新たな年を迎え、私を含む765プロの皆が多忙だった頃。
 春香と美希が仕事の練習をしていた際、プロデューサーが差し入れを届けに行った時の事。

 ――プロデューサーが春香を庇い、事故にあったと言うのだ。

 私や他の皆がプロデューサーが搬送されたと言う病院に到着し、病院の廊下で椅子に腰を掛けている音無さんの所へ行くと、信じられない光景に私は目を疑った。
 ……何故なら、普段は明るく何にでも笑って返してくれていた筈の春香が、泣き崩れていたから。
 必死に皆で春香を励ましたものの、その後の状況はあまり良い方向へ転ばなかった。
 しかし、そこで知った事は私達の意志を改めさせるような内容で、それからと言うものの私達の絆は前よりも深く、より強い物へと変わって行った。
 そこまでは、順調だった。

 本当に、そこまでは。

 数週間でプロデューサーは退院し、再び皆で、更なる強い絆で結ばれた765プロで新たなスタートを切る筈だった。
 しかし、プロデューサーが事故に遭ってから一週間後。
 珍しく事務所で集まっていた私達が社長から言われた事は想像を絶する内容だったのだ。

 ――プロデューサーが、失明した。

 その知らせを聞いた時、私を含む765プロの皆が慌てふためき、耳を疑ったけれども。
 プロデューサーが入院している病院の病室へ駆け込んだ時、私達は言葉を失う。
 目の辺りを包帯で巻かれ、ベッドで静かに横になっているプロデューサーの姿があったのだから。
 私達が声を掛けると、何時も通りの元気な声で返事をしてくれた。でも、その次に彼から返ってきた言葉は……

 「皆……何処だ?」

 包帯を外せばプロデューサーは此方を向いて、私達の姿を見て何時ものような元気に満ちた言葉を掛けてくれる、そう思いたかった。誰もがそう願った。
 けれど、誰もがそう願おうとしただけで、目に映ったプロデューサーの姿を見てしまったが故に現実を受け入れるしか無くなってしまった。

 泣き崩れる人、嘘だとプロデューサーの傍に駆け寄る人、そしてそれを止める人――

 病室で起こった事、そしてそこで見た光景は目と脳裏にしっかりと焼き付いた。焼き付かせた。
 私がプロデューサーにしてもらった事、私がプロデューサーに与えてもらった物、それらを無駄にしない為に。

 それから数日。さすがに皆は仕事で忙しく休みを取る訳にもいかないので、再び皆で集まるような事は出来なくなってしまったけど、私だけはある意味で最高の状況を手に入れる。
 初の海外と言う事もあり、補助役として海外に渡る筈だったプロデューサーが事故に遭った事を受け、海外公演への出演が取り消しとなり私だけが休みを取れるようになったのだ。
 そんな連絡を小鳥さんから受けた私は真っ直ぐ向かうべき場所へ向かった。

 ――そう、プロデューサーが入院している病室へ。

 
 「プロデューサー、具合はどうですか?」
 病院の受付で面会の許可を取り病室へ来れたものの大した言葉が浮かばなかった為、無難な一言を病室の入り口からプロデューサーに向けて言い放つ。
 個室なので他の人に会話を聞かれる心配も無く、思った事を素直に話せるかと思っていたのだけれど、むしろその状況が私を緊張させて言葉の選択肢を奪い去って行ってしまった。
 「その声は千早か、良く来てくれたな! でも、仕事はどうしたんだ? 海外公演は?」
 直ぐに返答はせずにゆっくりと病室のドアを閉め、プロデューサーが寝ているベッドの傍に置かれた椅子へ座ってから一度深呼吸をする。
 唯一チャンスを与えられた私が落ち着いてプロデューサーと会話をし、元気を取り戻してもらいたいから失敗はしたくない。

 「海外公演は別の機会にまた呼んで戴ける事になりました。補助役であるプロデューサーが退院してからプロデューサーも一緒に頑張れる方法を模索してます」
 「そっか……ごめんな。でも、それならまだチャンスはありそうだな! 良かったよ」
 ……これは真っ赤な嘘。率直に「取り消しになった」と言えば確実にプロデューサーは落ち込み、春香を庇って怪我をしてしまった事に関して後悔すると思う。
 嘘の希望を与える事はとても残酷な事であるとわかっているけれど、私の中で選び出された選択肢はこれしか無かった。
 「ええ、次のチャンスに頑張りましょう。私がプロデューサーを支えますから、安心してください」
 言ってからはっとする。
 私がプロデューサーを支えると言って、彼は本当に安心してくれるのだろうか?
 ……そんな筈が無い。プロデューサーは何よりも私達の事を第一に考え行動し続けてきた人、私達に負担が掛かるような事をした時は何時も深々と謝り、反省していた。
 つまり、これは……失敗。心の中で湧き上がる早くも言葉を選び間違えてしまった自分自身に対する嫌悪感、そしてプロデューサーがどういう言葉を返してくるのか、どういう反応をするのかと言う不安感。
 予想出来るプロデューサーの反応が脳内を駆け巡り、私は一気に心が締め付けられるような苦しさを覚える。

 「そうだな、そこは甘えさせてもらうよ。でも、支えてもらうからにはプロデューサーとして出来る限りの事をするから安心してくれ!」
 しかし私が想像していた物とは全く違い、返ってきたのは明るく元気に満ちたプロデューサーらしい答えだった。
 私はほっと胸を撫で下ろし、こちらを向いていないプロデューサーの顔を見つめながら次の言葉を探す。
 「あのさ、千早」
 「はい?」
 私が新たに掛ける言葉を探している間も無く、プロデューサーが言葉を続けた。
 でも、変に気を遣って再び失敗してしまうよりは何倍も良い。大人しく耳を傾け、静かに続きを待つ。
 「こんな事を聞くのもどうかと思ったんだけど……俺はこのまま千早の、皆のプロデューサーを続けて良いと思うか?」
 元気に満ちた返答をしてくれた時とは雰囲気も変わり、不安そうにプロデューサーが問い掛けて来る。
 
 ――答えは決まっている。
 でも、これからはその答えの通りだけじゃ無くて更にもう一歩踏み出したい。
 プロデューサーは視界と言う『光』を失っても尚、私達のプロデューサーであろうとしている。
 私は勿論それを拒むつもりも無ければ、むしろ嬉しくて仕方がない。
 何故なら私も一度『光』を失いかけた時に、プロデューサーが、皆が救い出してくれたから。
 心の奥に深くしまい込んでいた家族との思い出、弟の優と過ごした日々の思い出……
 私を縛り付ける原因になっていたそれらが公になって声まで失い、全てを投げ捨てようとしていた時に射した一筋の光。
 それらを与えてくれたのは他でも無い、プロデューサーと皆だったのだから。

 ベッドの上に置かれたプロデューサーの左手に自分の両手を乗せて、息を呑み
 「当たり前です、貴方以外に誰が居るんですか? 765プロはプロデューサーも揃って初めて完璧になるんですよ」
 ようやく掛けられた、理想の一言。
 私は今まで光を、希望を与えられる側に過ぎなかった。
 だけど、今は違う。こんな状況になったからこそ今度は私がプロデューサーに光を、希望を与える番……!
 「……そうだな! 全く、俺は何を言っているんだろうな……よし、765プロの為に早く腕と脚の怪我を治さないとだ!」
 そう言ったプロデューサーは、何度か手を宙で振りながらも私の手をガッチリと握りしめてくれた。
 暖かく、自分の手よりも一回り大きいプロデューサーの手。
 私に、皆に光と希望を与えてきた手は誰の手よりも輝いて見えた。
 
 ――今なら聞けるかもしれない。問い掛けようとして、一度はダメだと心にしまった質問。
 意を決して、プロデューサーの温もりを信じて私は口を開いた。
 「プロデューサーは何故、光を失ってもそんなに元気で居られるのですか? もし、この状況に陥っているのが私なら……きっと悔み続けて心が折れてしまっていると思います」
 これは私が第一に気になった事だった。
 私なら、或いは他の誰かなら深く落ち込み自分を責めているだろうけど、プロデューサーは何時も通りの元気な声を返してくれるのだから、その強さの源を知りたかった。
 それを知る事が、プロデューサーを支える為の近道になりそうな気がしていたから。

 「俺だって最初は落ち込んだよ。春香を守る事は出来たけど、それで失明するなんて申し訳が立たない、もう皆の姿を見る事やプロデューサーを続ける事が出来ないかもしれないって一人で悔やんだ」
 今、此処で私が見ているプロデューサーの知らない姿。
 一人で、このベッドで悔しがっているプロデューサーの姿が今のプロデューサーの姿と重なり、不安感が強まって来る。
 そしてその不安を和らげたいが為に本能がそうしているのか、手に先程よりも強い力を込めて続きを待つ。
 「でも、そんな中で気付いたんだよ。診断結果を知らされた時に社長と小鳥さんが掛けてくれた言葉、そして皆への想いが、これからどうするべきか導いてくれた。皆のお陰さ」
 返って来たのはやっぱりプロデューサーらしい答えで、不安感も和らぐ。
 ――結局、プロデューサーは何時も何かにつけて「皆のお陰だ!」と一人で切り抜けてきた茨の道でさえ、皆が力を合わせて切り抜けたかのように言う。
 しかしそれでこそプロデューサーで、そのプロデューサーらしい答えを求めていたのが私だったのかもしれない。

 「悲しみに閉ざされて悔やむだけじゃダメだ、同じ夢を目指している皆と力を合わせれば道を切り開ける筈だ、って思ったんだ。嬉しい事にそれは正解だったみたいで、千早の海外公演のチャンスが残されていたからな!」
 きっと、プロデューサーは私にある種の元気をくれようとしてこの言葉を掛けてくれたのだと思う。
 ……でも、湧き上がってきたのは罪悪感と後悔。そのチャンスと言うのは架空の、私自身がついた全くの嘘なのだから。
 「トップアイドルを目指すと言う皆の夢はきっと未来を切り開く、だから――」
 「――あの!」
 心の中で積もり積もった様々な感情が溢れ出し、私は自然と声を張り上げていた。
 「……ど、どうした?」
 「あ、いえ……その……」
 無意識に声を張り上げてしまった為、何とか誤魔化そうと考えていたけれども逃げ道を断たれてしまった。
 ……しかし、此処でぶつからなくてどうするのか。何時ぶつかるのか? 私はプロデューサーにバレるまで嘘をつき続けるつもりなのか?
 違う、そんな事はするべきじゃない。したくない。もう、私は逃げるのではなく現実と向かい合う為の力を、夢を皆にもらったから大丈夫……!

 「――プロデューサー、落ち着いて聞いて戴けますか」
 「勿論だ。何でも言ってごらん」
 そんな軽い返答をされても本当に言って良いのか困る内容ではあるけれど、私は構わず続けた。
 「……実は、海外公演のチャンスが残されていると言ったのは嘘なんです。私はてっきりプロデューサーが落ち込んでいるかと思って、元気付けようと咄嗟に嘘をついてしまったんです」
 自分でも知っている私自身の不器用さが招いた一番の失敗。
 言葉を選び間違えた事なんか比じゃない、これこそ最も残酷な私の犯した『罪』。
 「でも貴方は元気で、皆の事を考えながら立ち直っていた。今の話をお聞きして黙っていられなくなったんです、私が言い放った嘘を、私が犯した『罪』の重さに耐えられなくなって」
 「千早、お前こそ落ち着いて考えてみな。俺は千早がついた嘘を罪だなんて思っていないし、それは千早が俺の為に考え出した一種の薬みたいな物だ」
 薬……何に対して私の嘘が薬になったのだろう?
 でも、プロデューサーは確実に私を赦そうとしている。それは……耐えられない。

 「私は自分が犯した罪に対する裁きを自ら望んで受けたいんです。私はプロデューサーに嘘の希望を与え、そしてそれを砕くと言う残酷な事をしてしまった。何でも良い……何でも良いですから」
 「――薬は、良く効いたよ。俺が溜め込んでいた考え、悩みを全て打ち消してくれた」
 結局は私の勝手な我がままに過ぎない。私が早口になりながらも言葉を言い終えた後にそれを知ってなのか、プロデューサーは私の言葉に構わず続けた。
 言葉を無くした私は黙って視線を落とし、握り合っている自分とプロデューサーの手を見つめる。
 「毒は薬にもなる、と言った所だよ。けれど、千早がそういうなら……そうだな、一つだけお願いをしようかな。でも罪だなんて絶対に思わない事が条件だ」
 「……はい、わかりました」
 自分の中では罪を赦したつもりはないけれど、それを受ける。
 その願い事を叶える事が出来たのなら、きっと私は私が犯した罪を自分自身で赦す事が出来ると思うから。

 「まだ俺達は遠くにある夢のカケラを一つ掴んだに過ぎない。だから、千早が言った海外公演のチャンスを……嘘じゃなく、二人で本当に実現させよう。そうすればきっと、また一つ新しいカケラを掴める筈だ」
 嘘を現実に……そしてそれを夢に繋げる……?
 確かに、それを成し遂げる事が出来たのならば私は自分自身の罪を赦す事が出来ると思う。
 しかし、私にとって出来る事は歌う事しか無い。それだけで、本当に道を切り開けるのだろうか……?
 「まぁ、何にしても今はこうして話して互いの胸の内を打ち明けられた事を喜ぼう、答えはその後で良い。ゆっくりと焦らずに一歩ずつ、確実に普段通りに歩んで行こう!」
 この言葉が私の胸の内に強く、深く響き渡る。
 ――ゆっくりと焦らずに一歩ずつ、普段通りに歩んで行く。その言葉が私の心に覆いかぶさっていたモヤモヤを取り払ってくれた。
 私は私のままで良い。有りのままの私が居てこその765プロであり、それを変えてしまえば私がプロデューサーに掛けた言葉に嘘をついた事になる。
 なら、やってみせる。私の歌で、有りのままの自分で。

 現状は変わり、プロデューサーは『光』を失った。でも、今こそプロデューサーの傍に付き私がプロデューサーの『光』となる時……!
 「何だか、迷い道を抜け出したような感じですね。此処に至るまで随分と時間が掛かったような気分ですが、決意が出来ました」
 迷う必要は無い。プロデューサーが迷わず夢を追い続けると言うのなら、私も同じように夢を追い続けるまで。
 「成し遂げます、例え時間が掛かろうとも。視界と言う光を失ったプロデューサーへ、私が夢と言う希望の光を与えられるように」
 「……そうか、よし! なら決意表明として一丁やってみるか、やってみたかったんだよ。皆がやってる円陣みたいなやつをさ」
 ここまで来て円陣……私とプロデューサーの二人しか居ないのに円陣と言えるのだろうか、と言う冷静な突っ込みは胸の内にしまい込んで。
 プロデューサーがずっと私の手を握り続けていてくれたその大きな手を開き、ベッドの上に置いたのを確認してその上に自身の手を重ねる。
 「……ふふっ。二人ですけどやりましょう、新たなスタートを切る為に」
 深呼吸をして、呼吸を整えて。


 ――せーの!

 「「765プロ、ファイトー!」」


 夢を信じ続ける想いを辿り、迷い道を抜けた私達は新たなスタートを切った――