このお話は「あずささん、いまどこですか!?」アフターSS(?)になります。
タイトルは「きささげのした」とお読みください。
毎度読みづらくて申し訳ありません。



迷いながら何とか下諏訪駅に到着した頃、太陽はすでに真上を過ぎていました。
駅員さんに聞いて新宿までの切符を買います。

下諏訪から特急に乗り東京へ。
2時間も揺られていけば到着すると駅員さんは言っていました。
席について、今電車に乗った事を律子さんにメールします。

そういえばこの電車の名前何だかわかりますか?
なんと特急あずさって言うんですよ。
私と同じ名前なのに迷わずまっすぐ進めるなんて羨ましいわね。

いただいたお弁当の蓋を開けると、ワカサギの甘露煮や山菜のお漬物に鹿肉を焼いたもの。
鹿のお肉なんて珍しいもの頂いちゃっていいのかしら…?
そして、あの出汁巻き玉子も入っていました。
優しさと、どこか懐かしい味が口いっぱいに広がります。

美味しいお弁当に夢中で箸を動かして、あっという間に完食です。

「ごちそうさまでした~。」

お腹がいっぱいになったら眠気が襲ってきたので少し眠ることにしました。
携帯のアラームを到着予定の5分前にセットして目を閉じます。

眠りに落ちた私は、先程までいた湖の畔を歩いていました。
すぐに夢だと分かったので、周辺を散策することにしました。
赤い旗は風に揺られています。
岸には葉っぱが落ちた枝の先に、蔓のような物が沢山ぶら下がっている不思議な木もあります。
何故だかその気がとっても印象に残って、しばらくじっと見つめていました。

散策していると、手の中で携帯電話が震えて設定時刻を知らせます。
そのバイブレーションで私は夢の湖から電車の中へ帰ってきました。
もうすぐ新宿に着くはずね。

「新宿~新宿です。お降りの際は…」

車内アナウンスが到着を告げたので、手荷物を持って電車を降ります。
新宿駅ってとっても広いからすぐ迷ってしまうのよね。

何度か迷って、何とかタクシー乗り場に到着です。
外に出た時にはもう太陽は大分傾いていました。
運転手さんに行き先を告げ、車が動き出します。

何事もなく進むタクシーに乗り、もう間もなく事務所に着くという時でした。
赤信号に捕まった車が止まり、窓の外に視線を動かすとさっき夢で見たあの不思議な木があるのを見つけました。

言ってしまえばただの木なのだけれど、夢の中で印象に残ったそれがとても気になってしまい運転手さんに言ってそこで降ろしてもらいます。

薄暗くなった公園を一人歩く。
平日だからか人はまばらでとっても静か。
何だかあの湖みたいね。

少し歩くとあの不思議な木がありました。
近くで見てもやっぱり蔓状の何かがぶら下がっているのがわかります。

「あずささん?」

木を見ていたら後ろから声をかけられました。
振り向くと

「プロデューサー…さん。」

「帰ってきてたんですね、良かった…。」

プロデューサーさんは安堵したような表情を浮かべています。

「でも、なんでこの公園に?」

「この木が、気になったものですから。」

頭上に立つ不思議な木を指さします。

「あぁ、キササゲですか。」

「知っているんですか?」

「えぇ、夏前くらいには黄色っぽい小さな花を付けるんです。」

得意げといった感じで話すプロデューサーさん。

「花が終わると紐みたいになるんですよ。そこに実が入ってて生薬なんかにも使われるんですよ。」

「それじゃあ、この蔓みたいな物は…」

「えぇ、実が落ちて枯れた蔓です」

「詳しいんですね」

「あぁ、まぁ…。この木はちょっと特別ですから」

特別?
何か思い入れでもあるのかしら…。
聞いてみたいけれど、どうしましょう?

「大分暗くなってきたし、そろそろ行きましょうか」

ちょっとだけ、勇気を出してみます。

「もう少しだけ、いいですか?」

「え?あぁ、いいですよ」

一瞬面食らったような表情を見せましたが、すぐに優しい笑顔を返してくれました。

「立ってるのもなんだし、座りましょうか」

そう言ってすぐ近くのベンチにエスコートしてくれました。
辺りは大分暗くなっていて、電灯の光で私達の影が地面に照らし出されます。

「昨夜はすみませんでした」

昨夜の非礼を詫びます。

「いや、大丈夫ですよ」

悪いのは私なのに、笑って許してくれるこの人は本当に優しい。

「えっと、諏訪湖に行ってたんでしたっけ?」

「お恥ずかしながら…」

「いいなぁ、どうでした?」

「自然の雄大さを肌で感じました、とっても静かで、綺麗で」

「へぇ、一度行ってみたいな」

目を細めながら言う貴方の横顔を見て、もう少しだけ勇気を出そうと思いました。

「プロデューサーさん」

「はい」

「聞いてもいいですか?」

「えぇ、なんですか?」

すぐ近くの、キササゲの木に視線を動かします。

「さっき、あの木は特別って…。なんでだか聞いても、いいですか?」

「え?あぁ~、う~ん。」

やっぱり言いにくい事なのかしら?

「いや、すごい恥ずかしいんですけど…」

照れくさそうにしているプロデューサーさんは、やっぱりどこかあのおじいちゃんに似ています。

「えっと、キササゲの木は秋に実をつけるんですけどそれを“しじつ”と言うんです。」

聞いた事無い言葉ですね…。

「漢字で書くと“梓実”って書くんです。」

梓…!

「つまり、梓って言うのはこの木の事を指すんです」

「じゃあ特別っていうのは…」

「えっと、まぁ、そういう事です」

どうしましょう…。
あぁ、どうしましょう…。
私、今どんな顔していいのかわからないわ…。

「す、すみません!こんな事、プロデューサー失格ですね…。」

焦って立ち上がるプロデューサーさん。
その場を離れようとしたので、焦って服の裾を掴んでしまいました。

「あ、あずささん…?」

「あの、私、嫌じゃ、ないですから…。」

服の裾を掴みながら、プロデューサーさんの顔を見ることができません。

「そ、そう、ですか…。あはは…。」

沈黙が二人を包みます。
頭が混乱してて、何を話していいのかわかりません。
でも、気づいたら口を開いていました。

「さっきのって、その…」

「わ、忘れてください!」

遮るように言う貴方。

「……いや、です」

「え?」

「忘れたくありません」

俯いたまま、言葉を紡ぎます。

「迷惑だなんて、思いません。忘れるなんて、できません。だって、私も…」

そこまで言って、やっとプロデューサーさんの顔を見ることができました

「私にとってもプロデューサーさんは、特別だから…。」

「あずささん…!」

目と目が合う。
静かな公園で見つめ合う私達に、もう言葉は必要ありませんでした。
聞こえるのは、私の心臓の音だけ。

すっかり陽も落ちた真っ暗な公園で、電灯に照らされた2人の影が近づいて…。

私と、貴方の影が、重なる―――――。