滅多にない降雪、と今朝のニュースキャスターは言っていた。夜になって、一度止んだ雪がまた降り始めていた。真っ黒の空と、何処を見ても白とそれを縁取る水墨のような灰の景色。自分とは不釣り合いな、綺麗過ぎるジオラマから逃げるように、俺は事務所の中へ入った。
かじかんだ指や引き攣った頬が、部屋の暖気で徐々に弛緩していく。電気は点いていた。暖房も切られていないから、部屋の中は暖かいのだった。しかし、見る限りでは誰も居なかった。上着に付いた雪を払って、自分の机に向かう。荷物と上着を放って、ふと、向かいの机に目が行った。
お向かいさんは律子の使っている場所だ。机の上にこじんまりとしたカメラが一人、くつろいでいた。机を周りこんで、それを手に取る。見たまま、だった。俺の手には小さすぎるくらいのデジカメ。何となく、電源を入れる。何となく。何か特別に興味があったわけじゃなかった。
じー、とカメラのレンズが開く。うたたねしているのを起こされた時のあくびにも似た駆動音は、部屋の中に妙に響いた。小さな小さなボタンを押して、過去のデータを再生する。最初に表示されたのは真っ暗な画面だった。次の写真は真っ暗な背景に浮かぶ、どこかの白いフェンス。
何故暗がりやフェンスを撮ったのか、分からなかった。デジカメとにらめっこしていると、ドアの開く音がした。
「プロデューサー、帰ってたんですか」
スーツの肩のあたりや髪にうっすらと雪を積もらせた律子が、ドアの傍で笑っていた。
「ごめん、勝手に見るつもりは……いや、結果的に見たわけだけど」
「あ、やっぱり机に忘れてったんだ。私」
そう言って、律子は軽い足取りでこちらへきて、俺の手にあるデジカメを覗き込んだ。肩に付いた雪を払ってやると、ちょっと恥ずかしそうに礼を言った。
「なぁ、この写真、えーと……何?」
俺がデジカメの真っ暗な画面を指差して言うと、律子はまた恥ずかしそうにして、ぺろりと舌を出した。
「や……雪、降ってたでしょう? 何となく屋上上がったら、夜空が綺麗で……写真撮ろうとしたんですけど、見ての通りで」
照れくさそうに頭を掻く律子がいつもより少し幼く見えた。可愛らしかった。
「一旦、部屋に戻ってから、この辺うろうろしてたんです。良さそうなところないかなって」 
「なるほどな。で、あった?」
「全然」
律子はなぜだか嬉しそうに答えた。俺の手からデジカメを取って、撮った写真をくるくると見せてくれた。大半は黒の中にちらりと街の明かりや、例のフェンスがぼんやりと浮かんでいるだけだった。
これはあっちの方角、これはあの店のあるところ――と、同じような写真を何枚分もいちいち説明してくれた。
「どうやっても上手く撮れないんですよね、本当、綺麗だったんですけど」
最後の写真の説明を終えて、律子は肩を落とした。俺が思わず、ぷっと吹き出すと、律子は怪訝そうにこちらを見た。
「どうせ私はへたっぴですよ」
口を尖らせて、拗ねたような顔をしていても、可愛かった。
「そうじゃなくって、今から見に行けばいいだろ」
俺がそう言うと、ちょっと考えた後律子も吹き出した。
「なんで思いつかなかったんだろ」
「形に残すのに必死だったんだろ。ほら、上着着て……」
「ありがとう……うん、暖かい。じゃ、行きましょ」
二人でドアを開けて、飛び込んできた外気に二人で身震いした。屋上へ上がって、もう一度身震いすることを期待して。