☆シャッフルSS☆
「水瀬先輩!お疲れ様でした!」
「はいはい、いっつも元気ねぇ、アンタ達」
最近デビューしたばかりのアイドル、春日未来って言ったかしら?
屈託のない笑顔、無駄にデカい声、そして元気だけが取り得という感じで…
まあ、新人だし、勢いも大事よね。
「はいっ!それだけが自慢です!」
「ほら、未来、行くよ」
「あ、ま、待って志保さん!」
通路を掛けていく新人の背中を眺めながら、「あの頃」の事を思い出す。
全国を飛び回って、営業、テレビに出演、ライブ、忙しくて、キツイと思う時もあったけど、
「はあ…ったく、懐かしい感じだわ」
私は、水瀬伊織。
この765プロダクションでデビューしたスーパー美少女アイドルだったの。
だった、って言うのは、今はアイドルというよりも、女優に近いからかしら?
音楽方面の仕事は、あの頃より減ったけど、まだまだ芸能界の第一線で活躍中なのよ!
最近じゃ後輩の育成もしてるんだから。
そりゃあ、デビューから10年、25歳にもなれば色々とね。
「…さて、私も帰ろうかしら」
思えば、この事務所に移転してからでももう3年、一番最初の事務所からすると大分広くなった。
…ちょっと、昔のあのこじんまりした感じの事務所も懐かしいわね。
「どうしたんだ?伊織。こんな時間まで珍しいじゃないか」
スタッフも居ないオフィスを眺めていると、後ろから「アイツ」の声が聞こえる。
「昔どっかのヘッポコプロデューサーにプロデュースされてた頃の事を思い出したのよ」
「ん?どこの誰だ、伊織にそんな事を言われるボンクラは」
不可解そうな顔をする男を一瞥して、少し溜息交じりに、そして落胆の色を隠しもせずに言った。
「…もう、居ないけどね」
「…そうか」
「ヘッポコでボンクラであんぽんたんだったけど、いつの間にか手の届かない背中になった…」
「…そうかな」
「そうよ」
「…そんな事、無いけどなぁ…俺は、昔と何も変わってないよ」
アイツは、いつもそうだった。
そう、変わってない…変わって無い筈なのに。
「そうかしら…変わったと思うけど」
「…」
「…前なら、何時でも声をかけてくれたじゃない…プロデューサー」
「…ごめんな」
「…許さない」
そう言うと、私はアイツの胸倉を掴み…上げる訳無いじゃない。
…恥ずかしいわね、こうして抱き着くのなんて、何年ぶりかしら…
「…どうすれば…許してくれるのかな?」
「…あの時の約束、忘れたわけじゃないわよね」
抱きしめたアイツからは、「あの頃」と同じ、少し汗臭い、でも、何だか落ち着く匂いがした。
「…でも」
「今更何よ」
「…俺は、お前に相応しい男になったかな」
「全然」
自信有り気な笑みを浮かべたアイツに、私はあっさりと返してみる。
「な…」
「だから、言ったじゃない。私のパートナーとなるからには、私がキッチリ水瀬の掟を叩き込んであげるから心配ないって」
満面の笑みを浮かべて見上げると、そこには頼りなさそうな顔をしたアイツの顔があった。
「それが怖いんだよなぁ…」
「何か言った?」
「あ、いや……なあ、伊織」
おちゃらけた声じゃない、低いけど、良く通る声が私の心を打つ。
「…な、何よ、突然神妙な顔をして」
「あの時」と同じ顔、声だ。
「……もう一度、あの時の言葉、聞かせてくれないか」
「……仕方がないわね」
「アンタの事が…私は大好き…!何年先でもいい、10年でも待つわ…私を…私と結婚しなさい!」
あの時の、あの台詞。
一字一句、言葉の抑揚から息遣いまで、覚えている。
「…」
「…私は、言ったわ…10年でも待つって…アンタは、あの時何て言ったか覚えてるの?」
「…俺は、まだやらなきゃならない事がある。だから、伊織、今は俺はお前と一緒になれない…だけど、きっと、10年先でも…それでもいいか?」
「…10年よ…レディをよくこんなに待たせてくれたわね」
「…反省してます」
「…答え…聞かせて、くれる…の?」
「…」
「伊織…俺はお前の事が大好きだ…!10年も待たせた不甲斐ない男だ…!だけど…お前の事を愛してる!俺と、結婚してくれるか?!」
「……よ」
「え?!」
「…嫌よ」
「…あ」
「…だって」
「…」
「だって、私…私の方が愛してるんだから…!」
「…伊織!」
「ちょっ、急に抱き着かないでよ…!」
「好きだ!」
「なっ…や、やめなさいよ恥ずかしい、そんな大声で」
「俺は伊織を愛してるんだ!」
「誰かに聞かれたらどうするの!」
「構うもんか!明日には社長に報告だ!お前の家への挨拶も早いうちに済ませるぞ!水瀬財閥がナンボのもんじゃ!」
「覚悟しなさいよね、うちのお父様もお兄様も、厳しいわよ」
「俺に任せておけ!何せ俺は」
「はいはい。敏腕プロデューサーのお手並み拝見ね」
…ホント、子供っぽいところは相変わらずよね…
でも…
「そう言う所も、好き」
「ん?何か言ったか?」
「別に。ほらアンタもそろそろ帰るんでしょ。この伊織様を送れるんだから感謝しなさいよね」
「まあ、近いうちに一緒の家になるからな」
「う…そ、そういう事を言わない!」
「え?何でだよー」
「煩いわね!ほら!行くわよ!」
「あっ、待て!」
あの日の言葉、覚えててくれた…私はそれが嬉しかった。
そして、これからも、あの日、あの時、2人の時間を作っていく。
それは、アルバムの一ページの様に…
「私の事、幸せにしなさいよね♪にひひっ」
終
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