目覚めた頃には時既に遅し。

寝ぼけ眼を擦り時計を見る。時計の時針と分針は丁度8時30分を示し、秒針はチクタクと動き続けている。外は闇に包まれ、2月14日が終わろうとしていた。

昨日までの3日がかりだった遠征から帰り、自宅に戻ったのは午後9時。それから…少し時間をかけながら、計量器に想いをのせた。

眠ったのはいつだったろう…?いくら疲れていたとはいえ、半日以上も寝ていたなんて。

用意してあったスプラッシュレッドの包み紙と、ノイエグリーンの包み紙に包まずに置いてあった2つの“想い”は、冷蔵庫の中で冷え切っていた。

「冷たい」

一言だけ呟くと、涙が自然と頬を伝うのが分かった。


渡せなかった…。“大切”の中身はチョコレート。通り過ぎようとしている今日、“バレンタインデー”の贈り物。2つとも冷蔵庫から取り出す。

「やっぱり冷たい…」

今から事務所に行ってもきっと誰もいないだろう…。あの2人なら、1日くらい遅れたって怒りはしないだろう…。太陽みたいに笑いながら受け取ってくれる。

でもそれじゃダメ…。1日でも遅れるなんて、自分が自分を許せない。昔も、月2回の投稿を怠ったことは無かった…。はず…?

少しも形を変える気配のないチョコレートを見て、自惚れる。

「美味しそうだな。食べちゃおうかな」


「愛ちゃん、涼さん。食べてくれないの?じゃあ…自分で食べちゃおうかな…?」

声をかけても意味がないのは分かってる。ここには誰もいないんだから。

両端を掴み、半分に折る。パキッと音を立てたチョコレートを見てハッとする。

「こうなっちゃうのかな…。愛ちゃんと私…」

嫌われる…。大袈裟だと嘲笑されるだろうか。しかし、私にとっては大きな問題。チョコレートを渡せなかった悔しさと、それを真ん中から綺麗に割ってしまったショックが相俟って、大袈裟に考えてしまう。


一口また一口と口に入れる。

甘い。甘い…?違う。想い。苦い。苦い、想い。

いつの間にか半分食べ終わっていた。残されたもう半分は、最初よりもずっと“重い”。

“重い”を口にしようとしたその瞬間。部屋に音が鳴り響く。インターホン。誰だろう…?

その顔はモニターには映らない。モニターに映らない人物は一人だけ心当たりがあった。如月の風に揺れる髪だけが映される彼女は、顔が映らないほどに小さいのだから。


「愛ちゃん…?こんな時間に…どうしたの…?」

「絵理さんに渡したい物があったので!」

時計は9時を周ろうとしていた。いつもは元気に大きな声で喋る彼女は流石にしずかだった。

「これ、チョコレートです!」

戦慄する。今はその名を聞きたくはなかった。

「あたしも頑張って手作りしたんですよ!あと、これは涼さんからです!」

「涼さんのも…?」

要らない。とは言えなかった。

「はい!今日は絵理さんに会えなかったから代わりに渡して欲しいって!」

「一緒に来なかったの?」

「お昼ごろに1回来たけど、居なかったって言ってました!あたしも何回か電話したんですけど。あ、涼さんはこれから用があるって言ってました!」

「ごめんね…。寝てた…」

正直に伝えると、愛ちゃんは逆に謝ってきた。


「ごめんなさい!絵理さん昨日まで遠くに行ってたんですもんね!!疲れてましたよね!?」

いつもの愛ちゃんに戻る。私が人差し指を立て唇に当てると、愛ちゃんは両手で口を塞ぐ。

「せっかく来てくれたんだし、お茶でも淹れるね」

「あ、いいです!ママ、外で待たせてるので!」

伝説のアイドルを寒空の下で待たせるなんて、末恐ろしい子。

「じゃああたしはこれで!」

「待って!」

普段の愛ちゃんより大きな声を出したかもしれない。そのくらい、今の自分の言葉が私の中で響いた。


「絵理さん?」

「私からも…渡したい物、あるの」

そう言って踵を返し、ちっとも変形していないチョコレートを急いで包む。

歪に包まれた“重い”を差し出す。

「絵理さん…これ…」

「それ…チョコレート…」

「えっ!?」

事情を説明し、半分になってしまった事を謝罪する。


「そうだったんですか…。絵理さん…あたしの事嫌いになっちゃたんですね…。ハートを半分にして…わあああぁぁぁぁぁぁん!!」

「愛ちゃん!?その…ち、違うの…!」

こうなってしまっては弁解も無駄だろう。そう思っていると

「冗談です!」

「え…?」

「なんだか絵理さんが責任感じてるみたいだったから、こうしたら解れるかなーって思って!」

愛ちゃんが冗談を言えるようになったなんて…。ちょっと嬉しかった。


だけどそれは、チョコレートみたいに半分の冗談。

「愛ちゃん。目の周りが赤いよ?」

「え…!?」

「半分、本気だったんだよね…?」

「…絵理さんはすごいです!何でも分かっちゃうんですね!」

嘘泣きを嘘じゃないと、思ったことを言っただけ。そうすると、愛ちゃんは冗談のもう半分を正直に埋めてくれた。

今度は私の“重い”の半分を埋める番。



「ええええ、え、絵理さん!?」

唇が離れると、咄嗟に慌てる愛ちゃんは可愛かった。

「私のもう半分は…ここだよ」

「もうお腹の中ですよね!?」

「そんなこと言わないで、私の“想い”、受け取って…?」

確かに“重い”の半分、“想い”を渡した。

「う…受け取りました…!」

「お粗末さま…?ではないかな…?」

何て言えばよかったんだろう。


「涼さんの分は…どうしよう…」

「涼さんのもあるんですか!?」

「もちろんだよ」


そんな矢先に再びインターホンが鳴る。モニターを確認する前に愛ちゃんがドアを開ける。

「絵理ちゃんは!?大丈夫なの!?」

「涼さん!?」

「涼さん…?」

「あれ…?絵理ちゃん?」

「どうしてここに!?」

「愛ちゃんからメールがあったんじゃない。絵理ちゃんが急に倒れたって…」

「あたし、メールしてませんよ!…あ、ママだ……」

舞さん。ありがとう…。涼さんが急いで来てくれるようにしてくれたのかな…?

「でも、これで涼さんに渡せるね…」

「あっ!そうですね!ママありがとう!」

「え?何の事?」

もう1度踵を返し、チョコレートを取りに行く。今度はちゃんと包む。


「涼さん、これ…」

「これって…?」

「チョコレートだよ。今日はバレンタインだから…」

「そっか!ありがとう絵理ちゃん!」

涼さん、嬉しそう。家族以外の女の子から初めてもらった男の子みたい。

「…一応聞くけど…本命…とか?」

「友チョコに本命も義理も無いと思うけど…。うん…そうだね…。二人とも本命かな…?」

「ぎゃおおおおおおおん!」

「涼さん!静かにしないとダメですよ!!」

愛ちゃんもね。それにしても涼さん、ちょっとオーバー…?



こうして、2人の太陽の陽光を浴びて…トロけるようなひと時は終わろうとしていた…。のに…。




「絵理!大丈夫なの!?」

「絵理ちゃん!絵里ちゃん!」

尾崎さんにまなみさん…?そんなに慌ててどうしたんだろう?

「あ…。私がメール送ったんだ…」

「涼さんが…ってことは…」


「愛ちゃん…?どういうつもりなの…?」

「日高さん…?後でお仕置きよ…」

「ぜ、前言撤回です!ママのバカー!!」


今日はまだまだ終わらない…?