初めはただ頼りないだけだった

女だらけの私達の中に急に入ってきた男

社長もいたけれど忙しいのか、事務所で姿を見ることは少なかった

変な仕事、ダブルブッキング、ミスを挙げたら枚挙に暇がないわね

それでも皆で支えていこうと思えたのは、あのひたむきな背中があったから



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事務所に来ると慌ただしく出掛けるようとする背中に

おはよう

と声をかける

その度にアイツは立ち止まり

おはよう

と、笑顔で返してくれる

階段を降りていくアイツにに

せいぜい頑張りなさいよね

と檄を飛ばし

苦笑いを見せたアイツの頼りない背中を見送る

しばらくはそれが日課になった



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売れていないとは言え、仕事はある

どんな仕事でも今の私達には大事な経験のピースだ

1つとして無駄にはできない

しかし気持ちとは裏腹にミスをしてしまうこともある

クライアントが苦情を言いに来ると

頼りない背中が遮ってくれた

その背中に何度も助けられた

そしてその度に聞こえないように

ごめん

と、震える声で呟く



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そんな私に転機が訪れた

あずさと亜美と私でユニットを組むというのだ

プロデューサーはアイツ…

ではなく律子だった

嫌な筈はないけれど、胸がモヤっとする

それが何なのか、私にはわからないのだけれど



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それからは目まぐるしい速さで動いていった

インタビュー、番組収録、レコーディング、レッスン

それを日々こなしていく

律子のレッスンは鬼の様に厳しい

亜美が鬼軍曹と名付けるくらいだ

かつて夢見た状況に、今私達が身を置いている

それが楽しくて、嬉しくて、厳しさなんてどうってことない

端的に言えば私達は売れた

テレビやラジオに引っ張りだこ

週に何本かだった仕事は日に数本に増え

反比例するように仲間達と顔を合わせる機会も減っていった

あの頼りない背中を見る事も




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律子から765プロ全員のライブが決定したと聞かされた

未だ燻っている仲間達も、初めての大舞台に緊張しつつ

日々レッスンに励んでいる

その姿に、気が引き締まった

負けていられない

765プロの看板を背負った私達が

みっともないステージを披露するわけにはいけない

そう考えるとより一層仕事にもレッスンにも熱が入った



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ライブ当日

激しい風と雨が窓を打ちつける

前日に近郊でライブのあった私達は足止めを食らっている

台風だった

新幹線が動かないので車を借りて行くことになったが

その車がパンクしてしまった

すぐにロードサービスを手配して何とかなったがリハには間に合わない

そう伝える律子の表情には悔しさと焦りが滲み出ていた

前日にステージに立っているとは言え

キャパも設備も全く違うステージにリハもなしに立つのは正直言って、怖い

アイツと電話する律子の電話に、皆からの励ましの声が聞こえた

怖いのは皆だって同じ

私達が怖がってたら何にもならないじゃない

受話器越しに皆へ声を届け車は走り出す



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しかし今日はとことんついてない

高速を走っていた車は遅々として進まなかった

降りるIC付近で渋滞にハマってしまったのだ

焦った亜美が律子を急かしている

助手席ではあずさがアイツと電話をして状況を説明していた

セットリストまで変えて、皆が頑張ってくれているのに

私はただ座っていることしかできない

いたずらに時間だけが流れていく

それが悔しくて、悲しくて、歯痒くて、視界が滲むのだった



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ライブが始まってかなり経つ

車もあと少しで高速を降りられそうな所まで来た

静かな車内に亜美の携帯が着信音を響かせる

真美からのメールのようだ

今、美希がかなり頑張ってくれているらしい

竜宮に入れなくて、逃げ出したこともあるあの美希が

私達の到着まで繋いでくれている

負けていられない

下を向くな、私

美希の、皆の頑張りを無駄にしないためにも

今は泣いている場合じゃない



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高速を降りてからライブ会場まではスムーズに進んだ

裏口に車を着けて、スタッフに先導されながら全走力で袖に駆け込む

「ねぇ皆は!今どうなってるの!?」

駆け込んですぐ近くにいる見慣れた

けれど少し逞しくなった背中に声をかける

振り向いたアイツは笑顔で右手の親指を立てた

袖幕からステージを覗くと

客席に向かっている皆の背中が見える

照明とサイリウムに照らされて、キラキラと輝く9つの背中

フロアは大盛り上がり

私達の前座なんかじゃない、765プロの底力が証明された瞬間にこれ以上ない高揚感を感じる

皆がつないでくれたこのバトンを、私達が落とすわけにはいかない

負けていられないわよ!

律子が檄を飛ばす、あずさも亜美も、きっと同じ気持ちだったハズ

すぐに衣装に着替えスタンバイ完了

かつてない程高いモチベーションでステージに向かう

皆ありがとう…

心からそう思う

あとは私達に任せなさい

袖を通る時、アイツと目が合った

声には出さないけど、頑張れと眼が語っている

そういえばアイツに背中を見送られるのは久しぶりね

そこで見てなさい、この私を!

律子、あずさ、亜美、行くわよ!

ステージに駆け出した私達を、ファンが出迎えてくれる

ボルテージは最高潮

「皆!お待たせ!」

「竜宮小町も負けずにやっちゃうよ!」

「それじゃあ一曲目!」

Smoky Thrill!!!