭い景色が視界に映る。
都会特有の寂しい空気が、冬の寒さをさらに助長させる。
一度、ビルの隙間風が音を立てながら右から左へと駆け抜ける。
捲り上げられるスカートを片手で押さえ、もう片方の手で目を覆う。
……スカートの形が元に戻る頃、風は既に止み、静寂とは程遠い都会の喧騒が聞こえてくる。
「……………………」
屋上を囲う手すりへと手を置く。
体温を一切保有していない冷たさが指先から伝わる。 そして直に私の体温と一体化する。
ふと耳を澄ましてみると、二つ下の部屋から賑やかな声たちが聞こえてくる。
一つ一つの声はとっても楽しそうに笑っている。
「……あー!!! お姫ちん全部食べたらケーキ無くなっちゃうっしょー!!!」
「…………ふふっ、今の亜美ちゃんかな」
きっと、今貴音さんがケーキを独り占めしているんだろう。
今にも亜美ちゃんたちが貴音さんを追いかけるのが簡単に想像できる。
私の誕生日ケーキを取り合ってる情景が。
そう、今日は私の誕生日、12月24日。
普通の人たちにとってはクリスマスイブという記念すべき日なのかもしれない。
だけど、765プロの皆は12月24日という日を私の誕生日と記憶してくれている。
今日と言う日が近付けば近付く程、私以上に皆がじれったい気持ちに体を浮かせていた。
最初はサプライズにするつもりだったらしいけど、
プロデューサーが私に「プレゼント何が欲しい?」って聞いた所で計画は失敗。
みんなに非難されるプロデューサーがちょっぴり可哀想だった。
「…………えへへ」
でも、それがなんだか嬉しくって、一人笑みをこぼした。
私よりも私を覚えていてくれている事を実感出来る幸せと贅沢を味わう。
ガチャッ
同じくらいに、さっき聞いたドアノブをひねる音が後ろから聞こえてくる。
「あっ、居た居た! こんな所に居たんだ」
いつも心を焦がしながら聞いてる、優しい声。
その声の主は、片時も忘れたことの無い大切な人。
「真ちゃん…………」
「もう、ダメじゃないか。 今日の主役は雪歩なんだから、雪歩が居なくちゃ」
「あ、ごめん……。 でも、私好きなんだ」
「? 好きって……?」
「ここで、皆が楽しんでるのを聞くのが」
先ほどとは違う、優しげな風が体を通り抜けていく。
良く聞いてみると、亜美ちゃんが貴音さんのケーキを奪うことに成功したみたい。
貴音さんも怒っちゃってみんな大騒ぎ。 聞いていて本当に飽きない。
「成る程、ね。 確かに丸聞こえだ」
わざとらしく耳に手を広げるように当て集音機の代わり。
私の言葉を理解すると、こっちに向けてにっこりと微笑んだ。
「けど、やっぱり雪歩が居ないと寂しいよ」
あぁ、なんでこうも貴方は私の心を揺り動かすの。
悪戯好きの小悪魔が、私の心臓をドンドンと痛いほどに叩く。
そんな気も知らないで、貴方はゆっくりと私の隣へと歩み寄ってくる。
同じように、冷たさしか知らない手すりに右手を添えて。
「…………でも、丁度良かったかも」
「え……?」
なにかを思案するように、手を口に当てて小さく呟く。
上手く聞き取れなかったけど、多分真ちゃんのことだから悪い事では無いと思う。
「…………よし! ……あ~、えっと……。 雪歩?」
頬を叩いて気合を入れたかと思えば、途端にもじもじとしだす。
ころころと表情を変える姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「あっ! 笑ったね雪歩!! 僕だって緊張してるんだから~!」
「ご、ごめん真ちゃん。 でも、どうかしたの?」
慌てて謝罪をすると共に、その笑った原因を質問すると、
またすぐに膨らませた頬を萎ませて右手で頭を掻きだす。
そういえば、さっきから左手が動くところを見ていないような。
「ん~~~……、あの、さ。 一応後で皆で渡そうと思ってたんだけど……」
「…………?」
「はい、これ。 雪歩、誕生日おめでとう!!」
目の前に差し出されたのは、ピンク色の外装をした可愛らしい箱。
リボンも鈴の飾りも付けてないあたり、真ちゃんにしては珍しいような。
「開けてみて、きっと驚くから」
言われるがままにリボンをほどく。
蓋を開けると、色とりどりの紐の梱包材が敷き詰められた上には、
お世辞にも出来上がってるとは言えない、おそらく熊であろうぬいぐるみが横たわっていた。
「…………どう? 驚いたでしょ?」
「……うん、驚いた。 凄く可愛いね……?」
「可愛い…………? …………ッッッ!!!」
頭の上に?マークを浮かべて、首を傾げると、
途端に顔を青くして私が持っていたプレゼントを奪い去る。
箱の中身を確認すると、わなわなと声を震わせる、
「間違えた………………」
と。
「あ、あの…………真、ちゃん……?」
未だ震えの止まらない真ちゃんを見て、恐る恐る話しかけてみると、
今度はバッと姿勢を正し私へと向き直る。
「ごめん雪歩!! これは違うんだ!!」
両手を合わせて目を力いっぱい瞑って申し訳無さそうにごめんのポーズ。
必死に弁明しているのは解るけど、違うと言われても、こっちには何が違うのかが解らない。
「えっと…………?」
「本当は違うんだ!! その、これじゃなくて!!! 本当のプレゼントは……!」
しどろもどろに話す真ちゃんは、私の目を上手く見れないほど動揺していた。
「真ちゃん、大丈夫。 落ち着いて」
私は真ちゃんの手を握って、ゆっくりと、しっかりとした口調で諭す。
そうすると次第に落ち着きを取り戻し、呼吸のリズムも整ってきている。
「…………あぁ……、ふぅ……、ごめん雪歩、それとありがとう」
「うぅん、気にしなくても大丈夫。 それで、どうかしたの?」
「あー、えっと……。 実は、このプレゼント、プレゼントじゃないだ」
まるで哲学のような事を言われてしまった。
渡されたのにプレゼントではない、というのはどういう事なのだろうか。
「じゃあ、どういうこと?」
「えっと、本当はこのぬいぐるみじゃなくって、とある券をプレゼントにしようと思ってたんだ」
「……"券"?」
「うん、「願い事なんでも叶えてあげる券」っていう、ね」
「子どもっぽいでしょ」と、無理して笑う真ちゃんの顔は悲痛そうで、
何故だかこっちも心が締め付けられるように痛くなった。
そして、プレゼントの経緯を事細かに話してくれた。
最初は私の為に、クマのぬいぐるみを頑張って作ってくれていたらしい。
押入れの奥で眠っていた裁縫セットを取り出し、専門のお店で必要な布を買い足したり、プレゼント用の箱もいくつか買った。
「初心者が作る初めてのぬいぐるみ」なんていう、お誂え向きの本まで買って裁縫に望んだ。
けど結果はさっきのを見てもらった通り。
箱の中に入れてみて、ちょっと遠目に眺めてみる。
冷静に見てみると、とても酷い有様でプレゼントなんかには到底似合わない。
これじゃダメだ、何か他にプレゼントを用意しようと考えた。
だけどぬいぐるみを縫う為の布や本を買ったせいで、使えるお金も殆ど残ってなかったらしい。
そして思いついた、苦肉の策の手書きで作った、
「願い事なんでも叶えてあげる券」
それをプレゼント用の箱の中に入れて後悔の念に駆られながら寝たのは良いものの、
起きた時にぬいぐるみを入れた方の箱を間違えて持ってきたそうな。
そこまで説明して、申し訳なさに俯いて小さく、
「ホント、バカだね僕って」って今度は泣きそうな声で笑う真ちゃんに耐え切れず、
私は真ちゃんを強く抱きしめた。
「え……? え、ちょ、ゆ、雪歩!?」
「真ちゃん、有難う。 すっごく嬉しい」
更に一層強く抱き寄せ、耳元でそう囁いた。
真ちゃんはそれを聞くと、力なく腕を放り投げるように落とした。
「嬉しいって……、そんな事無いよ……。 だって僕……」
きっとこの後には、「雪歩の為に何もしてあげられなかった」って言うんだろう。
その言葉を言わせない為に一際強く腕に力を込めた。
「そんな事無い、なんて無い。 本当に嬉しいよ」
「…………本当……?」
私の肩に額を押し当てるようにうなだれる真ちゃんの体を受け止めつつ、
背中を優しく撫でながらポツポツとひとり言のように呟いた。
「うん、頑張って私の為にお金沢山使ってまでプレゼント作ろうとしてくれたこと、とっても嬉しい」
「…………でも、結局作れなかったし……」
「そうじゃないよ」
「え…………?」
「真ちゃんが、私の為に、そこまで行動してくれたっていう事が嬉しいの」
「そ、そんなの当たり前じゃないか! 雪歩の為なら……!!」
そう言ってくれると思ってた。
だから、私の信じてた通りの言葉を言ってくれるから、嬉しい。
「うん、それが嬉しいんだよ」
「…………僕には、良くわかんないや……」
「解んなくても良い、でもこれだけでも聞いて欲しいな」
背中へと回していた腕を名残惜しいと思いつつも離し、真ちゃんへと向き直る。
それに応じて真ちゃんも真っ直ぐ私の瞳を見つめてくれる。
「…………、何?」
「有難う、真ちゃん。 とっても嬉しい」
「……!! …………へへ、うん!!」
目じりに涙を残したまま、とびっきりの笑顔で頷く真ちゃん。
寒さもあってか、鼻の頭もほんのり赤味を増している。
指摘すると、「えへへ」と笑いながら鼻を擦る仕草に心がときめく。
あぁ、やっぱり私は……。
と、あることを思い出した。
「……そういえば、真ちゃん」
「ん?」
「結局、その「願い事なんでも叶えてあげる券」って言うのは、無効になっちゃうのかな」
「いや、今日は僕がバカやっちゃったから持ってこなかっただけで、今何か望むものがあるなら全然良いよ!!」
頭を掻きながら、未だ申し訳無さに囚われる真ちゃんに、
心の中で本当に大丈夫なのに、ってそう聞こえない悪態をついてみる。
「本当? だったら叶えてもらっても、いいかな?」
「うん大丈夫大丈夫!! ……で、どんな願い事?」
そう言うと鼻を鳴らして身構える。
相当、先程までの失態の挽回をしたいのだと感じる。
多分真ちゃんのお気に召さないリクエストだと思うけど。
「さっきのぬいぐるみなんだけど」
「うん!」
少し前までの暗い気持ちを吹き飛ばすかのように明るく
「あれをプレゼントとして」
「え」
その明るい笑顔が崩れ、驚きが見え始めて
「貰っても、いい、かな」
「えぇっ」
大きな瞳をまん丸にして手が忙しなくあちらこちらへと動き回る
「ダメ、かな……?」
本当に予想外だったんだろう、目が所在無さげに右往左往しているし、
私がジッと瞳を見据えても、真ちゃんは私に目が合わせられないで居る。
額からは嫌な汗も流れているように見える。
「え、いや、ダメじゃ、無いけど……」
「……けど?」
「だって、アレは……」
「失敗作だから」と言いたそうに動く口を見て、
黙らせるように勇気を振り絞ってこう言い放った。
「私、あれ"が"良いの。 あれ"で"良いんじゃない、あれ"が"欲しい」
「で」なんかじゃない、「が」良いの。
それを知ってもらいたくて、解ってもらいたくて強く強く応えた。
「…………」
「真ちゃん、私の"お願い"聞いてくれる?」
「……………………」
「真ちゃん…………」
実際の時間はたった数秒の出来事かもしれない。
けど私には、この沈黙がとても長く、何十分もあるように感じた。
飲み込む唾もまるで鋼鉄みたいで、やっと飲み込んでも胃にズンとのしかかってくる。
そこまでのプレッシャーを感じることは無いんだろうけど、
それでもこの都会の喧騒に包まれた静けさは慣れないものがあった。
そんな事を思っていると、煩い静けさを切り裂くように、
真ちゃんは咲くように笑ってこう言ってくれた。
「…………あの券は絶対だからね、仕方ない、か」
「真ちゃん!」
「ただし! 貰うからには大切にしてよね!! 頑張って作ったんだから」
はしゃぐように喜ぶと、釘を刺すかのように鼻に指を押し当てられる。
私が困ったように見つめると、寄せていた眉を戻し朗らかに笑った。
そのあどけない笑顔に魅せられて、まるで子どものように私は。
「……うん!! 有難う真ちゃん、最高の、最高のプレゼントだよ!!!」
確かに大きく、今までの人生で一番強く刻むようにそう言った。
その嬉しさが覆らぬよう、覆させぬよう、噛み締めるようにそう言った。
ありがとう、一日早い不器用なサンタさん。
・ ・ ・ ・ ・
屋上の扉をくぐり、階段を降りていく途中、ポツリと呟いた。
本当に本当に小さく、けどちゃんと貴方に聞こえるように。
「私……死んじゃうかも」
きっと貴方は、今にも眉根を上に寄せたまま振り向いて、
今の言葉の意味を聞いてくるだろう。 瞳に涙を溜めながら。
そしたら、とても意地悪な答えをしてあげようと思う。
貴方が思わず素っ頓狂な声を出してしまうくらいの、意地悪を。
今年最後の意地悪を。
「幸せすぎて………………♪」
そう、言ってみようと思う。
おしまい
冷たい外気と共に、視界が開けて狭まった。
窮屈な屋内から、ビルが所狭しと建ち並ぶまた狭い景色が視界に映る。
都会特有の寂しい空気が、冬の寒さをさらに助長させる。
一度、ビルの隙間風が音を立てながら右から左へと駆け抜ける。
捲り上げられるスカートを片手で押さえ、もう片方の手で目を覆う。
……スカートの形が元に戻る頃、風は既に止み、静寂とは程遠い都会の喧騒が聞こえてくる。
「……………………」
屋上を囲う手すりへと手を置く。
体温を一切保有していない冷たさが指先から伝わる。 そして直に私の体温と一体化する。
ふと耳を澄ましてみると、二つ下の部屋から賑やかな声たちが聞こえてくる。
一つ一つの声はとっても楽しそうに笑っている。
「……あー!!! お姫ちん全部食べたらケーキ無くなっちゃうっしょー!!!」
「…………ふふっ、今の亜美ちゃんかな」
きっと、今貴音さんがケーキを独り占めしているんだろう。
今にも亜美ちゃんたちが貴音さんを追いかけるのが簡単に想像できる。
私の誕生日ケーキを取り合ってる情景が。
そう、今日は私の誕生日、12月24日。
普通の人たちにとってはクリスマスイブという記念すべき日なのかもしれない。
だけど、765プロの皆は12月24日という日を私の誕生日と記憶してくれている。
今日と言う日が近付けば近付く程、私以上に皆がじれったい気持ちに体を浮かせていた。
最初はサプライズにするつもりだったらしいけど、
プロデューサーが私に「プレゼント何が欲しい?」って聞いた所で計画は失敗。
みんなに非難されるプロデューサーがちょっぴり可哀想だった。
「…………えへへ」
でも、それがなんだか嬉しくって、一人笑みをこぼした。
私よりも私を覚えていてくれている事を実感出来る幸せと贅沢を味わう。
ガチャッ
同じくらいに、さっき聞いたドアノブをひねる音が後ろから聞こえてくる。
「あっ、居た居た! こんな所に居たんだ」
いつも心を焦がしながら聞いてる、優しい声。
その声の主は、片時も忘れたことの無い大切な人。
「真ちゃん…………」
「もう、ダメじゃないか。 今日の主役は雪歩なんだから、雪歩が居なくちゃ」
「あ、ごめん……。 でも、私好きなんだ」
「? 好きって……?」
「ここで、皆が楽しんでるのを聞くのが」
先ほどとは違う、優しげな風が体を通り抜けていく。
良く聞いてみると、亜美ちゃんが貴音さんのケーキを奪うことに成功したみたい。
貴音さんも怒っちゃってみんな大騒ぎ。 聞いていて本当に飽きない。
「成る程、ね。 確かに丸聞こえだ」
わざとらしく耳に手を広げるように当て集音機の代わり。
私の言葉を理解すると、こっちに向けてにっこりと微笑んだ。
「けど、やっぱり雪歩が居ないと寂しいよ」
あぁ、なんでこうも貴方は私の心を揺り動かすの。
悪戯好きの小悪魔が、私の心臓をドンドンと痛いほどに叩く。
そんな気も知らないで、貴方はゆっくりと私の隣へと歩み寄ってくる。
同じように、冷たさしか知らない手すりに右手を添えて。
「…………でも、丁度良かったかも」
「え……?」
なにかを思案するように、手を口に当てて小さく呟く。
上手く聞き取れなかったけど、多分真ちゃんのことだから悪い事では無いと思う。
「…………よし! ……あ~、えっと……。 雪歩?」
頬を叩いて気合を入れたかと思えば、途端にもじもじとしだす。
ころころと表情を変える姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。
「あっ! 笑ったね雪歩!! 僕だって緊張してるんだから~!」
「ご、ごめん真ちゃん。 でも、どうかしたの?」
慌てて謝罪をすると共に、その笑った原因を質問すると、
またすぐに膨らませた頬を萎ませて右手で頭を掻きだす。
そういえば、さっきから左手が動くところを見ていないような。
「ん~~~……、あの、さ。 一応後で皆で渡そうと思ってたんだけど……」
「…………?」
「はい、これ。 雪歩、誕生日おめでとう!!」
目の前に差し出されたのは、ピンク色の外装をした可愛らしい箱。
リボンも鈴の飾りも付けてないあたり、真ちゃんにしては珍しいような。
「開けてみて、きっと驚くから」
言われるがままにリボンをほどく。
蓋を開けると、色とりどりの紐の梱包材が敷き詰められた上には、
お世辞にも出来上がってるとは言えない、おそらく熊であろうぬいぐるみが横たわっていた。
「…………どう? 驚いたでしょ?」
「……うん、驚いた。 凄く可愛いね……?」
「可愛い…………? …………ッッッ!!!」
頭の上に?マークを浮かべて、首を傾げると、
途端に顔を青くして私が持っていたプレゼントを奪い去る。
箱の中身を確認すると、わなわなと声を震わせる、
「間違えた………………」
と。
「あ、あの…………真、ちゃん……?」
未だ震えの止まらない真ちゃんを見て、恐る恐る話しかけてみると、
今度はバッと姿勢を正し私へと向き直る。
「ごめん雪歩!! これは違うんだ!!」
両手を合わせて目を力いっぱい瞑って申し訳無さそうにごめんのポーズ。
必死に弁明しているのは解るけど、違うと言われても、こっちには何が違うのかが解らない。
「えっと…………?」
「本当は違うんだ!! その、これじゃなくて!!! 本当のプレゼントは……!」
しどろもどろに話す真ちゃんは、私の目を上手く見れないほど動揺していた。
「真ちゃん、大丈夫。 落ち着いて」
私は真ちゃんの手を握って、ゆっくりと、しっかりとした口調で諭す。
そうすると次第に落ち着きを取り戻し、呼吸のリズムも整ってきている。
「…………あぁ……、ふぅ……、ごめん雪歩、それとありがとう」
「うぅん、気にしなくても大丈夫。 それで、どうかしたの?」
「あー、えっと……。 実は、このプレゼント、プレゼントじゃないだ」
まるで哲学のような事を言われてしまった。
渡されたのにプレゼントではない、というのはどういう事なのだろうか。
「じゃあ、どういうこと?」
「えっと、本当はこのぬいぐるみじゃなくって、とある券をプレゼントにしようと思ってたんだ」
「……"券"?」
「うん、「願い事なんでも叶えてあげる券」っていう、ね」
「子どもっぽいでしょ」と、無理して笑う真ちゃんの顔は悲痛そうで、
何故だかこっちも心が締め付けられるように痛くなった。
そして、プレゼントの経緯を事細かに話してくれた。
最初は私の為に、クマのぬいぐるみを頑張って作ってくれていたらしい。
押入れの奥で眠っていた裁縫セットを取り出し、専門のお店で必要な布を買い足したり、プレゼント用の箱もいくつか買った。
「初心者が作る初めてのぬいぐるみ」なんていう、お誂え向きの本まで買って裁縫に望んだ。
けど結果はさっきのを見てもらった通り。
箱の中に入れてみて、ちょっと遠目に眺めてみる。
冷静に見てみると、とても酷い有様でプレゼントなんかには到底似合わない。
これじゃダメだ、何か他にプレゼントを用意しようと考えた。
だけどぬいぐるみを縫う為の布や本を買ったせいで、使えるお金も殆ど残ってなかったらしい。
そして思いついた、苦肉の策の手書きで作った、
「願い事なんでも叶えてあげる券」
それをプレゼント用の箱の中に入れて後悔の念に駆られながら寝たのは良いものの、
起きた時にぬいぐるみを入れた方の箱を間違えて持ってきたそうな。
そこまで説明して、申し訳なさに俯いて小さく、
「ホント、バカだね僕って」って今度は泣きそうな声で笑う真ちゃんに耐え切れず、
私は真ちゃんを強く抱きしめた。
「え……? え、ちょ、ゆ、雪歩!?」
「真ちゃん、有難う。 すっごく嬉しい」
更に一層強く抱き寄せ、耳元でそう囁いた。
真ちゃんはそれを聞くと、力なく腕を放り投げるように落とした。
「嬉しいって……、そんな事無いよ……。 だって僕……」
きっとこの後には、「雪歩の為に何もしてあげられなかった」って言うんだろう。
その言葉を言わせない為に一際強く腕に力を込めた。
「そんな事無い、なんて無い。 本当に嬉しいよ」
「…………本当……?」
私の肩に額を押し当てるようにうなだれる真ちゃんの体を受け止めつつ、
背中を優しく撫でながらポツポツとひとり言のように呟いた。
「うん、頑張って私の為にお金沢山使ってまでプレゼント作ろうとしてくれたこと、とっても嬉しい」
「…………でも、結局作れなかったし……」
「そうじゃないよ」
「え…………?」
「真ちゃんが、私の為に、そこまで行動してくれたっていう事が嬉しいの」
「そ、そんなの当たり前じゃないか! 雪歩の為なら……!!」
そう言ってくれると思ってた。
だから、私の信じてた通りの言葉を言ってくれるから、嬉しい。
「うん、それが嬉しいんだよ」
「…………僕には、良くわかんないや……」
「解んなくても良い、でもこれだけでも聞いて欲しいな」
背中へと回していた腕を名残惜しいと思いつつも離し、真ちゃんへと向き直る。
それに応じて真ちゃんも真っ直ぐ私の瞳を見つめてくれる。
「…………、何?」
「有難う、真ちゃん。 とっても嬉しい」
「……!! …………へへ、うん!!」
目じりに涙を残したまま、とびっきりの笑顔で頷く真ちゃん。
寒さもあってか、鼻の頭もほんのり赤味を増している。
指摘すると、「えへへ」と笑いながら鼻を擦る仕草に心がときめく。
あぁ、やっぱり私は……。
と、あることを思い出した。
「……そういえば、真ちゃん」
「ん?」
「結局、その「願い事なんでも叶えてあげる券」って言うのは、無効になっちゃうのかな」
「いや、今日は僕がバカやっちゃったから持ってこなかっただけで、今何か望むものがあるなら全然良いよ!!」
頭を掻きながら、未だ申し訳無さに囚われる真ちゃんに、
心の中で本当に大丈夫なのに、ってそう聞こえない悪態をついてみる。
「本当? だったら叶えてもらっても、いいかな?」
「うん大丈夫大丈夫!! ……で、どんな願い事?」
そう言うと鼻を鳴らして身構える。
相当、先程までの失態の挽回をしたいのだと感じる。
多分真ちゃんのお気に召さないリクエストだと思うけど。
「さっきのぬいぐるみなんだけど」
「うん!」
少し前までの暗い気持ちを吹き飛ばすかのように明るく
「あれをプレゼントとして」
「え」
その明るい笑顔が崩れ、驚きが見え始めて
「貰っても、いい、かな」
「えぇっ」
大きな瞳をまん丸にして手が忙しなくあちらこちらへと動き回る
「ダメ、かな……?」
本当に予想外だったんだろう、目が所在無さげに右往左往しているし、
私がジッと瞳を見据えても、真ちゃんは私に目が合わせられないで居る。
額からは嫌な汗も流れているように見える。
「え、いや、ダメじゃ、無いけど……」
「……けど?」
「だって、アレは……」
「失敗作だから」と言いたそうに動く口を見て、
黙らせるように勇気を振り絞ってこう言い放った。
「私、あれ"が"良いの。 あれ"で"良いんじゃない、あれ"が"欲しい」
「で」なんかじゃない、「が」良いの。
それを知ってもらいたくて、解ってもらいたくて強く強く応えた。
「…………」
「真ちゃん、私の"お願い"聞いてくれる?」
「……………………」
「真ちゃん…………」
実際の時間はたった数秒の出来事かもしれない。
けど私には、この沈黙がとても長く、何十分もあるように感じた。
飲み込む唾もまるで鋼鉄みたいで、やっと飲み込んでも胃にズンとのしかかってくる。
そこまでのプレッシャーを感じることは無いんだろうけど、
それでもこの都会の喧騒に包まれた静けさは慣れないものがあった。
そんな事を思っていると、煩い静けさを切り裂くように、
真ちゃんは咲くように笑ってこう言ってくれた。
「…………あの券は絶対だからね、仕方ない、か」
「真ちゃん!」
「ただし! 貰うからには大切にしてよね!! 頑張って作ったんだから」
はしゃぐように喜ぶと、釘を刺すかのように鼻に指を押し当てられる。
私が困ったように見つめると、寄せていた眉を戻し朗らかに笑った。
そのあどけない笑顔に魅せられて、まるで子どものように私は。
「……うん!! 有難う真ちゃん、最高の、最高のプレゼントだよ!!!」
確かに大きく、今までの人生で一番強く刻むようにそう言った。
その嬉しさが覆らぬよう、覆させぬよう、噛み締めるようにそう言った。
ありがとう、一日早い不器用なサンタさん。
・ ・ ・ ・ ・
屋上の扉をくぐり、階段を降りていく途中、ポツリと呟いた。
本当に本当に小さく、けどちゃんと貴方に聞こえるように。
「私……死んじゃうかも」
きっと貴方は、今にも眉根を上に寄せたまま振り向いて、
今の言葉の意味を聞いてくるだろう。 瞳に涙を溜めながら。
そしたら、とても意地悪な答えをしてあげようと思う。
貴方が思わず素っ頓狂な声を出してしまうくらいの、意地悪を。
今年最後の意地悪を。
「幸せすぎて………………♪」
そう、言ってみようと思う。
おしまい
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