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事務所に居るときの兄ちゃんは、いつも、決まった時間にコーヒーを飲む。

朝事務所に来た時と、お昼を食べた後。

私は兄ちゃんがコーヒーを飲む姿が好きだ。


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スケジュール帳から目を離さず、左手はカップの持ち手を捜す。

手繰り寄せるようにカップを掴むと、熱さを確かめるように静かに口に近づける。

ズズズと啜るように飲むのはまだコーヒーが熱いからだろう。

コクリと、喉が動く。

その後、少しだけ、本当にほんの少しだけだけど。

兄ちゃんは、とても安らいだ顔になる。

私は、その顔が、大好きだ。


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亜美と遊んでいる時でも。

はるるん達と楽しくおしゃべりしている時でも。

兄ちゃんがコーヒーを飲む時、目で追ってしまう。

日を追う毎にその好意が恥ずかしくなる。

でも、見たくて、たまらない。

不思議だなって、思う。


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ある日、兄ちゃんにコーヒーを淹れてみた。

兄ちゃんはとても喜んでくれて美味しそうに飲んでくれた。

でも。

あの、安らいだ顔は見る事が出来なかった。


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美味しくなかったけど、優しい顔をしてくれたんだろう。

兄ちゃんはそう言う人だから。

そう、思っていた。

けども。

どうやらそれは、私の思い違いだったみたい。


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誰が入れたコーヒーでも兄ちゃんはニッコリと微笑んで飲む。

でも、あの安らいだ顔を向けるのは。

あの人が淹れたコーヒーだけ。

優しい、とても優しい、事務員のお姉さん。


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気付いてしまった。

多分、兄ちゃんのあの顔は。

私がコーヒーを飲む兄ちゃんを見る時と同じ顔。

相手を想う時の顔。

好きの顔、なのだと。


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「兄ちゃん」

「ん、どうした? 真美」

「それ、一口頂戴?」

「コーヒーだぞ? 苦いけど大丈夫か?」

「うん」


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「どうだ? 苦かったろう?」

「うん、すんごく苦かった」


そう言って私は微笑んだ。

あの顔で、微笑んだ。

きっと兄ちゃんにこの顔を見せるのはコレで最後だろう。

せめて最後にと、遠まわしのキス。



はじめての兄ちゃんのコーヒーは。



とても、とても苦かった。