テケテンテンテン テケテンテンテン テケテンテンテン コンチキチン♪

やよい「えー、本日は大勢の入りのようでありがとうございますー」
やよい「ぞくに『世の中に金のいらないものはあらねど、ケチとよばれたいものもなし』なんて申します。わたしも実家はそーとー貧乏なわけですが、ケチとか呼ばれるとおちこんじゃいますねー」

やよい「やっぱりですね、ケチとかよりも『しっかりしてる』とか『けんやくか』だねーって言われるとうれしいかなーって」

やよい「ところがですよ、まあみなさんもご存知かもしれませんがね。いるんですよ……ほら、わたしの友達に……まあ仮にIちゃんって人が」

やよい「これがまたね。財閥令嬢とかいう反則的なお金もちさんでしてね。まあやっぱり友達なんで、仲はいいですよ? 気も合いますし。ただねえ、話がかみあわねえってことがあるんですよ」

やよい「こないだもですね、妹が遠足でお弁当がいるって時に『お弁当はなにがいいの?』って聞いたら、『わたし、サンドイッチがいい』とか言うわけですよ」

やよい「よしわかった! ってんで、わたしも知り合いのパン屋さんに行ったわけです。ここのパン屋さんってのがですね、手前ぇん家でパンつくって焼いてるて店でして。食パンとかも焼いてるんですよ」

やよい「これはみなさんもおわかりだと思うんですが、パンの耳ってあるでしょう。あの食パンのヘリの四角いトコね。あれは食パンの外側なんで焼けてああいう色と固さなわけですけど、食パンてのはこう細長いパンを切って売ってるわけです」

やよい「だから売ってる食パンはみんなああいう四角の外側が耳になってるわけですけど、その細長ーいトコの端っこ。つまり両端は四角の全面があの耳になってるわけです。これ、わたしはパンのヘタ、って呼んでるんですけどね」

やよい「……いや、これはわたしが勝手に呼んでるだけで、別にパンの業界用語とか専門用語とかじゃないですよ? 帰って、うぃきぺでぃあとかでみなさん調べたりしないでくださいね。嫌ですよ? 後でうぃきぺでぃあとかに『パンのヘタ』とかいう項目が作られたりしてて、そこンとこにですよ『高槻やよいが高座でそう呼んだのが由来』とか書かれたりすると、わたしのメンツにかかわってきますからね?」

やよい「またあの、うぃきぺでぃあってのにわたしの名前がのると、そっからわたしのページにリンクはられちまうンですよね。最近もですね、ふるさと納税とかいううぃきぺでぃあのページからなんでかわたしのページにリンクはられちまいまして、知らないって言いたいですよ、ねえほんとに」

やよい「それで話もどしますけど、あのパンのヘタってのはまあパンの耳だけの集合体みたいなモンですからね、安いんですよ。パンのヘタだけ袋に入れて十枚ぐらい入って、二十円とかなんですよ。で、よおし、そいつでサンドイッチ作ってやろうと思って買いにいったら『今日はもう売り切れ』とか言われまして」

やよい「思わず『うっうーりきれ?』とか聞いたんですけど、向こうは普通に『ええ』とか言うわけで」

やよい「わたしも困ったなぁ、ってコンビニ入って『すみませーん! パンのヘタありますかー?』って声ぇ張り上げて聞いてみたんですけど、店員のお姉さん、目ぇパチクリしながら『ぱ、パンのヘタですか?』とか聞き返してきましてね」

やよい「まあわたしもみなさんに黙ってたんですが、パンのヘタってのはわたしは、パンの業界用語か専門用語だと思ってたんですね。だから『そうですよー。ヘタですヘタ、パンのヘタ』って言ったらお姉さん申し訳なさそうにですね『すみませんお客様、当店にはヘタなパンは置いておりません』とか言うわけですよ」

やよい「違うんだって! ヘタなパンじゃなくて、パンがヘタなんですよー! ってまあこっちも動転してるもんですから、よけいにややこしい説明しちまって。しまいにはお姉さん『あの、期限切れが間近なパンならこちらの見切り品コーナーに……』とか言いだしましてね。まあ……そいつはそいつでありがたく買って、帰ったんですけどね」

やよい「そンで帰ってIちゃんに『どうしよう……パンのヘタ売ってなかったんですー』って言ったらIちゃんなンつったと思います?」

やよい「『パンのヘタがないなら、ケーキのヘタを使えばいいじゃない』」

やよい「わたしゃ、ケーキのヘタなんて言葉、初めて聞きましたよ。まあパンのヘタもみなさん初めてお聞きになったかも知れませんけどね。さすがのわたしもちょっとカーッとなっちゃいましてね」

やよい「そンで横を見ると、弟もまっ赤になってんですよ。ああ、こりゃ弟も怒ってるんだな。よし、言ってやれって心で思ってましたらですね『さすが伊織さん……はあ////』とか言うわけですよ」

やよい「完全に堕とされてましたね。ええ。もうね、オオカミにねらわれるウサギの目をしてましたよ。ええ」

やよい「わたしがそうやって絶望してたら、もう1人の下の弟がですね、すぅっとIちゃんの背後に回るわけですよ」

やよい「ははあ、コイツめ。まだ色を知らない年頃だぁ、なあ。さすがに怒りを覚えたとみえると思って、よーし! いけ!! って私が心の中で応援してたら」

やよい「『伊織さーん。肩もみますね』とか言うわけですよ。もうね、ショック。弟は2人とも完全に配下。顔なんか骨抜きにされて、肉まんの下のうすーい紙みたいな表情してやがるわけです」

やよい「ここはわたしが言うしかないか、ってんで『サンドイッチだよサンドイッチ! サンドイッチを作るんだよー?』ってまあ、こっちもサンドイッチだから三度言ったわけですけどね、弟もIちゃんもシーン!!!」

やよい「まあ普段は仲がいいんですが、やっぱり根がケチといいますか倹約家ってのは、なかなか世間には理解されないのかな、って今回はそういうお話です」


やよい「すいませーん。ご隠居ー」

やよい「あら、あずささん。どうしたんですか?」

やよい「それがですね、あのケチどうにかなりませんかね~」

やよい「あのケチ……って水瀬屋の伊織のこと?」

やよい「そうなのよ~。こないだも九六一屋の旦那が亡くなった時、1人だけ不祝儀を出さないって言い出して~」

やよい「もう! 伊織には私からよく言っておくわ」

やよい「どうにかならないかしら~。とにかく吝嗇で評判よくないのよね~」

やよい「そうね……同じ味噌職業組合の竜宮組としても、困るわよね。

やよい「ご隠居。私、考えたんですけど」

やよい「なんです?」

やよい「あのけちんぼさん、独身でしょ~?」

やよい「そうよね。確かに」

やよい「カミさんでももらったら、ちょっとやわらかくならないかしら?」

やよい「なるほど! そいつぁ、いい考えだ!」

やよい「てなわけでご隠居、水瀬屋へ乗り込んで行ったわけです」

やよい「なあに? 竜宮組のまとめ役がわざわざ」

やよい「ええ。単刀直入に言うけど、あなた身を固めるつもりはない?」

やよい「ええ、ないわ!」

やよい「……いや、ないわじゃないのよ。なんで結婚しないのよ?」

やよい「カミさんをもらうと、飯を食うでしょ? だから」

やよい「こりゃまた参ったケチっぷりね。あのね、飯を食われるのが嫌だから結婚しないの?」

やよい「そうよ。まあ、飯を食わないカミさんならもらってもいいわよ」

やよい「どこにそんなカミさんがいるもんですか。あのね、結婚して嫁さんをもらいなさい」

やよい「いやよ!」

やよい「どうしても嫌だっていうなら、私も他の竜宮組もあなたのとことの付き合いは、金輪際ってことにさせてもらいますからね」

やよい「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんなことされたら、店がつぶれちゃうじゃない!」

やよい「じゃあ、もらうね? 嫁さん」

やよい「う……ううう……う……わ、わかったわよ」

やよい「よし、それじゃあってんで丁度、山むこうの星井屋に年頃の娘がいるってんで次の日には祝言ってこととあいなりました」

やよい「それで? あなた、美希って言ったかしら? ご飯は食べるの?」

やよい「もちろんなの! 美希、おにぎりが大好きなの」

やよい「やっぱり食べるのね……まあいいわ」

やよい「ここのお米、あんまり美味しくないの」

やよい「ウチのお米は、みんな古古古米ですからね」

やよい「美希、美味しいお米でおにぎりがたべたいの!」

やよい「……ほーら始まったじゃない。だから私は、結婚とかカミさんとか嫌だったのよ!」

やよい「新米を買ってもいい?」

やよい「ダメよ」

やよい「買ってもいいでしょ?」

やよい「ダメ!」

やよい「いいでしょ、ハニー☆」

やよい「ケチの旦那も、笑顔でハニーとか呼ばれると弱いもんで、不承不承新米を買ってやることに。しかし米だけにあきたらず、このカミさん寝てばかりいるのに色々と買い物をする。ところが妙なもんで、カミさんが隣でニコニコしてると、吝嗇の旦那も不思議と悪い気がしない」

やよい「そンで夜になるってーと、旦那が『さびぃさびぃ』とか言いながら両肘撫でながら布団に入るってえと、カミさんも『ハニー☆』とか言いながら入ってくる。と、こうなれば自然の摂理ってもんで、やがてのこと」

やよい「ハニー、あのね。できたの」

やよい「なに? おできなら、膏薬があるから貼っときなさい」

やよい「おできじゃないの。あかちゃんなの」

やよい「……え?」

やよい「ミキとハニーの赤ちゃんが、できたの」

やよい「これを聞いて旦那、落ち込む落ち込む。頭を抱えて青息吐息で仕事どころじゃありません。見かねて番頭さんがやってきまして」

やよい「旦那様、どうしたんですかぁ?」

やよい「番頭さん……言わんこっちゃないわ。赤ちゃんよ……赤ちゃんができたのよ……」

やよい「それはおめでとうございますぅ」

やよい「めでたくなんかないわよ! あかんぼが生まれれば、今まで以上に食べるでしょ? だいたい出産にいくらかかると思ってるのよ!」

やよい「ああ、それでしたらいい考えがありますぅ」

やよい「なに? いい考えって?」

やよい「奥様を、ご実家に帰すんですよ」

やよい「ちょっと待ちなさいよ! いくら私でも、赤ちゃんができたからって離縁なんてしないわよ」

やよい「違いますぅ。奥様のご実家に『ウチの店は男所帯で、なかなか気も利かず出産には不向きですのでお産はご実家でいかがでしょうか?』って言えばいいんですよ。里帰り出産ですぅ」

やよい「え? なに? そんな制度あるの?」

やよい「制度というか、習わしですね」

やよい「なんだ、そんなことできるの。すごいじゃない。よし、じゃあさっそく文を送るわ」

やよい「奥さんの実家の星井屋も、孫ができたってんで大喜びで話はトントン拍子にまとまり。やがてのこと、かわいい赤ちゃんが生まれたという知らせが旦那のもとにも届きます。たとえケチでもそこは親となると、嬉しさが旦那にこみ上げてきます」

やよい「ふふ、ふふふ。ふふふふふ」

やよい「どうしたんですか旦那様? 変な顔して笑って」

やよい「変な顔は余計よ。あのね、生まれたんですって」

やよい「それはおめでとうございます」

やよい「ええ。なんだかね、できたって聞いた時は食い扶持のことばっかり考えてしまったけど、いざ生まれたって聞くとね、その……うふふふふふふ」

やよい「おめでとうごさいますぅ」

やよい「なんでも、目元が私に似てるとかって話でね」

やよい「ご愁傷様ですぅ」

やよい「あ? 今なんて言ったの?」

やよい「本当におめでとうございますぅ」

やよい「まあいいわ。私ね、これから向こうに行ってくるから。今日は帰らないわよ。春香、荷物持ち頼むわね」

やよい「はい。荷物って、旦那様の着替えと……」

やよい「重箱持ってってね」

やよい「重箱、ですか? もしかしてなにかお土産を?」

やよい「馬鹿言わないでよ。向こうの星井屋でご馳走がでるでしょうから、持って帰るのよ」

やよい「は、はあ……」

やよい「それから番頭さん。近所で火事があったら、売り物の味噌を蔵から出して壁に塗ってね」

やよい「味噌で壁を……ですかぁ?」

やよい「めばりになるのと、火に炙られた味噌はみんなのおかずにするから」

やよい「わかりましたぁ」

やよい「じゃあ行ってきます」

やよい「こうして旦那様がいなくなると、店の連中も浮き立ちます。普段はご飯に漬け物だけの食事を強いられてたのですが、ここぞとばかり口々に」

やよい「今日はご→せ→にいこ→YO」

やよい「お酒も頼んじゃお→」

やよい「やーりぃー」

やよい「まかせてください。帳簿はね、私が適当にこう……うっうーってしちゃうから」

やよい「では仕出しや、ご馳走を運ばせますね。刺身に魚の塩焼き、それに……」

やよい「田楽が食べたいわね。店で売ってるのに、私たべたことがないわ」

やよい「あいわかりました」

やよい「こうして水瀬屋始まって以来の大宴会がはじまったわけですが、そこへひょっこり旦那が帰ってきます」

やよい「なんで重箱を忘れるのよ!?」

やよい「すみません。ついうっかり」

やよい「まったく……あら? なんでウチの店から宴会場みたいな声が……まさか」

やよい「番頭さぁん、もう飲めないわ」

やよい「まだこれから焼きたての田楽が届きますよ」

やよい「それは楽しみ……あれ? 旦那……様!」

やよい「やってくれたわね……このお酒と料理代、あんた達の給金からさっ引くからね」

やよい「そ、そんなあ……」

ドンドンドン

やよい「あーもしもしだぞ。焼けてきたぞー」

やよい「焼けてきた? もしかして火事かしら? どこから焼けてきたの?」

やよい「横町の豆腐屋から、焼けてきたぞー!」

やよい「すぐ近所じゃない! どのくらい焼けてきたの!?」

やよい「二、三丁焼けてきたぞ。でもこれからどんどん焼けてくるからな」

やよい「大変! こうしちゃいられないわ。みんな、店の売り物をもって……」

やよい「旦那が慌てて戸を開けると、焼きたての田楽の味噌がぷうんとにおってきます」

やよい「いけない! 味噌蔵に火が回ったわ!!!」

やよい「お後がよろしいようで……」