☆シャッフルSS☆



『デキる女でも可愛くなりたい!』

『オフィスでもお洒落に、可愛く』


 訪れようとする秋をイメージしてか、暖色を使ったシックな表紙のファッション雑誌に踊る幾つものフレーズに目を通して、溜息と共に肩を落とした。

――仕事もできて、お洒落な女性。

 両立できることができたのなら、素敵だなとは思う。
 少し前までは、私もファッション雑誌の特集やお洒落にかなり気を遣っていたのにな、と事務所の窓に映る疲れの色が浮かぶ自分の顔をじっと見つめて、本日何度目かの溜息を零した。
 どんよりと重く圧し掛かる疲労感と眠気に交じって、胸の奥底から湧き上がる焦燥感を振り払おうと顔を上げれば、765プロダクションのアイドル達の笑顔が輝くポスターや、びっしりと埋まった予定表が視界に飛び込んでくる。

「……よしっ」

 読みかけの雑誌をデスクの端に放り出し、誰もいない事務所で一人自分自身を叱咤して。こんな気分になった主な原因である、とある芸能プロダクションの美人で、お洒落で、感じも良いあの女性社員への羨望の思いを、まだ湯気の残るコーヒーと共にぐっと飲み干した。
 事務所内に飾られた、ライブ告知のポスターに踊る笑顔の彼女達を見ていると自然と笑みが零れる。
今、こうしている内にも笑い、演じ、踊り、歌って誰かを笑顔にしている彼女達の支えになれればいい。
頼りないかもしれないけれど、誰かを笑顔にするために頑張っている皆を癒してあげられればいい。

「まぁ……誰も頼ってなんかくれないわよね。」

 あの子達には身近にプロデューサーさんがいるんだしと、ほんの少しだけ悔しさを含んだ笑みを浮かべてデスクに向き直り、中断していた作業に再び取り掛かろうとしたところで、事務所の入り口のドアが開く音と共に聞きなれた声が聞えた。

「ただいま戻りましたー。」
「お疲れ様です、律子さん。あれ?お一人ですか?」

 ふう、と疲労を吐き出す彼女は自席である私の隣のデスクに荷物を置き笑顔を見せてくれる。少し前まではアイドルとしてステージで輝いていたその笑顔は、舞台袖に下がりプロデューサーとして邁進する今でも魅力を失わずに元気を与えてくれる。
 律子さんに直接言った事はないけれど、あなたの笑顔だって私にとっては素敵な元気の元なんです。

「今日の仕事は終わったので、駅で解散したんですよ。あ、これお土産です。良い時間ですし、少しお茶しましょう。」
「わぁ、ありがとうございます。早速コーヒー淹れてきますね。」

 手にした紙袋の中から丁寧に包装された洋菓子店の箱を得意気に差し出す律子さんと、その手の中の美味しそうなシュークリームに綻ぶ顔を抑えながら、朝から一人で消費していたコーヒーを律子さんのマグカップに注ぐ。
 湯気と共に鼻孔をくすぐる香ばしい香りが心を落ち着けてくれる。そう距離があるわけでもないのに、急ぎ足で自席に戻ると待ちきれないという様子の律子さんの横顔がおかしくて。
 しっかりしている、頼りがいがあるなんて言われている彼女も、やっぱり年頃の女の子なんだなあとこの目で見る事のできる瞬間が微笑ましくも、少し苦手だ。正体のわからない何かが、心にずしりと寄りかかってくる。
 微笑ましく思うと同時に、年下の彼女より不甲斐無い自分が救われる気がして。そんな自分が情けないのに、笑い飛ばす事さえできない。

「はい、コーヒーお待たせしました。」
「ありがとうございます。このシュークリーム、以前伊織を特集してくれた雑誌でイチオシされてて。今回、たまたま通りかかったので買っちゃいました。」
「あ!それ私も見ましたよ。食べてみたかったんですー。」

 少し濃く作りすぎたコーヒーの苦みが、自己嫌悪を煽る。
 自分と同じような年頃のオフィスレディ達の様に着飾ることも中途半端で、仕事が楽しくて忙しいからと言いながらも、その仕事でも年下の子にすら世話されるような自分がとても惨めに思えてしまう。
 仕事もできて、お洒落で皆から頼られるそんな存在になるには、何が必要なんだろう。両立ってどうすればできるのかしら。濃いめのコーヒーよりも苦い葛藤は、甘いシュークリームでさえ掻き消してはくれなかった。


「これ、小鳥さんの雑誌ですか?」
「そうですよ。休憩の時の気分転換に丁度良くて。」

 デスクに放りっぱなしだったあの雑誌を、律子さんは興味津々な様子で手に取り、少しだけページを捲って何かを考えているようだ。
 やがて、うんうんと一人頷き、顔を上げた律子さんは少しだけ真剣な表情で私に向き直る。

「あのー……ちょっとした相談事なんですけど。」
「私でよければ、何でしょうか。」

 雑誌を丁寧にデスクへ戻し、言葉を続けようとする律子さんの表情は僅かばかりの恥ずかしさを含んでいて。

「その……大人っぽい服って、どんなものかなと。できれば今度、一緒に選びに来てもらえませんか?」
「え、えぇっ?わ、私で良いんですか?あずささんとかの方が……それに、律子さんは十分大人っぽいですよ。」
「あずささんはどちらかというと、可愛い系統ですし……。年齢はどうしようもありませんから、せめて服装だけでも大人っぽくなりたくて。」
「私、大人っぽいですかね……。それに、律子さんに頼られる程……。」

 悩みを打ち明ける恥ずかしさなのか、ほんの少しだけ頬を染めた律子さんは普段より幼く見えて、思わず息を飲む。そして何よりも、こんな私を大人っぽいと言ってくれる事に驚き、狼狽えてしまう。

「いやいや、小鳥さんは大人っぽくて素敵ですよ。年上とはいえ、プロデュースしているあずささんに頼るのは何だかできなくて。気兼ねなく頼れるのって、小鳥さんだけですよ。」
「わ、私が……?」

「はい。それに、私だけじゃないですよ?プロデューサー殿だって、他の皆だって小鳥さんの事頼りにしてるんですから。」
「え、あ……ありがとう、ございます?私が頼られるなんて、そんな……相談された事なんて滅多にないし……。」

 律子さんの言葉を処理できずにいる私を見て、彼女はクスリと笑う。

「小鳥さんがいないと、うちの事務所は回りませんからね。皆忙しい小鳥さんに気を遣って言わないだけですよ。……それで、一緒に買い物に行ってくれます?」
「え、ええと。はい、是非!是非!」

 ありがとうございます、と微笑む彼女の姿に私の心は褒められた子供のそれのように跳ね、揺れる。
 おやつの時間を終え、食器を片づけて。律子さんと並びデスクで仕事に向かう最中も、時計の秒針の音よりも少しだけ早くなった自分の鼓動を感じながら、夢見心地でキーボードを叩く。
 挙動はおかしくないかしら、顔は赤くなってないかしらと不安でも、恥ずかしくて確認になんていけない。時折、あれは嘘なんじゃないかという思いが頭を過っても、いつも誠実な彼女の性格がその考えを否定する。
 私に今できることは、できるだけ動揺を悟られないように、目の前の仕事を片付けるだけだった。




***



「お疲れさまでーす。」
「気を付けて帰れよー!」

 余計な事を考えないようにと、仕事に夢中になれば時計はあっという間に19時を指していた。仕事を終えた皆が戻ってきてはプロデューサーさん達と別れの挨拶を交わし、帰っていく。
 はっと気づいた時には、ほぼ皆帰路に着いていて、最後に戻ってきた真ちゃんと雪歩ちゃんが帰り支度をしていた。

「小鳥さんも、今日は帰ったらどうですか?お疲れのようですし。」
「そ、そうですね。ありがとうございます、プロデューサーさんも無理しないでくださいね。」

「小鳥さんも帰るんですか?ボクと雪歩もこれから帰るので、一緒に帰りましょうよ。」
「音無しさんと一緒に帰るのって久々ですよね。」
「じゃあ、ご一緒しようかしら。」

 相変わらず仲の良い二人に心が温かくなり、嬉しいお誘いに笑顔で応えた。

「でもお腹空いたなぁ……小鳥さん、雪歩、帰りにファミレスでご飯食べて行こうよ。」
「私はいいけど……」
「良いわよ~。デザートは私が奢ってあげる。」

 無邪気にはしゃぐ二人に微笑ましい以外の少し邪な思いを抱えながら、揚々と事務所を後にした。子供っぽいと思いながらも、こんな私を受け入れて頼ってくれる皆の前で、自分から縮んでしまうのは失礼な気がして。

 私はこれでいい。誰かの目を気にするなんて、私らしくない。
自分を信じて、皆と一緒に歩いて行きたい。








「……ところで雪歩ちゃん、首に付いてるその黒い髪の毛について、じっくり聞かせてね。」
「…………えっ」
「……あっ」

「その髪の毛、もしかして真ちゃんの?なんで雪歩ちゃんの首に付いてるのかしら、不思議ね……。」
「い、いやこれはその」


 そう、私はこれでいいんだ。