☆シャッフルSS☆



□ 23:00 765プロ

  がちゃっ。

P「うー……いい加減半袖は夜に寒いな」

貴音「お帰りなさいませ、あなた様」

P「あれ。電気点いてるから誰か居るんだろうとは思ったけど、貴音だったのか」

貴音「ええ、本日は何となく。此処より眺むる月が真に美しく」

P「……半月か」

貴音「半分は陽の光を浴びて明るく輝く一方、半分は宙の闇に閉ざされ姿も見えず」

P「なるほどね。しかし、こんな時間までここで月を見ているのは感心しないな」

貴音「然様ですか。これは失礼致しました」

P「いや、そうあっさり返されても困るんだがな……その、なんだ」

貴音「『夜遅くの独り歩きは危険だ。送ってやるから車に乗れ』、ですね?」

P「……参ったな。その通りだよ」

貴音「そして私はこのように申します。
  『ご安心下さい、私なら大丈夫です』、と」

P「今日は、そうは言わないのか? 送って行くぞ?」

貴音「そうですね……私は今日は、少し我儘なのです」

P「どういうことだ?」

貴音「宙に浮かぶあの月の様に、
   私には陽の当たる場所も有れば、日陰もあるのです」

P「……貴音、俺にはさっぱりわからないよ」

貴音「例えば私が今、此処であなた様に
  『今宵は帰りとうございません』と申せば……」

P「おいおい、冗談はよしてくれよ」

貴音「あなた様はその様に仰います。
   これは確かに『現』の習わしです」

P「そりゃあそうなるだろ。習わしもへったくれもない」

貴音「ですが、私は密かに『夢』を見ているのですよ」

P「『夢』?」

貴音「あなた様が『ならば、俺も此処で一夜を共にしよう』
   と仰ること。そして――――」

P「ストップストップ!
  その先はなんか宜しく無さそうな気がする!」

貴音「ふふっ。あなた様は本当に、いけずなお方です」

P「まったく。あんまりモテない独身男を、からかうもんじゃないぞ」

貴音「……私が、ただ戯れにこのようなことを申している。
   そう、お思いなのですね?」

P「戯れではない、と言いたいのか?」

貴音「さぁ。それはどうでしょうか」

P「……やれやれ。今日の貴音は本当に随分と我儘だな」

貴音「ええ。最近些か、夢か現かわからなくなるような
   思いが、多いものですから」

P「安心しろ。今は確かに現実だ、夢のように見えてもな」



貴音「常世国、夢か現か知らねども――――」



P「なんだ、急に?」

貴音「あなた様がここまで導いて下さったこと、感謝しています」

P「そりゃあ勘違いだ。みんなが頑張ったから、今がある。
  俺はせいぜい手伝いをしただけだ」

貴音「されど私達だけでは立つことの無かった地へ手引きをしたのは、
   あなた様に他なりませぬ。その思いを上の句に込めました」

P「……なるほど。連歌か」

貴音「皆が恐らく、同じようにあなた様のことを思っているでしょう。
   ですから私は、あなた様に我儘を申し上げようと思ったのです」

P「貴音?」

貴音「あなた様。少々目を瞑っていただけますか?」

P「ヘンなことしようとするなよ!?」

貴音「大丈夫ですよ。
   私には『恥じらい』と言うものがございますから」

P「ホントだな!? じゃ、じゃあ目ぇくらい瞑ってやるよ!」

貴音「……ちゃんと瞑りましたか?
   薄目を開けたりしてはおりませんか?」

P「子供じゃないんだから!
  そんな中途半端なインチキはしてないよ!」

貴音「では、心の中でゆっくりと、三つ数えてから、
   もう一度目をお開きください」

P「……それだけか?」

貴音「ええ、それだけです。
   下の句はその後、ゆっくりとお聞かせください」

P「よーし、じゃあ……いーち。……にーぃ。……さーん!」



 目を開いた。

 煌々と灯っていたはずの事務所の蛍光灯は、そのすべてが闇に収まっていた。その場にいたはずの貴音は、月が暗闇に姿を隠したように、いなくなっていた。

 貴音がどこに行ったのか。そんなことを考えても、どうにもならなかった。出来の良い手品のように、貴音が今ここに確かに存在したと言う事実さえも覆い隠して。

 もしかしたら、それはただの『夢』だったのかも知れない。

 貴音が俺に見せたかった我儘とは、俺の心に不可思議で不連続な特異点を作ることだったのか。そう思った。でもここには、答えをくれる人間はもう、誰も存在しなかった。

 常世国、夢か現か知らねども。



P「――――宇治の高嶺に、月ぞ恋しき」



《fin.》