バレンタインデーがやってきてしまった。
俺はいつもこの日にある種の違和感を感じている。
それは何故か、俺はチョコレートという物を貰うより圧倒的に提供する方が
多かったからだ。


ショコラティエとして。


だがそれも昔の話。 
今は765プロのプロデューサーとして、日々アイドル達の成長を見守る立場だ。
そのアイドル達が、チョコを「義理」という形であれ提供してくれる、そんな日なのだ。
 
貰えない可能性はないのかって?
彼女達は本当に優しい。
優しいんだ。
だが、優しすぎる。
気持ちだけでありがたい、本当に胸がいっぱいになる。
いいんだ、チョコなんてそんな大層な物をくれなくてもいいんだ
気持ちだけでいい。
気持ちだけにして欲しい。
気持ちだけにしてくれ頼むから。


俺は、チョコアレルギーなんだ。


だけど、今、この瞬間。
あずささんが、目の前で、チョコを口に含み、俺の唇に、触れようとしている。

あずさ「プロデューサーすぁわああん?何逃げてるぅんですぅ?んむぅぅぅ」

何だ、何だこの状況は。
あずささんは何故こんなに酔っているんだ。
音無さんは何でこの状況をもの凄い笑顔で眺めているんだ?
誰だ、あんなにウィスキーボンボンを持ってきたのは。
音無さんか。
そもそも、あずささんはアレをそれほど食べていないと思うが……
あれはウィスキーボンボンなのか?
別に強力なアルコールが含まれている何かなんじゃないのか?


その答えを追求している暇が俺には今はない。
だってもうすぐそこにあずささんの、チョコ入りのあずささんの唇が迫っているのだから。


このまま少し冷静に考えてみよう。
この状況は喜ばしい状況のはずだ。
何といってもあずささんの唇が今すぐそこにあり、何故か、何故か音無さんが止めようとしない事態。
明らかに笑顔で楽しんでいる、止める気が全く無い様に見える。異常だ、全てが異常だ。
異常だが、喜ばしい状況のはずなんだ。


何で俺はチョコアレルギーなんだ?
そんな事も忘れてしまった、いや考えられなくなってるのか。
……ショコラティエとして修行している時はアレルギーではなかった。
だが、多少なりともショコラティエとして知名度が上がってきた時、
ある日突然味見をしたら体中に蕁麻疹が出来る体質となってしまったのだ!


最初は蕁麻疹が出来るのを我慢して、無理して仕事を続けていた。
だが無理は長くは続かない。
ある日味見をしたら、意識がなくなった。


後で当時の同僚に聞いた話だが、何故かものすごい笑顔で倒れていたらしい。
俺は本当にチョコが好き「だった」のだ。


そんなこんなで仕事を続けられなくなった俺はショコラティエの職を辞する事となった。


そして765プロに来たのだ。
765プロに来て、初めてのバレンタインデー。


実は、チョコを貰う恐怖におびえるなら、逆に上げようという発想で今日に臨もうと
友人の店に行って、おいしいチョコレートを用意していたのだ。
どうやって彼女達に振舞おうか一生懸命悩んでいたのだ、しかし……


よもやここまで恐ろしい事態になるとは想定もしていなかった。


ましてや、給湯室では悪魔の囁き、いや小悪魔の囁きと言うべきの更なる恐ろしい事が行われている様だった。


伊織「貴音!そのチョコめちゃくちゃ高かったんだから、ちゃんと美味しく作ってよね!」

貴音「伊織、わたくしのらぁめんへの愛を侮らなぬ様」

伊織「愛以前にチョコでラーメンを作ろうという発想がもう既にチョコに対する冒涜以外の何者でもない気がするけど」


チョコでらぁめん?
もはや俺にはまともな人間の会話には聞こえなかった。
このビッグイベントの後に、更なるスペシャルイベントが控えていると思うと、
俺は何かに目覚めちまうんじゃないかと錯覚さえ覚える。


そして、あずささんの迫る勢いが少し増し、俺が抑えていた力を多少なりとも凌駕し始めた。

あずさ「プロデューサーさぁああああん!もぉおおお!準備万端なんですよぉおおお!」

あ、ダメだ。
もう、この人を止められない…


ムチュウゥウウウウウウウ


ああ…何だろうこの感覚。
体中に蕁麻疹が広がっていく感覚は判るけど、それ以外の何か、
何かが広がっていく感覚…これが幸せ?極楽浄土?俺、どこいくの?


ピキーン


伊織「きゃっ!?」

給湯室にいた伊織が急に驚いた声を出した。

伊織「私の、え?え?何!?何よこれ!」

伊織の状況がつかめない、状況をつかみたくても身体が動かない。
だが、俺は手に何かを掴んでいる。
何だこれは。

伊織「ちょ……ちょっとアンタ!!何で!何で!?」

どうしたんだ伊織、落ち着け、何が起こったんだ?

伊織「何でアンタが、私のブラジャー持ってるのよ!?」

……え?
ブラジャー?
倒れた身体の上に、泥酔して寝てしまっているあずささんの事を少しどけて、
ぼやける視界の中、自分の手を見る。
確かに、触り心地の良いシルク素材だろうか?高級そうなブラジャーを俺は手にしていた。

何で?

状況が全く掴めない。
音無さんは、この異様な光景に腹を抱えて笑い転げている。
貴音は、こんな状況を気にしないでチョコらぁめんを真剣に作り続けている。
伊織は……言うまでも無く、激昂して……ゴスッ!!

伊織「変態!ド変態!der変態!変態大人~!!!!!」ドカッドカッドカッ

俺は完全に意識の向こう側へ――


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――病室。


症状が落ち着いた俺は、あの時の事を思い出してみる。
あずささんは何故あんなに泥酔していたのだろうか。
貴音は、チョコらぁめんを結局どうしたのだろうか。

……多分、自分で食べたんだろうな。

高笑う、音無さんの陰謀。
そして、何故、あの時伊織のブラジャーを持っていたという不可解な事実。

おそらく俺のチョコアレルギーの事を知った音無さんが巧妙な罠を張ったに違いない。

だが、ブラジャーの件はどうにも、説明が出来ない。
俺は超能力者にでもなってしまったのか?


コンコン


音無さんが入ってきた。

小鳥「プロデューサーさん!お身体の方はどうですか?んぷっ!」

思い出し笑いしてるよこの人……

小鳥「しかし、大変ですよねぇ、チョコレートアレルギーだなんて、バレンタインデーの楽しみが無いですよねぇ」

心配してる顔ではない。

小鳥「私、結構楽しめましたけどね、ピヨヨヨ~♪」

まさか、毎年バレンタインデーに何かを仕込むんじゃないだろうか……

小鳥「でもアレだけ濃厚なチョコ食べさせてもらったんですから、ホワイトデーは奮発しないと、ですね!」ニヤッ

凄い、嫌な笑いしてる……


コンコン


高木「おー!君ぃ!体調は、どうかね?回復に向かっているとは聞いているが」

社長がわざわざお見舞いに来てくれるとは!
恐縮している所に、ふと社長の持っている物に目を止める。

高木「いやぁお見舞いに何を持って来ようかと悩んでいたらね、音無君が時期が時期だからって、ほら、チョコレート」

チョコだと!?
音無さんのドヤ顔が、俺の恐怖を煽る。
俺の意識がまた飛びそうになった、その瞬間。


ピキーン


小鳥「ピ、ピヨォオオオッ!?」

目の前が真っ白になりそうなのを何とか堪え、少しずつ視界が戻ってくる。
ぼやけた世界が明瞭になっていく中で、音無さんと高木社長が驚愕の眼差しで俺を見ていた。

高木「き、君!君の持っているそれは!」

小鳥「そんな!そんな事って!ブフッ!」

高木社長の高級ブリーフだった。




おしまい