一月某日、私、音無小鳥は結構な高熱を出してしまいお休みをいただきました。
 午後からでも行こうとしたら律子さんに

 「ずぇっっったいに来ないでください!」

 って怒られちゃいました。
 まぁアイドルのみんなに感染しちゃいけないし、仕方ないわよね······。


 「ぜぇ···ぜぇ···。熱、計らなきゃ···。」

 布団から這い出て戸棚から体温計を取り出す。
 悪寒がするので未だ私の体は病原菌と悪戦苦闘しているのだろう。
 布団に戻り脇に体温計を挟む。

 しばらく待つとチープな電子音が計測が終わった事を告げた。

 「8度9分······全然下がってない。」

 薬を飲むにもまだ朝食すら摂っていなかった。
 牛乳も切らしているのでこのまま薬を飲むわけにもいかない。

 「はぁ······仕方ない、お粥作ろ。」

 ふらつく足で台所に立つ。
 昨夜の残りのご飯をよそい小鍋に放り込みます。

 「独り身ってこう言う時つらいのよねぇ······。」

 鍋に水を入れた辺りでアパートの鉄階段を昇る足音が聞こえた。
 お隣さんかしら?
 私は音無だけど。

 ······うん、これは千早ちゃんしか笑わないわね。

 くだらないことを考えていたら呼び鈴が鳴りました。
 階段を昇っていたのはどうやら私の部屋へ来る為だったようです。
 こういう時新聞の勧誘とか来るのがお約束なのよね。

 居留守を使っていたら扉をどんどんと叩く音に変わり、私の名前を呼ぶ声も聞こえます。
 この声はーーーーーー。

 扉を開けるとそこには。

 「小鳥さん!大丈夫ですか!?」

 「あ、あずささん······。」

 765プロが誇る竜宮小町の三浦あずささんが肩で息をしながら立っていました。
 よく見れば額には玉のような汗が浮かんでいます。
 手には近所のスーパーの袋も。

 「律子さんから風邪でお休みだって聞いて······。」

 だからってそんなに汗をかいてまで、来てくれるなんて。
 どうしよう。

 どうしよう私、今凄く、嬉しい······。

 「ありがとう、ございます······。」

 部屋に上がったあずささんは台所の作りかけのお粥を見て

 「後は私がやるから小鳥さんは寝ていてください。」

 そういっててきぱきとお粥を完成させてしまいました。

 スーパーで買ってきたであろうスポーツドリンクと常備薬をお盆に乗せて布団まで運んでくれたあずささん。

 「何から何まですみません······。」

 「良いんですよ、早く元気になってくださいね。」

 いつもの朗らかな笑みを向けられると、それだけで少し元気が出る気がする。

 「事務所で小鳥さんからおはようございます、お帰りなさい、お疲れ様ですって言ってもらえるのが凄く嬉しいんです。」

 あずささん、そんな風に思ってくれてたんですね······。

 「だから事務所に小鳥さんがいないと、寂しいです。」

 「あはは、ただの風邪ですからすぐ治りますよ。」

 あずささんの表情が翳る。
 どうしていいかわからず、とりあえずお粥を蓮華ですくって一口。

 「美味しい······。」

 白粥で良かったのにわざわざ卵を落としてくれたみたいで、その心遣いがまた嬉しい。

 「うふふ、良かったです。」

 言葉とは裏腹に表情は暗いままだった。

 「······風邪、辛いですか?」

 「まぁ、風邪どうこうよりも、みんなに会えないのが一番辛いですかね。」

 偽らざる本心だった。

 「うふふ、小鳥さんらしいですね。」

 一度驚いた表情を見せたあずささんが笑いながら感想を口にする。

 「やっと笑ってくれましたね。」

 「え?」

 「さっきからずっと暗い顔してたから······。」

 そんなに心配してくれたのが嬉しい反面申し訳なくなる。

 「もう、こんな時にまで私の事を気にかけないでください。」

 「あ、あはは。」

 「そこが小鳥さんの良いところだとは思いますけど······。」

 なんだかいいなぁこういうの。
 病気の時は心細くなるものだけど、自分で思っていた以上に寂しかったみたいです。

 「あずささん、ありがとうございます。」

 布団に座ったまま頭を下げる。

 「やめてください小鳥さん!私はただ···」

 「あずささんのお陰でちょっと元気出ました。だから、ありがとうございます。」

 照れているのか所在無げにしているあずささんは本当に可愛かった。

 「すぐに治してまた事務所であずささんを迎えますから。」

 「···はい、待ってます。」

 嬉しそうに微笑むあずささんを見ているだけで、なんだか本当に良くなっていくような気がします。

 「誰かにうつしちゃえばすぐ良くなるのかな~なんて。」

 場を和ませるためにおどけてみました。

 「じゃあ、私にうつしますか······?」

 「あずささん?」

 「キスしたらうつりますよね。」

 「いや、あのえーっと、え?」

 真剣な眼差しのあずささんの顔が近寄ってくる。
 鼻先が触れ合う位の距離まで来て止まった。

 「いいですか?」

 ぽそりとあずささんが呟く。
 どうしていいかわからずにいると

 「返事がないと、しちゃいますよ?」

 なんてイタズラっぽく言われるとドキッとしてしまう訳で。
 きゅっと目を瞑った所で

 「冗談です。」

 「······へ?」

 何だか拍子抜けして素頓狂な声を出してしまいました。

 「ほら、薬飲んでもう寝てください。」

 「あ、え?あ、はい。」

 それからお粥を平らげ薬を飲み、布団に潜り込むまでの間、あずささんはずっとそばにいてくれました。

 「それじゃあもう一眠りしますね。」

 「はい、おやすみなさい小鳥さん。」

 あずささんは私の額に手を当て、軽く撫でると

 「治ったら、さっきの続きしてくださいね。」

 と、小さく、しかし確かに呟いた。

 その瞬間だけは、熱があって良かったと思えた。
 きっと今、凄く顔が赤くなっていると思うから。



 おわれ