★シャッフルSS第2弾★

『劇場版本編の話が一部入っています、映画未見の方は、観賞後に読んでいただければ幸いです』



今日も電話の鳴り響く事務所で、私、音無小鳥は仕事に追われています。
千早ちゃん復活後は特に、765プロとしても全体的に仕事量は伸び続けていて、皆も仕事にレッスンにと大忙しですね。
事務所の移転は、残念なことに色々あって見送りになってしまいましたが。
それでも、膨大な量の仕事が舞い込んでいました。

「はい、765プロダクション、秋月です…はい、はい、その件は―――――――」

隣の机の律子さんも、付箋とメモ書きのびっしりされた手帳を捲りながら、電話で打ち合わせをしているようです。
もう、アイドルの皆は帰っていますので、事務所にいるのは私と律子さんと社長だけ。
思えば、この1年、本当にめまぐるしくこの事務所の様子も変わっていました。
少し前まで、私もオーディション全敗とか、春香ちゃんのCD手売りに出ていたのに、今じゃ事務所で事務仕事をするだけで。
本来は、そういうものなのですけれど、何だかあの頃のピンチヒッター的な仕事も、懐かしく思います。

「音無君、ちょっと良いかね?この衣装の発注なんだが」

社長も、表立ってアイドルの皆の仕事を取ってきたりはしませんが、私と一緒に、縁の下の力持ちとして、事務所を支えてくれています。対外的な折衝も高木社長が行ってくれているお陰で、プロデューサーさんや律子さんも、プロデュースに専念できているようです。

「ただいま帰りました!」

明るい声のプロデューサーさん、何か良い事でもあったんでしょうか?

「ついに、やりましたよ!」

どうしたんでしょうか?もしかして、何か凄い仕事でも…?

「アリーナライブが決定しました!」

アリーナ…?
アリーナって言うと、あのアリーナですか?

「ええ!元々は、8000人収容のホールだったんですが、アリーナでのライブも可能だと言う事になったんです」

アリーナ…アリーナとなれば、動員人数は更に増えて、1万を超えるはず。
そして、会場も更に広くなる。

「アリーナですか…そうなると、演出も今までと違ったものがいるかもしれませんね…」

律子さんが、口元に手を当てて考え込んでいます。

「まあ、ともかく。そのあたりはまたおいおい考えて行こうじゃないか。皆には、もう少し時間を置いて話した方がいいだろう」
「そうですね」
「プロデューサー君、君もずいぶんと、成長したものだ、さすがは私が見込んだだけの男だな、はっはっはっはっ」

プロデューサーさんの背中を、社長がばしばしと叩いています。
でも、本当にプロデューサーさんも成長したんじゃないでしょうか。
最初の頃は、仕事もオドオド、ダブルブッキングしてみたり、てんてこ舞いでしたよね。
それが今では、こうして大きなお仕事もどんどん取って来る…一番大きいのは、きっと、アイドルの皆が好きなんでしょうね。
あの子達が、大好きで、そして、輝いて欲しいから…

「さあて、今日は皆でプロデューサー君の功績をたたえて、たるき亭でパァーッとやろうじゃないか、あっはっはっはっ」
「じゃあ、社長も早く仕事を終わらせてくださいね」
「分かっているよ律子君、あ、音無君。彼にコーヒーを入れてあげてくれ」
「あ、いえ、俺がやります」

いいから、座っていてくださいと言うと私は給湯室へ向かいます。
プロデューサーさんのカップを用意して、お湯を沸かし始めます。
コーヒー、大分減ってきちゃってるな、また買いに行かなくちゃ。
あっ、お茶も切れてる…明日、朝来るときに買ってこないといけませんね。
淹れ終わったコーヒーを、机に付いたプロデューサーさんに差し出します。

「ありがとうございます……はぁ、ようやく人心地つきました」

マグカップを手に、プロデューサーさんは深く息を吐きました。

「流石に、アリーナライブとなると、俺も手が震えそうでしたよ」
「ホント、プロデューサーの手腕は、流石ですよ」
「まだまだ、律子には敵わないよ。それに、春香達も、まだまだ満足しないでしょう」
「その為の、千早のニューヨーク、美希のハリウッドですか?」
「いや、それはあくまで、千早と美希の実力だよ。俺は、何もしていないさ」

そういうと、プロデューサーさんは机の上の写真立てに目を移します。

「ホント、皆この1年で成長しましたよね…俺が言うのもなんですけど、自慢のアイドルです」
「もっと、胸張ってください、皆、プロデューサーのプロデュースのお陰ですよ」
「俺は、何もしてないよ」
「すぐそうやって謙遜する。あんまり謙遜すると、嫌味っぽく見えますよ」
「ええっ?!そんなつもりは無いんだけどな」

そんな律子さんとプロデューサーさんを見ながら、私も席に戻ります。
律子さんに、律子さんも、凄く立派になりましたね、と言うと。

「わ、私なんてまだまだです」

って言っていました。律子さんこそ、謙遜じゃないかなぁ…
私より年下なのに、しっかりしているし。

「小鳥さんも、すっかりキャリアウーマンって感じじゃないですか?」

まさか、そんな。

「そうですよ、俺達も、小鳥さんがいてくれるから外で安心して仕事が出来るんですよ」
「そうだねぇ、音無君は本当に良くやってくれていると思うよ」

社長まで一緒になって…もう、私は単なる事務員ですよ?

「事務が滞っては会社は成り立たんよ。音無君が居なければ、この事務所はどうなってしまうことか」

社長の声に、律子さんとプロデューサーさんが笑っています。
からかわないでくださいよ、もう。

「まあ、ともかく、まだまだこれからも忙しくなるだろうし。景気づけに一杯パァーッとやろうじゃないか!」




「いらっしゃい。あら、社長さん、今日は皆さんでおそろい?」
「ああ、今日はいいことがあったのでね、景気づけにパァーッとね!」
「はいっ、分かりました。大将、765さんです!」
「おー、いらっしゃい、何か嬉しそうじゃねえか順ちゃん」
「うん、まあ、楽しみにしていてくれたまえ!はっはっはっはっ」

社長も本当に嬉しそうですね。ポロッと口を滑らせないかが心配です。
いや、それは寧ろ私の方かしら…

「はーい、生3つ、お待ちどうさまです。律子ちゃんはウーロン茶ね」
「ありがとうございます」
「律子君も、今年で20歳だねぇ」
「私は飲みませんよ」
「律子もそのうち、小鳥さんみたいに飲むようになるのかなぁ…」

プロデューサーさんが、思いっきりグラスを傾けていた私の顔をしみじみと見ています。
こ、こんなときに見ないでくださいよ!

「あ、あはは、すいません」
「しかしなぁ、本当に、皆良くやってくれているよ。特に如月君も、あんな事件から良く立ち直ってくれた」

週刊誌の記事が元になった、千早ちゃんの事件。本当に、アイドルの子達皆が千早ちゃんのことを心配してくれたおかげですね。

「ええ、春香達には感謝してもしきれませんよ」
「約束、良い歌だねぇ、あれを彼女達が作詞したと思うと、私も目頭が熱くなってくるよ」
「そうですね…」
「今度の、アリーナライブでは彼女達にもっと主体的に動いてもらうことも考えています」
「おお、そうかね。彼女達ならきっと、無事にやり遂げてくれることだろう」

どんどん、皆も次のステージへ上がっていくんだなぁ、と少ししんみりしてしまいました。
次の予定も把握できてなくて、私が慌てて先方に電話をかけたりとか、そう言う事が、ずいぶん昔のことのようです。


―――――――――――――――

そんなこんなで、食事も大方済んだころでした。

「…ところで、プロデューサー君、あの件、どう考えてるんだね?」
「えっ…社長、ここでは」
「何です?」

プロデューサーさんの顔に、少し翳りが見えました。

「…実は…その」
「彼に、ハリウッドの研修の話が来ていてね」
「ハリウッド?!」

律子さんの驚きも無理は無いでしょう。
まさか、ハリウッドで…?

「ハリウッドの、一流の撮影技術、そして規模の大きなプロジェクトの進行の仕方などを学んできてもらおうと思ってね」
「…期間は、どのくらいなんですか?」
「まだ、先方とも打ち合わせが済んでいないんだが、まあ、一年いくか行かないかと言うところだろう」
「そう、ですか…」
「すまない、律子…もっと早めに言おうと思っていたんだけど」
「いえ…私は」
「…音無さんも、すいません、黙ってて」
「アイドルの皆への、話すタイミングだけは、プロデューサー君に任せて置くが…君達にだけは、早めに言っておこうと思ってね」

そんな、プロデューサーさんのお仕事のためなら、私は…。

「…あの子達の、次のステージへと言うのなら、私やプロデューサーも、頑張らなきゃ、ですもんね…大丈夫です!プロデューサーが居ない間は、私達でちゃんとやりますし、あの子達も、きっと……」

律子さんの声が、少し震えているように聞こえたのは、気のせいでしょうか?

「そうと決まれば、プロデューサーさんの激励会もかねてですね!ほら、小鳥さんも飲んで飲んで!プロデューサー、お注ぎしますよ、社長もグラス、空いてるじゃないですか!小川さん!ビール追加で!」
「おいおい、律子君、私もそんなに飲ませてどうするんだね」
「はいはい、色々言わないで、お注ぎしますよ、ほらほら」
「いや、まあ、すまないねぇ」

律子さん、無理しちゃって…本当は、寂しいんじゃないかな…。

「ほら、小鳥さんも、飲んで食べて!」

律子さんの差し出したビール瓶に、私もグラスを差し出しました。
そのまま、酔いの回った社長とプロデューサーさんをタクシーへ押し込むと、私達も帰ることにしました。

―――――――――――――――

「小鳥さん、大丈夫ですか?」

大丈夫、と答えると、律子さんは私のことを心配げに覗き込みました。
律子さんが車で、私を送ってくれると言う事で、その言葉に存分に甘えているわけですが…。
申し訳なく思って、謝ると律子さんは苦笑を浮かべていました。

「私がすすめたんですから、当然その責任はありますよ…それに、小鳥さん…ちょっと、お話したいことがあって」

どうしたんですか?と聞くと、律子さんは少し声のトーンを落として答えました。

「…私だって、寂しいです…でも、プロデューサーが今よりも、もっと頑張りたいなら、私はハリウッドに是非行って欲しいと思っています…その間、プロデューサーは私が一人でやらなきゃいけない、あの人が、ハリウッドから帰ってきてがっかりされるような事務所にはしたくないと思っています…だから…その」

分かってます…分かりますよ、律子さん、それは私も同じ気持ちです。

「ですよね…ごめんなさい、何だか、不意に弱気になっちゃって…」

そういうと、律子さんは笑顔を浮かべました。

「私がプロデューサーとして、頑張らなきゃですからね!バリバリ行きますよ!」

そういった律子さんの横顔に、涙の後があったこと、私は、忘れないと思います。


―――――――――――――――

律子さんに家の前まで送ってもらって、私は自分の部屋へ帰ってきました。
コップに冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを注ぎ、飲み干す。
改めて、プロデューサーさんがハリウッドに行くんだ…ということを実感しています。
どのくらいの間、行くんだろう…。その間、きっと皆、寂しがるのかな…。
でも、それじゃいけませんよね。
だって、プロデューサーもきっと…。
その日はお風呂に入ってすぐに、寝てしまいました。

―――――――――――――――

それから、一週間ほどが経った頃、事前に伝えられたとおり、皆仕事をちゃんと終わらせて、事務所に集まってくれていました。
皆、わざわざ集められたことを不思議そうにしていました。
皆、本当にこの一年で顔つきまで変わって…大きくなったなぁ…。
そして、社長が皆を集めて、プロデューサーさんが、明るい声で、言いました。

「皆!アリーナだ!アリーナライブが決定したんだ!」

一瞬間が空いて、皆も驚いたように話し出します。
律子さんが話すのも聞かずに、皆話し出しています。
ここで律子さんの一喝!皆が黙ったところで、またプロデューサーが話し始めました。
律子さんのほうを見ると、少し厳しい表情を浮かべていました。
この間話したように、律子さんもかなり緊張しているんですね…

さて、今からです、これからが大変ですね…バックダンサー、初のアリーナ、アイドルの皆だけじゃなくて、私も仕事が山ほど舞い込んできそうですが…
アリーナライブ、絶対に成功してもらいたいですものね!
プロデューサーさんのため…いえ、皆のために、私も全力で頑張りますよ!