りん「田舎者だけど良いお客様だよね。佐野の旦那は」
麗華「玉に瑕なのはあの酷いあばた顔、あれさえ無ければねえ」
りん「まあ羽振りはいいから、そんなに気にはならないけどね」
小鳥「さっき聞いた話じゃ立花屋の親方は店にいるみたいだが、居留守でも使われなければいいがなあ……御免よ」
りん「これは権八さん、何か御用ですか?」
小鳥「親方は居りますかい?」
りん「さあ、私はさっき帰ってきたばかりだから…麗華さん知ってるかい?」
麗華「私もさっき帰ってきたばかりだから…ちょっと見てきましょうか」
小鳥「ありがとうごぜえます」
りん「まあ一服でもして待っててくださいまし」
小鳥「へい、時に佐野のお客はまだ来るんですかい?」
りん「佐野の旦那は、もう三日に一度は来るほどです」
小鳥「そりゃあ皆さんお幸せだ。蔵の中はもう金でいっぱいいっぱいでしょうねえ…へへへ」
りん「む…」
あずさ「これは権八さん、おいでなさいまし」
小鳥「これはこれは親方」
あずさ「何か用かい?」
小鳥「へい、佐野の旦那にお願いして金を借りたいと思いまして」
あずさ「また金の話か」
小鳥「何でもあっしの養女の八ツ橋を佐野の旦那が身請けするとかしないとか…それであっしも堅気になって商売でもしようかと思い、その元手として五十両ばかり佐野の旦那から借りたいと思いましてなあ」
あずさ「権八さんあんたこの前、佐野の旦那から三十両借りた時になんと言いなすった。今後はもう金の無心はしねえと言いなすったじゃありませんか。それなのに十日も経たないうちに五十両とは…ちょっと虫がよすぎやしませんか?」
小鳥「娘が身請けすると聞いたならその身請け金で遊びほうけるのが普通だ。だがあっしは堅気になって商売をしようと言ってるんだ。感心だと言って五十や百の元手くらい出してもいいんじゃありませんかねえ」
あずさ「…きっぱりとお断りしましょう」
小鳥「これほど頼んでも、口を利いちゃあもらえねえのかい?」
あずさ「お断りしましょう」
小鳥「ならいい。佐野の旦那に直接頼みましょう。旦那が来るまで待たせてもらいますよ」
律子「権八さん…」
小鳥「おお、こりゃあ女将さん、話は聞いていたろ。こちとら押し借りゆすりに来たわけじゃねえんだ」
律子「権八さん、この前三十両借りた時あんた私に何と言いました?半年もしたらまた借りに来ると言ったわよね?それなのに十日もたたないうちに、亭主にあんなことを言うのは虫がよすぎますよ。あんたも釣鐘権八なんて洒落たあだ名の遊び人なら、もう少し道理をわきまえなさい!」
小鳥「へ、へへこいつは俺が悪かった。ならさっきの話の通りだから、どうか金を立て替えちゃあくれねえかい」
律子「そんなの無理に決まってるでしょ!半年経ったら顔を洗って出直してきなさい!」
小鳥「…わかったよ、面でも洗って出直そうかい……野郎、覚えてろよ」
りん「あんな忌々しい奴はありゃしねえ!」
あずさ「りん、塩でも撒いておけ」
りん「へい!」
雪歩「いやあ、お二人さん心が浮き立ってまいりましたな!」
真美「今大門をくぐった時から何だかいい心持ちだよん!」
雪歩「うきうきとしたところがまたいい心持ちでしょう!」
響「次郎左衛門殿は八ツ橋に熱い熱いだから、尚更でしょうな!」
雪歩「お、おだてないでください、照れるじゃないですか!…では早速行きましょうか!」
律子「これは次郎左衛門様。よくぞ来てくださいました。」
雪歩「今日は二人ほど連れがおりますから、近くを見物していて遅くなってしまいました」
律子「お二人にはお馴染みはございますか?」
雪歩「いえお二人は、兵庫屋は初めてですから良い花魁を出してやってください。後から治六も来ますから良いのを出してくださいね」
律子「かしこまりました。それなら九重さん、七越さん、初菊さんが良いでしょう」
りん「ではちょっと見てきます…あっ!丁度向こうから八ツ橋さんがお見えになりましたよ!」
律子「きっと八ツ橋さんが待ちかねて来たんでしょうね」
真美、響「ようよう!色男様!」
雪歩「こ、この具合というものは実に無類でございますなあ!はっはっはっは!」
律子「八ツ橋さん、さあお上がりなさってください」
美希「そんならまっぴら、ごめんなんし」
響「来た来た!」
美希「皆さん、ようおいなんしたの」
真美「国で見た錦絵なんかより、よっぽど綺麗ですなあ」
響「次郎左衛門殿が自慢をするのは尤もだな」
真美「いやあ、八ツ橋太夫を見ては実に涎がこぼれますな!」
響「こら!そんなことを言うと次郎左衛門殿が怒るぞ!」
雪歩「大丈夫ですよ。これは売り物買い物だから、私のいない時に買いなさいよ」
美希「むっ、次郎左衛門様以外とは遊ぶ気はないの。何でそんなこと言うの!えいっ!」
雪歩「熱い!き、煙管は危ないよぉ…」
真美「ああ、じゃあ今夜兵庫屋で馳走になってもいいのかなあ?」
雪歩「お二人さん、どうか察してくださいよ!」
真美「察しますよ察しますよ。これで下へも置かぬほど良い人扱いされた日には」
響「堪ったものではござらぬわい」
真美「これは眉へ唾を」
真美、響「つけねばなるまい」
雪歩「眉へ唾をつけるとは、八ツ橋さん里にはうぶで」
美希「はい煙管あげるの」
雪歩「は、はあ…ございますねえ」
真美「では早速兵庫屋へ」
響「参りましょうか!」
<大音寺前浪宅の場>
小鳥「栄之丞さん!」
真「ん、権八さんどうしたんですか?」
小鳥「今お前さんの家へ行くところだったんだ」
真「僕も丁度帰る道すがら、一緒に行きましょうか」
小鳥「ええ、そうしましょう」
真「……権八さん、どうぞ上がってくださいまし」
小鳥「へえ、良い着物でございますなあ」
真「八ツ橋がよく贈ってくれるんです。綺麗な着物だなあ…」
小鳥「着物なんぞ贈って、惚れてるフリをする忌々しい女だ!」
真「…権八さん、言って良いことと悪いことがあるよ」
小鳥「お前さんは何も知らねえだろうが、近頃八ツ橋の所へ来る佐野次郎左衛門という酷いあばた顔の男、こいつが今度八ツ橋を身請けするんだそうですぜ。情夫であるお前さんに何の相談もなく身請けをするとは、お前さんをコケにしてるとしか言いようがありません!」
真「あの八ツ橋に限ってそんな…まして身請けの話なんて…人違いでしょう」
小鳥「お前さんは心の中で大丈夫と言っているだろうが、八ツ橋のほうは佐野のお客の惚気を言っておりますぜ。しかもお前さんのことを腰ぬけとまで言っております」
真「…そこまで言うなら証拠があるんだろうね?」
小鳥「証拠じゃありませんが、吉原あたりじゃもう八ツ橋の身請けの話で大盛り上がりでごぜえます。こんだけの騒ぎをご存じないとは…しかし八ツ橋も八ツ橋だ!打ち明けないで身請けされるとはあんまり呆れて、開いた口が塞がらねえ」
真「そ、そこまで言うってことは…本当のこと…」
小鳥「ああ、本当だとも!旦那あっしはお前さんのことを考えると、悔しくて悔しくてたまらねえんだよ!」
真「八ツ橋…僕というものがありながら、何て不人情な女だ!こんな着物を贈ってきて、僕を騙そうとしてたんだな!許せない…権八さん!今すぐ兵庫屋へ行きましょう!」
小鳥「へい!行きましょう行きましょう!」
真「直接会って掛け合わないと僕の気が済まない!八ツ橋…本当だったら許さないからな!」
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