1 : ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:23:58.92 ID:jQgE5YvGO
 
東京には空がない

と言ったその女性は、故郷の山と空を思い浮かべていたそうだ

同じ言葉を呟いた雪歩は、東京で生まれ育った

そしていま、東京の病院でベッドに横たわり、ボクから目を逸らしたまましゃがれた声で何度も繰り返している

「真ちゃん、ごめんね」


 

 
2 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:25:11.28 ID:jQgE5YvGO
 
「なんで謝るんだよ…」

「だって…」

いつも謝ってばかりいた雪歩
儚くて、脆くて、だけどびっくりするほど強くて…

「もう帰らなきゃ。また明日来るからさ」

「うん…ごめんね」

 
4 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:26:12.88 ID:jQgE5YvGO
 
すでに固形物を食べれなくなってしまった雪歩の身体は、触れればに壊れてしまいそうなくらい細くなっていた 

「それじゃ、バイバイ」

「バイバイ、真ちゃん」

雪歩の病室を出たボクは、いつものように泣いた
たぶん、殺風景な部屋に残された雪歩も、同じように泣いているんだろうな…

 
5 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:27:27.51 ID:jQgE5YvGO
 
始まりは、まだ暑さが和らぎ始めた頃だった

掠れた声で事務所に現れた雪歩

「あら、雪歩ちゃん風邪引いちゃったの?」

「いえ、熱は無いんですけど…少し喉が痛くて」

雪歩と小鳥さんの会話には、ボクらの日常を壊してしまいそうな違和感は何も無かった


7 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:28:38.26 ID:jQgE5YvGO
 
「季節の変わり目だからな。体調を崩したら早めに病院に行きなさい」

「はい、プロデューサー…」

「みんなもだぞ。体調管理も仕事のウチだからな」

プロデューサーの言葉に元気よく返事するボクらを余所に、雪歩は青白い顔で俯いていた

ひょっとしたらこのとき既に、ただの風邪ではないことに気付いていたのかもしれない

 
8 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:30:25.72 ID:jQgE5YvGO
 
その日の夜、雪歩からメールがきた

喉が痛いから明日病院にいく、だから仕事は休む

って内容の本文内に、12個の絵文字が使われていた
しばらく迷ったボクは、結局絵文字無しのメールを返した

そして翌日から、雪歩は事務所に来なく…
いや、来れなくなった

 
9 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:31:22.17 ID:jQgE5YvGO
 
3日ほど経った土曜日、雪歩を除いたボクら全員は事務所に集められた

プロデューサーではなく社長がボクらの前に立ち、冷静さを装った口調で話し始める

雪歩が入院したこと
おそらく、治療には長い時間がかかること

最後に、社長は雪歩の病名を告げた

喉頭癌、というその言葉に、ボクはどこか現実離れした響きを感じた

 
10 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:32:33.94 ID:jQgE5YvGO
 
社長の話が終わり、その日は解散となった
だけど、誰も帰ろうとはしなかった

ボクは、物知りそうな律子に喉頭癌について聞いてみた

「うーん。タバコやアルコールが大きな病因ではあるみたいだけど、それが全てではないようだし」

「男がなるものじゃないの?」

「割合的には男性の方が圧倒的に多いけど、特有のものではないみたいね」

「治るん…だよね?」

「それは、私が知りたいわよ…放射線治療が効果的みたいだけどね」



11 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:33:41.97 ID:jQgE5YvGO
 
「もし…もしもだよ?放射線で治らなければ?」

「…摘出でしょうね。喉頭の殆どを」

「喋れなくなるってこと!?」

ボクの大声に、みんなの視線が集まる

「…真。亜美や真美もいるのよ?そんなことは思ってても言わないで」

「…ごめん」

少しずつ人気の無くなっていく事務所で、ボクはソファーに腰掛けたまま動けなかった


13 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:35:16.79 ID:jQgE5YvGO
 
それから更に3日後、ボクらに対してお見舞いのお許しが出た

一度に全員で訪れては迷惑がかかるだろうから、いくつかの班に別れて見舞うことになった

ボクらの班は、ボクと律子と美希
なんでこの組み合わせなんだろ?

って思ってたら

「アンタと美希が騒がないようにするために決まってるでしょ」

って伊織に言われた

ヒドいなぁ
さすがに病室では騒がないよ

まぁ、たぶん…
 
 
14 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:36:07.37 ID:jQgE5YvGO
 
律子が病室のドアをノックすると、中から掠れた声が返ってきた

「…どうぞ」

この前事務所で聞いたときよりも、掠れ具合いはずっとヒドくなってた…

ドアの前で顔を見合わせたボクら

美希の表情は

「入りたくない」

って言ってるように思えた

 
15 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:36:54.34 ID:jQgE5YvGO
 
「入るわよ、雪歩」

意を決したようにドアを開けた律子の後ろから、ボクは嫌がる美希を引っ張るようにして入室した

「…あの…ごめんなさい」

「もう、いきなり謝らないでよね」

「あうぅ…ごめんなさい」

声以外はいままでの雪歩と変わらないようだった

それを感じた美希の表情が、少しだけ明るくなる
ボクもきっと同じだったはず

 
16 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:37:54.87 ID:jQgE5YvGO
 
病室に置いてあったパイプ椅子に座り、雪歩の話を聞いた

固いものが食べ辛い
痰に血が混じる

だけど一番キツいのは…

「先生が男の人なんですぅ…」

「それは仕方ないじゃない」

笑いをこらえながら諭す律子の横で、ボクと美希は大爆笑

いや、騒いではいないよ、全然

 
17 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:39:12.60 ID:jQgE5YvGO
 
「じゃあこんど、おっきな犬のヌイグルミを持ってくるの」

「ヌ、ヌイグルミなら怖くないよ!」

「ホントか?」

「…うぅ…小さいのにしてください…」

心配してたのがバカみたいな和やかな空気

なんだ、全然大丈夫そうじゃん

 
19 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:40:13.74 ID:jQgE5YvGO
 
お見舞いを済ませたあと、2人と別れて家路についた

美希の表情は

「2人にしないで…」

って言ってるように思えたけど、ボクの気のせいだよね?

電車の中で雪歩にメールを送った
文末に一つだけ絵文字を付けてみたけど、ハートは変だったかな?

普段使わないからわかんないや

 
20 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:41:53.42 ID:jQgE5YvGO
 
何日かして、ボクらはまた事務所に集められた

前回と同じように社長が話し始める

「雪歩君の容態なんだが…」

その口調の重さにに、みんなの表情が曇る

「放射線治療の効果は…殆ど見られなかったそうだ」

…え?

社長、何言ってるんですか?

 
21 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:42:48.72 ID:jQgE5YvGO
 
「まだ治療を始めて数日だから、この先も効果が表れないとは言えない。しかし雪歩君の生命を最優先するなら、別の選択肢を考慮せざるをえない、と」

別の選択肢って…

「喉頭の摘出、ってことですか?」

ボクらを代弁するかのように、律子が聞いた

「…そうだ」 


22 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:44:15.03 ID:jQgE5YvGO
 
「それはいつ決まったんですか?」

「君たちがお見舞いに行った日だ。いや、まだ決まったというわけではなく、あくまで今後の治療方針の話だよ」

ボクらがお見舞いに行った日…

ひょっとしたら…

知ってたのか、雪歩?

 
23 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:45:10.73 ID:jQgE5YvGO
 
「もう一つ諸君らに伝えねばならん。これは雪歩君からの伝言だ。…もうお見舞いには来ないで欲しい、と」

…やっぱり

知ってたんだ

あのときの対面は、ボクらへのお別れがわりだったんだ
 

24 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:46:06.46 ID:jQgE5YvGO
 
社長の話が終わると、ボクは事務所を飛び出した

向かう先なんて一つしかない

廊下で何人かの看護士さんに

「走らないで下さい!」

って言われたけど、そんなの無理に決まってる

病室のドアの前に立ち、少しの間呼吸を整えた

 
25 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:46:53.07 ID:jQgE5YvGO
 
「雪歩、入るよ?」

返事はない

「雪歩?」

「…真ちゃん…やっぱり来ちゃったんだ」

「入るよ?」

「…うん」

 
27 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:48:37.43 ID:jQgE5YvGO
 
ドアを開けようとしたボクは、なぜか躊躇してしまった

だってそのドアが、"ボクらの世界"と"雪歩の場所"を冷たく隔ててしまっているように思えたから…

「…真ちゃん?」

雪歩の声で我に返る

そしてゆっくりと、ドアを開けた

 
28 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:49:23.62 ID:jQgE5YvGO
 
「やぁ、雪歩」

「いらっしゃい、真ちゃん」

お互いに無理に笑顔を作る

そしてそれっきり、ボクらの会話は途切れてしまった

何か話そうとすればするほど、何も言えなくなっていく

ボクも雪歩も

 
30 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:50:36.19 ID:jQgE5YvGO
 
ボクはずっと俯いていた

だけど雪歩は、ボクを見つめ続けていた

そうやって、ボクらの間をいくつかの時間が通り過ぎた

そして外が暗くなり始めた頃、雪歩が囁くような声で喋り始めた

 
31 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:51:22.27 ID:jQgE5YvGO
 
「真ちゃん、あのね…」

「…何?」

「抗ガン剤を使うことになったの」

「うん…」

「副作用で髪の毛とか抜けちゃうみたいだから、みんなに会うのは恥ずかしいなって」

「うん…」

「…会いたくないワケないよ!」

病室内に沈黙が舞い戻ってきた
さっきまでと違うのは…

2つの泣き声が交錯していることだった

 
32 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:52:48.85 ID:jQgE5YvGO
 
それから何度も、雪歩の病室を訪れた

少しずつ変わっていく雪歩の身体を、ボクは見つめ続けた

雪歩が丸坊主にした日も、ボクは側にいた

「えへへ、断髪式だよ」

って言いながら笑った雪歩

でも、バリカンが髪の毛を刈り取る間、両手は固く握りしめられていた

そして手の甲の上には、水滴がいくつもいくつも落ちていった

 
33 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:53:31.57 ID:jQgE5YvGO
 
癌の進行は抑えられいるみたいだった

言い換えればただの現状維持

ある日、雪歩が言った

「ゆっくり終わっていってる感覚…」

雪歩の言う"終わり"が何を意味しているのか、ボクには聞けなかった

 
34 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:54:11.77 ID:jQgE5YvGO
 
12月も半月ほど過ぎた頃

いつものように病室を訪れたボクは、いつもとは違う空気を感じてたじろいだ


「雪歩?どうしたんだ?」

「真ちゃん、えっとね…」

…そして、"終わり"は訪れた
あっけないほど唐突に

 
35 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:54:53.86 ID:jQgE5YvGO
 
「真ちゃん、あのね」

「何?」

「えっとね…えへへ…」

言いよどんでいる雪歩を見て、嫌な胸騒ぎがした

「何だよ、ハッキリ言いなよ」

「あ、ごめん…えっとね…私の携帯番号、消して欲しいんだぁ…」


36 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:55:40.24 ID:jQgE5YvGO
 
「…何でだよ?」

「…私、手術受けることになったから…ノドの摘出手術」

「喋れなくなるって決まったワケじゃないだろ!」

「えっとねぇ…私の腫瘍のでき方、ちょっと特殊なんだって。それでね…」

最後の方は聞き取れなかった
自分で耳を塞いでしまったから…

 
37 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:56:40.14 ID:jQgE5YvGO
 
耳を塞いで俯いたボクの髪の毛を、雪歩が優しく撫でた

そしてベッドに横たわり、窓の外に広がる曇り空を眺め始めた

「真ちゃん、東京にはホントに…空が無いよ」

雪歩の背中越しに届いたその声が何を伝えたかったのか、まだ子供のボクには分からなかった

 
38 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:57:29.17 ID:jQgE5YvGO
 
「ねぇ真ちゃん?夢の途中で消えてしまうのと、夢が叶わないまま生き続けるのは、どっちが辛いのかな?」

泣いているのはボクだけだった

雪歩の声はどこか無機質で、違う世界から語りかけられているようだった

「真ちゃん、ごめんね…」

雪歩は、何度何度もそう呟いた

 
39 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:58:13.00 ID:jQgE5YvGO
 
「なんで謝るんだよ…」

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

結局何も言ってやれないボクは、一番卑怯な選択をした

「…もう帰らなきゃ。また明日来るからさ」

「うん…ごめんね」

「それじゃ、バイバイ」

「バイバイ、真ちゃん」

それからボクは、雪歩の病室に行かなくなった

 
40 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 03:59:19.29 ID:jQgE5YvGO
 
雪歩とボクは親友だった
雪歩のために何でもしてやれると思ってた

だけどボクは、耐えられなくなってしまった

病室に漂う陰鬱な空気に
そこに"ボクらの世界"の空気を持ち込むことに
そして、"死"というものを薄く纏っている雪歩に

あの日以来、事務所にも顔を出さなくなってしまった

 
41 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:00:05.62 ID:jQgE5YvGO
 
雪歩を連想させるものから逃げ出して、一週間ほどが過ぎた

その日の夜も部屋の壁に背中をもたれかけ、何かを考えようとしていた

頭から離れない親友のことを忘れるために

そのまま眠りに落ちそうになったとき、携帯が鳴った

…雪歩からだった
 

42 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:01:02.23 ID:jQgE5YvGO
 
携帯番号を消せるハズもなく、ディスプレイにはしっかり

萩原雪歩

って表示されている

例のごとく、逃げ出したい気持ちが頭をもたげた

だけどボクは、通話キーを押していた

 
43 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:01:45.63 ID:jQgE5YvGO
 
「…雪歩」

「…携帯番号、消してって言ったのに」

笑いを含んだしゃがれ声

その声はもう、ボクが知っていた雪歩の声とは別のものになっていた

「真ちゃん、今日何の日だか知ってる?」

「クリスマスイブ…だよね?」

「ブー、半分正解」

「あっ!」

「思いだした?」

雪歩の誕生日だ
 

44 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:02:28.98 ID:jQgE5YvGO
 
「えっと…おめでとう雪歩」

「ありがとう、真ちゃん。もうすぐ終わっちゃうけどね」

時計に目をやると、夜の11時を回っていた

「こんな時間に大丈夫なの?とっくに消灯時間すぎてるんじゃ…」

「個室だから大丈夫だよ」

そういう問題じゃないと思うけど…

 
45 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:06:00.76 ID:jQgE5YvGO
 
「それでね、真ちゃんにお願いがあるの」

「お願い?」

「歌、聞いてほしい」

「え?」

「手術の日が決まったの、明後日に」

 
46 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:07:51.67 ID:jQgE5YvGO
 
「それって…つまり?」

「うん。もう喋れなくなっちゃうんだぁ、私」

最後の歌…
雪歩の人生で

それをボクに?

「だって真ちゃんは親友だから」

 
47 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:10:44.52 ID:jQgE5YvGO
 
嬉しいはずのその言葉が、ボクの肩に重くのしかかった

いつか雪歩が言ってたっけ

「真ちゃん、人間はね、夢と同じ物質でできてるんだよ?」

たしか…
シェークスピアの作品に出てきたセリフだったっけ?

 
50 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:15:17.41 ID:jQgE5YvGO
 
人間が本当に夢と同じ物質で作られているのなら、いまボクの肩に乗せられたのは雪歩の"夢の重さ"なんだろうな

それは痛々しいほどに痩せてしまった雪歩自身よりも、ずっとずっと重いものだ

「聴いてくれる?」

「…うん」

他に返答の仕様がなかった

ボクは携帯を右耳に押し当て、左耳を塞いだ
雪歩の歌声が逃げていかないように

 
51 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:19:56.74 ID:jQgE5YvGO
 
携帯越しに流れてくる"Kosmos,cosmos"はひび割れていて、音程も狂ってしまっていた

フレーズの合間に入るブレスもノイズのようにザラザラしている

大きな舞台の上から、大勢の観客に向けて歌われるはずだった曲

会場だけじゃなく、テレビカメラを越えてもっと沢山の人に届けられるはずだった雪歩の声

 
53 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:23:02.10 ID:jQgE5YvGO
 
だけどいま雪歩がいる場所には、色鮮やかなライトも歓声も無い

暗い病室に独りで…
ただ一人、ボクに向けて…

悲しみを通り過ぎると、涙も出なくなるんだね

「聴き辛かったでしょ?ごめんね…」

「そんなことない!すごく…」

 
54 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:24:41.30 ID:jQgE5YvGO
 
雪歩に対してウソをついた

それも、誰が聞いてもウソだとわかるウソを

「すごく綺麗な声だったよ、雪歩」

「…ありがとう、真ちゃん」

 
55 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:26:28.90 ID:jQgE5YvGO
 
ボクと同じように、雪歩も悲しみを通り過ぎてしまったようだ

お礼を言った声は淡々としていた

「…あのね、真ちゃん」

「どうしたの?」

「アンコールは?」

 
56 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:28:55.03 ID:jQgE5YvGO
 
「…アンコール?」

アンコールを促すように促すの?
それも歌い手が

「えへへ。おかしいかな、やっぱり?」

「…フフ。おかしいよ、やっぱり」

笑ったのは久しぶりな気がする

 
57 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:31:59.46 ID:jQgE5YvGO
 
正確には、笑わせて貰った、だけど

立場が逆だよ、まったく

「アンコールは、真ちゃん?」

「…雪歩さん、アンコールです!お客さんたちの手拍子、そして雪歩さんを呼ぶ声が聞こえるでしょう?」

 
58 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:34:26.70 ID:jQgE5YvGO
 
「あはは。おかしい、やっぱり」

「こういうのは雰囲気が大事だからね」

「うん、ありがとう。では萩原雪歩、アンコールいきます!」

そして雪歩が歌い始めたのは、ボクの知らない英語の曲だった
 

59 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:35:53.63 ID:jQgE5YvGO 
 
英語の歌詞の内容なんてわかるはずもないけど、ボクは右耳に神経を集中した

これが本当に…

本当に最後なんだから

 
60 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:38:27.64 ID:jQgE5YvGO
 
「…ただいまの曲をもちまして、萩原雪歩クリスマスリサイタルは閉幕となります」

おどけたような雪歩の声
無理をしているふうではなかった

いまので雪歩は終わらせたんだ
人間と同じ物質でできているという、何かを

 
61 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:41:13.05 ID:jQgE5YvGO
 
「いい曲だね。誰の曲?」

「えへへ、気に入ってくれた?あとで曲の情報をメールするね。あと、日本語訳も」

「うん。ありがと」

「ねぇ、真ちゃん」

「ん?」

「ううん…いいの。ありがとう」

 
63 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:43:45.11 ID:jQgE5YvGO
 
「…うん」

「じゃあ、切るね」

「…うん」

「おやすみ、真ちゃん」

「…うん。おやすみ、雪歩」

雪歩の声が消え、ツーツーという機械音が右耳を刺す

まるで何かを暗示しているみたいに

 
64 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:47:49.20 ID:jQgE5YvGO
 
立ち上がることもできずにいると、雪歩からメールが届いた

そこには、アンコールで歌った曲の情報が書かれていた

歌っている人ーTodd Rundgren(トッド・ラングレン)

タイトルーCan we still be friends?

…聞いたことないなぁ 

 
65 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:50:27.98 ID:jQgE5YvGO
 
画面をスクロールすると、日本語訳も書かれていた

…さっき言ったことを取り消すよ
悲しみを通り過ぎても、やっぱり涙は流れるんだ

雪歩がボクに何を伝えたくてこの曲を歌ったのかが、痛いほどにわかってしまったから…

 
66 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 04:55:11.30 ID:jQgE5YvGO
 
 ボク達もう、このゲームは続けられないね
 それでもまだ、友達でいられるかな?
 全部が以前のままではいられないけれど
 まだ友達でいられるかな?

 ボク達はいろんなことを学んだね
 今は前に進むべきだよ
 手のひらの砂は一粒ずつこぼれ落ちて
 君の知らないうちに消えてしまったんだ

 
69 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:00:03.49 ID:jQgE5YvGO
 
…ボクは
ボクは卑怯者だ!

何が親友だよ!
雪歩を置き去りにして、自分だけ安全な場所に逃げ込もうとした!

固いベッドの上で雪歩が何を思っているのかななんて、知ろうとめしないで!

涙を拭って歌詞を読み進める

 まだ友達でいられるかな?
 ときどきは一緒にいてもいいかな?

ボクの臆病さのせいで雪歩に…
そんなふうに思わせてしまったんだ!

 
74 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:08:50.65 ID:jQgE5YvGO
 
その歌詞はこう締めくくられていた

 ボク達は夢から醒め
 真実は見かけどおりとは限らないと気付く
 思い出はいつまでも消えてはくれない
 甘く切ない昔の曲のように

…ボクは
まだ醒めちゃいけないんだ
たとえ、真実ってヤツに気付いていても
 

75 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:16:23.76 ID:jQgE5YvGO
 
ボクはベッドから立ち上がり、ジャージに着替えた
しばらく身体を動かしてなかったからね
まずは軽くジョギングから、というわけ

身体が重いにはもう一つ理由があるんだ
だってボクの肩には、親友の夢が乗っかってるんだから!

雪歩は声を失う
代換えなんて効かないのはわかってる

だからせめて、ボクがトップアイドルくらい取らなきゃ!

 
76 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:24:29.66 ID:jQgE5YvGO
 
次の日、久しぶりに事務所に顔を出した
勝手に休んでたことをみんなに詫びて、雪歩のことを話した

みんな泣いてた
みんな雪歩が大好きだから

「まったく!辞められなくなったじゃない、アイドル」

伊織がグシャグシャになった膨れっ面で言った

「ミキ、トップアイドルになって一番おっきな犬のぬいぐるみを買うの!」

美希が高らかに宣言した

 
77 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:29:43.60 ID:jQgE5YvGO
 
みんなが、雪歩の夢を肩に乗せた

思い出は消えないよ、雪歩
だって、ボク達が消させないから

その日の帰り、ボクはトッド・ラングレンのベストアルバムと一冊の本を買った

部屋でその本をめくりながらCDを聴いていたとき…

その曲に出会ったんだ

 
79 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:32:48.62 ID:jQgE5YvGO
 
雪歩の手術の日
ボクは病院に立ち寄った

予想してた通り雪歩には会えなかった
だから、誰もいない病室に手紙を置いてきた

そこに、昨日出会った曲の日本語訳を書いておいたんだ

 
80 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:44:13.35 ID:jQgE5YvGO
 
 A dream goes on forever

 数え切れない兵士たちが消えていった
 それでも夢は生き続けるんだ
 ボクは独り取り残され 言えることは何もない
 すべては 静かな夢の中のできごと

 幾千の本物の愛が 生まれは消えてゆく
 それでも夢は生き続けるんだ
 年月はあっというまに過ぎてゆくけど
 夢の針は止まったまま

 みんないつも 希望や不安と隣り合わせ
 ボクだってそうだとわかるよね?
 でも 涙の海を渡ったり
 大きな悲劇を嘆いているわけじゃない

 
81 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:53:28.61 ID:jQgE5YvGO
 
ボク達は立ち止まってはいけない
前だけを見て歩いていかなきゃ

雪歩が届けられなかった声を、ボク達が代わり届けるんだから

 君に会える日がまた来ると 信じることにするよ
 夢のない人生なんて寂しすぎるから

 君は ボク達の夢の中で 永遠に生き続けるんだ

歌詞を一部変更しちゃったけど、まぁ仕方ないよね?
だって

君は遠い昔の人

だなんて言いたくないもん!

 
82 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 05:57:49.33 ID:jQgE5YvGO
 
持ってきた本を開いてみた

手話ー初期編

というその本の一番最初には、"ありがとう"の手話が載せられてはいた

書いてある動作を実践してみる
まだぎこちないけど、次に雪歩と会うときまでの宿題だね

 
83 :ローカルルール・名前欄変更議論中@自治スレ:2012/01/16(月) 06:05:36.10 ID:jQgE5YvGO
 
病院から出ると、いつの間にか雪が降っていた

ねぇ、雪歩
東京には空が無いけど、やっぱり雪は降るんだよ

薄く積もった雪の上を、ボクは歩き始めた100メートルほど進んで振り返ると、ボクから病院に向かってまっすぐな足跡が続いていた

そして、それはきっと
雪歩とボクを繋ぐ、小さな夢の轍なんだ



お し ま い